36 駄女神が管理する惑星では問題が発生中
神殿の外に出てみた。
白かった神殿は黒一色に染まり、まるで魔神でも住んでいるんじゃないかって、禍々しい雰囲気だ。
空を見上げてみた。
穏やかな太陽の光が降り注いでいるが、太陽の色が黒に染まっていた。
おまけに空も黒一色。
もちろん、夜になったからではない。
夜であれば星が輝いていてもいいのに、星の輝きを一つも見て取ることができず真っ黒だ。
大地を見た。
草木は変わることなく生えていた。
ただし緑色でなく、黒色に変色している。
「まるで玉座の間ですね」
とは、クリス。
大賢者の塔最上階にある、魔神王の玉座の間にそっくりだ。
「ナニコレ?」
「だから、主が全部染めちゃったんだよ。ここは全部、魔神王の神域になってるよ」
何を当たり前のことを言ってるんだろう、という感じのクレト。
「そうです、全てがアーヴィン様のお力に染め上げられたのです。この神域は、すべてアーヴィン様のものです。もちろん、私もアーヴィン様のものですよ」
女神アルシェイラが、どさくさに紛れて俺の腕に絡んできた。
その際女神の大型の膨らみが、俺の腕に当たる。
平時だったら、その感触に気をよくしていただろうが、今の俺にそんな気は全く起こらない。
ローラシアの神域は全て俺の力に侵食され、魔神王の神域となり果てたらしい。
神域だけでなく、そこにいる神々のすべてが、俺の物になってしまったのだとか。
「オレハ、ナニモシテナイ」
「ウフフ、神域を丸々一つ染めておいて、何もしていないだなんて。魔神王様のお力は底なしなのね。ああっ、ゾクゾクしちゃう。こんなに巨大なお力を持っているだなんて、先輩になじられていた時より、興奮しちゃう」
「……」
いろいろ突っ込みたいことはある。
だが、この女神の言う先輩って、メフィストの前世だよな。
あの駄天使もメフィストになじられて喜んでいたが、どうもこの女神……いや駄女神も、同族らしい。
前世のメフィストの性癖が、ヤバすぎる。
「俺は、お前らの趣味には関わらないから、巻きこまないでくれ」
俺は急いで駄女神から距離をとり、逃げさせてもらった。
「ああん、お待ちになって、ご主人様―」
そんな俺を駄女神が追い掛けてきた。
だが、知らん。
俺は普通でノーマル。
なので、今すぐこの場から逃げさせてもらう。
転移魔法を使って、この場から逃亡させてもらった。
後日、大賢者の塔にある魔神王の玉座の間にて、ローラシアに関する報告がメフィストから行われた。
「ローラシアの神域がアーヴィン様の力に染まったことで、この星はアーヴィン様が所有する世界となりました。そこにいた神と天使、それと創造神も、すべてアーヴィン様の眷属に生まれ変わったので、以後は配下としてご自由にお使いください」
「……」
俺には、何かした自覚がない。
なのに、なぜか星ひとつが、俺の物になってしまった。
「私としては、駄神どもを皆殺しにするのがベストと思っていましたが、さすがはアーヴィン様。すべてご自分の物にしてしまうなら、殺すのなんてご法度ですね。これからはアーヴィン様の従順な奴隷として、生かさず殺さず、こき使っていきましょう。フフフッ」
なお、報告してくるメフィストは、いまだに女体化状態でいる。
そもそもメフィストは、人化しているだけなので、性別を含めて見た目を自由に変えることができる。
だから以前のように男の姿に戻ればいいのに、なぜかこの姿のままでいた。
「なあ、魔力を出しただけで神域ひとつ支配するって、簡単にできることなのか?俺はそんなこと考えず、ちょっと魔力を出しただけだぞ」
そうだ、俺は本当に何かしたつもりがない。
あの時対峙していたメフィストに対して、こちらも魔力を出して対抗しただけだ。
「神域とは言っても、そこに住んでいるローラシアの神々は、惑星を一つ支配している程度です。宇宙全てを支配しているわけではありませんからね。一方で主は、この前銀河をひとつお創りになられましたよね」
「な、なんでそのことを知ってるんだよ!」
あの時は、俺1人で宇宙の彼方に転移して、ストレスからちょっとやらしてしまっただけだ。
どうして、その時のことをこいつが知ってる。
「フフフッ。当たり前の話ですが、銀河を創造できる神からすれば、たかが星ひとつ創って、そこを維持管理している程度の神の集団など、簡単に魔力で支配することができます」
銀河を作ったのも、今回の1件も、すべて不可抗力。
俺は特別なことなど、何一つしたつもりがない。
なのに、どうしてこんなことになってしまうんだ?
