42 グレー艦隊VS触手生命体
軍隊が行動をするのに、5時間という時間はあまりにも足りない。
だが、”触手生命体”が5時間後に我らの母星グレーに到着してしまう以上、会戦はそれより早く行われなければならない。
また高威力の兵器になれば、宇宙空間で使用しても、その余波だけで母星への影響が懸念される。
そのため、我らはわずか3時間という時間で、触手生命体への攻撃を行わざるを得なかった。
集まった軍艦は1023隻。
時間さえあれば植民星に派遣している軍艦も呼び寄せられたが、今更そのようなことを言っても仕方ない。
「諸君、彼の生命体が我らの母星を目指している以上、ここで食い止めなければ我らに待つのは破滅だ。相手が対話する知性もない生命体である以上、諸君らの奮戦に期待するものである。我らグレーに栄光を!」
通信回線を通して、私は防衛艦隊のメンバーを叱咤激励した。
その時だった。
私の演説に応えるように、頭の中から声がした。
「手前ら、ボスの庭に無断で手を出しておいて、無事に済むと思ってるんじゃないだろうな。ここでお前らを種族ごと、根絶やしにしてやるから覚悟しろ」
テレパシーという奴か。
我らの技術レベルにおいても、未だに解明されていない事象であるが、相手は未知の宇宙生命体。
その見た目からは、まるで知性を感じさせられなかったが、まさかテレパシーで我らに話しかけてくるとは思いもしなかった。
だが、相手からのテレパシーでは、何かしらの誤解で、我らを敵視している可能性が高い。
それに相手が知性のある生命体であると分かれば、私の取れる選択肢が一つ増えたことになる。
「待ってくれ。貴官と話し合いがしたい。何やら勘違いから激怒しているようだが、我々は……」
「黙れ!」
対話を試みようと、私は必死に相手に語り掛けた。
だが、そんな私をあざ笑うように、触手生命体が行動を開始する。
「触手生命体の先端部分に高エネルギー反応。……数、およそ2千。戦艦主砲クラスの高出力熱戦砲です」
オペレーターが絶望的な報告をする。
「直ちにシールド艦部隊を艦隊前面に展開。敵の攻撃を防げ!」
「で、ですが相手の数は2千です。それだけのエネルギー量を一度にぶつけられれば、シールド艦部隊とて防御しきれません」
「それ以外に対応手段がない。行動を急がせろ!」
「りょ、了解しました」
我らが誇る宇宙戦艦の主砲と、同等の攻撃力を持つ攻撃。
そんなものが一度に2千発も放たれては、我々の戦力では防御しようがない。
だが、これは我らの母星を守るための戦いだ。
ここで何の手も打たず、逃げるという選択肢は取れなかった。
「触手生命体、高出力熱戦砲を発射!」
次の瞬間、私のいる司令室のモニターが、白い光一色に包まれた。
音はない。
宇宙空間の戦闘であるために、空気の振動がないのだ。
「被害報告、戦艦6大破、重巡洋艦8大破、駆逐艦大破数は現在計算中、その他小型艦艇の被害甚大!シールド艦部隊は敵の攻撃によって、すべて焼き払われてしまいました!」
「こちらも攻撃を開始しろ。戦艦はレーザー主砲を休むことなく撃ち続けろ」
私の命令の元、艦隊が攻撃行動を開始する。
敵の放つ高出力熱戦砲と同出力の、宇宙戦艦の主砲が放たれる。
我らの戦艦は、全長1キロの大型艦で、形は円柱に近い形となっている。
艦の表面にあるレーザー主砲発射口が光を帯び、エネルギー量が臨界を突破した瞬間、主砲が発射される。
宇宙空間で群れる触手生命体へ、戦艦部隊の放ったレーザー主砲が次々に炸裂し、気色悪い触手どもを、次々に吹き飛ばしていく。
「敵損害、およそ70」
