55 イカ、タコ魔神に目玉魔神
昔のRPGには、いつくかのお約束があって、その中の一つに船に乗ると何かしらのイベントが発生するというものがある。
定番の一つは、海中にいるクラーケンの触手が襲ってきて、船を沈めるというもの。
その後、主人公たちの乗った船が沈められてしまい、どこかの島や海岸に打ち上げられてしまう。
今では使いつくされたために、陳腐化してしまったイベントだ。
ところで、俺がなんでそんなことを思い出しているかというと、宇宙空間での戦いのはずなのに、目の前でそれと似た現象が起きているからだ。
「しょ、触手だ。触手に巻き付かれた!」
「レーザー砲で迎撃できないのか!」
「無茶です。張り付かれた状態でそんなことをすれば、船体にも深刻なダメージが発生します!」
宇宙空間の闇から現れた触手が、反乱軍の芋っぽい戦艦に巻き付いた。
宇宙空間ではあるものの、ギシギシという音がして、反乱軍の戦艦が締め上げられていく。
「このままでは船体強度が持ちません。沈められてしまいます!」
「やむをえん!こうなれば死なば諸共。光子魚雷を撃って、触手を道ずれにしてくれる!」
派手な閃光が起こり、触手に巻き付かれた芋戦艦が爆発した。
爆発と同時に、巻き付いていた触手も吹き飛ぶが、バラバラに砕けた触手の破片が、意思をもって動き始める。
「化け物が、来るな来るなー!」
飛び散った触手の破片が、戦場を飛び交う小型戦闘機に襲い掛かり、触手の切り口にできた口を大きく開けて、戦闘機を丸のみにする。
丸のみにした際、食った戦闘機が体内で爆発し、触手の破片がさらに粉々になる。
「なんなのだこれは。クラーケンなのか?クラーケンの触手なのか?ここは宇宙空間だぞ!時代錯誤にもほどがある!」
念話によって、俺には戦場のあちこちで上がる悲鳴が聞こえてくる。
宇宙の闇の中から現れた触手は、反乱軍の宇宙戦艦に次々と襲い掛かり、船体に巻きついて沈めていく。
もっとも悲鳴を上げているのは、反乱軍だけではない。
「首都星の防衛圏内に化け物が現れた!反乱軍に一時停戦を申し入れ、全軍で触手の怪物を撃破するぞ!」
近くには銀河帝国の首都星があるとあって、帝国軍まで触手相手の戦闘に加わってしまった。
「全艦、レーザー砲を発射。続けて光子魚雷を放て!」
戦闘によってダメージを受け、沈んでいる船があるものの、それでも未だに300隻近い数を誇る帝国軍艦艇。
統制の取れた攻撃が一斉に放たれると、宇宙空間に現れた触手に、次々と攻撃が降り注いでいった。
光の線が飛び交うさまは、まるで流星雨が降り注ぐよう。
見ていて思わず美しいと感じてしまう。
そんな美しさとは正反対に、ウネウネと動き回る気色悪い触手に、攻撃が立て続けに命中していった。
「このクソがー!」
触手が大量に吹き飛ばされ、念話を介して戦場全体に、高位魔神2柱の声が響き渡る。
さて、俺の部下である高位魔神の中に、イカ魔神とタコ魔神がいる。
今回出撃したのは、この2柱の高位魔神だ。
この2柱は、クトゥルフ神の親戚か、もしくはその進化系といった姿をしている。
見た目は、イカとタコだ。
ただし、そのサイズは明らかにおかしい。
頭部分だけで、銀河帝国の首都星よりでかい。
首都星は、惑星ローラシアよりも1、2周り巨大な星だ。
ローラシアの大きさが地球とほぼ同じなので、この2柱は頭だけで、地球より巨大な宇宙怪物だった。
2柱の頭部分は”向こう側”にあるのだが、足である触手部分だけを”こちら側”に出して、反乱軍の艦隊を攻撃している。
伝説の海の怪物クラーケンが、本体である頭を海中に沈めているため、船の上から本体を攻撃できないように、イカ、タコ魔神も頭を”向こう側”に置いておくことで、本体が攻撃を受けることなく、触手足だけで艦隊を攻撃していた。
戦い方が、完全に宇宙版クラーケンだ。
どれだけ反乱軍が頑張ろうと、そこに帝国軍艦艇の攻撃まで加わろうと、”向こう側”にある魔神たちの頭には、傷ひとつ付くことがない。
できるのはせいぜい末端に過ぎない、触手足を吹き飛ばすことだけだ。
とはいえ、帝国・反乱軍の一斉攻撃を受けて、触手足が大量に破壊されてしまう。
「や、やったか……」
両軍の一斉攻撃に、帝国軍の司令官がフラグを立てた。
そう、これはフラグでしかない。
攻撃を受けて破壊された触手だが、魔神たちの触手足は即座に生える。
それも髪が枝毛になってしまうみたいに、破壊された箇所から、何本、何十本もの新しい触手が生えてくる。
「が、数が、先ほどより増えています!」
「う、うわあああーっ」
両軍の一斉攻撃虚しく、さらに数を増やした触手が、反乱軍と帝国軍に襲い掛かった。
「オンドレらー、足の手入れが大変なのに、よくも枝毛にしてくれたなー!」
「触手責めにして、舐めまわして殺してやるー!」
触手足を枝毛状態にされてしまった魔神たちは、激高している。
触手足が枝毛状態にならないように、普段から手入れを欠かさないようにしているらしく、枝毛状態にされて激おこのようだ。
俺は触手足の枝毛状態というのがよく分からないが、2柱の魔神にとって、美的感覚的に重要なことらしい。
そんな美的感覚はともかく、激怒した2柱の魔神の触手が、敵味方お構いなしに艦隊へ襲い掛かった。
反乱軍の船を次々に触手足でつかみ取ると、巻き付いて締め上げる。
「ヌメヌメじゃー!」
「触手責めじゃー!」
触手足についたネバネバ液を押し付けつつ、2柱の魔神は奇声を上げた。
あと、一応味方であるはずの帝国軍艦隊の船にも、巻き付いている。
「お前ら、帝国軍はダメだぞ」
「おっといけねえ。攻撃されたもんだから、ついやっちまった」
帝国軍の宇宙艦隊もいくつか触手足に巻き付かれ、握り潰され、数隻ほど爆散してしまった。
こいつらの感覚だとついやっちまっただが、フレンドリファイアは勘弁してもらいたい。
しかし今爆発した船には、一体どれだけの人命が乗っていたんだ?
