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日常ブレイカー(理屈屋男子×元気っ子女子)

『1日可もなく、不可もなく。浮かず目立たず、つつがなく』

 それが僕のモットーだ。僕は地味で平凡な中学生だから、のんびりと悠々自適に日々を過ごすのが合っている。それが身の丈っていうものだし、何より楽ちんだ。

「平穏が一番」

 下校時刻を迎え、今週一週間を無事に終えた僕は達成感に満ちていた。

 覇気が無い、伸びきった麺のようだと周囲に評され認めつつある僕も、この時ばかりはラーメン二郎のもやしぐらい存在感を放っているだろう。

 がしかし、廊下に出て僅か数歩、

「三島くんっ!テニス出来るってホント!?」

 襲いかかる華やかな声。僕はまだ振り返ってすらいないというのに、構わずぶん投げられる問い。思い返せばこの時点で、聞こえないフリで即刻逃げるべきだった。

 だけど現実には、完全な不意討ちを食らって既にうっかり振り返ってしまった。

 後悔の先にいたのは、笑顔の名瀬さん。

「明日、花丘公園でテニスやるんだけど、三島くん来てくれないかな?」

 「え」だか「は」だか、僕の口からは気付く間もなく、困惑の見本みたいな返答が出ていく。

「急にごめんね。でも出来る人全然見つからなくって」

 と多少申し訳なさそうに名瀬さんは頭を掻く。

「えーっと……」

 僕は答えに窮する。

「来てくれるとすっごく助かるの!頼むー!」

 跳ねるみたいに一歩、彼女は距離を詰めると願掛けじみて両手を合わせる。その迷いのなさと期待に満ちた瞳の輝きに、僕の脳内は混乱を極める。

 確かに名瀬さんは花丘中学三年二組クラスメイトだ。ショートカットの良く似合う、制服のスカートからすらりと伸びた足が健康的に眩しい、活発イメージそのものの少女。

 しかし、だ。元気っ子といえば聞こえはいいが、要は向こう見ずの鉄砲玉、平穏の破壊っ子である。

 平穏と静寂を好む僕とは(というかそもそも女子と仲良くない)、接点がまるでない。その上、僕はテニス出来るって一言も言ってない。

 小学生低学年の頃に少しだけテニス教室に通っていたけど、それを知ってる者はクラスにいないはずだ。

 これらのことを鑑みて、それでいてなぜ僕に白羽の矢が立った?

 すっかり呆然として、我知らず思考の中を泳いでいると、名瀬さんがひょいと願掛けを解き、

「行けそう!?」

 満面の笑みで聞いてくる。

 なぜそう思うのか一つも理解出来ない。答えはNOだ。

「行けるもなにも……」

「なにも?」

 諦めない彼女がそう小首を傾げた拍子に、なだらかな額を流れていく。彼女の勢いに反して、前髪はさらさらと繊細に、艶やかな絹糸を垂らしたみたいに。

 その一連に、僕は迂闊にも釘付けになる。一応断っておくが、これは、きれいとか美しいとかそういうなんらかの感情が起こった訳では断じてなく、動くものを咄嗟に目で追ってしまうよくある動物的反射だから、誰しもやむを得な――

「あっ! もしかしてもう予定ある? いきなりすぎて困るよね」

 我に返ったように、名瀬さんは身を引く。

「お姉ちゃんにもよく注意されるんだー、あんたは強引すぎるって」

 ごめんごめん、と子供っぽく笑うと彼女は来た時のように嵐のごとく去っていく。

「名瀬さん!」

 それなのに僕は、なぜだ。放っておけばこのまま平穏が戻ってくるって言うのに、彼女を引き留めている。

「……予定は、ない!」

「ホントに!?」

 彼女が顔を綻ばすとまるで太陽みたいに、辺りが明るくなる。引き留めてよかったなんて思って、僕は自分に頭を振る。

「じゃ明日10時、公園入口にラケット持参で」

「うん」

「ほんっと助かる!ありがとう!」

 名瀬さんは元気良く去っていく。そして僕は取り残された。話の噛み合わなさから言えば、初めからずっと取り残されていたけれども。それにしても、

「やってしまった・・・・・・」

 僕はやりきれなさに拳を握り、天を仰ぐ。

 明日はせっかくの休日。一日ダラダラと平穏を満喫しようとしたのに、朝から名瀬さんとテニスだなんて、どう考えてもはちゃめちゃな一日になる。

 悔恨の念に苛まれながら、僕は家の物置へ思いを馳せる。

「ラケット、どこに仕舞ったっけ?」

 ――明日10時、絶対参加だ!

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