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第8話 一年ぶりの対峙

 隻眼のベヒーモスとの攻防は、明らかに兵士&魔導士の寄せ集め連合軍が不利な状況だった。

 放たれる魔法がベヒーモスの毛皮に弾かれ、矢や鉄砲などの類も全く通さない。おそらく蚊に刺された程も感じていないだろう。

 ゆっくりと町に近づいてくる。まるで何かの目的があるように、である。

「怯むな!」

 対頂角の男が叫ぶ。続けざま側近に、

「もっと上級の魔法を使える者はいないのか?」

「なにぶん緊急事態なもので、ギルドに滞在している冒険者も、Bクラスの者が数名程度で……これ以上は厳しいかと」

「王都への応援要請は?」

「しばらく前に北門から向かわせましたが、一番近いルートが使えないため、森の北を越えていくルートで早馬を走らせておりますが。王都に早馬がつくのはどうしてもあと五日はかかるかと」

「そうか……絶体絶命、だな」

 リーダーは一瞬くらい表情でそう呟いた。だが、それを払拭するように首を振る。

「だが、この町の民のためにも、俺たちが絶望するわけにはいかない」

 そう呟いたとき、三人の兵士が駆けつけた。

「た、隊長!」

「おお、お前たち。それで、ロック殿は?」

 ロックを呼びに行った三人が戻ってきたのだが、肝心のロックの姿が見えない。

「ロック様は……」

 言いにくそうに言葉を濁す兵士。それとなく、リーダーは察した。

「そうか。仕方あるまい。もう引退された方に期待した我らも甘かったのだ……」

 リーダーは自らを戒めるように呟いた。

「ここは、我らだけでどうにか……」

 言いかけたときだった。

「すまん。遅くなった」

 ブレストプレートを始めとする急所を守る程度の軽装に、ロングソードを携えたロックが彼らの後ろにいた。

「ロック殿」

「準備に手間取ってな。で、その魔獣……ベヒーモスは?」

「町を囲む街壁の外に。少しずつ近づいているようです」

 街壁の上からその様子を一同は見る。弓矢や大砲などでここから絶えず応戦しているが、ベヒーモスには全く効いた素振りはみられないし、怯むことすらないようだ。

「どうしたものでしょうか? 魔法も上級魔法が使える者が今はおりませんし、矢や大砲などの重火器では足止めにもなっておりません」

「そのようだな……」

 ロックはしばし考え込む。

 あの時、俺たちは不意をつかれた。背後からの攻撃に仲間たちは……。俺は何も出来ずに逃げてきただけ……。

 唯一傷つけられたのは、あの目か……。ロックは当時を思い出すと体が震えを起こしている事に気づいた。右手はじっとりと汗ばむ。体が、記憶が恐怖しているのだろうか。

 仲間たちを惨殺したあの魔獣に!?

 心臓が早鐘を打つ。顔色も青くなっているが、本人はもちろん気づかない。周りの兵士たちもロックのその様子に驚きを隠せないでいた。

 百戦錬磨のロックが恐怖を抱く魔獣の存在は、とてつもなく大きなものだと感じられる。

 だが、しかしロックは嫌な思いを払拭するように首を振った。

 逆にチャンスだ。仲間たちの敵を討つ。そう思うと力が沸いてくる。ただ、一人でどうやって……考えを巡らせる。

「ロック殿?」

「……あ、すまない。そうだな、どう戦おうか悩んでいたが、あまり時間がないな。魔導士を二、三人。それから兵士を四、五人ほど力添え願えるか?」

「腕に覚えのある者をすぐに連れて参ります」

 ロックを呼びに来た兵士がそれぞれ駆けだした。

「しかし、どう戦うおつもりで?」

「正直、魔法や剣でどうにかなるとは私も思えない。が、協力者には攪乱してもらおうと思う。それにこの剣……」

「これは……ミスリルのソード?」

 ロックの腰に差したロングソードに目を向けた隊長は呟いた。

「正確にミスリルソードと言えるかはわからないけど。今、もし奴に通じる武器があるとすれば、これくらいかと。父の形見なんだが……」

「魔力剣ですね?」

「効果のほどは分からないけどね。ただ、父が冒険者だった頃にこの剣に何度命を救われたかわからない、と言っていたからあるいはそうかもしれない」

「ロック様、呼んで参りました」

「ありがとう。ああ、君らか……」

「お久しぶりです。帰ってらしたんですね。って悠長に話してる暇はないですね」

「三年ぶりですね」

「ニコラス、キャメロン、ミシェル元気だったか?」

 三人は顔なじみの魔導士だった。ニコラスは男前の魔導士で火と風魔法を得意としている。自分はモテるという意識が強すぎて、それが時に欠点となることも多々。だが、得意な属性魔法のキレは随一で。まだCクラスの冒険者にも関わらず、中級魔法までなら楽々こなす。

 キャメロンとミシェルは双子の魔法使いだが、姉のキャメロンは背も高いブロンドの美女で体中で女性らしさをアピール。特に大きな胸は彼女の誇りというか、自慢なのだが。周りの視線を集めてしまうのがたまにキズ。光と水の属性魔法を得意とし、また癒しの魔法にも長けている。

