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もしも人生をやり直せるとしたら俺は過ちを繰り返さない  作者: 大神 新
俺は一ノ瀬梨香と添い遂げる
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第86話:叶う願いと叶わない願いがあった

「高木くんはどうだった……?」

 一ノ瀬にそう聞かれて、俺は言葉に詰まった。


 俺たちは今日、予備校ではなく高校の進路指導室に居る。

 机には先日行われたセンター試験の解答が書かれた新聞紙が広がっていた。


 自己採点の結果、俺はほぼ第1志望の合格が確定的だということが判明する。

 信じられないことだが、過去の世界よりも良い結果だった。

 これはおそらく、俺の特性である器用貧乏に起因する。

 俺は高難易度の問題を全く解くことが出来ない。

 だがその代わりに、センター試験レベルであれば網羅できる。

 苦手な教科がない、というも強みだろう。


 過去の世界では合格したことによって一ノ瀬との決別が決定的なものになった。

 だから、この結果を伝えるのは怖い。でも、黙っている方が怒られるだろう。


「凄く良かったよ」

「ちょっと見せて!」

 仕方なく、俺は自己採点をした問題を渡す。

 

「凄い……! 英語194点って何よ」

「いや、ほら俺、どっちかって言うと文系だから」

 結局は暗記である。地味な努力は得意分野だ。


 なお、一ノ瀬の得点はすでに見せてもらっている。

 芳しくない……というわけではない。

 数学に至っては200点と満点をマークしている。

 全体でみればきちんと8割に届いていた。……本当に頑張ったんだな。


「はー、良かった、心配して損したよ」

「足きりは無さそうだし、良かったな」

 とても安心できる得点ではないが、可能性は残っている。

 

