35 すべて俺色に染まってしまった
「モグモグモグ、おかわり―」
クレトが、どこからともなく串に刺さった団子を取り出し、食べる。
食べ終われば、もう1本取り出して口へ入れていく。
こいつは非常に呑気だが、頭の中がいつもお天気なので仕方ない。
俺たちは今、緊迫感ある場面の只中にいるのに、こいつだけは完全に場違いだ。
さて、メフィストを脅したのはいいが、どうやら俺も体から魔力を放出して、周囲を脅しつけていたらしい。
少し落ち着いて、周囲の様子を伺ってみよう。
「さすがは主―」
「俺らでも、ビビるくらい貫禄あるわー」
「普段から、あれくらい強い態度でいりゃいいのになー」
俺とメフィストのやり取りを見ていた高位魔族たちは、口々にそんなことを言っている。
クレトほどではないが、全体的に呑気な声だ。
一方、この場にいたローラシアの神々は悲惨だった。
白目を剥いて口から泡を吹いていたり、その場に崩れ落ち、何やら温かな汁の水たまりに浸かっていたり……
いずれにしても、ほとんどの神が醜態をさらした状態で気絶していた。
どうも、俺の魔力に当てられてしまったらしい。
俺に悪気はなかったのに、どうしてこうなる。
あとで謝っておかないと、ローラシアの神と本当に戦争になりかねない。
「アッ、ハアッハアッ、なんて、ご褒美……お姉さま、以上」
なお、駄天使アナスフィアは地面に崩れ落ち、口から涎を垂らしながらも、変なことを宣っていた。
俺は何も見てない、聞いていない。
普通でノーマルな俺は、関わる気がないから。
「い、いや、犯されちゃった」
そして、ローラシアの主神代理の女神アルシェイラだが、床の上に崩れ落ちた姿勢で、何かとんでもないことを口走っていた。
俺の背後にいるので、彼女がどんな表場を浮かべているかは分からない。
表情を見ない方が、俺にとっては物凄くいいと思う。
何しろ彼女は、前世のメフィストの後輩だ。
もしかすると、あの駄天使と似た属性の所持者かもしれない。
普通でノーマルな俺は、関わる気がないから。
「……」
「ち、ちびってないもん」
あと、クリスは気絶中。
隣でイリアが、目にうっすらと涙を浮かべていた。
俺は何も見てない、聞いていない。
そういうことにしておこう。
そして肝心のメフィストだが、メフィストは俺の圧力を前にしても、そこらの連中と違って、ちゃんと立った姿勢のままでいた。
俺が威圧した程度では、多少怯えることはあっても、それ以上になることはない。
「……ハアッ。今まで何百万年、人類の歴史と同じほど時間をかけてきた生きざまだったのに、あっさり捨てろとは、主もヒドイ言いようです」
「弱い奴の執念に、いつまでも引きずられているお前が悪い」
「……全く、ヒドイお方だ」
先ほどまで、目に宿していた険呑さはどこへやら。
メフィストは、諦めたように息を吐きだした。
神殿の窓から見えていた毒の雨は降りやみ、空からは再び穏やかな陽光が照り始める。
「原初の魔の執念には、もう引きずられてないってことでいいんだな?」
「ええ、主に比べれば、あんなザコの声をいつまでも聞いてる必要がありませんから」
吹っ切れたように、メフィストは言った。
「そうか、それは良かった。じゃあ、ローラシアの神を斬るというのはなしでいいな」
「ええ、そうですね。それが主のご命令ですので」
よかった、よかった。
ようやくメフィストも落ち着いてくれて……
「ですが、この無能神どもは無様な姿をさらしたままです。偉大なる主を前にして、このような醜態をさらす馬鹿どもです。折檻しないといけませんね」
「……」
俺たちの周囲では、未だに再起不能状態のローラシアの神々の姿があった。
てか、折檻って聞こえたんだけど、俺の聞き間違いだよな。
なに、そのセリフ!?
「メ、メフィストさん?」
思わず、さん付けで呼んでしまった。
「まあ昔馴染みですし、ここは前世に戻ったつもりで、この馬鹿どもに仕置きをしておきましょう。ああ、主はそこのバカ神の代表と話し合いがありましたね。それは主が好きなようにしていいので、残りは私の方で始末しておきます」
……
何やら手慣れた様子で、メフィストは連れてきた中位魔神たちに指示を出し、ローラシアの神々を神殿の外へ運ばせていく。
あの、斬るのがなしになったのはありがたいけど、仕置きとか、始末ってどういうこと?
