54 ロマンがじゃがいもになった日
「モニターに外の映像を出せ」
ゴブリン提督の命令が出されるとともに、司令室の巨大モニターに、宇宙空間が映し出された。
宇宙空間の闇を背景にして、白亜の巨大建造物の姿が見て取れる。
ただ、遠近感を抜きにしても物凄くデカい。
超巨大な宇宙船だ。
本物の宇宙戦艦だ。
とても洗練された姿をしてた宇宙戦艦だった。
その姿を見て、俺は思わず呟いてしまった。
「じゃがいも」
「イモの煮っころがし」
俺とイリアの声だ。
映し出された宇宙戦艦の姿に比べると、俺たちが乗ってきた宇宙要塞は、ただのじゃがいもにしか見えなかった。
イリアの言うように、よく言ったところでイモの煮っころがしだ。
所詮、この要塞は宇宙空間に浮かんでいた岩石を、改造しただけの代物。
表面は岩肌がむき出しで、そこに穴を掘って作った要塞だ。
武装が取り付けられているものの、モニターに映る宇宙戦艦の姿と比べれば、俺たちが乗ってきたのは、田舎っぽさ丸出しのイモでしかなかった。
俺は今まで、この要塞をロマンと勘違いしていた。
だが、実はただのじゃがいもだったと、この瞬間に思い知らされた。
「じゃ、じゃがいもではないです。これはれっきとした宇宙要塞で……」
俺もイリアもこの要塞のことだとは一言も言ってないのに、要塞建造計画を持ってきたリッチの技術者ロージが、ムキになって反論してこようとする。
「超巨大宇宙戦艦より砲撃来ます!」
「エネルギー反応極めて大。当要塞の防御力では、要塞の数割が破壊される危険があります」
「総員、対ショック姿勢!」
ゴブリンオペレーターたちから次々に報告が上がってきて、状況が酷く悪いことが見て取れる。
どうやらじゃがいも要塞は、この宇宙戦艦から攻撃されたようだ。
そしてモニターに映し出される宇宙戦艦から、レーザーが放たれた。
「アーヴィン様、もしかするとこの攻撃で要塞が沈むかもしれません」
などと、不吉なことをゴブリン提督が言ってくる。
顔には諦観が籠っていて、生存を諦めている顔だ。
だが、ちょっと待て。
「この要塞って、核攻撃にも耐えられるんだよな?」
「敵のレーザー兵器が、核兵器以上の威力を持っています」
「……」
宇宙戦艦のレーザー舐めてた。
核兵器より強力では、じゃがいも要塞ではどうにもできないな。
「所詮じゃがいもか」
「煮っころがしだから仕方ない」
「う、うおおおーっ、俺の夢とロマンはじゃがいもじゃないー!」
俺とイリアは、この要塞に見切りをつけた。
技術者のロージは叫んでいるが、もはや奴のことなど知ったこっちゃない。
しかしこのまま直撃を受けて、じゃがいも要塞が沈んでは大変だ。
俺や高位魔神たちは問題なくても、要塞には大勢の技術者とゴブリンたちが乗っている。
「結界張っとくか」
というわけで、俺は要塞周辺に結界を張り巡らせて対応した。
モニターに映し出された宇宙戦艦からレーザーが飛来したが、結界が受け止めて事なきを得る。
「あのレーザーは、核より強力なのですが……」
「提督、核では星を砕けない。この意味が分かるな」
「あ、はい……」
俺の結界があっさり防いだものだから、ゴブリン提督が物凄く微妙な表情で、俺を見てきた。
俺の結界の場合、核どころか惑星破砕砲の直撃を複数くらっても、まったく問題ないからな。
しかしゴブリン提督には申し訳ないが、このポンコツ宇宙要塞では、現状をどうにかする力など全くない。
宇宙戦艦からの攻撃で、あっさり破壊されてお終いだ。
「防御のことはアーヴィン様にお任せしまして、私は損害の確認を……」
「それも必要ない。時魔法を使って、損傷した箇所は修復しておいたぞ。もちろん死人も生き返らせた」
「あ、はい……」
星の修復を以前経験したので、じゃがいも要塞程度簡単に元に戻せる。
死にたての死者の蘇生も、おまけでやっておいた。
ただゴブリン提督の顔が、さらに微妙なものになる。
「俺、何のためにここにいるんだろう」
って顔になっているが、俺の方を見ないでもらいたい。
「……で、では、周囲の状況確認を行います」
「ああ、頼む」
ゴブリン提督が泣きそうな顔になっていた。
俺がこれ以上やると、本当に泣き出しかねないので、提督に仕事を回そう。
上に立つ者として、部下に仕事を回すのも仕事のうちだ。
だがしかし、異世界に飛ぶと同時に攻撃を受けるとは、どういう事だ?
