第5話 アクビアの町
あれから、馬車に揺られること三日間。思ったよりも早くロックたちはアクビアの町に到着した。王都からは西へ馬車で約一〇日ほどの距離にあるこの町は、昔から隣国へ近いこともあり、古くは宿場町。そして、近年では交易都市として栄えていた。人口も一万人に近いと言われており、この国でも一、二を争う地方都市である。
北には観光地としても知られる渓谷があり、町の南側には大きな湖があって別荘地帯を含むリゾート地としても有名なところだった。
町の中心には東西に走る大通りがあって、そこを中心に商業地帯は大いに賑わいを見せる。
東側の門からロックたちの馬車は大通りを町の中心に向かって進む。町の中心には馬車の乗り場があり、もちろんこの町の役場や冒険者ギルドを始めとした多くの施設が建ち並ぶ。店や露店も多く建ち並び、もちろん宿もこの辺りを中心にいくつもの店が立ち並んでいた。
馬車から外の景色を眺めながら、レイチェルは「わぁ」と小さな声を漏らす。レイチェルの育った町は王都にほど近いこともあり、かなり大きな町だったけれども、この町の大通りの賑わいはまたひときわ違っていた。
「ロックさんはこの街で育ったんですね」
「ここのところ、地方に行ってばっかりだったからこの街に帰ってきたのはもう五年振りくらいかな? でも冒険者になるまで育った町っていうのは間違いないよ」
などと話していると、馬車は街の中央の広場に出て停車した。
「おっ。着いたみたいだな」
ロックはほかの乗客が下りたのを確かめると、レイチェルを促して馬車を降りた。レイチェルは大きな伸びをして深呼吸一つ。
「疲れた?」
「ええ、少し」
「まあ、ゆっくり行こうか」
ロックはレイチェルの様子を見ながら言う。彼女を連れて大通りから北へ向かう路地に入った。大通りを離れたといっても、まだまだにぎやかな街並み。露店がいくつも並ぶ。
「この路地は野菜とかパンとか売ってる店が多いんだ」
「へぇ。そうなんですね」
レイチェルは物珍しそうにキョロキョロする。人通りは多く、売ってる野菜もレイチェルの知らない野菜が割とあって。見てるだけでも楽しかった。
「おう、ロックじゃないか? 冒険から帰ってきたのか?」
声をかけてきたのは野菜を売ってる露天商だった。ロックとは昔馴染みで、彼は父親から引き継いだこの店で八百屋をやっている。
「マリオン。ほんと久しぶり!」
「ずいぶんと久しぶりじゃないか。連れの美人さんは、まさか嫁を貰ったのか?」
「いやいやいや。そんなんじゃないよ。旅先で困ってたから」
「ふーん、どうかなぁ?」
ニヤニヤしながらマリオンは言う。レイチェルは頬を染め、照れ笑いを浮かべていた。が、ロックの嫁と間違えられても嫌な感じはしていなかった。むしろ頬を赤く染めているほどである。
マリオンをはじめとしたロックの知人たちの冷やかしを受けながら二人は路地を抜けて。少し開けた区域にでてきた。町の中心地からは程よく離れたそこは、集合住宅ではなく、戸建ての家が立ち並ぶところだった。
「この辺は割と身分の高い人が住んでる地域で……」
言われてみると、このあたりの邸宅は大きな屋敷と広大な庭があった。
「ロックさん。もしかして貴族だったんですか?」
レイチェルはふいに畏まったように言った。その口ぶりはずいぶんと固く。これまでの道中失礼なことがなかったか、慌ててレイチェルは自身の行動を振り返る。
「あ、いや……」
ロックは言いにくそうにしていたが、「そうじゃないんだ」と、意を決したように言った。
「この区画を抜けると、街はずれの住宅街があって……俺はそこの出身。貴族じゃないよ」
「そ、そうですか」
レイチェルはほっと胸を撫でおろす。まさかの展開かと思ったけれど、思い過ごしで良かったと、レイチェルは大きな息をついた。
貴族の住まうという区間を抜けると、さっきまでの邸宅とは違う割とこじんまりとした住宅が立ち並びんでいた。どの家にもそこそこの広さの庭のある。しばらく進んだ住宅の先でロックは足を止めた。
「ここだよ。そんなに広い家じゃないけれども……」
とロックは言うけれども、三階建てのレンガ造りの建物は、割と大きく。三階に見えるベランダはバーベキューができそうな広さが十分にある。
「い、いえ。結構大きな家だと思いますよ」
レイチェルはロックが貴族ではないと知って安堵していたが、この家の大きさからみると、ほんとは貴族なのではないかと、思わざるを得ない。
「ロック様。おかえりなさい」
屋敷の中から中年の女性が顔を出した。メイド服を身にまとった彼女は、にっこりと笑顔でロックを迎え入れた。
「今回はずいぶんと長旅でしたね。おやまあ、かわいらしいお嬢さんを連れて。ようやく身を固める気になりましたか」
「いやいや。違うから。レイチェル。彼女は僕が小さいころから面倒見てくれていたアルト。アルト、こちらは家路に向かうときに出会ったレイチェル。家族を亡くして行く当てがないらしいんだ」
「おやまあ、レイチェルさん。でしたか、初めまして。しばらくここで休んでいくといいでしょう」
