34 死せる魔の執念
「ど、どうか、どうか命ばかりはお助けをー」
ローラシアの神々が住まう神域。
そこにある神殿に部下の魔神たちを引き連れながら来てみれば、神殿に集まったローラシアの神々が全力土下座スタイルで、俺に命乞いしてきた。
俺は、怖い人じゃないぞ。
戦争しに来たわけじゃないから。
「オラオラ、手前ら大将の御前で何を騒いでやがる」
「ゲヘヘッ、あそこにいる女神はいい女だな」
「おいおい、茶ぐらいだしてくれねえのか?躾のなってない駄神どもだなー」
……
「お前ら全員黙ってろ!」
ドン、ガンッ、ゴンッ。
「ヒデブゥッ」
「ウワラバ」
「アベシ」
相手が下手に出ているからと、連れてきた高位魔神の態度がでかくなったので、とりあえず殴って黙らせておいた。
余談ながら、人化している高位魔神どもは、なぜかモヒカンスタイルだったり、チンピラ風だったりと、やられ役っぽい姿ばかりしている。
見た目はそんなのでも、星を壊せる連中なので、まったくザコキャラではない。
秘孔をついてもピンピンしてるので、やられたりしない。
「あ、あれが噂に聞く魔神王……こ、殺されるー」
「ひっ、高位魔神が一撃で気絶してる」
「お、おしってこ。で、出ちゃった……ウ、ウエエーン」
……
ローラシアの神々が揃いも揃って、怯えだした。
ここに来た時点で全員怯えていたけど、さらに怯えが増している。
「主―」
「あまり脅かしてばかりだと、この低脳どもに怖がられてしまいますよ。フフフッ」
クレトにジト目で見られるのはまだしも、メフィストの笑いがかなり黒い。
女体化しても、こいつは相変わらずだな。
「あー、脅かすつもりはなかったんだ。だからとりあえず、頭を上げてくれないか」
俺が一番怖がらせてしまう原因になってしまった。
だが、まだ大丈夫なはずだ。
俺は、怖くないからなー。
ヤバい人じゃないぞー。
俺は相手を怖がらせないよう、顔をなるべく穏やかにして語りかける。
まあ、ローラシアの神たちは全員土下座中なので、俺の顔なんて見えてないけど。
「「「……」」」
ああ、心が痛い。
全員声も押し殺して、ピクリとも動かなくなってしまった。
「全員顔を上げなさい。我が主の命です」
なんてやってたら、俺の傍にいるメフィストが冷たい声で語り掛けた。
「……は、はい、先輩!」
この神殿にある玉座、その前で全力土下座をしていた女神が頭を上げた。
金髪に大きな胸を持つ美女。
さすがは女神、とんでもない戦闘能力をお持ちのようだ。
立ち位置からして、この女神こそが、ローラシアの神々の主神代理なのだろう。
しかし、気になるのは……
「先輩?」
メフィストのことを、先輩って言ったよな。
「「……」」
俺の疑問に、メフィストと女神の2柱は無言。
「メフィストー?」
「……前世の事ですが、この駄女神は私の後輩女神だったのです。その時から、私のことを先輩と呼んでいました」
「なるほど、そういう間柄なのか」
かなり言い辛そうにしていた、メフィスト。
しかし前世ということは、悪魔に転生して、陰険で性格が捻くれる前のメフィストということだな。
今でも先輩って呼ばれてるなら、実は昔のメフィストって……
「もしかして昔のメフィストって、今みたいなひん曲がった性格じゃなかったのか」
「いえ、私の性格は昔から変わりませんよ」
本人はしれっとした態度をとっている。
しかし、信用できない。
俺としては、メフィストの弱点のひとつくらい、ここで握りたい。
こいつには、いつもやられっぱなしだからな。
「本当にそうなのか。実は昔のお前って、もっと後輩思いで、優しい女神だったんじゃないのか。本当は照れてるだけだろう」
「フフフッ、そんなことはありませんよ」
メフィストが、黒い笑顔を浮かべた。
しかしなんだ。
男の時はイヤな笑い方だったのに、女になって黒い笑みを浮かべると、なんだかドキドキさせられてしまう。
落ち着け俺。
相手はメフィストだ。
女体化した外見に騙されてはいけない。
既に一度、罠にはめられただろう。
そんな俺の前で、メフィストは主神代理の後輩女神のもとへ歩いて行った。
さては都合が悪くなったから、逃げ出したな。
「久しぶりですね、アルシェイラ」
「はい、先輩」
主神代理の女神の名前はアルシェイラというみたいだ。
メフィストとのやり取りは一時中断して、せっかくの美人女神様の登場なので、脳内にメモしておこう。
「早速ですが、死んでください」
「えっ」
なんてやってたら、メフィストがどこからともなく剣を取り出した。
そのまま躊躇なく、目の前にいるアルシェイラの胸に剣を突き刺そうとする。
油断していたら、とんでもないことをいきなりやってくれる。
俺は慌てて、メフィストとアルシェイラの間に割って入った。
メフィストが取り出した剣が原初の魔の牙だったので、こんなものをまともに食らえばただじゃすまない。
アルシェイラが無防備だったことを考えれば、そのまま即死しかねない一撃だ。
俺は、剣の腹の部分を足で蹴りつけ、剣の軌道を逸らした。
ガンと音がして、剣が神殿の床に突き刺さる。
俺だからメフィストより早く対処できたが、アルシェイラは自分に向けられた剣を見て、身動き一つとれていなかった。
動きに全くついていけてない。
「俺たちはここに戦いにきたわけじゃない。剣を収めろ」
俺は背後にアルシェイラを庇いつつ、メフィストと対峙した。
