75 日本だけど日本じゃない
「あー、ストレスがたまる」
星々を面白半分に壊して回り、世界を暗黒に叩き込む支配者に祝福を施し、乱世を呼び起こしてそこで賭けに興じる。
そんな魔神たちの王をしている俺は、常にストレスにさらされている。
塔に所属する科学者連中も相変わらずやりたい放題していて、この前なんて惑星軌道上に設置した人工衛星から、地上に向けて高出力マイクロウェーブ波を照射して、海の一部を沸騰させていた。
「やった、やったぞ。私のマイクロウェーブが、海に住むクラーケンを茹でイカにしてやったー!」
イカレタ科学者が、そんなことを喜び叫んでいた。
クラーケンと一緒に、ローラシアの海底にいた半魚人の国が半壊したけどな!
魔法キチ連中も酷いものだ。
「我らがさらなる高みに上がるには、神の世界を探求する必要がある。魔神王陛下への贄を増やさなければならないな」
そんなことを言って、奴らは高位魔神たちと仲良く別世界に出かけたかと思うと、そこで大量虐殺を犯しやがった。
原始的な宗教では、人間を生贄にする風習が存在するが、そんなことをリアルでやらないでいただきたい。
しかも、その後なぜか贄を捧げたことで、連中の魔力が底上げされていた。
「言っておくが、俺は何もしてないぞ」
奴らの贄を受け取った自覚すらないのに、どうして奴らがパワーアップしたんだ?
連中を連れて行った高位魔神たちが黒い笑みを浮かべていたので、きっと奴らのせいだ。
メフィストに倣って、今度物理的な躾をする必要がある。
奴らが増長しかねない。
俺は原始人よろしく、腕力を振るって統治なんてしたくないのに、この塔では力がものをいう場合が多いから仕方ない。
「ああ、野蛮人になんてなりたくないのに、状況がそれを許してくれない」
今度転生する機会があったら、もっと平和で文化的な人たちの中に生まれたい。
俺は、切実に神に願ってしまった。
まあ、今の俺が神だけど。
とまあ、ゴタゴタの数々で俺のメンタルは崩壊寸前だ。
これ以上ストレスがたまると、また銀河系を増やしかねないので、息抜きするとしよう。
俺は大賢者の塔から転移して、ボロアパートにある六畳一部屋へ移動した。
古い畳に、ステンレス製だが汚い流し台。
穴の開いた襖の押し入れもある。
ザ・日本のボロアパート。
それを体現した部屋だ。
「誰もいないけど、ただいまー」
部屋には俺1人しかいない。
そして俺が普段している魔神王の衣服を脱ぎ捨てて、外に出てもおかしくない格好に着替える。
「行ってきまーす」
そのままドアを開けて外に出て、ドアを施錠。
オンボロアパートの2階にある部屋から、これまたボロくて鉄さびの浮いた階段を降りていく。
その先にはアスファルトの通りが続き、車が普通に走っている。
俺はその道を通って、近くにあるコンビニに行き、適当な駄菓子と缶コーヒーをひと缶買う。
支払うのは、紙でできた1000円紙幣。
紙に書かれた人物が、古代日本の統治者、邪馬台国の卑弥呼っぽい縄文人だが、そのことを気にしてはいけない。
「ありがとうございましたー」
硬貨のお釣りを受け取り、買い物を終えれば、アルバイトの店員が俺を送り出してくれた。
ここは日本。
正確には、俺の知っている日本とよく似た異世界だ。
それも20世紀後半から21世紀初頭の日本だ。
俺は魔神王になったことで、異世界転移も自由にできるようになったので、暇を見つけては日本型の世界がないかと探し回り、この世界を見つけた。
日本が存在する世界は複数あったが、この世界が俺の知っている日本に一番近い。
他に見つけた日本はどれもこれも、俺の知っている日本とかなり違っていた。
その中の一つは、なぜか夜見上げた空に浮かぶ月に、人工の都市が存在して、そこから都市の光り輝く様子を見て取れる、明らかに未来の日本だった。
