44 惑星グレー地上戦
宇宙のことを防衛艦隊司令官に任せた私は、地上で起きている出来事に集中して対処することにした。
宇宙で戦っている艦隊が負ければ、星魔がこの星を食らうことになるが、地上の被害も無視することができない。
とはいえ、我らの母星に配備されている地上軍は非常に貧弱で、暴徒鎮圧用の部隊に毛が生えた程度の戦力しかない。
旧時代には、この星の上にも複数の国家が存在し、国と国が相争うために、強大な地上軍が存在していた。
しかし、そんなのは歴史上の出来事であり、現在の母星は、グレー連邦が単一の政府として星を統一している。
惑星上で他国との戦争がないうえ、外敵が来るとしてもそれは宇宙からとなってしまう。
自然、宇宙の防衛艦隊が増強されることがあっても、地上軍は治安維持程度の役割しか求められないため、必要以上の軍事力を有することがなかった。
「まさかこの星で地上戦という事態が起こるとは……一体何千年ぶりだろうな」
「もしかしると、1万年以上かもしれません」
私が苦い思いでいると、副司令がそんな風に返してきた。
「だとすると、歴史的な地上戦の指揮を執った人間として、私の名が歴史に残るかもしれないな」
「そうですな。ただし、それも我々が生き残ったらの話です」
副司令と会話をして、多少は気を紛らわせることができた。
常に緊張し続けていることはできない。
多少の軽口をやり合っただけとはいえ、わずかに心に余裕を持つことができた。
「しかし、敵は黒い影。それも直径1千キロ以上の大きさか」
宇宙空間において1千キロという距離は決して大きなものではないが、地上ではまったく意味が変わってくる。
既に空軍の部隊を向かわせることで、問題となっている影を上空から監視、および解析に取り掛からせている。
「技術部の見解は?」
解析中とはいえ、やはり敵の正体が不明というのは良くない。
司令室にいる技術系スタッフに、つい解答を急かしてしまうのも仕方ないことだろう。
「影の上に存在したものは、全て自由落下によって落下し、影に飲み込まれてしまうようです。影の下に存在している物体は、飲み込まれることがないようなので、地下部分から攻撃を加えることで、何かしらの反応を得ることができるかもしれません。とはいっても、我々も影の正体に見当が付きませんので、望み通りの効果がでる可能性は極めて低いですが」
「曖昧な推測しかできないということか」
「はい。時間をいただければ、さらに解析を進めることもできますが……」
「今はその時間がない」
影はこうしている間にも惑星上をゆっくりと移動しており、10分で1千万単位の人口を呑み込んでいっている。
影の速度がゆっくりとはいえ、あまりに広大な被害範囲ゆえ、民間人の避難誘導に当たる余裕すらない。
技術部の提案によって、影に対して質量の投下……つまりは巨大な金属塊を影に投下してみたり、液体である水を大量に投入してみたりした。
さらに空軍の部隊がレーザー攻撃を行い、爆薬を投下して反応を伺ってみた。
武器としては光子魚雷もあるが、惑星上で使うには破壊力が大きすぎて使えない。
「いずれも影に飲み込まれてしまいました。地下から、影に対してレーザー砲を撃ち込んでもみましたが、これも結果は同じです」
「全ての攻撃が飲み込まれてしまうのか」
「攻撃というより、あらゆる物質、エネルギーが、影の中に捕らわれてしまい、そこから抜け出せなくなるようです。可能性としては、影の内側はディラックの海になっていて、こちらから来たものを内部に無限に留めることができるのかもしれません」
「ディラックの海……とな」
私は防衛軍の司令官であって、技術者の専門用語を持って来られても困る。
技術者曰く、平たく言えばディラックの海にはあらゆる物が無限に落ち込んでしまい、一度落ちたものは抜け出すことができなくなる空間なのだという。
「このディラックの海に対して有効な手段があるとすれば、負のエネルギーに満たされているディラックの海内部に、重力弾を用いることで発生する膨大なエネルギーを用い、それを正のエネルギーに励起することで……」
「ちょっと待て、今重力弾と言ったか?」
「はい、重力弾と言いました」
専門的な説明が始まって、私は頭を抱えていたが、その中に出てきた重力弾という単語に、思わず顔が引きつってしまった。
「惑星上で重力弾を用いれば、この星が死ぬぞ」
重力弾とは対惑星兵器の一つで、その威力は宇宙戦艦に搭載されている惑星破砕砲のさらに上をいく。
現状、我々が持つ最強の兵器であるが、そんなものを地上で使えば、この星が崩壊してしまいかねない。
いや、かもでなはく、確実にこの星が死んでしまう。
「あの規模のディラックの海に対して有効なエネルギー量を得るとなると、どうしても重力弾相応のエネルギー量が必要になるため、重力弾の使用を口にしました。もっとも、それでもエネルギーが足りるか分かりませんが」
「……」
技術者というのは、時に常識を疑う言葉を平然と述べてくることがある。
「もちろん、そんなものを使えば星が崩壊する危険があることを理解してします。ただ、この現象に対するためには、それだけのエネルギー量がある兵器を用いなければ、対処しようがないのです」
