56 メフィストが銀河帝国宮廷を行く
「おや、宇宙が賑やかなことになってますね」
主から皇帝の回収を命じられた私は、銀河帝国の首都星にある飛行宮殿前広場へやってきた。
ローラシアにもかつて飛行島が存在していた時代があるが、この世界の皇帝が住む宮殿も空に浮かんでいた。
宮殿というか、それに付属した施設の全てが、一つの飛行島の上にある。
皇帝が住まう本宮に、国事行為を行うための建物、宮廷に仕える者たちが住まう区画に、警備関係、その他もろもろの施設が一つの島の上にあった。
そんな宮廷の前にある宮廷前広場では、帝国の民と思われる者たちと、武装した軍人たちが睨み合いを利かせている中にあった。
民は口々に皇帝に対する罵声を上げ、退位を要求している。
今は罵声で済んでいるが、軍人が民に向かって銃口の引き金を引くのも、時間の問題だろう。
このまま放置していれば、宇宙空間の戦闘結果を待たず、暴発した民が、宮廷に雪崩れ込みかねない不穏な空気だった。
もっとも、それは下等種族たちの話であり、神である私には全く関係ない。
「神が降臨しました。皆静まりなさい」
私の言葉によって、広場の騒がしさが消え去り、誰一人言葉を発することがなくなった。
人が山のようにいたが、人の列が二つに分かれ、間に道ができる。
そして皆が跪いて頭を垂れた。
人が割れてできた道を、私はシャドウをはじめとする高位魔神たちを伴って進んでいく。
「さすがに銀河系を支配する帝国ですね。科学技術は素晴らしいようです」
チラリと周囲を見渡せば、軍人たちの装備している武器や、機械仕掛けの人形たちがいる。
武器を持たぬ民衆では、軍人にあっさり葬られて終わりそうだが、民衆側もそれを覚悟して、この場にいるのだろう。
「この場で争って、殺し合いを始めればいいのにな。誰が生き残ると思う?」
「あのガタイのいい奴じゃね?」
「いや、ロボットに乗ってる奴だろ」
「こういうのは、無害で弱そうなやつが、最後まで残ることが多いよな」
同行した高位魔神たちが、口々にそんなことを言う。
「ダメですよ。今回は皇帝を拾うのが目的で、遊ぶことではないですからね」
「「「ウイースッ」」」
私が笑いながら諭せば、皆は大人しく返事をした。
さて、人が割れてできた道を進んで、宮廷前まで進む。
「門を開けなさい」
宮廷に続く門を警戒していた軍人に、私は命令した。
神の言葉に下等種族が抵抗できるはずもない。
命じられた男が口元の機械に向かって囁くと、門が開かれた。
主の知識にもあったので、通信機だろう。
ほどなくして門が開かれたが、宮廷の敷地内になっただけで、宮廷本館までは距離がある。
トロトロ歩くのも面倒なので、次元魔法を使って空間を圧縮した。
100ある距離を僅か2にする。
ほんの1、2歩歩くだけで、1キロ以上あった空間を踏破した。
「なんだ、貴様たちは!……し、失礼しました」
宮廷本館前にいる兵士には、私の声が届いてなかったようなので、私は”目”で見て、兵士を従えさせた。
下等生物の意思など関係ない。
私が神のとして持つ力の一つ、”強制”を用いれば、下等生物の意思を捻じ曲げるなどたやすい。
私の強制によって、兵士は膝をついて頭を垂れた。
外にいる民衆たちと、やらせたことは全く同じだ。
さて、次は宮廷本館内にいる、皇帝に会いに行く必要がある。
「あなたは、皇帝の居場所をご存じ?」
とりあえず支配下に置いた兵士に尋ねる。
「分かりません。自分は末端の護衛ですので」
「使えない奴」
ゴミに用はない。
この場には皇帝の居場所を知っている者はいないようなので、私はそのまま宮廷本館の中へ入った。
宮廷本館に入ると、そこには鬼がいた。
全長が2メートル近いので、主やクレトより少し背が高いといったところ。
赤と黒が混じった肌をしていて、頭からは2本の角が生えていた。
もっとも、地獄の鬼に比べれば可愛いもの。
宮廷前広場に溢れていたこの世界の人間に比べて、多少魔力の気配を感じるものの、それだけでしかない。
「ここより先は、我が師が追わす居城。侵入者を通すわけにはいかん」
そう言って立ちふさがった鬼は、光る剣を構えてきた。
“ライトソード”という物だろう。
幼い頃の主の知識をいろいろ覗かせてもらったので、とある映画に出てくる武器に似たものだと理解できた。
「面白い玩具ですね。持って帰れば、主が喜ぶかもしれません」
「死ね!」
私の言葉を無視。
鬼は私に向かって駆け寄ってきたかと思えば、ライトソードを振り下ろしてきた。
まったく躊躇いがない。
「な、なにっ!」
もっとも神である私からすれば、下等な鬼が振るう剣など、あくびが出るほど遅い。
光る剣を、手を受け止めた。
鬼は光の剣で私を切るつもりらしいが、神である私を、玩具で切ることができると勘違いしているのだろうか?