そう俺が考えている間に、報告の第一陣が上がってきた。
「モニターに映し出されている宇宙戦艦ですが、全長120キロ級の、超大型の宇宙戦艦と計測されました」
このじゃがいも要塞は、全長60キロの大きさ。
対して目の前の宇宙戦艦は、倍の大きさがあるわけだ。
「じゃがいも」
「煮っころがし」
「お、俺のロマンが―!」
俺とイリアは、2人でじゃがいも要塞の建造にノリノリだったロージを責めた。
見た目が泥臭くて田舎っぽいうえに、大きさでも負けてしまっている。
こっちは超巨大宇宙要塞のはずなのに、宇宙戦艦にあっさり負けてるぞ。
これはどういうことだ。
こんな木偶の棒をロマンとか叫んでいたバカは、どこのどいつだ!?
「失礼ながら造物主よ」
「なんだ、アカシックレコードさん?」
「私が観測した範囲では、この世界の科学技術は、大賢者の塔やグレー連邦を大きく上回っています。船体の大きさだけでなく、武器や防御システムの面でも圧倒されているため、この要塞で太刀打ちするのは不可能です」
「じゃがいもだから仕方ないな」
アカシックレコードさんの冷静な批評に、俺は仕方ないと思う。
「グ、グヘーッ」
計画の責任者であるロージは、床の上に突っ伏して、動かなくなってしまった。
もはや、こいつのことなど知らん。
ただ、ゴブリン提督からの報告はさらに続いた。
それによれば、俺たちがいる周辺の宇宙空間には、目の前の宇宙戦艦だけでなく、複数の戦艦が戦っている最中とのことだ。
2つの陣営が戦闘をしている最中で、白亜の巨大戦艦を有する陣営が約350隻の大艦隊。
もう一方の陣営は120隻と数が少なく、宇宙船の大きさも、最大で60キロ程度だそうだ。
ただし少数の艦隊の見た目が、俺たちの乗ってるじゃがいも要塞と似ていた。
じゃがいも以外にも、ゴボウやニンジン、魚の骨と言った感じの形をしている。
「敵の増援と間違われて、攻撃されたんだな」
都会の洗練された宇宙艦隊VS泥臭い田舎丸出し艦隊。
俺たちは、両軍が争っている場所に転移で突然現れたものだから、精練された宇宙艦隊側から攻撃されてしまった。
しかし転移した瞬間に、どうしてこんな場所に出てしまったのだか……
タイミングが悪すぎだろ。
俺はこの宇宙のことに一番詳しい、高位魔神の1柱、影魔神の方を見る。
今回この世界に来たのも、こいつの発案だからな。
「大賢者の塔とこの世界では時間の流れが違うので、塔側で1週間経つ間に、こちらの情勢が変化したようです」
「具体的には?」
「さあ?」
役に立たない。
所詮高位魔神の脳みそは、ヒャッハーレベルなので、こんな答えしかないのだろう。
ここで代わりに答え始めるのが、アカシックレコードさん。
アカシックレコードさんは、複数の世界の出来事を観測する能力があるので、この世界のことも既にご存じのようだ。
できる男(?)はやはり違う。
「僭越ながら私が観測したところでは、銀河帝国皇帝が反乱軍討伐のためにザルギースと呼ばれる有人惑星を破壊したようです」
「有人惑星破壊したのかよ……」
銀河帝国の皇帝様ともなれば、反乱軍相手に平気で惑星破壊するんだな。
やることが怖すぎる。
……いや、うちの高位魔神連中と、やってることがたいして変わらない。
あいつらも、星を食ったり砕いたりしてるからな。
「惑星破壊の主目的は、反乱軍の討伐と見せしめですが、それを造物主のために捧げています」
続くアカシックレコードさんの言葉に、俺は思わず胃痛を感じてしまった。
「素晴らしい行いですね。シャドウ、よい男に祝福を与えましたね」
「お褒めに預かり光栄です」
だが、なぜかメフィストが嬉しそうな顔をして、シャドウ魔神を褒める。
シャドウ魔神も満更でない顔をしているが、こいつらは俺の胃痛を悪化させるのが、そんなに嬉しいのか。
俺は全然嬉しくない。