さすがに私の咎める視線に気づいたようで、技術者もそう言ってきた。
好き好んで、重力弾を使えと言ってるわけではないようだ。
とはいえ、困ったものだ。
「技術部の見解では、この星を守るためには、星を破壊できる兵器を使うしかないということか」
「はい。私としてはあの影を放置する方が、重力弾を用いることによる被害に比べれて、軽微で済むと考えます」
「……」
ろくな解決方法ではない。
現状の被害を解決するために、それ以上の被害を出す必要がある。
しかも被害の規模が、我らの母星を破壊するレベルになってしまう。
「これでは解決手段と言えないな」
「はい。ですので解決方法がありません」
「なんということだ……」
あの影……ディラックの海を、母星の上で倒せる手段は存在しない。
宇宙空間で接触したのであれば、重力弾を用いることも可能だが、敵が既に惑星上にいるため、我々には何の手も取ることができなかった。
本星にいる、200憶以上の人命を巻き添えにはできない。
「本星を捨てて、逃げ出すことも検討しなければならないか……」
最悪の事態に、私は頭を抱え込んでしまう。
未だに200憶を超えるこの星の住人を、宇宙空間での戦闘を継続しつつ、逃すというのは不可能だ。
選別しても、せいぜい1千万人逃がすことができるかどうかだ。
その時、宇宙空間での戦闘の変化が起きた。
宇宙空間から、敵星魔の攻撃が地上へ降り注いだ。
戦闘の流れ弾で、黒い色をした質量兵器が、空から地面へ向かって降ってくる。
「各地にて被害発生!」
「攻撃の一部が、ディラックの海にも命中……えっ、ディラックの海の一部が、崩壊を起こしています」
「確認しました。ィラックの海の一部に亀裂が発生し、ダメージを受けているようです」
今まで打つ手がないと思われた中、まさか宇宙にいる敵の攻撃が、地上の敵に被害を与えられるとは思いもしなかった。
「奴ら、同士討ちをしでかしたのか」
我々の技術では無理だが、このまま敵の星魔が、地上にいるディラックの海を攻撃し続けてくれれば、倒せるかもしれない。
だが、敵が同士討ちを続けるなどという甘い幻想が、現実となるわけがない。
「ディラックの海表面に変化。表面付近にて、電気エネルギー量の増大を確認」
そんな中、我々が介入できない所で、事態がさらに動き始める。
「雷撃です。ディラックの海より、強力な電気エネルギーが宇宙空間へ向けて照射されました」
「しょ、照射先に我が方の艦隊がいます」
オペレーターが悲鳴のような声を上げる。
地上での事態が遅々として解決へ向かわない中、敵はこちらの宇宙戦力を徹底して削りに来た。
「味方防衛艦隊、被害甚大!」
「クッ、なんという事だ」
完全に敵にいいようにされている。
「で、ですが、先ほどの雷撃が敵星魔にも命中」
「なに、またしても同士討ちか?」
敵同士での同士討ち。
我々としては願ってもない機会だが、敵は一体何を考えているのだろうか?
強大な宇宙生物の考えなど、私にはまるで理解できない。
その後、宇宙と地上の間で、2体の巨大な生命体が、攻撃の応酬を繰り返し始めた。
「このバカ野郎!なんで俺の体を攻撃しやがった!」
「うるせぇ、お前がでかい体を晒して地上にいるのが悪い!」
「なんだと、やるってのか!」
「とっくにやり合ってるだろうがー!」
2体の敵から、念話による声が聞こえてきた。
「奴ら、我々を無視して、互いを攻撃し合っているのか」
だとすれば、我々グレーなど、連中にとっていないも同然の存在に見られているのかもしれない。
だが、この機に何かしらの手を打たねばならん。
このまま2体の敵が、消耗するまで攻撃の応酬を繰り返すわけがない。
それまでに、我々は何としても現状を打破できる手段を見つけなければならない。
そんな私の元に、技術者の1人が提案をしてきた。
「司令官、実は試験段階の兵器に、次元振動弾と呼ばれるものがあります。これを用いれば、あるいはディラックの海に対応することができるかもしれません」
「次元振動弾?聞かない名前だな」
「先ほども言ったように、まだ試作段階の兵器です。この兵器を用いれば、惑星全体に影響をもたらさず、特定範囲内にだけ、膨大なエネルギーを発生させることが可能です。ディラックの海に対抗する手段になる可能性があります」
「詳しく聞かせてもらおうか」
我々に取れる手があるならば、それに賭けてみるべきだろう。
試作段階の兵器を用いるなど、もはや藁にもすがる思いだが、何も手を打たないよりマシだ。
そうして技術者は兵器の説明をしていってくれたが、最後に不吉な一言を付け加えてきた。
「……もっとも試作兵器ゆえ、起動に失敗した場合は、本星が真っ二つに裂ける可能性があります」
それが私にとって、何とも不吉な一言にしか聞こえなかった。
あとがき
専門家でも何でもないので、ディラックの海に関しては、付け焼刃程度の知識しかありません。
間違ってると指摘されたら、ゴメンナサイとしか言えません。
まあ、そもそもディラックの海の概念自体、場の量子論が登場したことで、不要な概念化してるそうですね。
ですので、あくまでも物語上の出来事ということで。
(追伸、この小説のジャンルが、日々ファンタジーから遠のく一方です)