「面妖な奴め。だがザ・パワーの力を侮るな!」
光の剣がダメだと分かると、鬼は手を突き出して、そこから雷を出してきた。
低位の雷魔法だった。
これならローラシアの人間の方が、まだまともな攻撃魔法を使う。
雷が私の体を駆け巡るが、もちろんダメージにならない。
「玩具の剣の次は、手品でもするつもりですか?」
「クッ、この!」
次は念動を用いてきた。
私の首を念動の力で締め上げてくるが、私の持つ抵抗によって完全無効化でき、魔法としての意味をなさない。
「退屈な方」
私は欠伸を手で隠しつつ、鬼が持っていた剣を奪い取った。
「さあ、跪いてくださいな」
笑って、鬼に語り掛けた。
「ウッ、グッ、ガアアアッ、精神支配か……」
「あらあら、頑張って抵抗しますね。どれくらい抵抗できるか見物なので、せいぜい楽しませてくださいね」
「アガッ、こ、心が割れる。き、記憶が消えていく……」
フフフッ、私は目の前の鬼の心を、軽く侵食していく。
どうやらこの鬼は、民衆や軍人たちに比べれば魔法耐性が高く、精神的な抵抗力も高いようだ。
私が本気で神の力を使えば、従わせることなど簡単にできてしまうが、それではつまらない。
少しずつ侵食の度合いを強めていって、鬼がどこまで抵抗できるのか楽しませてもらおう。
「うわー、メフィストの旦那が笑ってる」
「酷薄な笑みだな」
「性格わりぃー」
連れてきた高位魔神どもが、口々にそんなことを言う。
「おや、あなたたちだって、弱者を嬲るのは好きでしょう。ただし、私を男扱いしたお前は死ね」
「ホゲッ!」
私のことを旦那と言った高位魔神の1柱。その人化していた首を飛ばす。
ついでに”向こう側”にある”本体”も、貫かせてもらった。
攻撃の余波で、宮廷の入り口付近が吹き飛び、宮廷のある飛行島全体が振動した。
「イ、イデー。頭が頭が―!」
「これに懲りたら、私のことを旦那と呼ばないように。いいですね」
「ウ、ウイースッ」
高位魔神の1柱に躾をして、大人しくさせた。
もちろん本気で殺してないので、高位魔神の体はすぐに元通りに回復した。
傷跡も残らない。
「ガアアアーッ」
そしてもう1人。
心を侵食して嬲っていた鬼の方だが、こちらは目から血を流し、頭を掻きむしり始めた。
耳からも血が流れ出し、私の精神支配になんとしても抵抗しようとしている。
「フフフ、もう少し楽しみたいところですが、あまり遅くなっては主に失礼ですね」
「……」
私は人化している自分の目の中に、複数の”目”を浮かべる。
“向こう側”にある、私の”本体の目”だ。
複数の”目”で鬼を見つめれば、支配に抗い続けていた鬼の心が、抵抗をやめた。
神の精神支配なので、鬼ごときに抵抗など不可能だ。
「……」
鬼は未だに頭の各所から血を流しているが、私の前で膝を折って、頭を垂れる。
「さて、あなたは皇帝の居場所をご存じ?」
「はい」
「では、そこまで案内なさい」
「承知しました、偉大なるお方」
私の支配によって、鬼は命じられるがままに動く、操り人形になり果てた。
ところで鬼に先導させて皇帝の元へ向かったが、道中戦闘があったようで、宮廷内の護衛兵や、戦闘用と思われる機械人形が、所々で破壊されていた。
通路もあちらこちら、破壊されている。
「何者かが入り込んでいるみたいですね」
「はい、侵入者がいるようです」
私が尋ねると、鬼が答える。
宮廷前広場があのような状態だったので、どうやら私たちとは別口で入ってきた者がいるようだ。
まあ、構わない。
接触したところで私たちには何ら関係ない相手であり、向こうが攻撃してきたとしても、私にとって脅威になるはずがない。
「皇帝の元まで、もうすぐです」
先導する鬼はそう言った。
ただ、その声を聴きつつも、神である私の耳には、とある会話が聞こえてきていた。
「よもや聖堂騎士団の生き残りと、その弟子がいようとはな。だが、聖堂騎士団の残党も今日で終いだ。余こそがザ・パワーの正統なる後継者であり、その奥義を唯一知る者であればよい。死ねー!!
