76 魔神王の魂
「よう、ウォーレン」
「ようこそ、アーヴィン様」
大賢者の塔にある図書館。
そこは御大層な名が付けられていて、”叡智の間”と言った。
ワンフロア全てを利用して作られた図書館で、ここには惑星ローラシアの古今東西、ありとあらゆる書物が存在している。
また、大賢者の塔における研究の報告書も収蔵されていた。
この世界最大の図書館。
そんな図書館を管理しているのが、元闇精霊の精霊王にして、現在では”神化”したことで精霊神になったウォーレン館長だ。
このウォーレンは、俺の姿によく似てる。
黒い髪と瞳をし、俺と同身長。
顔も体も、まるで鏡に映したかのようにそっくり。
ただし髪形が違うので、まったく同じというわけではなかった。
「今日はどのようなご用件で?」
「奥にある資料を読みに来た」
「なるほど」
俺とクリス、イリアは三つ子の兄弟だが、3人とも見た目は全く似ていない。
むしろ俺とウォーレンの方が、双子の兄弟と名乗っても、違和感がないほどよく似ていた。
「案内します」
「頼む」
俺はウォーレンに先導されて、叡智の間の奥へ向かう。
似ているのには理由がある。
俺の親父である初代大賢者が、”魔神王”を生み出すまでに繰り返してきた実験の数々があり、ウォーレンはその中の最終実験体だった。
このウォーレンが生み出されたことで、初代大賢者は”魔神王”を生み出す計画の最終段階を、進めることができるようになった。
つまり、俺という存在の試作品であり、劣化品であるのがウォーレンだった。
ウォーレンが先導して、叡智の間にある本棚の一つを通り抜ける。
ウォーレンの力によって張り巡らされている強力な結界があり、塔にいる高位魔神単体では、突破することができないほど強固だ。
ウォーレンは高位魔神ではないが、高位魔神をも上回る力を持つ、この塔の陰の実力者。
ただしその存在は、叡智の間の管理と守護者として存在していた。
初代大賢者が、そのようにしたからだ。
叡智の間の表は、本棚がずらりと並んだ図書館だったが、結界を一つ抜けただけで、その雰囲気が変わる。
人が来ることを拒むように、周囲を闇が渦巻く。
地獄にある血の池地獄よりも、陰鬱とした闇の領域が続き、この場に来たものの精神を蝕み、発狂させる領域が広がる。
あるのは闇だけだが、ここはそういう場所。
「大賢者の塔の、もっとも汚いない部分を表した場所だな」
「そうですね」
この塔で行われている人道にもとる研究の数々。
魔神たちの暴走による大量虐殺と大破壊。
クレトの作り出す地獄の世界。
それらすべてを足して、形にしたような場所がここだ。
もっともここには物理的な形は存在せず、ただ陰鬱とした空間が続くのみ。
「まるで、僕の精神だ……」
ウォーレンはそんなことを呟いた。
こいつは、俺に外見が似ているし、魔神王の俺に能力的に最も近い。
ただし、性格は陰気だ。
絡みづらいところがある。
と言っても、俺はウォーレンの陰気な性格を矯正しようとか考えてないので、彼には彼の好きなようにしてもらおう。
「ここから先は、僕は入ることが許されてませんので」
「ああ、案内ありがとう」
この空間の突き当りまで俺を案内すると、ウォーレンは頭を下げて、この場からいなくなった。
「あいつ、あんな顔ばかりしてると老けるぞ。あと髪の毛が抜ける」
性格の矯正をするつもりはないが、自分とよく似た相手がハゲになったら悲しいので、そのことだけは心配になった。
俺もストレスが多いので、髪が抜けないように気を付けないとな。
まあ、髪の毛は胃袋と違って全然抜けてないので、こっちの心配はいらないが。
さて、”叡智の間の奥”へ入った。
そこにある資料は、表にある資料と違って、ヤバいの一言に尽きる。
初代大賢者の研究の集大成である、魔神王制作にかかわる資料があるからだ。
置かれている紙の1枚1枚から、血の匂いや、暗黒の瘴気、膨大な魔力が放たれている。
ここにある資料は、神の血肉で創られたもの。