「なにか仕事でも紹介してやれないかな?」
「そうですねぇ。まあ、立ち話もなんですから、家におあがりください。すぐにお茶を用意しますよ」
アルトに案内されて二人は荷を下ろしてダイニングのソファーに腰掛ける。
「何か得意なこととか、こういった仕事をしていたなんてありますか?」
アルトは紅茶を二人に用意しながら、レイチェルに問いかける。
「生家の手伝いをしていたくらいで……」
「ほう。どういったお仕事を?」
「パン屋だったんです。私はほとんど焼いたことはないんですけど、接客はやっていました」
「そうですか。わかりました。レイチェさん。まずはここでゆっくりを体を休めててください。わたくしがツテを当ってみますので」
「アルトに任せておけば安心だよ。さて、僕は少し休ませてもらうかな」
「夕食の時間にお呼びします。さあ、レイチェルさんはこちらの部屋にどうぞ」
そう言って案内されたのは、二階の部屋の一室だった。二階には五部屋ほどあるようで、そのうちの一室。ちょうどそこは玄関の上にあるようで、窓からは先ほど歩いてきた道が見えた。
部屋の広さも思った以上で、クイーンサイズのベッドに小さなテーブルとイス。まるでそこそこ大きな宿の一室のようだった。
「自分の家だと思ってゆっくり休んでください」
アルトはレイチェルの荷物をテーブルに置くと一礼して下がろうとする。
「あの、少し聞きたいことが」
「はい、なんでしょう?」
「ロックさんは本当に貴族じゃないんですか?」
「彼のお父上も冒険者でした。結構ランクの高い冒険者で、街の為に剣を振るう。そんな方でした。このお屋敷はその功績が称えられ、与えられたものです。私はロック様が小さい頃にお母様のご病気で亡くされたため、雇われたメイドです。なので、もうずいぶんとこの家でご奉公させていただいております」
「そう、だったんですか」
「そのお父様も十年前に亡くなられ。ロック様もその頃から冒険者になられました。私はそれからこの屋敷を維持し、ロック様のお帰りになられる日をお待ちしておりました」
「ロックさん。冒険者をやめるつもりだとおっしゃってましたが」
「手紙でそのこともうかがっております。詳しいことは存じませんが、まずは疲れをいやしていただきたいです」
「それと、ロックさんとアルトさんはどうして見ず知らずの私にこんなに良くしてくださるのでしょう?」
素朴な疑問だった。アルトはしばし考えこんでいたが。
「ロック様のお父様もそういう方でした。それに……」
「それに?」
「レイチェルさんがロック様のお母様に似ているから、なのかもしれませんね」
「えっ」
そう言ってアルトは隣の部屋にレイチェルを案内する。そこは物置になっているようだったが、一枚の肖像画が奥に飾られていた。その絵がレイチェルにそっくりだった」
「ロック様のお母様の肖像画です。小さい頃はよくこれを眺めておられました」
「そう、だったんですね」
ロックの思うところ。本当のところはわからないが、彼ももしかすると癒しを求めているのかもしれない。レイチェルはそう思うと、急にロックの事が可愛く思えてきた。三十を過ぎたばかりの青年に、可愛いというのは失礼かもしれないけれども。そう思えたのだから仕方ない。
「あの、アルトさん。一つお願いが」
「なんでしょう?」
「私にも夕食の支度を手伝わせてくださいませんか?」
「お客様にそんな……」
「私を助けてくださったロックさんに。こんなに良くしてくださったお礼がしたいの。お願いします」
アルトはレイチェルの願いを聞き入れた。夕食の時間までまだ少し時間がある。アルトはレイチェルを連れて買い物に出かけることにした。
アルトはレイチェルに普段仕入れで使っている店を紹介しながら食材を選ぶ。野菜、肉。それからパン。今日のメニューは決まっていた。先ほどのマリオンの店でも野菜を購入。それらを自宅まで運ぶと、二人はキッチンに向かうのだった。
ロックは夕食の準備ができたと呼ばれ、食堂にやってきた。そこには豪華絢爛なディナーが準備されていた。
「なんかすごいね」
ロックは驚きを隠せず素直に言った。
「レイチェル様がロック様にお礼がしたいとおっしゃられ。パンを始めとして、メインデッシュは彼女がお作りになりました。私は少しばかりお手伝いしただけです」
淡々とアルトが言う。ロックは目をパチクリさせた。
「見ず知らずの私にここまでしていただいて。後は私がこの町になじんで仕事を見つけられるか。ですけど。本当に感謝しているんです」
たどたどしく言葉を紡ぐレイチェル。
「うん。早くなじめるといいよね。住むところが見つかるまで、この家を好きに使ってかまわないからね」
「何から何まで。本当にありがとうございます」
「さ、冷めないうちに食べよう。アルトも今日は一緒にさ」
「……そうですね。ではお言葉に甘えて……」
こうして一同の楽しい晩餐が始まったのだった。
ようやく続きをご提供できました。
まだまだ続きます。