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2-4

「朝から騒々しくて悪かった。予定は少しズレたが、北部の状況について軽く話しておこう」

「はい…………あの、アーノルド様。お話の前にちょっといいですか」

「ん」


 偽花嫁生活二日目の夕方、少しだけ分かったことがある。

 アーノルド・キアンは多分、私を「花嫁」として扱っていない。

 それは驚異の十五股令嬢であるケイトリン・ソニアを女主人と見なすつもりがないだとか、政略結婚ゆえに愛情が芽生えないだとかそんな話ではなくて。もっと初歩的な問題が私たちの間に横たわっているような気がした。

 そしてその問題は、個人的にわりと早めに解決しておきたいものである。


「──何で私を膝上に?」


 魔物討伐から帰還したアーノルド様はその足で私室へ向かい、暖炉の前に据えたソファに陣取ると、毛布で簀巻きにした私を膝上に乗せた。私は頭を疑問符で埋め尽くしながらも大人しく従っていたのだが、ホットミルクを差し出された辺りでアーノルド様の意図を理解した。


「体が冷えてはいけないから」


 この男、ほんの数分だけ玄関口で雪に晒された私が風邪を引かぬよう処置を施しているらしいのだ。当然のように答えたアーノルド様が毛布を追加しようとする動きを知り、私は慌ててその手を止めた。


「いや、いやいやいやアーノルド様、お待ちください!! 私は大丈夫です、全然寒くないです!」

「ホットミルクは嫌いか」

「えっ、いえ好きですがそういう話はしていませ」

「なら飲むと良い」


 暴れる私をひょいと押さえ込み、ホットミルクを飲まされる。傍から見ると餌付けだ。間違いなく餌付け。

 ──アーノルド様は私を幼子かペットか、そこらへんの生き物として認識しているに違いない。この人ちょっとマイペースだし天然っぽいしきっとそうに決まっている!

 むぐむぐと取りあえずホットミルクだけ飲み干した私は、不満たっぷりな視線をアーノルド様に投じた。


「アーノルド様、私は幼い子どもではありません。さ、先ほどだって魔獣が物珍しくて飛び出したわけではありませんし、昨晩も寝付きが悪くてアーノルド様に抱き付いてたわけじゃなくって──」

「ああ、あれは私が勝手にやっただけだから気にするな」

「ひぎゃあ何ですと!?」


 てっきり私が寝ぼけてアーノルド様の腕を枕にしてしまったのかと思っていたら、まさかの回答が寄越されてしまった。目を白黒させている間にも、アーノルド様は全く悪びれない顔で私の反応を見て笑う。


「嫌な夢を見ているようだったから、放っておけなかった。気に障ったのなら謝ろう」

「うっ……」

「あと、これに関しても北部の環境に慣れていないリーンへの配慮だが……」


 これ、と顎で指したのは私の体を包む毛布と、空になったマグカップ。爪の先でカップの縁を叩いたアーノルド様は、少しだけ意地悪な笑顔を浮かべて告げた。


「どうも私は妻への接し方というものがなっていないらしい。まさか男所帯で育ったことを恨めしく思う日が来ようとは」

「え、はっ? い、いや、ちが」

「すまないリーン、不快なら膝から降りてくれて構わない。私としては、布団も被らずに寝てしまうような君のことだから、あっという間に体を冷やすのではないかと気が気でならないんだが……ああいや、何でもない。リーンの好きなように」


 完膚なきまでにからかい倒され、私は顔を赤くしたまま固まってしまう。確かに昨日は布団も掛けずに寝てしまったし、何ならベッドの中に入れてくれたのは目の前の夫だろう。子ども扱いされる原因は自分にあったわけだ。

 穴があったら入りたいほどの羞恥に見舞われるも、この会話の流れで膝上から降りることなど出来るはずもなく。


「……お気遣い……ありがとうございます……」

「気にするな。本題に入っても?」

「はい」


 空のマグカップを私の手から優しく奪い取ったアーノルド様は、それを小卓に置いたところでわざとらしく居住まいを正した。途中、からかったことを謝るかのように背中を摩られてしまえば、羞恥を通り越して自分が哀れに思えてくる。


 ──誰だ、この人が天然っぽいなんて言った奴。私か。


 よくよく考えてみれば、アーノルド様は十八の小娘である私よりも七つか八つほど年上なのだし、女性の扱いが分からないなんてこと自体はまず有り得ない。……キ、キスもそつなくこなしていたし。寧ろ私が「子ども扱い」と思っていたものは世間で言う「男女のやり取り」に近いもので、これはただ単に私の経験が乏しすぎたがゆえに起きてしまった齟齬なのでは……?


「うそ……」

「リーン?」

「何でもありません……」


 ケイトリンお嬢様に男女の云々を少しだけ教授してもらえば良かった。今更ながらこの依頼、いろんな意味で私には荷が重すぎるだろうと後悔していたら、いつの間にかアーノルド様が懐から手帳を取り出していた。

 長いこと使い込んでいるであろう黒革のカバーを開くと、折り畳まれた羊皮紙が現れる。地図だろうか。私の知るものよりも、フォルナート王国が随分と紙面の左側に寄っている。


「さて。近年、ヘーゼルダイン周辺の魔獣が活発化していることは知っているか?」

「はい。噂は聞きました」

「過去にも何度か繁殖期に当たるものはあったが、それとは少し様子が違う。暮夜(ぼや)の月でなくとも数が増え続けているからな」


 暮夜の月。それは十二の月の最後、つまり一年の終わりに当たる時期なのだが、魔獣は決まってこの月に繁殖すると言われているのだ。

 言い伝えでは、大地を守る天竜族が年末の宴に耽る隙を突いて、魔獣がここぞとばかりに増えるようになったのだとか。そのため各国では暮夜の月を凌ぐために、さまざまな魔除けや祭りが発展してきたと聞く。

 アーノルド様はそんな暮夜の月とは関係無しに、ヘーゼルダインで魔獣の母数が年々増えていることを明かしたのだった。


「出没した魔獣の群れに、個別対応するのでは埒が明かない。そろそろ元凶を叩く必要が出てきた」

「……叩く? 何が原因か分かったのですか?」

「ああ、つい最近な」


 そこで改めて地図を見るよう促され、私はそれがフォルナート王国の東側を中心としたものであることに気が付く。

 アーノルド様が人差し指を置いたのは、山々に囲まれた大きな湖だった。


「『竜の涙』に何かが棲みついた。……私はかなり厄介なモノだと見ている」



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