それも邪悪で暴虐な神の血肉で創られたものだ。
人間では読むことができないものであり、神のみが読み解くことができる資料。
俺は魔神王であるが、初代大賢者は魔神王を生み出すための過程で、自らも神になっていた。
神を生み出すためには、神でなければならないからだ。
そして、初代大賢者が目指した神は、並大抵の神でなかった。
どうも、俺という魔神王は通常の神とは比較にならない存在らしい。
俺という神を作り出すために、初代大賢者は自らが神となることも、ただの過程としか見ていなかった。
そんな狂人が記した資料を読み解く。
「……」
無造作に資料の一つを手に取り、それを開いて中を読んでいく。
「……」
その資料を、俺は平静な心で読むことができた。
星の滅亡であっても、銀河系規模の大混乱であっても、争いを賭博にする魔神たちがいても、俺の心は動じることなく、常に平静だった。
表面では、魔神たちを叱りとばし愚痴を言うが、実は俺の心は揺れていなかった。
だが、そのたびに俺は自分が人間でない、別の何かに変わってしまったことを、教えられてしまう。
大量の破壊と殺戮より、それで動じることのない自分が、既に人間でないことに驚きを感じる。
俺が抱えているストレスの正体は、実はそれだった。
部下たちがやらかすたびに、心が動じなくなってしまった俺は、自分が人間だった時の感性を失っていることに気づかされる。
そして、自分が人間でないことが、怖かった。
「イヤだな、ウォーレンの事ばかり俺も言ってられないな」
人間には光と影の面がある、なんて陳腐な言葉を使いたくないが、俺の心の奥底にある影は、そんなものだった。
自分が人間でないというのが、悩みごとだ。
とはいえ、クヨクヨしているつもりはないので、資料を読み進めていく。
「……俺が異世界転生したのに、初代大賢者が関わっているのは予想が付いたが、これは想像以上だな」
異世界転移も、自由自在にできるのが初代大賢者だ。
そんな初代大賢者が、俺の異世界転生に関わっていないはずがないと、予想はできていた。
しかし、そんな俺の予想をあっさりと上回ることが資料に書かれていた。
魔神王の制作においては、神に似合うだけの魂が必要となる。
そこで神の魂を作り出すために、初代大賢者は様々な世界に干渉していた。
その際もっとも重要になるのが、神の魂を生み出すための血筋。
初代大賢者は様々な世界において、1000年以上の時に渡って、男女の性関係に干渉していた。
戦乱において、男が女を守るといった、つり橋効果からの夫婦関係を作り出せば、時に精神魔法を用いて、強制的に夫婦を作り出しているケースもある。
戦争において、強制的にレイプしているなんて、反吐が出るものもある。
そんなことを何代、何十代にわたって繰り返し、血を交配させていくことで、目的である神の魂を持つ存在を作り出す。
犬や猫、馬の血統の交配みたいなことを、人間でしていた。
初代大賢者は、俺の魂をただ無目的にこの世界に転生させたのでなく、俺の両親の結婚に干渉していれば、祖父母の結婚にも、曾祖父母の結婚にも干渉している。
それ以前の、俺が名前も知らないご先祖様たちもだ。
しかも俺の先祖だけでなく、この交配作業は他の世界でも行っていた。
何十組もの交配作業を行い、その結果もっとも神の器として適した魂として、前世の俺が選ばれた。
選ばれなかった者たちは、それでおしまい。
実験の失敗作に関しては、放置して終了だ。
「あー、親父の闇が深い。思っていた以上に深いなー」
こんな資料見つけたくもなかったが、読んでしまったものは仕方ない。
「ったく、こんなことに精力出すなら、もっと世界平和とかまともなことに情熱を捧げろよ」
前世の俺が生まれたのも、ある意味では初代大賢者のおかげになるが、本当にろくなことをしてない。
さすがは、初代大賢者。
この塔を作り出し、世界中の狂人を集めてきただけあって、ろくなことをしてない。




