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もしも人生をやり直せるとしたら俺は過ちを繰り返さない  作者: 大神 新
俺は一ノ瀬梨香と添い遂げる
7/18

第89話:別れの日に再会を誓う

 卒業式が終わった後、俺は生徒会室へ向かった。


「先輩! 卒業おめでとうございます!」

 そんな俺に久志(ひさし)君は変わることなく、元気に挨拶をしてくれる。


 何だか、とても懐かしい気持ちになってしまった。

 でもこの場所に居られるのは、正真正銘、これが最後だ。


大場(おおば)くん、泣かないで!」

 一ノ瀬は号泣する大場を慰めていた。


 分かるよ、俺も結構泣きそうだ。

 過去の世界では全くそんな気分にならなかったのに、不思議なものだな。


 俺たちは今日、離れ離れにならければいけない。

 お花見以降、共に過ごす時間はほとんど無くなった。

 けれど、関係は途絶えていない。それが終わるのだ。

 やっぱり、悲しいよな……。


中森(なかもり)、答辞良かったぞ」

「俺は出来れば高木に書いて貰いたかったな」

 それは初耳だった。そっか、文化祭の後夜祭であまり話せなかったもんな。


奈津季(なつき)先輩は平気なんですか?」

 麻美(あさみ)ちゃんが心配そうに奈津季さんを見つめている。


「あー、うん。私、ああいうので素直に泣けないんだよね」

「わかるなー、その気持ち。なんていうか泣いてる人を見ると冷静になっちゃう」

 急に現実に引き戻される気がするんだ。だから俺はかろうじて大丈夫だった。


「ごめん、高木君! 僕……」

「ああっ! 悪い、そういう意味じゃない! 大場は何も悪くないよ」

 自らの発言を猛省する。やっぱり空気読むのって難しいよね。


正樹(まさき)君も送辞ありがとうね、格好良かったよ」

「あー、俺はそういうの別に良いんで」

 ぶっきらぼうに言ったけど、少し照れているのが丸わかりだ。


「でね、皆にお願いがあるんだけど……」

 俺はそう言って、先日買った携帯電話を取り出した。


「番号を教えるからさ、携帯かPHSを買ったら俺に連絡くれないかな?」

 どうしても、すぐに欲しかったのはこれが理由だ。


「俺、同窓会をやりたいんだ。このメンバーで!」

「おー、それいいね!」

 一ノ瀬が真っ先に乗ってくれた。


「はい、これ私の番号です」

 そう言って麻美ちゃんが1コールをくれた。


「PHS持ってたの!?」

美沙(みさ)ちゃんも持ってますよー」

 そうだったのか。なお、美沙ちゃんはまだこの場に来ていない。


「あ、俺も携帯持ってますよ。彼女と連絡するのに便利なんで」

「正樹君も? じゃあ教えてよ!」

 全然知らなかった。ってことは2年生は半分以上持ってたのか。


「えー、どうしようかな……」

「嫌なのか!?」

 まさか、男には教えないとか……?


