「コントロール」をください!
「まだ届かないの!?」
…またかよ。
キンキンとした声に、こめかみが痛む。
待つ以外に方法なんてないのに。そして、研究を志す人間にとって「待てる」能力は必須と言える部類に入るのに、あの女はとんでもないせっかちなのである。
「コントロールのない実験なんて、衣しかないカキフライと同じでしょうが!」
「ぶっ」
その剣幕からはおおよそ想像がつかないような例えが返ってきて、報告に行った下級生が盛大に吹き出した。
あーあ、またヒートアップするぞ。
「衣しかないカキフライなんて、最早、小麦粉と卵と水とパン粉と油でしょうが!『お待たせしました〜カキフライです!』って言われておいてそんなメニュー出されたら『ふざけんなおーいっ』って、なるでしょうが!」
そこじゃない。キレるポイントはそこじゃないぞ、松池。
お前が今欲しがっているのはカキフライじゃないだろ。
…松池は、いつも何かしらに怒っている。その性格はともすれば周りを遠ざけてしまう可能性を孕んでいるが、彼女は何と言うか、とても独特なのである。怒りの出発点は誰もが「そうだよな」と思える理由なのだが、話が発展していくと必ず迷宮にぶち込まれる。かれこれ5年も同級生をやっている俺ですら、松池の話の行き先を正確には掴めない。
『天然』と言えば良いのだろうか。
何だかんだで、周りから人がいなくならない女。それが、松池ゆかりだ。
ちなみに、彼女の言った『コントロール』という言葉。ややこしいので色々と省略するが、コントロールがないということは、イコール、実験を始めたくても始められないという状態なのである。
確かに、気の毒ではある。松池がエントリー『させられた』学会まで、もうあまり時間がないのだ。彼女としては一刻も早く追加実験をやりたいところであろう。
だがしかし、ないものはないし、届かないものは届かないのである。それが世の中ってやつだ。
「松池。とりあえずこれでも飲んで落ち着け」
俺が差し出したコーヒーを、彼女は睨みつける。
「…ねえ、これ、コントロールの代わりに」
「使えるか、馬鹿!ふざけるのも大概にしろ。てかお前、うるせえんだよいつも…」
苛立ちで思わず頭をわしゃわしゃとかく俺を見て、松池がニヤリと笑う。
「馬鹿と何とかは紙一重、でしょ?」
「…普通、逆だろ。それは」
全く…この女には、敵いそうにない。