日常
ひょんな事から俺の手元に転がり込んで来た何かが憑依しているクマのぬいぐるみ。
俺が頼みを受け入れたのか、行く先々に現れることはなくなった。
しかし、自宅内では小移動を頻繁にしている。
朝、アラームを止めて二度寝をキメようとしたら顔の上に降ってきたり、帰宅するとちゃんと食えと言わんばかりに冷蔵庫前に鎮座してたり、夜更ししていると早く寝ろと言わんばかりにベッドの上に居たり母親かとツッコミを入れたくなるほどだ。
まあ、そのおかげか生活リズムが改善されてここ最近、すごく調子がいいのだが・・・これが神主の言ってた御利益というやつか?
形はどうあれ世話をして貰っているのは事実だ。もちろん、こちらも自分なりのお返しということで、狭いワンルームで申し訳程度に一番高いタンスの上に置き、毎日お菓子とジュースをお供えしている。
「マジでお供え物してる。」
家に遊びに来た友人がタンスの上に置かれたクマを見るなりクスリと笑う。
この友人こそが俺の元へクマを送り込んだ張本人だ。
本日の訪問理由はクマの小移動を見たいとのことだ。
「変な事すんなよ。そのクマ何しでかすかわかんねぇから。」
「大丈夫だって。でも、正直信じられないんだよなぁ。」
友人は頭を掻きながらまじまじとクマを見つめた。
「そりゃまあ、俺も信じられねぇよ。でも、実際に事が起こってるからな・・・」
「まあ、お前がここまで手の込んだいたずらをするとは考えられねぇしな。そういう訳で今日はじっくり確かめさせてもらいますよー。」
「期待にそえるような事は起こらないと思うぜ。」
楽しそうな同僚とは対象的に俺はどこか冷めていた。
「・・・それにしても全然変化がないな。」
近所のスーパーで買ってきた冷凍食品をつまみにビールを飲みながらバカ話をしていた同僚が、ふとタンスの上のクマを見る。
「ああ、動くのは俺一人の時だけとかじゃねぇの?ピザ、最後の一枚もらうぞ。」
そう言って俺は薄いマルゲリータピザを一口かじり、ビールで流し込んだ。
「あーそういうシステム?面白みに欠けるなぁ。」
「お前は何を求めてんだよ。ちょっとトイレ行ってくる。」
「最後までよく振るのよ。」
「へいへい。」
同僚のおふざけを軽くあしらいながら俺はトイレに向かった。
「・・・あれ?」
トイレから戻った俺は声を上げた。
タンスの上からクマが消えている。
「どうした?」
テレビを見ていた同僚が真っ赤になった顔をこちらに向ける。
「お前、クマ動かした?」
「へ?・・・あれ?ない!」
一瞬、間の抜けた顔をした同僚だったが、クマの消滅を確認し驚きの声を上げる。
二人で部屋を見回すとクマは、同僚が背もたれ代わりにしていたベッドの上に座っていた。
「もう寝ろってことかな。」
テレビ台に置かれた電波時計の日付はとっくに変わっている。
「すげぇ、ホントに動いた・・・」
「じゃあ、片づけるか。」
感動する同僚の肩を叩いて現実に引き戻し、二人で宴の片づけを始めた。
「それじゃ、おやすみ。」
ベッドに横になった俺は同僚に言う。
「もう寝てるし・・・」
しかし、同僚は既に自身が持ち込んだ折りたたみベッドの上でいびきをかいていた。
「騒がしくて悪かったな。おやすみ。」
そして、クマにも小声で挨拶をした俺はリモコンを使い部屋の電気を消した。