6 戦争ゴッコを建物の中でしてはいけません!
まえがき
もう、普通のファンタジーは無理だ。
この話はファンタジーではない、メルヘンな物語に違いない~
「この塔ですか?私が知っている中で最も強固な施設であり、歴代の魔王城や、人間の城、世界中にあるどんな要塞より堅固です」
俺たちの住んでいる大賢者の塔。
親父が死んだことで、俺が塔の責任者になるが、塔がこの世界においてどのような施設なのか、改めてメフィストから聞いてみた。
何しろ、俺はこの塔周辺以外の場所に行ったことがない。
前世の知識があっても、この世界で普通に人間が暮らしている街や村を知らないので、この世界の基準にあやふやなところがあるからだ。
「魔王城より強固?」
しかし、メフィストから飛び出した答えは、耳を疑わざるを得ない言葉ばかり。
「主の祖父に当たられる魔王様が築いた魔王城ですが、あの城は不懐金属をメインに作られていました。そこで私から質問ですが、主は大賢者の塔の外壁……いえ、装甲と呼んでいい代物が、何でできているかご存じですよね?」
「ああ、昔教えてもらったから覚えてるぞ。魔法金属に不懐金属、神鋼鉄に、破壊不能物質の4層からできてるな」
魔法金属は魔法耐性の高い金属。
不懐金属は、その言葉通り、決して壊れることがないと言われている、半ば伝説上の金属。
神鋼鉄に関しては、神の世界の物質と呼ばれ、アダマンタイトよりさらに強固な金属だ。
そしてそれらすべての上位にある物質が、破壊不能物質。
いかなる力をもってしても決して破壊することができないとされ、それが金属であるのか粘土であるのかさえ分からない謎物質だ。
ただ俺の中では、これらすべて、そこまで頑丈な物質として認識できていない。
「この装甲を壊すことはほぼ不可能です。少なくとも、神話レベルの力でなければ、破壊不能物質を破壊することは絶対に不可能です」
「そうなのか?でも、高位魔族の連中がよくノリツッコミでどつきまわして、簡単に壊してるよな」
「はい、そうですね……」
俺が知ってる範囲で、大賢者の塔の外壁はよく壊されているのだが、メフィストの様子を見るに、どうもこれはおかしなことらしい。
「魔王様が倒れてから700年。あれ以来大賢者のクソ野郎に強制連行……ゴホン、この塔に我々魔族が住み着いたのですが、その間にいろいろありましてね。ええ、それはもう、あの大賢者のクソ野郎のせいで、本当にいろいろありまして……気が付いたら、我々の能力が昔に比べてかなり底上げされてたんですよ」
「ふーん、そうなのか。相変わらず親父はわけの分からないことをしてるんだな」
メフィストがなぜか遠い目をしているが、そこに俺は突っ込まないでおく。
掘り返すと面倒なことになりそうだ。
あのボケ親父は、俺の知らない所で相当なことをやらかしてるからな。
死んだはずの今でも、なぜか生前の姿で塔の内外を出歩いていて、
「飯はまだかいな?」
と、ボケた状態で徘徊している有様だ。
亡骸は封印の間の最深部に安置したが、所詮核に耐えられる程度の扉しかついていない。
世界の裏側なんて特殊な場所にあっても、親父相手にはやはり無意味だった。
それに徘徊しているといっても、悪さをするわけでもなく害がないので、放置を決めている。
というか、浄化魔法を使おうが、次元魔法で空間ごと破壊しようが、存在消去魔法を使おうが、ちっとも成仏してくれないので、放置する以外に手がないだけだが。
「気が付けば奴のせいで、私やクレト、その他の者たちも、700年前の魔王様より強くなっている有様でしてね」
「なんだ、またお前お得意のウソか」
メフィストはよく嘘をついて、俺をおもちゃにしてる。
こんな分かりやすいウソに、今更騙されてたまるか。
気が付いたら魔王より強くなっていたなんて、バレバレのウソでは、引っ掛かりようがない。
「いえ、ウソではありません。我々は魔王様より、強くなってしまいました」
いまだに遠い目をしたままのメフィスト。
しかし、その顔には妙に達観したような、あるいは諦めのような感情が漂っていた。
「……もう一度聞く、本当にウソじゃないのか?」
「はい。気づいたら我々は、魔王様より強くなってました」
ヤバイ、メフィストの目がマジになってる。
……
お、親父、あんた一体何をしでかしたんだ。
異世界で超文明の遺産をゴミ拾い感覚で拾ってくるだけじゃ、満足できないのか!
