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もしも人生をやり直せるとしたら俺は過ちを繰り返さない  作者: 大神 新
本編追加エピソード
1/18

第68.5話:彼女のお願いは大抵、碌でもない

「ねえ、高木くん。お願いがあるの……」

 上目遣いに、わざとらしく出した可愛い声。


 ああ、知っているぞ、このパターン。

 どうせ碌でもない頼み事に違いない。


「まずは内容を聞かせてくれないか?」

「高木くん、私のお願いなのに聞いてくれないの……?」

 いや、そんな困った顔でこっちを見るなよ。


 この取引はズルい。普通は内容によって受けるかどうかを判断する。

 とりあえず了承させてから難題を吹っかけるのは詐欺だ。


「分かったよ。で、何をすればいいのさ?」

 しかし、俺は逆らえないのであった。


「あのね……こんな物を貰いました」

 そう言って、一ノ瀬はおずおずと1枚の紙を差し出した。


 ――君に話したい事があります。

   明日の放課後、校門の前で待ってます。

   来てくれると嬉しいです。


 ……うん、何だろう。多分、ラブレター?


「クラスの友達が預かったらしいんだけど……。

 怖いから高木くん、代わりに行ってくれない?」

 なるほど、そういうことか。


「無視すれば良いんじゃない?」

「でも、なんか恨まれても怖いし……」

 一ノ瀬の言う事も最もだと思った。逆恨みされる可能性は否定できない。


「俺が出向いても解決出来るとは限らないぞ?」

「それでも、お願いしたいの……駄目?」

 そんな顔するなよ。仕方ない、断るわけにもいかないな。


 放っておくとひとりで会いに行ってしまいそうだ。

 それだけは阻止すべきだろう。

 ……こんな面倒なミッション、過去にはなかったんだけどな。


 ――翌日。


 仕方なく、俺は練習があるにも関わらず放課後、校門に行った。

 見ると他校の制服を着た男がひとり。

 何でこんなに目立つところにいるかな?


「川場高校生徒会執行部です。失礼ですが本校の生徒に用事でも?」

 俺は努めて事務的な口調で声をかけた。


「あの! ここの文化祭担当の梨香(りか)さんに用がありまして!」

 手紙を送ったのはコイツか。


 背が高いけど、イケメンではないな。

 眼鏡をかけているし、なんていうかヒョロい。

 一ノ瀬の好みでは無いことにほっとした。


 ……そんなことを考えた自分が嫌になる。我ながら姑息で卑屈だ。

 いつだって、不安でたまらない。情けないな。

 一ノ瀬が居なくなることが今ではこんなに怖い。


「要件なら私が聞きますよ。どうぞお話下さい」

 酷い対応なのは分かっている。早くここから立ち去れと言っているに等しい。


「彼女のことが好きなんです! 文化祭で一目惚れしました」

 しかし、彼はひるまなかった。


 普通、言えるか? 見ず知らずの他人にここまで……。

 これはかなり切羽詰まってるな。文化祭からもう1ヶ月以上経っている。

 色々と考えてこうなった感じか……。


 普通に考えたら「怖い」だろうな。でも……俺だけは分からないでもない。

 俺は一目惚れじゃないけど、似たようなものだ。

 自分の気持ちを抑えられない……。その感覚だけは解る。


「分かりました、私が呼んできます」

 会わせてやるぐらい、いいだろうと思った。


 俺も一緒に立ち会う、それなら大丈夫なはずだ。

 でも……万が一、一ノ瀬が受け入れたらどうしよう。

 アイツのことだ、「付き合ってみないと分からない」なんて言うかもしれない。

 そうしたら俺はどうすれば良い……? その場で止められるのか?