 妹のミシェルもブロンドの美女なのだが、いかんせん背は低く、キャメロンの肩ほどまでの身長で、体型も成熟した女性と言うより幼児体型に近く、胸の凹凸も小さいのがコンプレックスになっていて、それを指摘されるの特に嫌う。得意属性は闇、火、風、土とその才能は留まることを知らない。姉ほどではないが、光と水の属性魔法も人並み以上に使いこなせるのは彼女の大きな強みだろう。

「三人が力を貸してくれるなら心強いな」

 ロックは呟いた。駆け出しの冒険者の頃からロックは三人を知ってる。この町を中心に活動していた頃、数回臨時のパーティーを組んだこともあるし、二年ほど前にも別件で一緒に依頼をこなした。

 その時には数年ぶりに会った彼らの成長ぶりに舌を巻いたほどだ。

「お待たせしました」

 兵士たちからフルアーマーに身を包んだ兵隊が五人。ロックが言わずとも、盾役を買って出てくれるようだ。

「盾役は我らがお受けいたします」

「えーっと。君は?」

「ジンです」

 前にいた男が名乗る。それから個々に名前を教えてくれた。

「ギムレット、ウォッカ、アニゼット、ペルノーです」

 同じ鎧を着てるから顔は分からないが、背格好は誰もが同じくらい。体格も似ているが右胸に印された勲章が個人名が打刻されていることにロックはすぐに気づいた。

「まず、盾役も非常に危険だ。あの爪に切り裂かれれば命の保証はない」

「この命、役割を全うできるなら惜しくはありません」

 ジンは即座にそう答えた。彼がこの五人の中ではリーダー格のようだ。

「ジン。その勇敢さはありがたいが、下がれと言われれば素直に引くこと。お前たちが無事に帰れないと、悲しむ人もいるだろう? それからニコラスたちは奴らの気を引くように魔法を散らしてくれ。俺は合間を見て切り込む」

「ロックさん一人で? 無茶だ」

「無茶は承知。これは俺にとっても越えなきゃ行けない大きな壁なんだ」

 ロックの表情は固い決意で覆われていた。その真剣な眼差しに、誰も言い返すことができない。

「分かりました。出来るだけ援護致します」

 話がまとまったところで、九人は街壁の門へと向かう。

「いいか、俺たちが出たらすぐに閉めるんだ!」

「分かりました」

 ロックの言葉に、門番をやっている兵たちは素直に頷く。兵士たちの通る小さな門から外に出ると、そこには先にベヒーモスと対峙していた冒険者たちが倒れていた。動けない者や軽いケガの者など程度は様々だが、幸いなことにまだ死者は出ていないようだ。

「ジン、三名ほど重傷者の救助に。キャメロンは怪我人の手当を優先してくれ」

「わかりました」

 ロックの指示に、ジンはすぐに指示を飛ばす。キャメロンはも街壁近くで怪我人に回復魔法をかけて、一人でも多くを退避させる事に尽力していた。

 ロックは剣を右手に構えながら、身長にベヒーモスとの距離を縮めていく。

 冒険者たちもジリジリと後退しながら距離を取り始めていた。

 接近してくるロックに気づいたのか、ベヒーモスの動きが止まった。警戒している。ロックもより慎重に様子を伺っていた。

 どぉぉぉん!

 ロックの合図と共に火球がベヒーモスに炸裂した。効くとは思っていない。目くらまし程度だ。ロックは炸裂と同時に駆けだした。

 右薙ぎの一撃が左腕を捕らえ……思った以上の堅い衝撃に、切り落とすまではいかなかった。

 毛がまるで金属のような堅さ。腕を振るったり、爆風で揺らぐベヒーモスの体毛からはそんなに堅そうな印象がなかったけれど、剣が触れた瞬間はまた別格の堅さだった。

「ま、魔力か……」

 何かの書物で読んだことある。

 魔力を通せば堅くなる魔獣や魔物がいると言うことを。それも伝説というか、滅多に遭遇することもない魔獣のことで、真偽は定かではなかったが……現実にあり得たか。

 ロックは舌打ちしながら距離を取ろうと……しかし、それもわずかに遅かった。

 ベヒーモスはまるで人が蠅をはらう用なし草で右腕を振り下ろす。

 交わしきれない。そう思った瞬間、ジンが間に割って入って盾で受け止める。同時に後ろに跳び衝撃を逃がした。

 とはいえ二人も何もなかったわけではなく、ジンの身につけた鎧とジンの体重で潰されそうになるロック。ジンの持っていた盾もベヒーモスの爪で切り裂かれ、使い物にならなくなっていた。

「大丈夫ですか?」

「すまない。助かった」

 ロックはなんとかジンの下から這い出てジンの腕を取って抱き起こす。盾の状態に気づいて絶句した。

 ジンもわずかに籠手が裂かれて血を流していたが、大事には至らないようだ。

「君は一旦下がれ」

「はっ」

 ロックはもう一度剣を構えるとベヒーモスを睨みつける。この剣の真価。それは……まだロックは使いこなせた事はなかったが、今度こそは。ロックは父の言葉を思い出していた。

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