破壊活動なんてしないで、ラブアンドピースの精神でいてほしい。
「ただ、皇帝の行いをやりすぎと感じた民衆が多く、結果、より大きな反発を生んでしまいました。そのせいで帝国首都星において暴動が発生。および軌道上にて、正規軍と反乱軍の宇宙艦隊同士の決戦が行われています。我々がいるのは、その戦場のど真ん中となります」
「なるほど」
さすがに星を破壊するのは、見せしめってレベルを超えてるよな。
皇帝の正気を疑った民衆が、敵に回ってしまったということだ。
反乱軍を鎮圧するどころか、逆に勢いづかせてしまう結果になっている。
そんな戦場のど真ん中に、俺たちは来てしまったのか。
「しかし首都星が戦場になってるって、この国終わりかけてないか?」
「私の演算では、じきに皇帝が死亡する可能性が極めて高いです。その後、銀河帝国は求心力を失って瓦解し……」
「えっ、この国って本当に終わるのか?」
「あくまでも私の演算の範囲内での話です」
演算というが、アカシックレコードさんの頭脳は銀河規模だ。
そんな演算結果とあれば、的中率は驚くほど高いだろう。
だが、よりにもよって、国が終わろうとしているとんでもない現場に、俺たちは来てしまった。
それも銀河規模の国が、終わる現場にだ。
どうしよう?
「この国が滅亡しない可能性はないのか?」
こういうことは、頭のいいアカシックレコードさんに、尋ねるのがいいな。
「あります。造物主がこの争いに加わるのでしたから、国家を存続させることが可能です……もっともその場合、推定で約1千億人の人命を粛正する必要があります」
「OK、俺は間違っても、血濡れた粛正者になるつもりはないから却下だ」
「では、この国は滅びます」
俺が参加しても、ろくなことにならない。
参加しなければ、銀河帝国は滅亡決定。
アカシックレコードさんが断言してしまった。
どっちも血みどろなので、選択肢にならないな。
ところで 俺がアカシックレコードさんと話している間も、外では宇宙艦隊同士の戦闘が繰り広げられている。
巨大な戦艦同士の戦いで、帝国軍の120キロ級戦艦にも被害が及んでおり、白亜の美しい船体にも、黒く焦げた跡ができている。
そして俺たちが乗るじゃがいも要塞にも、レーザー砲撃のみならず、光子魚雷まで撃ち込まれていて、攻撃が非常に激しい。
「我が要塞の軌道が、銀河帝国首都星への落下コースになっています。そのため銀河帝国軍艦隊から、本要塞への攻撃が集中しています」
司令室にいる、ゴブリンオペレーターからの報告が上がってくる。
「アーヴィン様、いかがいたしましょう?」
「……」
そしてゴブリン宇宙軍を率いる提督が、俺に尋ねてくる。
なんちゃって魔神王だが、俺がこの要塞のトップなので、この状況を判断しなければならない。
「この場にいる帝国軍と反乱軍。双方をことごとくを根絶やしにしますか?魔神王陛下の乗られる要塞を攻撃したのですから、奴らもその程度の覚悟はできているでしょう」
「却下」
メフィストの提案は、考えるまでもなく不採用だ。
さて、今回この世界に来た主目的は宇宙艦隊を見るためだが、皇帝に会うことも目的の一つに入っている。
むしろ皇帝なんて偉い人物に会わなければならないから、わざわざ見栄を張って、じゃがいも要塞できたのだ。
「とりあえず皇帝をなんとかしてやろう。シャドウは皇帝の顔を知っているな」
「もちろんです、我が主」
俺が直接会った相手ではないが、既にシャドウ魔神を通して関わりがあるので、見捨ててしまうわけにもいかない。
このままでは死ぬと分かっているので、救える人命は、救っておくことにしよう。
「シャドウとメフィスト。お前たちで皇帝をここに連れてこい。もちろん、生きたままだぞ」
「主のご命令とあれば、直ちに」
「承知しました」
俺の命令で、メフィストとシャドウ魔神の2柱が、転移魔法でこの場からいなくなる。
