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62 ガス惑星にある浮島

 私は宇宙戦艦ダイワで、副長を務めるゴブリン副長だ。


 隣の銀河系目指して宇宙を旅する我々だったが、先日ガルデミラン帝国艦隊との戦いにおいて、艦に深刻な損害を被った。


 今までは海賊狩り程度の態度でいたガルデミラン帝国だったが、先日は戦艦1、空母1、巡洋艦10の艦隊と交戦になった。

 巡洋艦だけならまだしも、戦艦と空母が加われば、もはや海賊狩りの領域を超えている。

 散々帝国艦隊を撃破してきたことで、向こうも本腰を入れてきたのだろう。



 さて、ダイワは宇宙戦艦だが、同時に母艦機能も有している。

 人型戦闘機と呼ばれる人間の形をモチーフにした戦闘機と、翼式戦闘機と呼ばれる空軍が主として用いている翼を持った戦闘機。

 この2種類を格納している。


 それらの戦闘機が、ガルデミラン帝国の戦闘機相手に活躍してくれたことで、制宙権を取られずに済んだが、相手に戦艦がいたことが痛かった。


 ダイワの45センチ3連装レーザーカノン主砲は、艦の前方に3基、後方に2基装備されており、一斉射すれば一度に3×5の、15発の主砲弾を撃つことができる。

 この大火力を一度に浴びれば、ガルデミラン帝国の巡洋艦であっても、一撃のもとに沈めることができる。

 戦艦相手でも、瀕死の重傷を負わせることが可能だ。


 だがガルデミラン帝国も隣の銀河系を支配し、さらに別銀河にまで勢力圏を拡張している超巨大帝国だ。

 ガルデミラン帝国の戦艦には、3連装レーザ主砲が合計で4基装備されており、ダイワの主砲には劣るものの、決して油断できない火力を有していた。


 おまけに戦艦のみならず、複数の巡洋艦までいる。


 結果、ダイワは辛くも戦闘に勝利したものの、艦の下部にある第三艦橋が大破、艦前方にある第一副砲が損壊し、艦の装甲も一部破られて艦内に被害が発生した。


 特にひどいのが、艦の副機関(サブエンジン)が1機損傷したこと。

 このせいでダイワの航行速度が低下してしまった。


 また艦内部で死傷者も発生したが、ゴブリン相手であれば、ゴブリン衛生兵が”偽神薬の残りカス”を用いることで、死からの蘇生が可能だ。

 またリッチ科学者に関しても、この艦にはエルダーリッチクラスのクルーがいるので、彼らが連帯することで、体をなくしたリッチを地獄から再召喚することで、再び現世へ復活させていた。


 そのようなわけで、人的被害に関しては即座に回復可能だった。

 クルーには、被害と呼べるほどのものはなかった。


 とはいえ、艦のダメージがかなり酷い。


「どこかに一度停泊して、本格的な修理をしないとダメだな」


 艦の修理担当は、ドワーフ技術主任になる。

 渋い顔をしつつも、修理のために腕を振るうことができると、ドワーフ技術主任の声は妙に弾んでいた。

 ドワーフ技術主任は、自分の腕をふるう機会がくると、自然と浮かれる癖がある。


「じゃあ、寄り道決定ってことで、どこかでお弁当食べつつ休憩しよう」

「艦長、これはピクニックじゃないんですよ。いや、艦長から見れば、ピクニック感覚なのかもしれませんが……」


 私はクレト艦長の感性に呆れつつも、修理の必要性から、船の航路を変更することにした。


「近くにある巨大ガス惑星ですが、その中に浮かんでいる浮島を発見しました。修理するなら、その浮島がベストでしょう」

「じゃあ、今日のお昼ご飯は浮島でブランチってことで」


 レーダー担当のクリスタさんの意見を取り入れ、ガス惑星にある浮島へ、ダイワは進路を変更した。




 そうして、いざ目的のガス惑星へたどり着いた。

 浮島に船を着陸させて、早速作業に入る。


「ダメージコントロールチームは、宇宙服着用の上で艦外修理作業を行う。ついでに船を休められる機会はめったにない。この機会に機関部をはじめとした、動力系のメンテナンスもやっちまうぞー」

