70 死からの復活には慣れている
私はゴブリン副長。
ダイワの副長として、クレト艦長の補佐をしていたが、そんな私もガルデミラン帝国との最後の戦いで死んでしまった。
そんな私の目の前には、地獄が広がっていた。
なぜここが地獄と分かるかだが、
「ガハハハハ、よく来たな、ここは地獄。ってなんだ、大賢者の塔の連中か」
地獄にいる鬼が、この場所の名前を教えてくれたからだ。
とはいえ、
「おかしいな、いつもであれば三途の川の河原にいるはずだが」
「だよなー」
「どうして地獄なんだ?」
大変不名誉なことだが、私をはじめダイワに乗船していたゴブリンたちは、皆肉体が死ぬのに慣れている。
その結果、魂が現世とあの世の境にある三途の川にたどり着くのが、いつものパターンだった。
なのに、今回は三途の川の向こうにある地獄にいた。
私たちの目の前では、溶岩が流れていて、地獄の鬼たちが罪人相手に、こん棒でしばいしている。
「こ、ここは一体どこなんだ?俺はもしかして、死んじまったのか」
そして死んでしまったのは、我々ゴブリンだけでない。
グレー科学主任の姿もあった。
「ふうっ、よりにもよってあの世に到着か。最後はつまらない死に方だったな」
ドワーフ技術主任の姿もあり、やはりここがあの世なのだと分かる。
「……」
「ク、クリスタさん、あなたまで死んでしまったのですか」
そして私にとっては大変悲しいことに、ここにはクリスタさんの姿まであった。
私たちゴブリンの高嶺の花。
そんな彼女まで死んでしまった事実に、私は物悲しくなる。
「心配無用です。私は自力で生き返れるので。それでは」
「へっ」
クリスタさんの姿が地獄から消えてなくなってしまった。
「あの嬢ちゃん、死んでも自力で復活できるのかよ」
その光景に、何とも言えない表情になるドワーフ技術主任。
「いいな、俺たち低位魔神なんて、”偽神薬の残りカス”を打ってもらわないと復活できないのに。中位魔神になれば、自力で生き返れるんだな」
「てか、今回は俺たちの体確実に消え去ってるよな。現世の体が一部分でも残ってないと、俺たち復活できないぞ」
「ああっ!」
我々ゴブリンたちは、大変なことに気づく。
「そうだよ、惑星破砕砲の直撃だから、体の欠片一つ残ってないぞ」
「ウオオオーッ、生き返りたいー!」
「このまま地獄で一生暮らすなんてイヤダー」
生き返れないと知り、部下のゴブリンたちが慌て始めた。
「……」
かくいう私も復活できないと分かって、どうすればいいかと困ってしまう。
「ハロー」
そんなところに、クレト艦長が姿を現した。
「か、艦長。まさか艦長まで死んでしまったんですか!」
高位魔神の中でも、最上位の強さを持つクレト艦長。
そんなクレト艦長まであの世にいることに、私は瞠目してしまった。
だが、惑星破砕砲の直撃だ。
あの威力を前にすれば、いかに高位魔神であるクレト艦長とて、耐えることはできまい。
「僕は死んでないよー」
「死んでないんですか?」
「そうだよー」
惑星破砕砲の直撃を受けたのに、ここは地獄なのに、艦長は自分が死んでいないと言う。
まるで意味が分からない。
「艦長、何言ってるんですか。艦長も死んだから、ここにいるんでしょう。死後の世界である”あの世”に」
「ここは”あの世”じゃないよー」
「”あの世”じゃない?」
「うん、ここは僕が経営している、地獄大賢者の塔支店だから」
何か、とんでもないことを艦長が宣った気がする。
「地獄大賢者の塔支店?」
「そうだよー。塔の魔神たちが原因で死ぬと、この地獄に問答無用で来くようになってるんだよ。本来地獄の閻魔の所に行く魂が僕の所に来るように、うまい手でかっぱらってるんだー」
「……」
私の頭では、艦長が何を言っているのかさっぱり理解できない。
とりあえず理解できる範囲として。
「もしかして、ここは大賢者の塔の中なんですか?」
「そうだよー」