ついでに暇そうにしている高位魔神も、おまけで数柱ついていった。
「メフィストたちが帰ってくるまで、俺たちはこの場にて待機。……と行きたいが、このまま帝国軍の攻撃を受け続ける義理もないな。提督、俺たちが帝国の味方だと伝えろ。攻撃され続けるのは気分がよくない」
「了解しました」
俺の命令で、ゴブリン提督がオペレーターの1人に指示を出す。
「申し訳ありません。銀河帝国艦隊との通信を試みましたが、双方の技術規格が違い過ぎるため、こちらから連絡を入れることができません」
おっと、予想もしない所で連絡に失敗した。
仕方がないので、こういうときは念話を使おう。
俺は感知魔法を使って、銀河帝国軍の中で最も巨大な船の中を探り、そこで一番偉そうにしている人物を探り出す。
その司令官に向けて、念話を使った。
「突然の念話ですまんが、貴官らが攻撃している宇宙要塞は、帝国軍の味方だ。速やかに攻撃を控えてもらいたい」
「あ、頭の中で声がするだと!」
「繰り返すが、即時攻撃を中止してもらいたい」
「要塞って、一体何のことだ?そんなものはどこにもないぞ!」
「……目の前にある、じゃがいもみたいな岩の事だ」
ロージが原因とは言え、俺だってじゃがいものことを、一時はロマンの塊だと錯覚していた。
会ったこともない見ず知らずの人に向かって、じゃがいもと宣言しなければならないのは、かなり恥ずかしい。
「貴君が、帝国軍の味方であるとはとても思えぬ。そちらの外装は明らかに反乱軍の物であるし、味方である証拠もない」
チッ、帝国軍の司令官が思ったより堅物だった。
おまけに、要塞の外見が泥臭い田舎丸出しのせいで、反乱軍扱いされてしまった。
こういう場合、メフィストだったら即洗脳魔法を使って相手の意思なんてお構いなしだろうが、俺は一般常識のある文明人なので、そんな野蛮なことはしない。
「証拠がない以上、攻撃を続行させてもらう」
「……」
ただ洗脳しなかった結果、交渉に失敗してしまった。
帝国軍の艦艇から、さらに怒涛の勢いで光子魚雷が放たれまくる。
念話の範囲を広げてみれば、
「味方の船を守れ!」
などと言って、反乱軍側の船が、俺たちの乗る要塞を援護してくれてるくらいだ。
こりゃ駄目だ。
俺の張っている結界でダメージを全て防いでいるが、帝国軍からの信用が全くない。
こうなったら、実際の行動で味方と示すしかない。
とはいえ、そうなれば完全に流血沙汰だ。
俺のメンタルは殺戮上等なんて精神をしてないので、勘弁してもらいたい。
勘弁してもらいたいが、一方的に攻撃を受け続けている状況に、連れてきた高位魔神の何柱かが、ウズウズし始めた。
「ボスー」
「親分―」
「奴ら締めちまいましょうぜ」
なんて感じで、期待満々で、俺を見てくる。
これ以上我慢させると、こいつらが確実に暴発する。
暴発した結果、絶対ろくなことにならない。
例えば、我慢の限界に達した連中がこの場で暴れだし、要塞が内部から木っ端微塵に吹き飛ぶ。
その後、俺と高位魔神の間で、宇宙空間で大乱闘をしでかし、周囲にいる帝国軍と反乱軍の宇宙艦隊が巻き込まれてしまい、全滅してしまう。
経験則から、俺はそんな未来を予想をしてしまった。
当たらなくても、ハズレてもいないだろう。
こいつらを、今すぐガス抜きさせないといけない。
ああ、平和な日常よ、さようなら。
俺は直接手を下さないが、俺の部下たちが、血みどろの流血沙汰を引き起こしてしまう。
「ハア、分かった。行きたい奴は行ってきていいぞ。ただし帝国軍は味方だから、攻撃するのは反乱軍だけだ。敵と味方を間違えるな」
「「「了解!」」」
威勢のいい声を出して、3柱の高位魔神が、転移魔法でこの場からいなくなった。
あとがき
「じゃがいも要塞の上に、バターを乗せて食べるとおいしいのかな?」
(byクレト)