「「「オオーッ」」」


 艦の修理のため、ドワーフ技術主任を筆頭とした面々が、歓声を上げつつ修理に取り掛かる。

 技術系のクルーはドワーフが多いため、修理と聞くとドワーフの血が騒ぐのだろう。


 なお、ガス惑星の大気はメタンを主成分にしているが、有機生命体にとって有毒なガスも含まれているため、宇宙服なしで浮島を動き回ることはできない。

 おまけに肝心の酸素は、全く含まれていない。



 ところで、技術と対をなすのは科学。


「巨大ガス惑星の浮島なんて珍しい。もしかすると未知の鉱物が発見できるかもしれない。科学部のクルーは、鉱石などの採取活動に当たれ。あと、空気中の成分も気になるので、そちらもラボで研究するためのサンプル確保を忘れるな」


 グレー科学主任がやたらと張り切って、艦内のクルーに指示を出していた。


「ふむ、未知の浮島か。この島がどのような原理で浮かんでいるのか詳しく研究したいので、浮島の基底部にある鉱物資源も採取した方がよさそうだ」

「いっそ転移魔方陣を設置して、大賢者の塔からの往来も可能にしておきますか」

「だがこの距離を転移魔法で飛ぶとなると、流石にエルダーリッチクラスでも魔力が足りんな。どなたか高位魔神様の力をお借りせねば……」


 科学部に所属しているのは、大賢者の塔のマッドな科学者たち。

 生前の体を脱ぎ捨て、エルダーリッチやリッチになっているのが普通のメンバーだ。

 修理に駆り出された技術部のクルーが、ドワーフ主体なので宇宙服着用が必須なのに対し、呼吸の必要がない彼らは、宇宙服が必要がなく、そのままの格好で船外活動に取り掛かっていた。


「死体の体って、宇宙服がいらないから便利だな……」

 そんな科学部クルーの姿に、グレー科学主任が呆れるような感心するような声を上げる。


「炎に対してはやや弱いものの、基本的に暑さ寒さに関係なく動けるので、この星の気温の影響も受けませんぞ」

「リッチの体ってスゲェー」


 主任と部下の科学者(リッチ)が、そんなことを話し合う。


「もしよければ、主任が死にそうになった際には、我々がリッチに転生して差し上げましょう」

「うー、うーん、流石にそれはイヤかも……でも、俺も人生かけてでも研究したいことがあるから、寿命で死にそうになった際はいいかもしれないな」

「フフフ、慌てずとも死ぬまでに決めてもらえればいいですから」


 こんな具合で、いつの間にやら死者(リッチ)化への勧誘活動になっていた。


 まあ、大賢者の塔では優秀な生きた科学者に対して、こんな勧誘活動をすることがあるので、割とありふれた光景だ。




「クレト艦長、どうぞお弁当です」

「ワーイ」


 一方、宇宙服関係なしメンバーに属しているクレト艦長と、クリスタさん。


 クリスタさんは酸素呼吸が必要ないうえに、クリスタルの体なので、メタンの大気なんて全く関係ない。

 クレト艦長に関しては、高位魔神なので、メタンであろうが濃硫酸の海であろうが、まったく関係なかった。


「オベント、オベント、なーにかな……」

「あれ、全部消し炭になってますね」

「ほへっ……」


 お弁当の蓋を開けてみると、中から出てきたのは黒く炭化した謎の物体だった。


「この星って大気の酸性度が高すぎるので、有機物は酸にやられて消し炭になりますよ」


 なんてところで、科学者のリッチが説明してくれる。


「まあ、それは困りましたね」


 頬に手を当てて、困惑するクリスタさん。


 お弁当の中身は、サンドイッチでも入っていたのだろうか?