「主は、ご自分の持つ力に対して無頓着のようですが、魔神王としてそれだけのことをできる力を持っているのです。それも無自覚レベルで。以後は、自重することをお勧めします」
「わ、分かった」
今までも自重していたつもりだが、どうも足りていないらしい。
俺はしょんぼりしながら頷いた。
「それと、これからのローラシアの管理に関してですが、主としては何かご希望があるでしょうか?」
「希望?」
「はい、主が望まれるのでしたら、この星の人間どもをすべて洗脳し、偉大なる魔神王陛下を讃える祈りを、常に挙げ続ける世界に創りかえることが可能です」
「却下だ!」
メフィストが、相変わらずおっかない提案をしてくる。
ローラシアの神域を手に入れれば、そんな恐ろしいことまでできるらしい。
だが、俺は世界征服などするつもりはない……いや、俺が神域を手に入れてしまったことで、自動的にローラシアという惑星のすべてを手中にしてしまった。
や、やってしまったことは仕方ない。
今回は争いもなく、誰の血も流れなかったから、それだけが不幸中の幸いだ。
……
グダグタ過去の事ばかり考えていると、胃薬が必要になってしまう。
やっちまった感があるが、過去は振り返らず、未来のことを考えよう。
いずれにしても、惑星の住民全員洗脳なんてありえない。
「俺の希望としては、今まで通りでいいぞ。女神アルシェイラを代表のままにして、ローラシアの神々に今まで通り、この世界を管理させてやってくれ」
「つまり我らは君臨すれども統治せず、ということでしょうか?」
「そういう事になるな。正直俺には世界ひとつ管理する自信がなければ、能力もないからな」
「そうですか、つまらないですねぇ」
つまらないって、お前はどうしてもこの星を管理したいのか。
俺のことを讃え続ける、狂った狂信者で溢れかえる星に、魔改造してしまいたいのか!
そんなことされたら、俺の精神が持たない。
これ以上、就寝の度に変な祈りをささげる生霊が、枕もとに立たれてはかなわない。
「まあ、主がそうお望みならば、それでいいでしょう」
しばらくして、メフィストは納得してくれた。
よかった。狂信者の星になるルートは、これで回避できた。
「ああ、それと駄女神アルシェイラから陳情なのですが」
さらっとローラシアの主神代理のことを、メフィストが駄女神扱いしてる。
やっぱり、あの駄天使と同類なんだな。
「つい先日の事ですが、大魔王アーデガスト・ギュディエストが復活したことで、その眷属が星中に溢れ返ってしまったとのことです」
「ちょっと待て。復活したじゃなくて、復活させたの間違いだろう。しかも、お前が犯人だろう」
俺がまだ魔神王になる前、魔王になってくれと部下連中が騒ぎ立て、その急先鋒に立っていたのがメフィストだ。
あの時は互いに引くことができず、戦いになった。
その際、メフィストは地獄の最奥をこの世界に召喚して、そこにいる歴代の大魔王、魔王をアンデッドとして使役し、俺にけしかけてきた。
その時、彼の大魔王様が調子に乗って、眷属を大量召喚し、惑星をモンスター溢れる星にしてしまった。
大半は俺が駆除しておいたが、生き残りもまだ大量いる。
「確かに私が原因ですが、後始末までする義理はないですからね」
「後始末をちゃんとしろよ」
「では、この星ごと消し去って、きれいに片づけましょうか?」
「やめろ!」
ダメだ、メフィストの考え方が極端すぎる。
「それは冗談として、モンスターが溢れかえった結果、世界中で混乱が発生しています。脆弱なローラシアの神々では対処しきれないようで、アーヴィン様に何とかしてもらいたいと、泣きついてきてますね」
目の前の部下が起こした混乱が、まわりまわって俺のところに帰ってきた。
どうしてこうなる。
「私としては、大魔王アーデガスト・ギュディエストにある程度魔力を与え、解決させるのが最も簡単だと思います」
メフィストは解決案を出してくる。
話に出ている大魔王だが、実は現在アンデッド姿のまま、この塔にいる。
もっとも現在は弱体化している状態で、眷属である魔物を、コントロールすることができなくなっている。
とはいえ、力を与えてやれば、眷属を再びコントロールできるようになる。
しかし、その意見に俺は反対だ。
「あの大魔王に力を与えたら、調子に乗ってろくでもないことするぞ。俺はそう断言できる」
「そうですか」
あの大魔王、俺と戦っていた時は、かつて世界征服を成し遂げた絶対王者の風格を漂わせていたのに、その後なぜかツンデレ属性を発揮してしまった。
大魔王のツンデレとか、何が悲しくて相手しなければならない。
おまけに、骨だけのアンデッドドラゴンだぞ。
見ていてげんなりさせられる。
「となると、この塔の住人でモンスター駆除でしょうか。中位魔神を使えば早いでしょうが、それでも魔王並みの力がありますからね。そんなのが塔の外に出て戦闘を始めれば、余波だけで世界中がボロボロになりそうです。お勧めできる方法ではないですね」
「……」
メフィストの考えに、俺も激しく同意だ。
高位魔神に至っては星を壊すレベルなので、そもそもモンスター駆除なんてさせられない。
逆に低位魔神だと元がゴブリンなので、そこまで戦闘能力が高くない。
「では、もっともチープな案になりますが、勇者を大量に作るのはどうでしょう」
「えっ、勇者を作る?」
今度のメフィストの提案は、意味が分からない。
勇者って大量生産できるのか?