「ウワアアーッ!」
争っている声とともに、戦闘音が聞こえてくる。
ザ・パワーという名の、幼稚な手品魔術を使った戦いが展開しているようで、ライトソードをぶつけ合った時に発生する、独特な音も聞こえてくる。
「黒仮面卿よ、反逆者を殺せ!」
「イエス、マイロード」
「と、父さん、父さん!」
さて、戦いがひと段落したようで、どうやら侵入者側が敗れたらしい。
これから息の根を止めるようだが、話の流れから、親子で敵味方で分かれているようだ。
「殺せ、黒仮面卿!」
「父さん……」
「……」
さて、続きがどうなるのか。
「な、なにをする黒仮面卿。離さぬか、余は銀河帝国皇帝であり、貴様の師でもあるぞ。この、逆らうなー!」
「ぬ、ヌオオオーッ」
「父さーん!」
再度争いが再開され、低レベルな雷魔法の音がする。
どうも黒仮面卿と呼ばれる者が、反旗を翻したらしい。
「黒仮面とは?」
「我が師の一番弟子であり、側近中の側近です」
鬼に尋ねると、そう帰ってきた。
「メフィスト様、我が師こそが、銀河帝国の皇帝です」
「あら、そうなの」
目的の皇帝だが、下等生物の中では最上位の身分にありながら、随分と幼稚な魔法を操るらしい。
星を破壊して、我が主に貢物とする心意気は素晴らしいが、話を聞いていると不安になってくる。
幼稚な魔法が使えるのを自慢している、頭のおかしな男だったらどうしよう。
そんなことを考えているうちに、さらに私の耳が声を拾う。
「や、やろめ、離せ。ワ、ワアアアーッ」
「父さん!」
さっきからガキが、父さん父さんと連呼しててうるさい。
「ねえ、もしかしてさっきの声って皇帝の声かしら?」
「はい、そうです」
私が尋ねると、影魔神が答えた。
こいつも神なので、私と同じように戦いの声を拾えていて当然だ。
「今の声からすると、皇帝が死んだんじゃない?」
「かもしれないですね」
「……」
シャドウ魔神は平然としているが、困った奴だ。
「まったく、主には生きて連れて来いって言われてるのよ。死体になってたら困るわね」
「ですね」
まったく困ってない様子で、シャドウ魔神が答えた。
これだからバカは困る。
とにもかくにも、私たちは鬼に案内させて、ようやく皇帝がいる場所へたどり着いた。
「父さん……」
「息子よ……」
たどり着いた場所では激しい戦闘があった後で、室内はメチャクチャに荒れ果てていた。
そして窓の傍には、戦いで疲弊した様子の2人の姿。
黒い仮面が床に転がり落ち、全身真っ黒な姿の男が、くだんの黒仮面卿だろう。
ただ私が見るに、この男は死ぬ間際だった。
その前で、その息子らしい子供もいる。
年齢はまだ10代後半だろう。
まあ、私からすれば、この2人のことはどうでもいい。
「皇帝はどこにいるのかしら?」
「皇帝なら、死んだ!」
私が尋ねてみれば、ガキが私のことを睨みながら言ってきた。
皇帝は窓から突き落とされてしまったらしい。
そしてガキが私に向かって、ライトソードの先端を向けてくる。
とはいえ戦いで満身創痍になり、立つことさえできない様子。
無駄に警戒されているが、別にどうでもいい。
「あなたたちに興味はないから、どうでもいいわ。さて、皇帝のあとを追いますよ」
「「「ウィース」」」
私は皇帝が付き落とされた窓枠に足をかけ、そこから飛び降りる。
その後を、連れてきた高位魔神たちも続いた。
そうそう、私がここまで案内させてきた鬼だけど、ここでお別れなので、その魂を食べさせてもらった。
私が一息吸い込む動作に合わせて、鬼の体から魂を吸い取って、口へ含む。
「マズくはない」
それが口に含んだ鬼の魂への評価だ。
うちの高位魔神たちは、どいつもこいつも質より量。
異世界の星を破壊したり、戦乱を起こすことで大量の魂を集めては、それを食べている。
けれど私は量より、質の方が大事だと思う。
