49 暗黒面の王と魔神
まえがき
今回から、第二章-δの開始です。
「ザ・パワーの暗黒面の力をもってすれば、不老はもとより、死者すら生き返らせることができる。我が弟子よ、お前には我が奥義のすべてを授けた。これよりは、ザ・パワーの暗黒面をもって全銀河を支配……グッ」
私の師でありながら、間抜けな男だった。
無防備に背を晒した間抜けの背中を、私はナイフで一突きした。
「き、貴様、何をする!」
私は師に対して忠実な弟子のふりをして、今まで師が語るザ・パワーの暗黒面について学んできた。
刺したナイフを抜けば、当たり前のことだが、血が流れ出す。
「お気づきにならないのですか、師よ?」
この間抜けは今まで、私のことをただ従順なだけの存在とみていたようだが、何のことはない。
面従腹背だ。
「あなたは、私にザ・パワーの暗黒面について学ばせてくださいました。おかげで、今では師に匹敵する存在となった。だから、あなたは用済みなのです」
「貴様、裏切るのか」
「裏切る?クククッ、これは異なことを申される。私は最初から、あなたの持つ知識だけが狙いだった。すべてを私に伝授していただけたので、あなたの存在は私にとって無価値となった。いや、私に匹敵する能力を持つ貴様は、邪魔な存在でしかないのだよ」
「お、おのれ、このような不忠者を弟子にしたとは、我が一生の不覚……」
そうして話している間にも、間抜けの足元に血の泉が出来上がり、足取りが不確かになっていく。
「おかしいですな。確か師は不老不死を語られ、死者を蘇らせることもできたはず。ザ・パワーの奥義をもってすれば、その程度簡単なのでしょう?」
「……」
「さあ、復活してみせろ!」
だが私の言葉に対して、間抜けは地面に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
「どうした、生き返れないのか?」
私が足蹴りするが、間抜けが蘇る気配はない。
「フ、フフッ、死者を蘇らせる術を持ちながら、肝心の自分自身を生き返らせることができないとは、とんだ間抜けだ。なんとつまらない男だ。これからは、師の跡を継いで、私こそが・ザ・パワーの暗黒面を司る王となろう」
「……」
間抜けは死に絶えた。
だが、だからと言って安心してはならない。
万が一の可能性で、この男が蘇ることがありうる。
「体さえも完全に消し去ってくれる!」
私はザ・パワーの力を集め、両手の先より雷を放った。
師の体を、暗黒の雷が覆い隠すように暴れまわり、その体をズタボロの灰へと変えていく。
ザ・パワー。
この宇宙に存在する、目では捉えることができぬ未知の力。
その力の暗黒面をもってすれば、超常の力を操ることができ、不老はもとより、死者すら蘇らせることが可能となる。
もっとも、この間抜けが実証してみせたように、他者を生き返らせることができても、自分自身を生き返らせることができない。
「私こそが、ザ・パワーの暗黒面の王。そして私が、銀河の支配者になってくれよう。ハハ、ハハハハハーッ」
師の体が完全に灰となって崩れ落ちた。
風が吹けば、灰すら残ることなく消え去っていった。
では、これより私が銀河の支配者となるべく行動を開始しよう。
まずは、私の手駒をそろえること。
ザ・パワーに適性のある者を選び出し、弟子として育て、暗黒面に引きずり込んでくれよう。
「素晴らしい、お前は見事な逸材だ」
「……何者だ?」
間抜けが死んだ今、ここには私1人しかいないはず。
だが、不意に不気味な声が頭の中から響き、私は周囲を警戒した。
「慌てる必要はない。私は神である」
「神だと?」
「左様」
神を自称する存在。
だが、その姿を捕らえることができない。
私の持つザ・パワーの力を持ってすら、感知できない存在がこの場にいる。
手にもつナイフを油断なく構えながらも、突然の事態に、私の額から冷たい汗が流れ落ちる。
「己が師を使い捨て、銀河の覇者にならんと欲するお前は、私にとって大変魅力ある人間だ。見ていてとても面白い。私を楽しませた褒美として、貴様には不老を与えよう」
「不老だと?私は既にザ・パワーの力によって、不老を得ているぞ」
「ク、クハハ……」
「何がおかしい」
私が相手の位置を掴めないでいる中、声だけが不気味に響き続ける。
「お前が手にした不老は完全なものにあらず。所詮は時の流れに逆らって、老化を遅らせる程度のものでしかない。そうだな、せいぜい千年といったところか。その程度の年月しか、寿命を延ばせぬ不完全な不死よ」
「……不完全だと。それでも、千年の時を生きれるのだぞ」
「ククク」
師は、完全な不老だと言っていたが、神を自称する存在から聞かされた内容に、私は心の中で戸惑う。
それでも人間であれば、千年の時を生きられるだけでも儲けものだ。
そうでも思っていなければ、声の主に圧倒されてしまいそうになる自分がいた。
声の主は、私にそれだけの危機感を与えてくる。
「愚かなり。千年経った時、貴様は今と全く同じ言葉を言えるのかな?体が老い、頭は耄碌し、体はいう事を聞かず、地を這う事すらできなくなる」