「よし、効いているぞ。続いて駆逐部隊は光子魚雷にて攻撃……一斉射開始!」
「攻撃開始」
私の指示により、今度は駆逐部隊より、光子魚雷が発射される。
駆逐艦の撃ちだす光子魚雷の威力は、戦艦主砲を上回る攻撃力を持つ。機動性に富む小型艦相手では命中率に難があるものの、大型艦相手には無類の強さを持つ。
光の球である光子魚雷は、発射されると同時に、1秒と経たず光の数パーセントの速さへ到達。
宇宙の闇の中に光の奇跡を描きつつ、向かってくる触手生命体に次々に炸裂していった。
「触手生命体に被害多数。推定200の撃破に成功」
「よし効いている。残りの艦船は、各個の判断にて攻撃を開始。戦艦部隊は主砲の準備整い次第、私の命令を待たずに撃ちまくれ!」
触手生命体の数は、未だに3000を超える。
だが、こちらの攻撃が効いている以上、なんとしてもここで駆逐させてもらおう。
この戦いは、我らの母星を守る戦いなのだ。
「各艦の攻撃が続けて命中」
「よし、いいぞ。あの気色悪い生き物を駆除してしまえ!」
触手生命体の初撃で、こちらも損害を出したが、敵より味方の方が損害が少ない。
このまま戦い続ければ、損耗率において、被害の少ない我々の側が勝利するだろう。
だが、私のそんな予想も、すぐさま覆されてしまう。
「司令官、艦隊の攻撃が効いていません!」
「どういうことだ?」
「触手生命体の表面に、未知のエネルギー現象を確認。それがこちらの攻撃を無力化、ないしは弱体化させているようです」
「シールドの類か?」
「そこまでは断定できません。ですが、無力化できる範囲に限度があるようで、戦艦主砲と光子魚雷では、ダメージを与えられています」
つまり大火力でなければ、触手生命体を倒すことはできないということだ。
だが、戦艦主砲と光子魚雷は強力とはいえ、その数に限りがある。
光子魚雷には残弾があるし、戦艦主砲は高速連射できない。
そしてさらに悪い情報が、オペレーターよりもたらされる。
「司令官、撃破した触手生命体の破片が動いています!」
「うん?」
生き物が死亡直後に、痙攣して動くことはよくあることだ。
敵は巨大な宇宙生物とはいえ、死後の痙攣くらいあっても不思議ではないだろう。
オペレーターは、何を驚いているのだと私は思った。
「撃破した破片が、独自行動をとって、我が方の艦隊へ向かってきています。敵は死んでいません。砕けた破片が、我々の艦隊に急接近……遠距離攻撃手段は持っていないようですが、艦に張り付かれればどうなるか分かりません」
「クッ、化け物め!小型戦闘機を全機射出。触手の破片が艦隊に取りつかないよう、迎撃させろ」
「了解しました」
全長10メートルクラスの、円盤型小型戦闘機。
宇宙空母に搭載された小型戦闘機群が一斉に出撃し、艦隊へ襲い掛かろうとする触手の破片の迎撃に向かう。
通信回線から流れてくる、戦闘機乗りたちの声を拾う。
「この触手野郎が」
「死にやがれ」
「1体撃墜。こいつら見た目が気持ち悪いだけで、俺たちの速度についてこれてないぜ」
小型戦闘機の戦いは順調なようだ。
艦隊に張り付かれれば、どうなっていたか分からないが、これならばなんとかなる。
しかし、やはり相手は未知の宇宙生物だった。
「破壊した破片の肉が、戦闘機に取りついてきた。う、うわああーっ。肉片が戦闘機を食ってやがる」
「こちら戦闘機部隊中隊長。触手生命体の肉片に取りつかれ、我が戦闘部隊は10機の損害」
「こちら大隊、我が部隊の損失25」
次々に戦闘機乗りからの凶報がもたらされる。
「奴ら、体が破壊されて肉片になっても、生きているというのか……」