安いワインを大量に飲んだ所で、酔うことはできても、舌は満足できない。
それと同じで、やはり魂は誇り強く気高い精神であったり、塗炭の苦渋にさらされ続け、鍛え上げられた魂の方が美味である。
勇者や魔王の魂というのは、極上の部類であるが、流石にこのクラスのものには、はなかなかお目にかかれない。
鬼の魂は、ただの草民に比べれば遥かに美味だが、一級品と呼べるだけの質ではなかった。
だから、マズくはないが、私の評価だ。
さて、鬼の魂を口の中で転がして垂下しつつ、私たちは皇帝が落下した地上へ降り立った。
飛行宮廷がある浮島より下。
惑星の大地に皇帝は落下したようで、普通の人間では助からない高さからの落下だった。
飛行魔術が使えなければ、人間が生き残れる高さでない。
もちろん人間にとっての話で、我々には意味のない高さだ。
地上に降りてみれば、そこには高所から落下し、潰れた血肉の塊があった。
「シャドウ?」
「これが皇帝です」
やっと皇帝を見つけたと思えば、ただの死体になっていた。
もっとも私にとって、生死など何の問題にもならない。
「戻ってきなさい」
私が囁けば、目の前の潰れた血肉が蠢き、死ぬ前の姿へ復元されていく。
そして冥土に旅立つ前の皇帝の魂が、再生された肉体へ戻っていった。
「余は、余は、このようなところでは死なぬ!」
復活させたのはいいけれど、記憶が混乱しているようで、皇帝はいきなり絶叫を上げた。
「うるさいわね」
なので、私は強制で黙らせた。
強制されたことで、皇帝はしゃべることができなくなる。
「シャドウ」
そして皇帝と関係のあるシャドウ魔神に、後のことは任せた。
皇帝との話は、関係のあるシャドウがやればいい。
私に代わってシャドウが皇帝に語り掛ける。
「久しいな皇帝よ」
「その声は、まさか魔神……様」
「そうだ」
人化しているものの、シャドウ魔神の声を聴いて、皇帝の表情と態度が一変した。
地面に膝をついて、シャドウ魔神に頭を垂れる。
きちんと躾ができているようで、その姿を見て、私は心中で満足した。
「よ、余は……たった今死んだはずでは?」
「ああ、その通りだ。だが我ら魔神にとって、生死など些末なことにすぎぬ。お前は死より蘇ったのだ」
「!」
皇帝が思わず自分の体を触って、自分が生きていることを確かめる。
「ククク、お前たちですら、ザ・パワーの暗黒面を用いることで、死者を蘇らせることができるのだ。お前たちの上位者である神が、生物を蘇生できることになんの不思議がある」
「ま、魔神様のおっしゃる通りです」
皇帝は、自分が死んでいたことと、蘇ったこと。
その2つの出来事に、動揺している。
それでも魔神の前で取り乱さないようにと、必死になって心を落ち着けていた。
しかし、肝心なのはそこではない。
「さて皇帝よ、我らの王がこの世界に降臨なされた。今よりお前は、魔神王陛下に目通りすることになる。光栄に思うとよい」
「い、今からですか。ですが、今は反乱軍が首都星に迫っており、惑星内でも暴動が……」
「些末なことである。我らの王を待たせることこそ、大罪であると心得よ」
「……ハッ、ハハアッ」
皇帝は腹の中では全く別のことを考えているが、魔神に対しては逆らわない。
「クスクス、面白い玩具ですね」
シャドウ魔神と皇帝のやり取りを見ていて、私は面白さをこらえることができなくなってしまった。
皇帝は面従腹背で、我ら魔人を利用しているつもりらしい。
魔神のことを何もわからずに利用しようとは、滑稽すぎて愉快だ。
「では、主の元へ戻りますよ」
さて、シャドウと皇帝との間で話がまとまったので、私は皆とともに転移魔法によって、主のいる宇宙要塞へ戻った。
……ところで、主は宇宙要塞と呼んでいるが、いつまであのゴミを大切にするつもりだろう?
ゴミはさっさと処分してしまえばいいのに。