 でも、嫌だよな、関係ない人に遮られるの。

 俺だったら、一ノ瀬の口からハッキリと答えを聞きたい。


 だから、俺は生徒会室へ向かった――。


「どうだった?」

「その、……彼は一ノ瀬の事が好きらしい」

 反応が怖いけど、俺は正直にそう伝えた。


「それで?」

「今も待っててもらってる。会うかどうか決めてくれ」

 俺はこの件について中立を貫くことにした。


 一ノ瀬に対しては正々堂々として居たかった。

 すでに中森との過去を変えている俺が言えることじゃないかもしれない。

 でも、一ノ瀬に逢いたいと言った人の顔が自分に重なった。

 俺はいつも、あんな顔で泣いていたのだ。


「会いたくない」

「分かったよ、じゃあ、俺から断っておく」

 一ノ瀬は迷わずにそう言った。


 その言葉に心底ほっとする自分が居る。悔しいが認めるしかない。

 俺は、情けない男だ。


 彼には悪いが、これが一ノ瀬の意志であるなら仕方ない。

 俺は彼女の答えがそうであることを伝えるために再び校門へ向かった。


「申し訳ありません、一ノ瀬さんは会いたくないそうです」

「そうですか……。なら仕方ないですね」

 明らかにガッカリしている。でも俺に出来ることは無い。


「ありがとうございます、取り合ってくれて。

 いいなあ、貴方は毎日、梨香さんに会えるんだ」

 言われた言葉が胸に刺さる。


 俺は一目惚れなんか信じない。でも、この人はまるで俺だ。

 逢いたくて、会えなくて……苦しんでいる。

 嫌だな……こんな形で追い返すのは……。


「彼女、優しかったんです。友人と逸れた俺に最後まで付き添ってくれた。

 その間、ずっと笑顔で、楽しそうで……。本当に可愛いなあ、って」

 ああ、分かるよ。アイツはそういうヤツだ。


 無邪気で、優しくて、可愛い。そして……残酷だ。

 心を惹く癖に、責任は取ってくれない。


 同情して、悲しくなった。それに、それは一目惚れじゃない。

 ちゃんと、アイツを見れているよ。


「ごめんなさい、俺、もう一度話してきます」

 事務的な口調は消えていた。


 何をしようというのか。

 俺は一ノ瀬の下に走っていた。


「ごめん、一ノ瀬。会ってあげてくれないか?」

「……高木くんがそう言うのなら」

 俺の真剣な表情に、一ノ瀬は応じてくれた。


 生徒会室から校門まではそれなりに距離がある。

 一ノ瀬は不安そうな顔で俺の袖を握りながらついてきた。

 そうだった、お前は人見知りだもんな。

 本来なら他人の事なんか放って置くべきだろう。

 何よりも一ノ瀬の事を優先すべきだ。それは分かっているけど……。


「ごめんな、でも悪い人じゃなさそうだからさ……」

「いいけどさ、別に」

 やはり少し不満げな表情だ。なんていうか、申し訳ない。


「でも私は高木くんに断ってほしかったな」

 一ノ瀬はボソリと言った。確かにその方が楽だろう。


 ふたりで歩く間、一ノ瀬は妙に静かだった。

 少し緊張しているのかな。罪悪感が胸の中に沸き上がった。


 秋の風が静かに駆け抜けてゆく。

 握られた袖が切なかった。


「お待たせしました」

 俺は校門の彼にそう告げた。


 ……しかし、一ノ瀬はずっと俺の陰に隠れている。


「あの、梨香さん! 文化祭の時はお世話になりました。それで、俺……」

「ごめんなさい!」

 一ノ瀬は彼の言葉を遮ってそう言った。


 俺の袖を掴んだまま、体は半分も晒していない。

 態度としてはあんまりだ。

 でも……これが彼女の精一杯なのだろう。


「あの、私、付き合ってる人が居るので!」

 一ノ瀬はそう続けた。


 なんだと……!?

 その言葉に最も動揺したのは俺だった。

 どういうことだ……いつの間に!?


 身体中から汗が吹き出ていた。とても冷静でいられない。


「そうですか、それなら仕方ない。諦めます」

 彼はそう言って引き下がる。


 可哀想……そんな言葉では片付けられない表情だ。

 とても見ていられない。俺もあんな顔をしているのかな?

 ……そりゃ、一ノ瀬も優しくしてくれるはずだ。


 まるで、自分を見ているようだった。


「彼氏ってもしかして……」

 彼の言葉に一ノ瀬は黙って俺の腕を掴んだ。


 おい、お前、何してる?

 そんな事したら誤解されるぞ?