 しかし真っ黒になった炭に、その面影はない。


「まあいいや、食べれれば問題ないからー。モグモグー。んー、粉っぽいけど、これはこれでありかなー」


 黒い消し炭だったが、クレト艦長は全く問題ないと食べた。


 あれは絶対に味覚音痴だ。

 というか、私のようなゴブリンだったら、まず間違いなく食べた瞬間に死に至るだろう。

 三途の河原に目の前して、ゴブリン衛生兵に”偽神の薬の残りカス”を打ってもらうまで、あの世とこの世の狭間で待機しないといけなくなる。


「人間じゃねぇ」

「そもそも艦長は、普通の生物じゃないからな」


 消し炭食ってる艦長の姿を見て、グレー科学主任と私はそんなことを話し合った。




「さーて、ご飯も食べてお腹いっぱいになったから、ちょっと下の海で泳いでこよう」


 ところで艦長はお昼ご飯を終えると、唐突に衣服を脱ぎ捨てて海パン姿になった。

 どこからともなくサーフボードを取り出し、ゴーグルをかけ、浮島の端の方へ移動していく。


「艦長?」

「じゃ、少し泳いでくるねー。ワッホーイ」


 私は艦長の奇行を、見ていることしかできなかった。

 何を思ったのか、艦長は浮島の端からダイブして、そのままメタンに覆われたガス惑星の地面へと落下していった。


 ここから地面までの高さは不明としか言えない。

 ガスの濃度が濃いせいで艦長の姿はすぐに見えなくなり、その後艦長がどうなったのか、私には分からない。



「クリスタさん、艦長は無事なんでしょうか?」

「私でもこのくらいの高さから落ちても平気なので、大丈夫ですよ」

「そ、そうですか……」


 我らの高嶺の花(マドンナ)クリスタさんも、魔神の1柱だ。

 クリスタさんが落ちて大丈夫な高さなら、クレト艦長だって無事なのだろう。



「ところで科学主任に尋ねたいが、この下って何があるか分かるか?」

「ガス惑星の地表と言えば、濃硫酸の海ってのが相場だな。そんな海に飛び込んだら、普通の生物なら一瞬で跡形なく溶けてなくなるぞ。まあ、地上までに何千キロの距離があるから、溶ける前に濃硫酸の水面に激突した段階で死ぬけど」

「……」

「もっとも、魔神なら大丈夫なんだろ」


 グレー科学主任にもいい加減艦長の奇行に慣れてきたようで、気楽に言った。


 なお、それから30分くらいして、クレト艦長が普通に浮島に戻ってきた。

 おそらく転移魔法を使ったのだろうが、飛行魔法で空を飛んで戻ってきた可能性もある。


「下でお魚捕まえたから、これを焼いてご飯にしよー」

「まあ、大きなお魚ですね、艦長」

「エヘヘー、凄いでしょう」


 海から戻ってきた艦長だが、全長30メートルはある、金属質の鱗をした生物を捕まえてきた。

 当人は魚と呼び、クリスタさんは感心の声を上げている。


 だが生物というには異常な姿で、むしろロボットじゃないかという、メカメカしい体表をしていた。

 体の中に関しても、まともな生物の肉じゃないだろう。


「ガス惑星にこんな生物がいたなんて、初めて知った!」

「食べるなんてもったいない、ぜひとも研究のために取っておきましょう」

「艦長、研究用にもう2、30匹ほど追加で取ってきてください」


 そして未知のメカ魚を前にして、科学者たちが盛大に興奮していた。



「はーい。後でもう少しとってくるから、とりあえずこれは塩焼きにして食べよー」


 メカ魚を塩焼きにしたところで、味が変わると思えない。


 だけど艦長の命令に、クリスタさんが早速動いていた。


「それでは魚の解体から始めましょうか」


 我々ゴブリンとは感性が違い過ぎるのか、クレト艦長だけでなくクリスタさんまで、あのメカ魚を食用と認識しているようだった。




「ああ、愛しのクリスタさんは、やっぱり俺たちなんかとは考え方が全然全違うんだな」


 クリスタさんはやっぱり俺たちゴブリンとは全く違う、高嶺の花なんだと、私は思わされてしまった。

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