これじゃあ俺の知らない所で、まだまだとんでもないことをやらかしてそうだ。
「魔王より強くなってたとか、お前ら一体何なんだよ。俺を魔王に祭り上げようとしないで、自分で勝手に魔王でも何でも名乗って、世界征服してろよ。そこに俺を巻き込むな!」
「確かに我々は魔王様より強力になりました。ですがアーヴィン様は、魔王様の血筋と言うだけでなく、我々よりも遥かに強大なお力をお持ちです。アーヴィン様を差し置いて我々が魔王を名乗るなど、ただの笑い話ではないですか」
ああ、イヤだ。
メフィストの奴は、相変わらず俺を魔王にして、世界征服させたいのかよ。
俺は物騒なことをせず、平和に生きていたいだけだ。
魔族って弱肉強食理論で生きてる連中だけど、強者に対して露骨に媚を売ったり、傘下に入りたがったりするので、俺を立てようとするのはある意味仕方がないことなんだろうけど……
――ドゴオオオォォォーンンン
なんてメフィストと話をしていると、塔内部で物凄い爆発音がした。
鼓膜を突き破るような強烈な音が頭に直接響き、壁や床、天井が振動でガタガタと震える。
まるで地震だ。
ただし原因が誰かは分かる。
「……クレトの奴、また何かやったな」
「最近は戦車兵ゴッコという遊びをしてるので、戦車砲をぶっ放したのでしょう」
「うるさいから、塔の外でやればいいのに」
生前の親父がしていた、異世界ゴミ拾いの中に戦車があるのだが、最近あれを使ってクレトが遊んでいる。
それも塔の内部で。
「火力は大正義、蹂躙せよ!」
訂正。
クレトだけでなく、イリアの声まで聞こえた。
「イリアがクレトの影響を受け過ぎないか心配だ」
「そうですね。クレトは大賢者野郎の次に、わけが分からないですから」
700年以上の付き合いがあるだろうに、メフィストまで、クレトのことをそう思っているとは。
あの能天気バカとイリアが、同じレベルになったら大変だ。
ということで、俺はメフィストとの話を切り上げて、急いでクレトたちがいる場所へ走った。
さて、クレトたちが遊んでいる部屋にたどり着いた。
建物内なのに天井には空が存在し、灰色に覆われた曇天の向こうから、うっすらと太陽の光が覗いている。
もう一度言う、ここは”建物内”だ。屋外ではない。
大賢者の塔なので、この程度のことは不思議でも何でもないのだ。
室内には、瓦礫の山が散乱し、戦場そのものと言った荒廃した様だった。
戦車が10台以上揃って隊列を組んでいるほか、戦車兵ゴッコに巻き込まれたらしい、軍服を着たゴブリン兵士たちが大量に転がっている。
戦車兵ゴッコと言うが、どう見ても地球の世界大戦時代の戦場を模倣している感じだ。
どのゴブリンも手にはライフルを持ち、着ている軍服には十字マークが付いている。
某第三帝国風の軍服だ。
もちろん、これも親父が拾ってきたもの。
なんでこんなものを拾ってきたのやら。
ゴブリン兵士たちは床に倒れ、口や頭から血を出している。
中にはピクリとも動かないで、死んでいると思しきものまでいた。
「衛生兵、衛生兵はいないかー!」
「ゴブリン将軍、我が軍の被害リストです!」
「お注射チックンしますねぇー。大丈夫ですよ、死んでてもちょっと幸せな気分になって甦れますから―」
ここにいるゴブリンたちは、普通に人語を話せる。
通常のゴブリンは人語を話せないが、こいつらは大賢者の塔のゴブリンだから、普通のゴブリンの訳がない。
しかし、カオスだ。
カオスすぎる。
生死不明の倒れたゴブリン兵士に、ゴブリン衛生兵が謎の注射をするとあら不思議、
「俺は地獄の底から蘇ったー」
「楽園じゃー、俺はパライソにいるー」
「死んだ爺ちゃんに呼ばれて三途の川を渡ったはずなのに、なんで生き返ってるんだ?」
いろいろな叫び声を出しながら、瀕死や、死んでいたゴブリンたちが蘇っていった。