 ああ、でも良い匂いがするなあ……。


「そうですか……貴方も人が悪い。

 それならそうと、最初から言ってくれれば……」

 何だか申し訳無かった。


 なるほど、これは一ノ瀬の嘘か。

 確かに、この方が諦めがつきやすい。

 優しい嘘、だな……。


「でも、ひと目でも見れて、話せて良かったです。ありがとうございました」

 そう言って彼は帰っていった。


「これで良い?」

 何故か一ノ瀬は俺に聞く。

「うん、嫌なことをさせてごめんな」

 俺は出来るだけ優しい声でそう答えた。


 離れる腕が少し寂しくて切ない。

 だから俺は一ノ瀬の頭をそっと撫でた。


「ん……!」

 ああ、やっぱり可愛いな……。


 一ノ瀬の隣に居られる事が本当に幸福に思えた。

 いつかまた、離れる時が来る。その時までは、この今を大切にしたい。

 心からそう思った。


 生徒会室に戻る道すがら、ふと校舎脇に植えられている銀杏(いちょう)に目が止まる。

 すっかりと黄色に色付いていた。


銀杏(いちょう)の木の紅葉も綺麗だな」

「私、ぎんなんの臭いが嫌いなんだよね」

 やはり一ノ瀬は景色にあまり興味がない。


「ああ、それは分かるよ。っていうか平気な人の方が少ないだろ」

「吐きそうになる……」

 それは大概だな。でも分からないでもない。


「食べると美味しいんだけどね」

「えー!? 絶対に無い! 私は超苦手だよ」

 銀杏(ぎんなん)も駄目だったか。


「塩炒りすると、もちもちして美味しいのに……」

「えっ!? 茶碗蒸し以外の食べ方あるの?」

 何故、それしか知らないのか。


「茶碗蒸しのヤツは俺もそんなに好きじゃないかな」

「ふーん、じゃあちょっと食べてみたいかも」

 食感としてはわりと一ノ瀬の好みだとは思う。


「大人の食べ物だぞ?」

「もー! 子供扱いしないでよ!」

 むくれる姿も可愛いな。


 大人、か。いつからだろうな、珈琲に何も入れなくなったのは。

 そもそも珈琲そのものがそこまで好きじゃなかった気がする。

 お酒を飲むようになってから、かな……。


「ねえ、高木くん」

「ん、何だ?」

 一ノ瀬は急に立ち止まった。俺は慌てて彼女に向き直る。


「もしさ、私と付き合えないと死んじゃう、みたいな人が居たらどうする?」


 その言葉にハッとなった。

 それは……俺のことだ。


「高木くんは、私にその人と付き合えって言うのかな?」


 一ノ瀬は真っ直ぐに俺を見て、淀みなくそう言った。

 俺は言葉を失う。


 俺達の間に、ひらひらと黄色の葉が舞い落ちていく。

 風が冷たく感じた。秋の匂いがする。


「俺は……」

 呟いて、言葉が止まる。


 違う、見捨てるのは俺じゃない。例えばさっきの彼がそうだったら?

 一ノ瀬が聞いているのは、俺の気持ちの事だろう。


 まるで俺のような片想いをしている彼と、今、隣にいる俺。

 必ず誰かが救われない。

 もし、選ばなきゃいけないとしたら……。


「嫌だよ……。お前だけは嫌だ。他の物は何だって差し出すから」

「もう! 良いんだよ、何も出さなくて」

 一ノ瀬はそう言った、そしてそっと俺の頭を撫でてくれる。


 駄目だな、俺は。

 全然、大人になれていないじゃないか。


「悪かったよ、一ノ瀬。最初から俺が断れれば良かった」

 彼女は、はっきりと「会いたくない」と言ったのだ。 


 それなのに、俺は余計な事をした。 

 こんな同情なんかで一ノ瀬を失いたくない。

 少し考えれば分かることだった……。


「良いんだよ、高木くん。私はそういうところ、嫌いじゃないよ。

 でもね……」

「次からは俺が断る。また何かあれば言ってくれ」

 俺は、一ノ瀬の言葉を遮って言った。


 もう迷わない。我儘と罵られても構うものか。

 ただひとつ、一ノ瀬だけは何があっても譲らない。

 たとえ、彼女にそう望まれていなくても。


「安心してよー、私は高木くんが思ってる程、モテません」

 そう言って一ノ瀬は笑った。


 ……とてもそうとは思えない。

 いつだって、一ノ瀬の周りには誰かが居る。

 近くに居たら、好きにならない人なんていないと思う。


「今日はありがとね、お願い聞いてくれて」

「そんなの、当たり前だろ」

 結局どんな事だろうと、俺は一ノ瀬に頼まれたら断れない。


「えへへー、高木くんならそう言ってくれると思った!」

 報酬は笑顔で十分だ。俺にはそれ以上に欲しいものなんてない。


「好きだよ、一ノ瀬」

「うん……」

 なんだか少し、ほっとした表情をしている。


 本当に申し訳ない。俺のせいで変な緊張をさせてしまったな。

 俺は一ノ瀬に何もしてやれなかった。あの頃に比べれば今はよっぽどマシだ。


 もしも彼女が俺に何かを望んでくれるのなら。

 俺はただ、喜んでそれに応じたい。心からそう思った。

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