「冗談ですよ、梨香(りか)先輩の真似です」

「くっ、今のは上手かったぞ」

 後輩にしてやられてしまった。


「なんだか、若い人のが進んでるねー」

 奈津季さん、君も十分若いから。


「俺も大学入ったら、携帯買うつもりだから連絡するよ」

「おう、よろしくな」

 中森の進学先は確か理系の私立大学だったっけ。滑り止めって言ってたな。


「僕はしばらく買うつもりないから、家の電話にかけてくれると嬉しいな」

「わかった、大場は家の電話で登録しとくよ」

 同窓会の言葉で、泣いていた大場も少しは落ち着いたようだ。


 ――チリンチリン。


 生徒会室のドアに取り付けられた鈴の音が鳴った。

 なんだか、……とても懐かしい響きだ。


「あ、高木せんぱい! お疲れ様ですー」

 少しだけ高い声が可愛い。今日はツインテールだった。


「美沙ちゃん、番号教えて!」

「なんですか急に。嫌ですよ」

 速攻で断られた。


「何で!?」

「いや、そんな勢いで聞かれたら普通、断りますよ?」

 どうやら、女子に接する態度ではなかったようだ。


「あ、高木先輩も携帯買ったんですかー!」

「うん、番号はコレ。同窓会やりたいからさ、番号教えて欲しいんだ」

 これなら大丈夫だろう。


「ああ、そういうことですか。仕方ないですね、後で電話しますよ」

「ありがとう!」

 良かった、これで全員に伝わったはずだ。


「ねえ、高木君」

 安堵していると、奈津季さんが俺の袖を引っ張った。


「もし同窓会やるならさ、神木(かみき)先輩達も呼んで欲しいな」

「いいね、それ! 連絡先知ってる?」

 確か、彩音(あやね)先輩は卒業まで携帯を持っていなかったはずだ。


「ごめん、分からないの。でも、進学先なら知ってるよ」

「そっか……、じゃあ訪ねてみるよ。何とかなると思う」

 彩音先輩は目立つから、探すのにはそんなに苦労しないだろう。


「一緒に行こうか?」

「それは助かるけど……」

 一ノ瀬の方をちらりと見たが無反応だった。まあいいか。


「じゃあ、よろしく!」

「うん、行くときは声かけて」

 奈津季さんとふたりで彩音先輩に会いに行く……、何だかちょっと楽しみだ。


「いつぐらいにやるんですか?」

「うーん、そうだなあ……」

 久志君に聞かれて少し考える。

 出来れば皆の都合が一区切りした頃が良いだろう。


 来年までは受験勉強で目一杯のはずだ。

 春先は新入生として忙しいだろうし……、前期終わったぐらいがいいよな。

 浪人してるとアレかもしれないけど、1日ぐらいなら息抜きになるだろう。

 そうなるとやっぱり……。


「来年の夏休みぐらいかな? バーベキューやろうよ」

「いいですねー! そういえば今年はやらなかった」

 久志君が嬉しそうにしてくれたのが、何よりだ。


 それから、俺たちは生徒会室でしばしの歓談を楽しんだ。

 別れ際に涙は無い。ただ、もう一度、集まろうと約束した。

 生徒会室には2度と戻ってこれないだろう。

 でも、これでいいんだ。この部屋はきっと、同じように何人も送り出している。

 俺は、俺たちはその中のひと握りだ。


 人と同じく、景色や環境も一期一会。

 良く考えたら人生の中で「もう1度」と呼べるものは存在しないのかもな。


 俺には幸運にも、やり直しの道が与えられた。

 けれど、この道もまた過去とは違うものだ。

 だからただ、大切にしたいと思う。1分1秒、今、この時を――。



「じゃあ、またあとでね」

 そう言って、一ノ瀬は自習室へ入っていった。


 生徒会室を出て下校した後、俺と一ノ瀬はそのまま予備校へと向かったのだ。

 なんという真面目さ。今日ぐらい、感傷に浸ってもよさそうなのに。

 でも、アイツらしいといえばアイツらしい。

 俺も少し間をあけて自習室に入る。隣の席に座ったら気が散るからな。

 入口近く、一ノ瀬が声をかけやすい席が俺の定位置だった。


 また物語の続きでも考えるかな……。

 そんなことを思った矢先に携帯電話が震えた。


「あれ、電話……?」

 誰だろう、とりあえず出てみることにした。慌てて席を立って自習室を出る。


 現代であれば知らない番号の電話など滅多に出ない。

 大抵は不動産の胡散臭い勧誘や電気やガスの案内など下らないものばかりだ。

 それに詐欺の電話の可能性もある。

 だけど、この時代はそんなに変な電話はかかってこない。

 そもそも、俺の番号を知っている人などほとんど居ないのだ。


「はい、高木です」

「もしもーし、高木せんぱい、今、大丈夫ですかー?」

 美沙ちゃんからのコールだった。


「美沙ちゃん? ちょっと待ってね、かけ直す!」

「ふえっ!?」

 電話を切ったら、すぐに着信履歴から電話番号を選ぶ。


「何で切ったんですかー?」

「場所を変えたんだよ」

 嘘である。貧乏性な俺は美沙ちゃんに通話料を払わせたくなかったのだ。


「そうですか、もしかして今、外ですか?」

「うん、でも誰も居ないから大丈夫だよ。何か用だった?」

 何だろう、生徒会室に忘れ物でもしたかな。


「後で電話するって言ったじゃないですか」

「ああ、そうだったね、ありがとう」