「うっ、あっ、あああっ。な、何をする……」
気づけば私の声がしわがれ、手を見れば肌が恐ろしい勢いで衰え、皺くちゃになる。
手に力が入らなくなり、構えていたナイフが手から転がり落ちる。
「貴様に千年後の体を体験してもらっただけだ。どうだ、そこまで年老いれば、もはや何もできまい。ほれ、腰は曲がり、歩くだけでも息が切れる」
「グッ、ウ、ウアアッ」
「おやおや、視力までなくなってしまったのかな?」
今の私は、なぶられ者だ。
だが神を自称するだけあり、その存在が持つ力は、私の知るザ・パワーの暗黒面を持ってすら、抗うことができない。
「さて、それでは元に戻してやろう」
「ハ、ハアハア……わ、若さが戻ってきた」
「そうだ、元の歳に戻してやったぞ」
視力を失い、腰は曲がり、満足に歩くことさえできなくなった状態から、私は老いる前の状態に戻っていた。
まるで夢のような経験だったが、感じた老いのリアルさが、現実であったことを私に理解させる。
この声が、本物の神以外の何ものであるはずもない。
そう、私に悟らせるのに十分な体験だった。
「さて、もう一度問おう。完全なる不老を欲しいと思わぬか?ザ・パワーの暗黒面を統べる王よ」
「……ほ、欲しい」
たった今、恐るべき老いに突き落とされた私には、抗いがたい言葉だった。
相手は神を名乗るが、間違いなく、邪悪な類の神に違いない。
だが、よいではないか。
私とて、邪悪なる者に連なる存在であるのだ、邪神の加護を受けることは、望外の喜びと言っていい。
「フフフ、お前をたった今、完全なる不老にしてやった。これでお前は、時の流れによって老いることのない存在へ生まれ変わったぞ」
「感謝します、神よ」
そこで私は、地面に両ひざをつき、神の声へと感謝の祈りを捧げた。
「ウムウム、よいぞ。忠実なる下僕よ」
「……」
神に逆らうことはできなかった。
ザ・パワーの力を持つ私を、あのまま老いで殺すこともできた存在だ。
逆らったところで意味はない。
ならば、神に忠実に仕えることで、自らの存在意義を示すとしよう。
そうすることで、私は生き永らえなければならない。
このようなところで、私は死んでいい存在ではないのだ。
「神よ、できることでしたら、御身の名をお聞かせください」
そして、この神の名を私は賛美しよう。
いつか私が、神の存在を超えた時に、屠り殺すその時まで。
「神たる我に、名は存在せぬ。ゆえにお前は、名のなき神へ祈るだけでよい」
「ハハッ、名のなき偉大なる神よ」
相手の機嫌を損ねないよう、私は慎重に言葉を選んで、神に従う。
「とはいえ、私のことは邪神扱いせぬよう。我は”魔神”である。祈りは名のなき魔神へと捧げるがよい」
「はい、偉大なる魔神様」
「ウムウム」
そこで、魔神と名乗る存在は確かに機嫌を良くした。
「お前がいずれこの銀河を制することができれば、その時にさらなる祝福を与えよう」
「……」
不老以上の祝福など、一体何を用意するというのか?
「完全なる不老不死。たとえ体を貫かれ、切り刻まれようと、あるいは体の全てを消し飛ばされようとも、我が力をもってして、貴様を決して死ぬことがない存在にしてやろう」
「ふ、不老不死!」
師であっても、死者を蘇らせることはできても、自分を生き返らせることができなかった。
だが、その不老不死を、魔神が授けると言ってきた。
思わず私は喉を鳴らして、唾を飲み込む。
「欲しそうだな。その欲に満ちた顔、大変見ものだぞ」
「め、滅相もありません。私如きに不老不死など……」
「あまり己の本心を隠すでない。私は貴様の所業を見続けてきた。貴様がどのような人間であるか、貴様以上に知っているのだぞ」
「……」
この魔神は、どうやら私が想像する以上の存在のようだ。
そして私に対して、恐ろしいまでに肩入れしている。
魔神から受け取る祝福を、喜ばしいこととして受け取るには、あまりにも不気味すぎる。
だが、それでも完全なる不老不死という言葉が、私の心を掴んで離さない。
「ククク、せいぜい励め。ザ・パワーの暗黒面の王などという矮小な存在にとどまらず、銀河を制する覇者となれ。その時、私は貴様の前に再び現れ、祝福を与えるとしよう」
そう言い、魔神の声が私の中から聞こえなくなった。
「……フ、フフ、なんと恐ろしい存在だ。気が付かなかったが、あの声がしていた間、まさかこの私が全身から冷や汗を流していたとはな」
魔人がいなくなった後、改めて自分の姿に気づいて、私は驚かされた。
ザ・パワーの暗黒面を知り尽くし、強大な力を持っていた師を前にしても、ここまで私は怯えたことがなかった。
この汗全てが、魔神を前にした、恐怖の証だ。
だが、いいだろう。
魔神に気に入られたというのであれば、せいぜいそれを利用させてもらおう。
「私は銀河を制する覇者となり、いずれは……」
魔神さえも越える存在となってみせる。
銀河を制するのは、そのための足掛かりでしかない。
あとがき
フォース…じゃなかった。
ザ・パワーの力を感じとるのじゃ、弟子よ。




