73 女フューラーのその後……
私はガルデミラン帝国総統。
帝国の最高権力者であり、ガルデミラン銀河系はもとより、近隣の銀河系にまで勢力を拡張する巨大帝国の主だった。
……だった。
今では、過去形だ。
忌まわしいことに、ダイワと呼ばれる宇宙戦艦により我が帝国の艦隊が蹂躙され、軍事力が低下した。
それによって支配下に置いていた各惑星の異星種族たちが、ガルデミラン帝国に対して反旗を翻し、帝国は内乱を抑え込むために力を注がなければならなくなった。
それだけならばまだよかったが、最大の問題であるダイワが、よりにもよってガルデミランの母星にまで到達。
ダイワを破壊したと思えば、その後猛反撃を食らって母星が破壊される始末となった。
帝国の艦隊が壊滅状態となり、各地では反乱が勃発。さらに母星の消失。
この全てが、帝国の最高権力者であった私を退陣に追い込むのに十分な理由となり、私は権力者の座から転がり落ちた。
元フューラーとなってしまった。
だが、こうなっても、未だに私に忠義を尽くしてくれる者たちがいる。
私は彼らとともに、私を破滅へ追いやった憎き敵を滅ぼすことを決断した。
「あの艦長を必ず始末する。私たちの母星が破壊されたように、奴らダイワの母星も跡形なく消し去ってやる。フフ、フハハハハッ」
帝国の最高権力者の座へ戻るより、復讐を優先した。
ダイワの跡をつけて奴らの母星を見つけ出し、私はついに復讐の火蓋を切って落とした。
……
なのに、結果は敗退。
私の乗る旗艦だけでなく、私に忠義を示して同行したガルデミラン帝国艦隊の全てが、無力化されてしまった。
その数は30数隻。
巨大で気色悪い宇宙怪物に襲われ、全ての艦が拘束されて身動きをとることができなくなった。
宇宙怪物の出す粘液物質によって、艦の機能も停止してしまった。
戦力が無力化されれば、待つのは死か従属。
「この私が……ガルデミランの主たるこの私が、ここまで落ちぶれただと……」
私は現実を受け入れることができなかった。
そのあと、私の記憶はやや欠落している部分があるが、敵の虜囚となって、暗い闇が支配する場所へ連れていかれた。
深い闇が支配する場所。
この世界の最奥に蠢く、暗黒の魔神の王が座す、玉座の間と呼んでいい場所だった。
「初めましてになるな。俺の名はアーヴィン。神である魔神たちを従えている王で、魔神王だ」
「……ガルデミラン帝国フューラー……元フューラーよ。フフフ、私のことをあざ笑いなさい」
捕まえたガルデミラン帝国の宇宙船。
その最高責任者を玉座の間に連れて来させたのだが、会った途端に女フューラー……元フューラーは、とんでもなく後ろ向きな発言をした。
会っていきなりあざ笑えとか、かなり精神病んでないか?
