31 メフィストと踏まれる大天使
「我が君に客人です」
宇宙要塞の建設現場を見学し終えた俺のもとに、魔神騎士の1柱がやってきて告げた。
この魔神騎士、元々は暗黒騎士や首なし騎士、悪魔騎士などといった、中位魔族から中位魔神へ、神化した際に生まれた種族だ
実力的には、塔の中では中堅どころ。
剣や槍といった武器を好んで使い、暗黒の鎧は驚くべき防御力を誇る。
攻撃よりも、防御に長けた魔神だ。
もっとも、この塔での中堅は、この世界での魔王に匹敵する。
繰り出す斬撃には、次元属性が乗っているため、一振りごとに空間を切り裂く。
近接武器しかもっていないと思えば、離れた場所へ次元を超えた斬撃を繰り出せるので、遠距離攻撃もこなせるオールラウンダーだ。
おまけに体の鎧は神鋼鉄を超え、破壊不能物質並の強度がある。
俺の中では破壊不能物質の評価がかなり微妙だが、大賢者の塔に所属していないものからすれば、まず破壊不可能な強度を持っている。
おまけに暗黒のオーラを纏うことで能力が向上し、鎧が破損しても自動回復する能力まである。
こんな化け物、誰が勝てるんだって仕様だ。
魔王クラスの能力なので、化け物で当然だな。
うちの塔の高位陣になると、惑星破壊できるのがデフォなので、そんな連中に比べれば可愛いものだが。
「客人?」
「はい、現在玉座の間にて、メフィスト様が対応中です」
「……」
物凄く、ろくでもないことだろう。
大賢者の塔の近隣に住んでいるドラゴンや、エルフ、獣人であれば、メフィストが直接対応することはないし、玉座の間なんて場所をわざわざ使うこともない。
ご近所さんたちとは、それなりに平和な付き合いをしているので、魔神王の玉座の間に案内するはずがない。
だってあそこ、どう見てもこの世界の闇の支配者が君臨する場所だ。
この場にたどり着いた貴様らは死ね!
なんて感じの、威圧感満々の場所だからな。
「それで、客人ってのは一体誰なんだ?」
ご近所さん以外になると、あとは見当が付かない。
大賢者の塔があるのは、果ての大陸と呼ばれる場所で、大陸の外に住んでいる者が、この大陸にたどり着くことはまずありえない。
例えたどり着いたとしても、大陸に住んでいる魔物たちが強力なので、あっさり食われてお終いだろう。
「この世界を管理している神の遣い、大天使です」
「大天使……」
おおうっ、なんか俺が想像していた以上の大物がやってきていた。
さすがにこのクラスになれば、大賢者の塔に来れても不思議じゃない。
「そういえば、昔親父をあの世に連れていてくれって頼んだ時、即断られたな」
大天使と聞いて、俺はふとそんなことを思い出してしまった。
さて、俺は玉座の間へ転移魔法を使って移動した。
クリスとイリアは、別行動なので同行していない。
玉座の間は、破壊不能物質製の床に覆われ、空は果て無き闇の空となっている。
床からは漆黒の列柱回廊が無限のごとく林立し、果てのない空へ向かって、どこまでも伸び続けている。
昔は天井の高さが20キロ止まりだったが、その後誰かがフロア設定をいじったせいで、無制限の高さになってしまった。
今では天井が存在せず、無限の高さの空が、どこまでも続いている。
俺も、この空の果てが存在しているのかどうか知らない。
通常の世界の法則が通用せず、神域と言っていい場所と化していた。
まあ、神域は神域でも、魔神たちの神域だが。
そんな玉座の間では、既に高位魔神と中位魔神たちが、整列して並んでいた。
魔神たちはすべて人化していて、見た目は人間の姿をしている。
魔神の本来の姿だと、体がでかすぎてこの場に並べる大きさでなかったり、見ているだけで、正気度がなくなってしまう姿をしている。