「……」
「メフィスト!」
剣の柄から手を放そうとしない、メフィスト。
目には、暗い憎悪の光が渦巻いていた。
どうやら、未だにメフィストは考えを変えていないらしい。
「お前、今でもローラシアの神を殺したいのか?」
メフィストが前々から言っていたことだ。
原初の魔が抱いていた神殺しへの執念が、メフィストの内部では絶えることなく渦巻いている。
それこそが、悪魔として転生してからの、メフィストの存在意義といっていいものになっていた。
そして今、この場所にはローラシアの神々が集っている。
それも、主神代理であるアルシェイラの首ともなれば、今のメフィストにとって、抑えが効かなくなるほどの標的だろう。
「フフフッ。主、私はこの時を長い間。そう、本当に長い間、待ちわび続けてきました。ですので、どうかそこをどいていただけないでしょうか。私は、この世界のクソッたれの神どもを殺戮するためだけに、存在し続けてきたのですから」
そう言い、メフィストの体から、黒いオーラが立ち昇る。
白亜の神殿の内部に黒い魔力が渦巻き、神域を満たしている聖気が黒く澱んでいく。
神域を自らの力で浸食し、汚染していく。
この場が聖なる神が集う場でなく、魔神が支配する暗黒の領域へと変貌し始める。
「うっ」
「ツッ」
その異様な雰囲気に、この場にいるローラシアの神々だけでなく、今回同行しているイリアやクリスまで、顔を歪めた。
今のメフィストは、正気を失っていると言っていい。
とはいえ、俺の部下連中は基本こういうのばかりなので、今更メフィスト1柱が狂乱しようとも、俺にとってはそこまで慌てる事態ではなかった。
部下の高位魔神連中など、「これから戦争かな。暴れてもいいよね」って感じで、目を輝かせている。
「はあ、面倒な奴だな」
そんな部下たちの姿を視界の端に入れつつ、つい口からため息が出てしまった。
俺が目の前で対峙しているのは、俺に継ぐ実力のメフィスト。
俺でも決して油断していい相手ではないが、困った奴だ。
「面倒……ですか?」
「そうだろう。今のお前はとても面倒臭い奴だ」
メフィストの問いに、俺は同じ言葉を返す。
「フ、フフフッ。確かに下らぬ衝動に突き動かされ、神殺しをする。ここに対話をするつもりで来た主からすれば、今の私は大層面倒な存在でしょうねえ」
「いや、そういう意味じゃない」
そこで、首をかしげて不思議そうな顔になるメフィスト。
ただし、目は相変わらず暗く淀んだままだ。
だが、俺が言いたい面倒とは、そのことではない。
しかしなんだ。
認めたくはないが、女体化したメフィストはかなりの美人だ。
正面から狂気を宿した瞳で見られると、つい背筋がゾッとしてしまった。
ゴホン、何でもない。
「お前も分かっているだろうが、魔族も魔神も生き方は至極単純だ。自分より強い奴に従うことはあっても、弱い奴に従うことはない」
「ええ、当たり前のことですね」
メフィストは、何を当然のことを言っているのだという顔をする。
だけど、今のメフィストはそれが分かっていない。
「なら聞くが、今のお前と原初の魔、一体どっちが強いんだ?」
「……そうですね。原初の魔は前世の私を殺したほどですからね。少なくとも同等以上の相手でしたよ。とはいえ、今の私はあの時とは比べ物にならないほど強くなっています。これも主のおかげです。ええ、とても感謝してします。今の私ならば、原初の魔はおろか、ローラシアの神全てを滅ぼせる。フハハッ」
そこで一段と、メフィストの力が増大する。
神殿の外を照らしていた穏やかな太陽の光が暗く陰り、窓からは黒い雨がポツポツと降り始める様子を見て取れる。
神の住む世界であるのに、魔神の降らせる毒の雨が、空から降り始めた。
今のメフィストは、ローラシアの神域ごと滅ぼしかねない力を放出し始めている。
悪魔として転生してからのメフィストは、ローラシアの神を殺すことを望みとして、生きてきた存在だ。
今まさに、自分の願いが成就しようとしているため、力の出し惜しみをするはずがない。
しかし、こいつは自分のことをまるで分ってない。
たった今、原初の魔より、今の自分が強いと言ったばかりじゃないか。
「だったら、いつまで自分より弱い奴の言いなりになっている」
「……」
「原初の魔の怨念だか執念だか知らないが、そんな自分より弱い、ちっぽけな奴の執念に、お前はいつまで従っているつもりだ、メフィスト」
「弱い……原初の魔の執念が……この私が存在し続けてきた理由が、弱いですと?」
今まで力を放出するばかりだったメフィストの力が、弱まる。
弱まりはするが、止まるわけでもない。
「今のお前は、原初の魔より圧倒的に強いんだ。ザコの執念に、いつまでも引っ張られてるんじゃない。俺の部下である魔神が、いつまでも弱者のたわ言に付き合うな!」
そこで俺は、メフィストの目を見た。
俺は魔神王であり、魔神たちの上位者として君臨している。
だから普通の人間では覗くこができない、”向こう側”にあるメフィスト本体の目を睨みつける。
「ヒッ」
わずかに、メフィストが口から悲鳴をもらす。
だか、それでいい。
「さて、メフィスト。忘れてもらっては困るが、俺はお前より強い。圧倒的にだ。弱者のお前は、弱者らしく俺の言うことを聞け。原初の魔ごときザコのたわ言に、いつまでも付き合ってるんじゃねえ!」