この人は大丈夫なのかと思い、俺は玉座の横に立っているクレトを見る。
「ヤッホー、フューラー。またワインちょうだーい」
「ダ、ダイワ艦長。イ、イヤ、その男を私に近づけないで。く、来るな、こ、来ないで。あ、う、ウウワアアアーッ」
クレトはいつもの能天気笑顔だった。
だが、元フューラーは深刻なトラウマを負っているようで、その場に尻餅をついてへたり込む。
子供のように首を振ってイヤイヤしたかと思えば、泣き始めてしまった。
こんな状況で思うことではないが、イヤイヤする元フューラーの胸が凄かった。
ブルンブルン、振動している。
「見た目に惑わされるとは、主もダメですねぇ」
「ヴッ」
玉座を挟んでクレトの反対側にいるメフィストに指摘され、俺は思わず呻く。
だって仕方ないだろ。あんなにデカい胸、滅多にないんだから。
男だから、仕方ないんだよ。
この件に関しては、誤魔化してしまおう。
今は目の前にいる、元フューラーの相手をしないとな。
「あー、フューラー……元フューラー?」
「イヤだー。私はただの権力者だったのに、あいつのせいで艦隊はボロボロにされるし、ワインは持っていかれるし、寝間着姿は見られるし。ウ、ウエーン」
見た目は金髪ゴージャス美女なのに、その面影が完全に崩壊している。
元フューラーは泣きじゃくりまくった。
これはダメだ、完全に幼児化して、精神が逃避している。
俺の胃痛より症状が酷いぞ。
俺はこの場をどうしたらいいのか、分からなくなった。
少なくとも、元フューラーは俺と話すより、精神科でのカウンセリングが必要だ。
「元フューラー、僕とお酒飲もうよ。お酌してねー」
「ウワーン、イヤダイヤダー」
そんな俺のことなど無視して、クレトは陽気に話しかけ、元フューラーは完全に幼児化してしまった。
なんなんだ、このカオスな空間は。
ダレカ、タスケテ。
まあ、そんな感じで俺とガルデミラン帝国元フューラーとの会談が終わった。
会談というか、クレトのせいで精神をやられてしまった、元フューラーの悲惨な姿を見せられるだけだった。
ゴージャス美女のあんな姿を見せられると、俺の心に来るものがあった。
とても眼福だった。
いや、決して俺の中の嗜虐心が、くすぐられたりなんてしてないぞ。
俺は魔神王でも、心まで魔神になった覚えはない!
しかしまたしても、俺の部下が原因で、1人の女性が精神的に死んでしまった。
件のガルデミラン帝国の母星も、クレトによって破壊されてしまった。
おかげで俺の胃痛が、またしても止まらなくなる。
「ああ、どうしよう。これは弁償したほうがいいのか?グレーの時みたいにする……と、またおかしな生霊が俺の枕元に増えるな」
クレトが破壊したガルデミラン帝国の母星を復活させることを考えたが、おかしな宗教の信者を増やしたくないので、俺はその考えを途中で破棄した。
さりとて、いい考えが浮かばず、どうしようもない。
とりあえず、元フューラーとガルデミラン帝国艦隊の面々は、国が大混乱状態で、行く場所がなくなって困っているらしい。
仕方ないので元フューラーと、それについてきたガルデミラン帝国艦隊のクルーたちには、しばらく大賢者の塔に滞在してもらうことにした。
彼らの滞在場所に関しては、塔のフロアを増設して、その中に有人惑星付きの星系を一つ用意すればいいだろう。
銀河帝国艦隊の時と同じだ。
艦隊ごと、フロアに隔離してしまえばいい。
もっとも元フューラーが大賢者の塔に滞在した結果、商業フロアにある高級酒店で、次のような出来事が起きるようになった。
「元フューラー、お酒飲もうよー。ほらドンドンついでー」
「うううっ、どうして、どうしてこの私が、憎き敵の酒の相手をさせられるのよ……アハハー」
クレトの酒に、元フューラーが付き合わされる羽目になったそうだ。
元フューラーは狂ったような笑顔を浮かべ、クレトと酒を飲むしかなかった。
何しろクレトは高位魔神。
フューラーがいかに抵抗しようが、そこにガルデミラン帝国艦隊のクルーか加わろうが、どうあがいても勝てる相手でない。
「余は、余は、銀河帝国皇帝であるぞ……うううっ、皇帝だったのに、暗黒面の王なのに―」
あと、同じ酒の席で、もう1人管を巻いている老人がいて、なぜか3人は同じ席で酒をするようになった。
別世界の銀河帝国”元”皇帝だ。
「ワーイ、お酒美味しいー。2人の陰鬱な顔見てると、とっても楽しいよー」
そんな2人と同席してニコニコしているクレトは、元が地獄の鬼とあって、酷い性格をしていた。
あの空間に入りたいなんて、俺はコレッポッチも思わないので、どうか3人で好きなようにしてくれ。
世の中には知らないでいた方がいいことが、たくさんさんある。
俺は見てみないふりをすることで、この件を終わらせることにした。