現在の俺は正気度が人間のものではなくなってるようで、魔神たちの本来の姿を見ても問題ない。
だが、ムカデみたいな姿をした腕がウネウネ動いているとか、カサカサと動き回る黒い悪魔のような外見の魔神もいる。
なので、魔神が人化するのは、俺の精神のために必須だった。
俺はまだ人間でいるつもりだ。気色悪い虫や、ゲテモノ魔神たちのボスだなんて思いたくないからな。
そんな人化した魔神たちが立ち並ぶ視線の先には、数段の階段があり、階上には魔神王の玉座が据えられている。
玉座の隣にはメフィストが立ち、今回訪れた客人と対応している最中だった。
「待たせたな」
転移してきた俺に、皆が視線を向けてきたので、まずは言葉をかけておく。
……
それから、精神的にものすごーく座りたくないけど、俺はイヤイヤながらも玉座に腰掛ける。
そうしないと、これから先の話が進まないからだ。
「我が主、わざわざのご足労痛み入ります」
「ああ」
俺の傍で恭しく一礼するメフィストに、簡単に返事を返す。
メフィスト。
この塔の副管理者であり、塔内において俺に継ぐ実力を持つ、ナンバー2の高位魔神だ。
メフィストも普段から人化することで、人間の外見をとっている。
人間としての姿は、黒に近い濃紺の髪に、黄金の瞳。
均整の取れた体に、整った顔立ち。
執事然とした衣服を見事に着こなした、クール系を思わせる美青年だ。
もっとも高位魔神へ神化する前の種族は悪魔で、性格に関しては悪魔らしく、とてもうさん臭い。
神化後も、性格には何らの変化もなかった。
そんなメフィストとは玉座を挟んだ反対側に、この塔でナンバー3の実力を持つクレトが立っている。
クレトは赤髪茶目、背が高いノッポで、陽気なお兄さんといった感じの見た目をしている。
よく言えば人が好さそうな見た目、悪く言えば何も考えてなさそうな抜けた顔をしている。
事実、こいつは何も考えていない。
バカを司る魔神なので、何も考えていない。
むろん、この姿も人化したもので、クレトも高位魔神の1柱だ。
「ほへっ?」
「……」
皆が居並ぶ前で、相変わらずクレトは能天気な声を出していた。
昔からこうなので、もはや誰も気にしないが。
「それで、俺に客人という話だったな」
玉座の前、階下では赤い絨毯を境にして、高位・中位の魔神達が居並ぶ。
そして赤い絨毯の上には、金髪の女性がいた。
今は頭を下げているので顔を直接見て取れないが、腰にまで届くカールした金髪。
白色のドレスを纏っていて、背中からは天使の象徴と言っていい、純白の翼が生えていた。
おお、本物の天使だ。
この世界に来てから、本物を見るのは2回目だ。
「お初お目にかかります。高位なる……」
「黙りなさい!」
ところで天使が名乗ろうとしたところで、メフィストがいきなり止めに入った。
「メフィスト?」
「我が君の許しがまだないというのに、勝手にしゃべりだすとは言語道断。高位の神を前にしておきながら、下等な存在である大天使如きが、随分と舐めた態度をとるものですね」
「……」
メチャクチャ上から目線だ。
メフィストが、大天使を扱き下ろしていた。
その扱いに、俺は絶句して言葉が出ない。
「も、申し訳……」
「しゃべってはならない。そう言ったのが聞こえなかったみたいですね」
「っ」
ええーっ、メフィストその扱いはあんまりすぎだろう。
さすがにこれは止めなければ。
「おい、メフィスト……」
「コホン。躾がなってないバカに教育をしますので、我が君はしばしお待ちください」
「いや、教育って……お前何考えてるんだよ。暴力とか、ダメだぞ」
「フフフッ」
あのー、メフィストさん。
俺の話聞いてます?
俺、一応君の主なのだけど。
イヤイヤながらも魔神王しているので、君の主君なんだけど。
俺の言葉、聞いてるかー?