また別の世界で見つけた日本は戦時中だったらしく、初陣の兵士を見送るために、万歳三唱をしながら、街中の人たちが集まって見送りしている光景に出くわした。
あと、21世紀の日本だったけど、巨大なゴリラがスカイツリーに昇って、ウホウホ叫んだり、深海に捨てた放射能廃棄物の影響を受けた生物が超進化を遂げて、口から放射能光線を吐きながら暴れまわっていた。
魔神王なのであの程度の怪獣相手に命の心配はないが、あんな物騒な日本にいきたいとは思わない。
他だと、日本だけど、普通に戦国武将が暴れまわっている世界もあった。
もっとも、重たい鎧兜を全身にまとった戦国武将なのに、なぜかジャンプしただけで300メートル飛び、念じるだけで直径5メートルの炎を出したりする、魔法世界仕様の戦国武将だった。
そんな武将たちが、敵の雑兵をバッタバッタと薙ぎ払い、無双していた。
どれもこれも俺の知ってる日本と違い過ぎる。
日本であっても、時代が違ったりした。
しかし、俺が今回やってきた日本は、俺の知る日本ともっとも近い。
「やっぱり、自分の故郷と似た場所にいると安心できるなー」
ここなら面倒な部下たちもいないので、ゆっくりできる。
何度もこの世界に来ているので、土地勘もある程度ある。
勝手知ったるなんとやらで、俺は近くにある小高い丘がある場所へ行く。
ちょっとした散歩気分で丘を登っていき、頂上近くにあるベンチに腰掛ける。
ここからは近くにある団地の姿が見て取れ、公園がすぐ傍にある。
そこで缶コーヒーを開けて、口につけた。
「微妙な味だけど、懐かしいからいいか」
大賢者の塔でメイドたちに出されるコーヒーに比べれば、まるで泥水みたいな味だ。
だが、この中途半端にマズくて、癖になるコーヒーもいい。
前世で知っているコーヒーの味だ。
思い出補正のおかげで、おいしく感じるのだろう。
俺はしみじみと缶コーヒーを味わいつつ、近くにある公園で子供たちがサッカーをして遊んでいる光景を眺める。
今の俺が、無職のニートみたいになっているが、そんな些細なことは気にすまい。
「あー、いっそこの世界で暮らした方がいいんじゃないか。向こうに戻ったら、また部下どものやらかしを見ないといけないし―」
太陽の光がポカポカして、日向ぼっこが気持ちいい。
ウトウトしつつ、俺は現実逃避に浸った。
これがただの現実逃避だと、自分でも分かっている。
でも、こうでもしないと、俺のストレスがたまる一方だ。
「ハー」
なんてダラダラしてたら、太陽が一瞬陰った。
空を見上げれば、そこには雲……ではなく、茶色の巨大なハニワが浮かんでいた。
空には巨大ハニワ以外にも、巨大な土偶も浮かんでいる。
それも何個も、何十個も。
「……」
この世界だが、縄文人だか超古代縄文人だかが支配している世界で、空に浮かんでいるハニワと土偶は、彼らの超科学兵器だ。
科学というか、超呪術という方が正しいか。
あのハニワと土偶からは精神洗脳波が出ていて、地上にいる人間を常時洗脳している。
そのせいで、この世界の日本人は日常の生活を送りながらも、どこかとろんとした目つきをしている。
「もっともメフィストの星の住人より、健全だな」
メフィストが支配している星。
俺は勝手に”メフィスト星”と呼んでいるが、あの星の住人は魔神王を狂信的に崇拝しているうえに、全住民が社畜の如きヤバい目をしている。
それに比べれば、軽めの精神汚染に遭って、目がとろんとしているだけのこの世界の住人は、健康そのものだ。
少なくとも、俺の中ではそうなっている。
「ああー、いっそここに永住しちまうかー」
空に浮かんでいるものを気にしなければ問題ないので、本気でそう考えてしまう俺。
魔神王である俺には、ハニワと土偶から放たれる精神洗脳波の影響はない。
この世界の方が、大賢者の塔にいるより、よほど平和に過ごせる気がする。
「このままもう少しダラダラして行こう」