あの謎注射、死んでも一定時間以内なら死者を蘇らせることができる、ヤバい効果がある。
もっともエリクサーや、蘇生効果のある世界樹の葉の雫とは全く違う材料が使われていて、打つととってもハッピーな幻覚を見るとかなんとか……
俺はあんなヤバい薬を使いたくないし、今まで一度だって使ったことはない。
ほどなくして、謎注射の力で地面に倒れていたゴブリンたちが全て蘇った。
数は500を超えているだろうか。
この混乱した状況を、収めるとしよう。
「お前ら全員お座り!」
俺はこの場にいる全員に向けて怒鳴った。
「ええーっ、つまんないー」
「……」
すると戦車のハッチが開いて、クレトとイリアの2人が姿を見せた。
クレトは口を尖らせ、イリアは無言ながらも頬を膨らませている。
2人とも、不満タラタラな様子だ。
「座れ!」
だが、こいつらに好き勝手させるわけにはいかない。
俺は重力魔法・重力増加を使って、この場にいる全員を強制的に地面にたたき伏せさせた。
「ふひゃっ」
「ア、アーヴィンお兄様のバカー!」
俺が使う魔法は室内全体の重力を増加させ、ゴブリン兵士たちはもとより、クレトやイリアまで地面に這いつくばらせる。
謎注射の効果で蘇ったゴブリンたちが、重力の増加に耐えきれず、口から白い泡を吹きだすが、お仕置きなので手加減する気はない。
「お前ら塔内で戦車砲をぶっ放したら、音が反響してうるさいだろ。やるなら誰もいない外に出て遊んでろ!」
俺たちにとっては、戦車兵ゴッコや戦争ゴッコはちょっと過激なサバイバルゲームって感じだ。
俺もリアルなオンラインFPSゲームって気分で、一時期ライフル片手に塔の外で遊んでいたことがある。
もっとも俺の場合、銃弾を目で見て避けられるし、360度囲まれて銃弾を撃たれても、やはり全弾回避できてしまう。
例え運悪く当たっても、全く痛くなかった。
無意識に発動している身体強化魔法のせいで、ライフル程度では全く脅威にならないせいだ。
俺ほどではないが、イリスやクリスもそんな感じだった。
しかしそのせいで、違法ツールを使って、オンラインゲーム上で荒らしているプレイヤーの気分にさせられてしまった。
以来、俺たちは身体能力が関係ない、戦車に乗るくらいしかしてない。
俺もかつてやっていた遊びなので、この場にいる連中にやるなとは言わない。
だが、建物の中でこんな遊びをされてもうるさいだけなので、全員外で遊ぶように注意しておいた。
「外?じゃあ人間の街の近くで……」
「クレト、俺は誰もいない場所って言っただろう」
「チェッ」
こいつ、舌打ちしやがった。
街の近くで戦車で遊んだら、ごっこ遊びでなく、本物の戦争がはじまるだろうが。
油断も隙もあったもんじゃない。
「あと、この部屋の瓦礫はお前らがちゃんと片付けておけ。今回は罰だから、ゴーレムを使うのは禁止だ」
大賢者の塔では、魔族連中がよく物を壊すので、修繕作業用に大量のゴーレムを用意している。
今回みたいに瓦礫が散乱している状態では大活躍だ。
だけど今回はゴーレムを使わせたら、罰の意味がなくなるからな。
「じゃあ全部溶かして溶岩にしておこう」
「さすがクレト、いい考え」
俺の考えが甘かった。
クレトは何でも溶かして溶岩にしておけば、OKって考えがある。
イリアも、その考えに同意するんじゃない。
「罰の追加で、魔法やスキルを使うのも禁止。お前ら自分の体を使って、この瓦礫の山を片付けろ」
「「ええーっ!」」
クレトとイリアが抗議の声を上げるが、これは罰だからな。
それとこの戦争ゴッコに付き合っているゴブリンたちは、俺の魔法のせいで、白目を剥いて意識が完全に飛んでいた。
返事のしようがない有様だが、意識を取り戻したら、こいつらも全員同罪だ。
片付けをさせよう。
まったく、塔の中で物騒な遊びをするなよ。
うるさいったらありゃしない。