俺のことなど完全無視して、メフィストはカツカツと靴音を響かせながら、大天使の前へ歩いて行った。
「いいですか、大天使とは神に作られた下等な存在にすぎません。我々魔神はお前を作り出した神とは異なりますが、それでもお前の造物主たる神と同等……いいえ、この世界の下種な神どもより、我ら魔神は遥かに高位の存在なのです。そんな我々を前にして、舐めた態度をとるなど、屈辱以外の何ものでもない」
「ウッ、グッ、アアッ」
頭を下げて、ひれ伏したままの大天使。
そんな大天使の顎を、メフィストが靴の先で突く。
そして説教をしていたと思ったら、次の瞬間靴の裏で、大天使の後頭部を思い切り踏みつけた。
後頭部にかかった力が強く、その拍子に大天使の顔面が床へぶつかってしまう。
「おい、メフィストお前!」
こんなの、初対面の相手にとっていい態度ではない。
いや、初対面でなくても、決してとっていい態度ではない。
俺は玉座から立ち上がって、メフィストの蛮行を止めようとした。
「主―、ストーップ」
だけど、俺の行動を横にいるクレトが止める。
「どうして止める、クレト」
「あの大天使、物凄く嬉しそうだよ」
「……へっ!?」
クレトのバカ、何を言ってるんだ。
足で踏まれて、それで喜ぶような人間……いや大天使なんて、いるわけないだろう。
「ハ、ハアッ、ハアアッ。エ、エストアーナ様の足蹴りだ。フ、フフフッ、何百万年ぶりだろう」
……大天使が物凄く熱のこもった、喜色の声を上げていた。
どう見ても、屈辱を感じてるのではなく、喜んでいる。
それも特殊な意味での喜び方だ。
「は、はいいいー」
ナニコレ。
あの大天使、頭おかしいんじゃないの。
「このクソ天使が、その名で私を呼ぶな!」
ズンッ。
メフィストがどこからともなく剣を取り出し、大天使の傍の床に、突き立てた。
破壊不能物質製の床なのに、相変わらず名前に反してメチャクチャ脆い。
というか、メフィストが取り出した剣が、原初の魔の牙だった。
あの武器、牙という名前に反して、形状は完全に剣そのものだ。
「おいメフィスト、対神用の武器を取り出すとか、穏やかじゃないぞ」
「主は黙っていてください。この大天使の首を今すぐ落としますので」
「だから、やめろって!」
今回のメフィストは、やけに感情的だ。
取り出した対神用の武器は、あらゆるものを切ることができる最強の武器。
魔神王になった俺でも、ぶっさされると確実にダメージが通る凶器だ。
あんな武器、大天使相手に使えば、体が簡単に真っ二つになってしまう。
二つになるどころか、体の原型が残るかさえ怪しい。
「エ、エストアーナ様ー」
「メフィストと呼びなさい、それが今の私の名です。分かりましたか、アナスフィア?」
「は、はい。エス……メフィスト様」
対神用の武器を取り出してのやり取り。
先ほどまで喜色を浮かべていた大天使だったが、さすがにこの事態には慌てたのか、しゅんとした態度で、メフィストの言うことを聞いた。
……恐ろしい世界だな。
対神武器を使って脅迫するとか、今日のメフィストは普段以上にヤバすぎる。
「てか、エストアーナにアナスフィアって、誰?」
2人のやり取りを聞いていも、まったくチンプンカンプンだった。
どうにも、この2人が知り合いらしいというのは、やり取りを聞いていて察することができたけど。
あとがき
作者
「メイン登場人物にヒロインがいねぇ。どうしよう。
イリアが紅一点だけど、ヒロインって感じの性格には程遠いしなー」
野太い声のメイド
「クリス君、真の性別に目覚めたくなったら、いつでも私たちの所へいらっしゃい」
クリス
「イ、イヤダ!断固拒否する!」




