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ねこの日(クール女子高生×変わり者女子高生・百合風味)

「ねえ沙羅!先輩って犬派なんだって!」

 ガーン、と向かいの席で佳奈が大げさに声を上げる。

「白のソファ置くでしょ?そこでのんびり雑誌を読む先輩、傍らにじゃれつく猫。そんな昼下がりって完璧だっていう」

「それは、あんたの妄想でしょーが。しかもネコの日、関係ないし」

「えー、だって似合うと思わない? ついでにそこに、ほんっと端の方でいいから、私も居させてくれたら……なんて! キャッ」

 妄想に勤しむ佳奈を放って、私は窓際の席へ視線を運ばせる。外を見るふりをして、こっそりと。

 彼女がいる。上坂天音。

 つまらそうに肩肘を着いて、次の授業の教科書をさして興味もなさそうに読んでいる。

 彼女がふと顔を上げる。私は慌てて、視線を戻して逃げ込むようにスマホを開く。

 だけど、そこで見るのもやっぱり彼女の名前。溜め息が漏れていく。

 ネコ。

 にゃん、にゃん、にゃん、で、ネコの日。

『だから、ネコカフェ。行ってみたくない?』

 一年前の今日、そう声を掛けたのは私だった。特別仲がいいわけじゃない、天音はただのクラスメイト。だけど、不思議と彼女も驚くことなく、

「うん、行きたい」

 ごく自然に答えた。

 彼女はいつもつまらなそうで、それは、私の感じていた息苦しさと似ている気がした。それは彼女が見ていた私も、同じだったのかもしれない。

「猫がいっぱいいる」

 日当たりのいいカフェの室内、ソファ席に隣同士で腰掛けて、猫たちを眺めてる。

 猫たちは自由気ままで、目的もなさそうにウロウロしてたり、お客さんにおやつをねだりに行ったり、タワーの一番上でじっとしてたり、丸まってたり。

 勝手なのが当たり前の中にいると、なんだか思っていることが素直に出ていく。

「学校ってなんであんなにつまらないんだろう?」

「わかんない」

 彼女もまた躊躇なく、だけどどこか間の抜けたように答え、

「みんな楽しそうだよね。なにが、そんなに楽しいんだろう」

 やりとりに意味はなく、ただこうして二人でいることがなんとなく心地良い。

 この時間は二人の秘密だった。学校では特別親しくすることはない。

 たまに息が詰まりそうになった時に、彼女の姿を盗み見て、まるで自分を見るような気持ちになって、そして自分が一人でないことを確かめる。

 猫に会いたいと思い立ったら、スマホにメッセージを送る。その距離感がちょうどよかった。

「みんなも、大して面白くないのかも」

「そうかな」

 今日も自由気ままに闊歩する猫を眺めて、天音が言った。

「面白くないのに、面白いフリしてる」

「どうして?」

「さあ。そうすることが案外、面白いのかも」

「面白いフリをすればいい? 天音、明日からやってみて」

「やだ」

 即座に否定した彼女はクスクスと笑い、

「面白くないのが、丁度いいの」

「そっか。私も同じ」

 考え方とか、感じ方とか、二人はとても良く似ている。まるで、鏡を見ているみたいに。

 もしかして、本当は全部妄想で、一人で鏡を見ているのかもって疑うことほど、二人の境界は溶けていく。

「私、沙羅のこと、好きかも」

 天音は言った。その意味が私にはすぐに分かった。これが恋というものかもと、私も思い始めていたから。

「うん。確かめてみたい」

「キス、しよ」

 触れ合ったとき、私はようやく気付いた。私は彼女ではないし、彼女は私ではない。ドクドクと全身に血が巡って、初めて息をするみたいに私は呼吸した。

 私たちの日常は変わらない。

 つまらない日常。教室で会話を交わすことはなく、ただ、気が向いたら一緒に猫カフェに行く。あの日のキスは無かったことのように、互いの胸の内で眠っている。

 一つだけ変わったこと、私はあの日を境に彼女も知らない秘密を持った。

『にゃんにゃんにゃんで、ネコの日だから、ネコカフェに行かない?』

 スマホに打ち込んだ文面を眺めて、送信を躊躇する。

 来てくれたら、嬉しい。嫌だったら、どうしよう。迷っていると、

「何してんの?」

「ぎゃあ!覗くな!!!」

 すっかり存在を忘れていた佳奈が、隙ありとばかりに身を乗り出してくる。

「何その慌てよう!怪しい!!」

「なんでもないからっ」

 死守した画面を見ると、うっかり送信しまっていて私はさらに焦る。

「沙羅ってば、顔真っ赤。うふふ、もしかして恋の薫り?」

「佳奈、うるさい!」

 私は窓際の席を盗み見る。天音はスマホに目を落としてクスクスと笑っている。再び顔が熱くなって、胸がどきどきしている。

 すぐにスマホが鳴って、返事が来る。

 『行く!にゃ!』

 私が天音に恋してることは、まだ一人だけの秘密。

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