 これで美沙ちゃんの番号が手元に残った。なんだか嬉しい。


「でもやっぱり、電話かけるのって、ちょっと緊張しますね」

「あー、分かる! 通話が始まるまで……特に番号押すのはドキドキするよね」

 コール音が鳴っている間は、心臓の音がうるさい。いつもそんなだったな。


「ふふふ、高木先輩の声、ちょっと違います」

「そうかな? 自分ではわからないや」

 電話を通すと声色とか変わるのかもしれない。

 そういえば携帯電話の音声は合成だったっけ。


「先輩、改めてですけど、おめでとうございます」

「ありがとう、美沙ちゃん。なんとか卒業出来たよ」

 俺は基本的に赤点ギリギリでやり過ごして来たからな。


「そっちじゃなくて、梨香先輩のことです!」

「へっ!?」

 何故だ、俺は美沙ちゃんに何も話していないぞ。


「簡単な事ですよ、今日はおふたり、普通に話してたじゃないですか」

「それはそうだけど……」

 別に変な会話はしていない。


「別れを惜しむ必要が無いってことはそういうことですよね?」

「ああ、そうか……」

 うーん、美沙ちゃんって本当にすごいぞ。俺が鈍感なだけなのかもしれないが。


「だから、おめでとうございます!」

「ありがとう、美沙ちゃん。でもすぐに愛想を尽かされそうな気がする」

 俺は、彼――悠人(はると)に勝てるのだろうか。本当は不安で仕方がなかった。


「また、そんなこと言ってる! 大丈夫、高木先輩は恰好良いですよ」

「でもほら、見た目がさ……」

 そうでもない、前にそう言われたのは覚えている。事実だから仕方ないけど。


「何言ってるんですか! 私は好きですよ、高木先輩の外見」

「えっ!?」

 予想外の答えに驚いた。


「女子の好みって意外と人それぞれなんですよー。

 私、むしろイケメンとか嫌いなんで!

 高木先輩はちゃんと清潔感もあるし、人に嫌がられるような外見じゃないです」

「それは……、凄く嬉しいな」

 正直言って、自分の見た目については諦めていた。


 俺は一ノ瀬の好みのタイプじゃない。それはそうだろう。

 でもそれだけじゃなく、他人から褒められたことも無かったのだ。

 だから、凄く嬉しかった。


「あー、……これ、少し照れますね。電話で良かったな」

「そうだね、俺もちょっと恥ずかしいよ」

 人から褒められるのって何て言うか、くすぐったい。


「自信を持ってください。梨香先輩は結構、高木先輩の事、好きだと思いますよ」

「うう……ありがとうー、美沙ちゃん」

 もはや、どちらが先輩か分からない。


「そうだ、用事ありました! 高木先輩の番号、後輩に教えてもいいですか?」

「それはもちろん構わないよ。連絡くれたら同窓会に誘うようにする」

 そうだよな……、俺達の代だけじゃなくて、きっと皆で集まれた方が良い。


 俺が所属した大学の研究室は凄く仲が良かった。

 毎年、文化祭の夜に先生が鍋パーティーと称して卒業した俺達を誘ってくれる。

 俺は、それが嬉しくて時々参加していた。

 あんな感じで、世代を超えて集まれたら、凄く楽しいと思う。


「ありがとうございます、じゃあ、私、楽しみにしてますね」

「うん、必ず連絡する。俺も楽しみにしているよ」

 何だか、初めて会った時に少し苦手な印象を持ったのが嘘みたいだ。


「もし梨香先輩に捨てられたら、私に連絡して下さい。拾ってあげますから!」

 その言葉で、電話が切れた。


 ……えっ!? 今なんて言った?

 頭の中で美沙ちゃんの言葉を反芻する。

 まさかな、そんな訳ないだろう。

 きっと、彼女なりに励ましてくれたに違いない。


「こんなところで何してるの?」

「うわっ!?」

 一ノ瀬の声に思わず驚いてしまった。


「なんか怪しいよ……?」

「そんな訳をあるか。美沙ちゃんから電話があったんだよ」

 大丈夫、やましい事など何もない。


「ふーん、何だって?」

「同窓会に後輩も誘っていいか? だってさ」

 その言葉に一ノ瀬の顔が明るくなった。


「おー、いいね! 人数多い方が楽しいよね」

「ああ、そうだな」

 ふたりで居るより、皆で居る方が良い。そうだったよな。


「楽しみだなー、また皆に会えるの!」

 嬉しそうな顔をしている。俺は一ノ瀬のこういうところが好きだ。


 別れを悲しむよりも、未来の希望に胸を膨らませる。

 そうだよな、今日の別れは悲しいものじゃない。

 新しい未来へ進むための一歩だ。


 前に進むためには過去を振り返らない方が良い。

 むしろ、そんな余裕はないはずだ。

 未来はいつだって目まぐるしく変わっていく。


 でも……前に誰かに言ったっけ。

 声をかければ意外と人は集まるものだ。

 けれど、忙しさに負けていつの間にか、声をかけなくなっている自分がいる。


 俺はこれまでに過ごした、かけがえのない日々を忘れたくない。

 この繋がりを無くしたくないんだ。

 だから、誰かが声を上げるのを待つのではなく、俺自身が声を上げる。

 そうすればきっと、俺達はまた会えるはずだ。

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