 ……やっぱり半端ないよな、医学部。

 俺の志望校なら8割あれば十分に合格ラインだ。

 8割で足きり、9割でボーダーとか、どんな世界だよ。


「何言っているの! 私が心配してたのは高木くんだよ!」

「へっ!?」

 予想外の言葉に変な声が出てしまった。


 過去の世界において、一ノ瀬は俺の不合格を願っていたはずだ。

 流石に、今の関係でそこまでは思われていないと信じていた。

 だけど、まさか俺の心配をしていただなんて……。


「凄いなあ、自習だけで私よりも得点高いんだもん。ちょっとショックだよ」

「いや、俺は難問は解けないし、満点とかないぞ? お前の方がよっぽど凄いよ」

 過去にあった、変なわだかまりは一切なかった。


「また、そんなこと言ってる。でも本当に良かったー。安心したよ」

「俺のことは気にしなくて良いって言ったのに……。ありがとうな」

 やっぱり、こっちの方が一ノ瀬らしい。


 一応、誕生日パーティー、2周年記念、クリスマスと一緒に過ごした。

 恋人同士らしい間柄……と言うと少し語弊がある。

 基本的に夕食を一緒に食べたぐらいだ。俺は彼女を動揺させたくなかった。

 だから、俺たちの仲は全く進展していない。


「私のせいで、高木くんが上手くいかなかったら嫌だったんだ」

「だから、何度も言っているだろ。俺がお前と一緒に居たいだけなんだって」

 俺が一ノ瀬の傍に居るのは、心配だからじゃない。


 ただ、傍に居たいだけ。ずっとそれだけを願って生きてきた。

 それは今も変わっていない。この願いが叶うのなら、本当に何も要らない。


「もうわかったよ、しょうがないなあ」


 俺はその言葉を待っているんだ。一ノ瀬の右手が俺の左腕を握ってくれた。

 だから、俺は右手で一ノ瀬の左手を握る。


「えへへー、ちょっと休憩しよっか!」

 彼女は、そう言って無邪気に笑った。


 俺は関係が進まないことに少しも不満は無い。

 彼女が笑ってくれるのなら、何だって良かったんだ――。



 吐く息は白く、空気は張り詰めていた。

 3月にはなったけれど、今日は春の気配を感じない。


「駄目だ、怖い……」

「代わりに見てこようか?」

 一ノ瀬は少し震えていた。心配でたまらない。


 今日は合格発表の日だ。わざわざ見に来なくても合格通知は郵送される。

 でも、やっぱり自分の目で確認したいよな。


 今では合格者の発表なんてインターネットでお終いだろう。

 手軽になったのはいいけど、どんどん味気なくなっている気がする。


「ううん、自分で見たい。隣に居てくれる?」

「ああ、それはもちろんだ」

 一ノ瀬は俺の袖を掴みながらゆっくりと歩いていく。


 周囲には多くの受験生が居た。

 発表を見て喜んでいる者、うなだれている者、涙を流す者。

 正と負の感情が入り混じっている空気に否が応でも緊張する。


 部外者である俺ですら、こんな心境だ。

 一ノ瀬の内心が気がかりで仕方なかった。

 何せ俺は過去を知っている。彼女が不合格だという事実はきっと覆せない。

 唯一、未来を変える可能性があるとすれば俺の行動だが……。

 俺はただ傍にいる以外、何もしてやれていない。

 役立たずも良いところだ。


「あそこだ……!」

 一ノ瀬の緊張が伝わってくる。彼女は俺の袖を強く握った。


 掲示板の前に立って、一ノ瀬の受験番号を探す。

 駄目だと知りつつも奇跡を信じて祈った。

 やり直しの世界は優しい。だから、彼女にもそんな未来を与えてくれ。


 並んでいる番号をひとつずつ目で追う。

 まずは最初の1桁目。次に2桁目だ。途中から番号の飛び方が激しくなる。

 一ノ瀬の番号まであと少し……。


「高木くん」

 意識が掲示板に行き過ぎていた。一ノ瀬の声に少しだけ反応が遅れる。


 彼女は俺の袖を強く握って、喧騒で溢れる掲示板から離れることを促した。

 俺は事情を察して、人気のない方向まで彼女を誘導する。

 キャンパスの片隅、建物の裏手にまわる。

 掲示板から離れたそこは、周囲に誰も居なかった。


「大丈夫だよ」

 俺は一言だけ、そう言った。


 一ノ瀬は両手を俺の首に回して、額を肩に付けた。

 文化祭の時と同じだ。俺はまた、彼女の頭を撫でることしか出来ない。


「駄目だった……」

 彼女の声は、震えていた。


「私、一生懸命頑張ったのに! 駄目だったよ!」

「ああ、お前は偉いよ。本当に頑張った」

 俺は出来るだけ、優しい声を出す。それだけだった。


「駄目だったの……」

 かける言葉が見つからない。


 もちろん、彼女は私大も受けている。これが初めてじゃない。

 これまで俺は全ての合否発表に付き添っていた。

 いつも、こんな風になるわけじゃない。彼女はとても強い女の子だ。


「うう……」

 むしろ、一ノ瀬がこんな風に人前で泣くことは、ほとんどない。


 明るく「次があるよね!」そう言っていることもあった。

 でも見ていられない、強がっているのは知っているんだ。

 だからいつも、彼女の家の近くの公園で遅くまで話をした。

 俺に出来るのは、そんな受験とは関係の無いことばかりだ。


 一番可能性が高い大学が不合格だった時に、もう覚悟はしていただろう。

 もちろん、まだ後期試験もある。終わったわけじゃない。

 だけど……ここまでに突き付けられた結果がある。

 解らないわけ、ないよな……。彼女の努力は、届かなかった。


「ん……!」

「ごめんな、一ノ瀬。何もしてやれなくて……」

 俺はたまらずに彼女を抱きしめた。


「高木くん……?」

「せっかく彼氏にしてもらったのに、役に立ってない」

 悔しくて、涙が溢れてくる。


「ふふ、高木くんの匂いがする」

「一ノ瀬……?」

 思わず、抱きしめる手を緩めてその顔を見た。


「変な顔ー」

 そう言って、一ノ瀬は笑顔を見せる。


 それはお前だってそうだろう。これは間違っても口に出せないな。

 涙を浮かべたまま、笑っている。彼女は本当に、強くて……可愛い。


「何で高木くんが泣いているの? 馬鹿だなあ」

「だって、お前、あんなに頑張ったのに……」


 一ノ瀬の気持ちを考えると気が狂いそうになる。

 一生懸命やったのに、報われなかった。

 まるで、俺の片想いと同じじゃないか。

 なんで彼女がそんな目に合わなきゃいけないんだ。

 そういうのは、俺の役目だろう。悲しみを全部、俺に渡して欲しい。


「えいっ!」

 一ノ瀬はそう言って抱き締めてきた。


「あったかい……」

「そうだな……」


 俺たちは傍目から見たら、ただの熱愛カップルにしか見えないんだろうな。

 でも、ふたりで泣いていたんだ。無力を嘆いていた。


「ねえ、高木くん」

「なんだ? お前の事なら、大好きだよ」

 聞かなくてもいいように、先に答えてやる。


「私、高木くんと付き合って良かった。傍に居てくれて、ありがと」

 そう言って、一ノ瀬は俺の頭に手を伸ばす。優しく撫でてくれた。


 ……これじゃあ、どっちが慰めれられているのか分からない。

 押し殺していたはずの想いが胸の奥から溢れだしてくる。


「んっ……!」

 思わず強く抱きしめてしまった。


 華奢な身体から温もりが伝わってくる。

 一ノ瀬の甘くて優しい匂いが心を満たす。

 理性が本能に上書きされていく。狂ってしまいそうだ。


「ごめん、俺、今。お前の事が好きでたまらない」

 また、自分の気持ちを押し付けてしまった……。

「高木くん……、嬉しいよ」

 その言葉に、心が震える。


 今の一ノ瀬は確かに俺の事を好きで居てくれる。

 抱え込んでいた想いが確かに届いているんだ。

 嬉しくてたまらなかった。だから俺は言葉を続ける。


「ずっとお前の傍に居させてくれ」

「ずっと私の傍に居て欲しいな」

 発声は全くと言っていい程、同時だった。


 その瞬間、俺達は互いに願いを伝え、そして叶えたのだ。


「ぷっ……。あははっ!」

「くっ、ふふふ……」

 笑わずには居られなかった。


「あははは!」

 目を合わせて、ふたりで盛大に笑う。


「私達って……」

「なんか馬鹿みたいだな」

 同じ事を思っているのに、足並みが揃わない。


「帰ろっか」

「そうだな……」

 それでも、俺は一ノ瀬が心配だった。アイツはすぐに無理をする。


「私、ここに通う大学生になりたい」

「お前ならなれるよ。俺は信じてる」

 プレッシャーを与えてしまうかもしれない。

 でも、今はこの言葉だと思った。


「ありがとう、高木くん」

「ありがとな、一ノ瀬」

 またしても同時だった。


「もういいよー!」

「本当だな」

 俺達は笑い合って家路につく。


 大切な人が傍にいると悲しい事は半分になるという。

 ……でもこれ、半分どころじゃ済まない気がするぞ。

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― 新着の感想 ―
[一言] きちんと、彼女を支えることができていて、受験不合格が別れには繋がらないようで良かったです。 彼女は予備校に行くのだと思いますが、1周目で交際していた、寝言で名前の出たあの男に出会ってしまいま…
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