工業製品じゃないんだぞ。
そんな俺の疑問に、メフィストが答えてくれる。
「勇者は神器や、神の加護を与えることで生まれてきます。ローラシアの神々は、過去に誕生した魔王に対するため、加護を与えて勇者を何度も作り出してきました。今のローラシアの神々は主の支配下にありますので、少々魔力を割いて人間たちに加護を与えて回れば、勇者を大量に作り出すことができます。それでモンスターを駆除させれば、ちょうどいいですね」
「神様って、何でもありなんだな」
勇者を大量生産する方法があるとか、神って怖い。
世界を創ることもできるので、そういうことができても不思議でないのだろうが……
「言わせてもらいますが、魔王に対抗できるレベルの加護になると、ローラシアの神々では乱発することができません。基本、この世界の神はひ弱ですからね。もっとも主の力をもってすれば、勇者を100万でも1000万でも簡単に作れます。銀河系を創り出すのに比べれば、勇者の加護なんてカスみたいなものですから」
「……」
規格外だったのは、神でなく、俺の方だったらしい。
俺の魔力量って、一体どうなってるんだ。
「それと万が一のことですが、将来勇者が反逆して主に挑んでくるようなことがあっても、羽虫を叩く感覚で叩き潰せるはずです。もっとも、主が攻撃魔法を使われると、どれだけ低位の魔法でも、この星が砕け散りますが」
「いや、俺は勇者と戦う気も、星を壊す気もないから」
「そうですね。主の中では、そういうお考えなのですね」
なんだろう、メフィストの言葉に棘を感じたのは、気のせいだろうか。
俺は絶対に勇者と戦ったり、星を砕いたりしないぞ。
フラグじゃない。
絶対にだ。
それから、メフィストがしばし考える。
「もうひとつ案を思いつきました。主は魔神王ですので、高位の魔族に魔力を与え、魔王を創り出してもいいですね。魔王に、世界中に散らばった魔族たちを力で従えさせれば、ついでに下位の存在であるモンスターどもも従えられます」
なぜだろう。この案はダメな気がする。
この案の問題点に、俺はすぐに気づいてしまった。
「どうせ魔王が魔族とモンスターを従えた後は、人間の国と戦争しだすんだろう」
「やはり分かりますか」
「当たり前だ。お前たちがこの前まで、俺に魔王になって世界征服しようだの、破壊しようだのと、散々言いまくってからな」
「チッ、つまらないですね」
メフィストの奴、魔王を作ったら、その後世界中を巻き込んだ戦争が始まるのが分かっていて、提案してきやがった。
やっぱり、こいつは性格が悪い。
原初の魔の妄執からは解放されたものの、悪魔だった頃の習性が抜けきっていない。
「とりあえず、加護を与えて勇者を何人か創ってみるか。その結果次第で、さらに数を増やすかどうか考えよう」
「承知いたしました、我が主」
この問題については、これで決定。
メフィストが恭しく俺に一礼した。
男の姿だった時はとことんうさん臭い礼をしていたのに、女体化した途端、なぜかメフィストの一礼がきれいに見えた。
ダメだぞ、俺。メフィストの見た目に騙されてはいけない。
奴は、今でも腹黒なのだから。
あとがき
本編に入れる隙間がなかったので、ここでちょっとした補足を。
メフィストは、
「戦女神→男性悪魔→目玉お化けの魔神」
の順番で変化しています。
なので、男からオカマ化して女になったのではなく、もともと女だったのが、転生後男になり、さらに女へ戻っています。
ただこれは人化している場合の見た目の話で、現在のメフィスト本体は、目玉が大量にあるお化けが、"向こう側"から"こちら側"を覗いています。
人間的にも生物学的にも、男女の意味がほとんどない状態です。
本体に見つめられるだけで、SAN値がゴリゴリ低下してしまいます。
目玉お化けに興奮する、特殊過ぎる人でないと、いろいろとダメでしょうね。
メフィスト
「見た目に騙されるとは、主もまだまだですね」