「マジですか?」
「マジだよー」
……
死んだと思ったら、なぜか大賢者の塔にいた。
訳が分からない。
「では、私たちは死んでないのですか?」
「ううん、君たちは今魂だけで、皆死んでるよ」
「……」
やっぱり、体はなくなっているようだ。
これからどうしよう。
魂だけでは、リッチにでもしてもらわないと復活しようがない。
「とりあえずアンデッド系の皆は、ここから出れば即復活できるから、こっちにおいでー」
「分かりました」
クレト艦長の指示で、ダイワに乗っていたエルダーリッチやリッチなど、アンデッド系のクルーが集まる。
「ほい、転移魔法」
あっさり転移魔法で、地獄からアンデッド系のクルーを飛ばしてしまうクレト艦長。
「次は、その他の皆ね」
「あの、私たちはどうやって復活するんですか?」
アンデッド系の復活方法はともかくとして、それ以外の面々は肉体がなければ、どうあがいても復活しようがない。
「体はもう元に戻してるから、あとは魂を元に戻してあげるよ。えーっと、僕の地獄大魔神の玉璽があるから、この紙に『皆生き返ってOK』って書いて……と」
クレト艦長が、ミミズがのたうち回るような解読不能の文字を書く。
「ここに玉璽を押したらよし、っと」
私の目の前で、クレト艦長が玉璽を紙に押し付けた。
途端、私は眩暈を感じたかと思うと、それまで広がっていた地獄の光景が消え去り、なぜかダイワのブリッチにいた。
「お、生き返ったぞ」
私は蘇生経験が何度もあるので、生き返ったことにすぐに気づいた。
「あ、あれは夢だったのか?夢に違いない。でも、あまりにリアル過ぎたな」
一方復活体験が初めてのグレー科学主任は、かなり挙動不審になっていた。
「ううん、相変わらず高位魔神というのは、理解できない領域にいるな。……酒でも飲まんと、今日はこれ以上やってられん」
ドワーフ技術主任は、塔に所属して長いので、蘇生に関する経験もあるようだ。
グレー科学主任に比べて、どっしりと落ち着いている。
とはいえ、あまり気分のいい経験ではないので、ドワーフらしく酒で気分を紛らわしたい様子。
「各員、クルーの総数を確認しろ。復活漏れがあると困るからな」
そして私は、艦全体に指示を出して、復活から漏れているクルーがいないか、確認する指示を出した。
ところで、指示を出した結果、クリスタさんがいないことが分かる。
「ああ、愛しのクリスタさん。あなたは一体いずこに……」
憧れのマドンナは、自力で復活していたけど、彼女はどこにいるのだろう。
その場所が気になってしまう。
「みんな、ただいまー」
なんて思っていると、クレト艦長がブリッチに姿を見せた。
相変わらず能天気な顔をしながら、手を振っている。
でも、その背後に付き従うクリスタさんの姿を見て、私は心の中でホッとした。
よかった。クリスタさんも無事に、”この世”に戻ってきている。
中位魔神であるクリスタさんの安否を心配するなんて、私みたいなゴブリンからすれば余計な心配かもしれないが、それでも憧れの女神が無事でホッとした。
「じゃあ、皆配置についてね。目指すは放射能除去装置が売っている星。ガルデミラン帝国を使った賭けは終わったから、早く目的の物を買って帰ろうか」
「賭け?」
何か、艦長がとんでもないことを口走った気がする。
「艦長、その賭けって何ですか?」
「ガルデミラン帝国の母星を、ダイワが何か月目に壊せるかって賭け。まあ、壊そうとしたら逆にダイワがやられちゃったから、僕は掛け金全部取られちゃったけどね。アハハー」
「……」
クルー全ての命が、クレト艦長にとって、ただの賭けの道具だったらしい。
ブリッチ全体から、艦長に対して殺意の波動が飛んだが、我々程度の殺意では、この艦長には通じないだろう。
「てことで、エンジン全開で出発進行ー」
我々の出す殺意に気づかず、艦長は底抜けに明るい声で命令をだした。