……考えたくないので、ここから先は考えないようにしよう。
それが俺の精神衛生的にいい。
ところで触手足をしたイカ、タコ魔神が暴れる中、もう1柱別の魔神も戦っていた。
反乱軍のゴボウみたいな形の船があるのだが、その船の装甲全体に、目玉が大量に生えていた。
本体が目玉お化けのメフィストと、同系の目玉魔神だ。
この目玉魔神は船の装甲部分に取りついているだけでなく、取りついた船の内部にも、大量の目玉をはやしている。
「め、目が、目が―!」
船内では、船を動かしているクルーたちの悲鳴が上がり、想像を絶するパニック状態だ。
床に壁に天井、そのすべてに目玉が大量に生えているのだから、完全にパニック映画の世界だ。
気が狂って、レーザー銃で目玉を攻撃し、爆発系の武器を撃ち込むクルーがいる。
だが、目玉は物理的な攻撃を受けても潰れることなく、攻撃してきたクルーたちを”見つめる”。
「アア、ウアッ、アヤアッ……」
これがTRPGだったら、ダイスロールに完全失敗して、SAN値が大暴落しているところだ。
クルーの口の端から涎が垂れ、股間部分から温かな雫が垂れ始める。
目は正気を失って、どこか遠い空間を見つめる。
顔に浮かぶ表情は、最初は恐怖だったが、感情が振り切れてしまうことで、無表情になる。
その表情がさらに変化していき、次第に恍惚とした喜びが浮かんでいく。
「丸い、丸い、丸い、丸い、丸い、丸い……」
ついには正気が完全に失われ、意味不明な言葉をクルーが繰り返ししゃべりだす。
そんな光景が、取りつかれた船のそこら中で溢れ返っていく。
そして目玉は一つの船を完全に支配すると、周辺に存在する船へ、さらに目玉をはやしていく。
「丸い、丸い、丸い、丸い、丸い、丸い……」
「丸い、丸い、丸い、丸い、丸い、丸い……」
「丸い、丸い、丸い、丸い、丸い、丸い……」
精神的にクルーたちが侵されていき、謎のセリフをただひたすら繰り返すだけとなる。
いかに強力な武器を持っていても、精神面を犯されてしまえば意味がない。
そうしていくつもの船のクルーが、精神的に支配されてしまうと、やがて船内でクルーたちが互いに武器を向け合って、凄惨な殺し合いを始めた。
バトルロワイアル状態だ。
「さあさあ、どの船のクルーが最後まで生き残っているか、賭けの始まりだ。掛け金は魂1万個からスタート」
……
複数の船内でバトルロワイアルが繰り広げられ始めたと思ったら、目玉魔神による賭けが始まった。
「俺は、人間の魂10万個賭ける」
「異世界で死んだ勇者の魂なんだけど、1人で50万人分くらいの価値があるから、これを賭けていいよな?」
「魔族の魂100万個賭ける」
連れてきた高位魔神たちが物凄く乗り気で、物騒な賭け事が始まってしまった。
てか君たち、どうしてそんなに魂を持っているんだ?
あと、勇者の魂てなんなんだ?
もしかして、殺したのか?殺したんじゃないだろうな!?
「クレト様がいないと、掛け金がショボくてつまらんな。ほらほら、もっと大金掛けないとダメだぞー」
そんな中、目玉魔神が煽るように言った。
クレトの奴、普段どういう賭けをしてるんだ。
いや、俺の精神衛生のためにこの先は知りたくない。
何も聞かなかったことにしよう。
あとがき
宇宙艦隊が触手足に舐めまわされるシーン。一体何が面白いんでしょうね?
仙人「心の目を開いて悟るがよい。艦娘じゃ。宇宙艦娘たちが、触手責めにあっておるのじゃ!」