見た目の巨大さに意識を奪われていたが、砕かれても動くことができるとは、完全に想定していなかった事態だ。
「司令官、このままでは味方の損害が増していくばかりです」
「分かっている。だが、小型戦闘機の戦いに集中しているわけにもいかん」
敵は砕けば砕くほど小さくなり、より厄介な存在となっていく。
今は小型戦闘機で済んでいるが、時間がたてば、艦隊にまで取り付いてくる可能性が高い。
「全戦艦へ通達。全艦、惑星破砕砲の発射準備。重力弾の発射も用意させろ」
時間がたてば不利になるのであれば、早いうちに蹴りをつける必要がある。
そのための準備を私は命じる。
対惑星兵器の使用だ。
「し、司令、対惑星兵器の使用には、政府主席の許可が必要です。いかに司令でも、独断で使用するわけには……」
「それにこの距離で重力弾を使用すれば、本星に影響が出る恐れがあります。最悪、惑星が公転軌道を外れる可能性もあり……」
私の命令に、オペレーターたちが抗議の声を上げてくる。
「分かっている。あくまでも準備を命令しただけだ。今すぐ主席の許可はとる。重力弾に関しては、あくまでも最悪の場合の保険だ!」
我らの母星の運命がかかっている。
このようなところで、手段を選んでいるつもりなどなかった。
私は非常時用の、政府主席直通の通信機を取り、主席に対惑星兵器の使用許可を取り付けることにした。
通信機の向こうにいる主席に対して、私は吠えるように現状を伝える。
「これは、戦争ではありません。敵が我らの母星を目指してくる以上、種としての生き残りをかけた戦いなのです。全滅を避けるために、なにとぞ対惑星兵器の使用許可をいただきたい。こうしている間にも、我々の艦隊がすり潰され、取れる反撃の手段が減っているのです!」
対惑星兵器は、文字通りただの一撃で、惑星を破壊できる力を持っている。
大気圏内にて核兵器を使うのが禁じ手であるように、宇宙の中で貴重な存在である惑星を破壊する兵器を使う事も、禁じ手と言っていい。
だが、これ以上の攻撃力を持つ兵器を、我々は持っていないのだ。
敵を早急に倒すためには、対惑星兵器を用いるしかない。
主席とのやり取りは、こちらの焦りを無視して、時間を取られてしまった。
その間に、触手生命体の高出力熱戦砲が2度放たれ、艦隊の損耗率が2割を超えた。
しかし、ようやく主席を黙らせ、許可を取るに至る。
「オペレーター、惑星破砕砲の発射準備は?」
「全戦艦、エネルギーチャージを完了。いつでも発射可能です」
「了解した。全艦に通達、主席より惑星破砕砲の発射許可が降りた。繰り返す、惑星破砕砲の発射許可が降りた。戦艦部隊は、敵触手生命体に照準せよ」
できうるのであれば、私とて最悪の兵器を使いたくない。
だが、我らの母星を守るためであれば、私は最悪の手段とて使おう。
「戦艦部隊全艦、惑星破砕砲の照準完了」
「……撃て!」
モニターに映し出されている円柱状の戦艦の正面が、まばゆい光で包まれている。
惑星破砕砲の光だ。
それが私の命令を受けて、一斉に放たれた。
「全て終わりだ。これだけの数の惑星破砕砲を撃てば、いかなる生命とて生き残ることはできんよ」
私は勝利を確信したのではない。
こちらの戦艦は1隻や2隻ではないのだ。
惑星破砕砲の複数同時発射をもってすれば、敵がこの世界から、欠片さえ残さず消滅し、消え去ることを知っているだけだ。
惑星破砕砲とは、そういう兵器なのだから。
あとがき
まともに宇宙艦隊戦を書くのが、10年以上ぶりの気が……
書いてるときは案外ノリノリでした。
ただし、この小説のジャンルが何だっけという、激しい疑問が残るのはなぜ?