怖くて聞けない。
さっきまでと違う意味で、メフィストが怖い。
そんな俺のことなど露しらず、メフィストはローラシアの神々を、神殿の外へと連れ去っていった。
「ああ、お姉さまが戻られて、また昔みたい可愛がっていただける」
約1名。
駄天使が頬を真っ赤に染めて、嬉しそうにしていた。
だから、俺は普通でノーマルだ。
お前らの世界に、巻き込まないでくれ。
バタンッ。
そんな俺の前で、神殿の扉が音を立てて閉じられた。
よかった、これで仕置きとやらは、俺の知らない所で行われる。
関わらずに済んでよかった。
「スーハー、スーハー」
とりあえず深呼吸して、この何とも言えない気持ちを落ち着けよう。
それから俺は、玉座の前にいる主神代理の女神アルシェイラの方を見る。
「ポッ」
なぜか頬を染めて、俺を見てくるアルシェイラ。
もしかしてイケメン補正か。
今まで全く役に立つことがなかったが、今世の俺はイケメンに生まれた。
まして、先ほどメフィストの凶行から彼女を守る形になったので、今の俺の株は、最高に高まっているんじゃないか?
我が家の春到来。
そんな思いが脳裏によぎってしまう。
「アーヴィンお兄様、だらしない顔」
イリアにそんなことを言われてしまった。
おっとイケナイ。俺はクール系イケメン。
こんなところでがっついてはダメだ。
それでも、どうしても頬の筋肉が緩んでしまうのを、自分でも抑えきれない。
「ああ、偉大なる魔神王様。私はあなたに染められてしまいました。今日から私は、あなた様のものです」
「お、おう。そうか」
思った以上に、女神アルシェイラの俺に対する評価が高い。
こんな熱烈アタック初めてだ。
俺はどう答えたらいいのだろう。
前世での女性経験の少なさが、こんな時に恨めしくなる。
「ヒューヒュー、お熱いねぇ」
「チッ、リア充爆ぜろ」
「おめでたか」
そんな中、高位魔神どもが俺たちを、はやし立ててきた。
さすがにおめでたはないが、今の俺は寛大だ。
祝ってくれてありがとう。そして爆ぜろと言ったお前は、悔しければ俺と同じことをやってみろ。
ハッハッハッ。
「あ、兄上、周りを見て」
そんな中、クリスが俺に言ってくる。
さっき気絶してたよな、クリス。
魔神たちが暮らしている大賢者の塔で生活しているからか、回復が随分早いな。
しかし、周りを見ろとはどういうことだ?
改めて、俺は神殿内を見渡してみる。
……
おかしいな、さっきまでこの神殿は白一色だったのに、なぜかどす黒い黒一色で染まっている。
まるで魔神に呪われたかのような、どす黒さだ。
「まさか、さっきのメフィストが……」
そういえばあいつ、毒の雨を降らしてたよな。
それが原因で、神殿が黒く染まってしまったのだろう。
「……兄さんが原因だと思う」
なのに、俺の考えをクリスが否定してきた。
「アーヴィンお兄様、自分でやっておいて気づいてないの?」
とは、イリア。
まだ、目の端に涙が残っている。
表情はいつものように無表情だけど、それでも羞恥心からか、少しだけ顔が赤くなっていた。
しかし、俺が一体何をやらかした?
メフィストから女神アルシェイラを庇って、睨みあいをした。
あいつが魔力を放出したので、俺も負けずと睨み返して……ついでに普段出さないようにしている魔力を、体の外に出していた気がする。
昔の俺だと、魔力に反応して周囲の空気が質量を増して重くなるだけだった。
けど、最近の俺だと、その程度じゃ済まなくなってる。
「魔神王様、あなたの魔力に、この神域は全て染められてしまいました。もちろん、ここに住んでいる私たちローラシアの神々も、私を含めて全員染まっちゃいました」
そんな中、女神アルシェイラが、うっとりとした顔で俺を見てきた。
「私たちを汚した責任、ちゃんととってくださいね」
俺、ナニモシテナイゾ。
「ローラシアの神域全部、主の魔力に染まって、主の支配下になっちゃったね。ここにいた神々も全員染まったから、全部主の眷属になっちゃったよ。もしかして、気づいてないの?主ってバカだね。アハハーッ」
「……」
クレトにバカと言われてしまった。
だが、このバカの話が正しいとすれば、俺は自分の魔力をばら撒いた結果、ローラシアの神域すべてを、俺色に染め上げてしまったらしい。
俺色って、何色なんだ?
なんて馬鹿なことを、俺はこの時考えてしまった。
あとがき
すべて俺色に染まってしまった。
本日も、皆様のハートに厨二病をお届けいたします。




