2 俺、魔王の孫だった
気絶から回復した後、俺は人間の姿をしたメフィストから、俺の生い立ちについての話をされた。
それはまるで、物語のプロローグのように壮大な話だった。
メフィストはマジで700年前まで魔王に仕えていた高位魔族であり、勇者との戦いにも生き残った高位悪魔なのだという。
もっともメフィストの話では、大賢者が圧倒的過ぎて、
「勇者?そんなのもいたかもしれませんね。背景と同化している程度の存在感しかなかったので、もしかすると記憶違いかもしれませんが」
とのことだが。
それにしても大賢者ヤバすぎだろ。
魔王より強いとか、完全に人外だ。
まあ、その大賢者が俺の親父なんだけどさ。
……魔王の方も、俺の爺ちゃんになるけど。
「も、もしかして俺も姿が変わって、さっきのメフィストみたいになるんじゃないよな?」
心配なのは、見た目の話。
俺はこの3年間、自分が普通の人間の子供だと思っていたが、もし翼とか角が生えてきたらどうしよう。
将来冒険者をしながら『異世界チートだ、ヒャッハー』しようと思っていたのに、気が付いたら魔王になって、『皆の者世界征服じゃ、ヒャッハー』なんて言いながら、魔王軍の連中にはっぱかけてたらどうしよう。
さすがに嫌すぎる。
俺がしたい異世界チートは、世界征服なんて言う、血で血を争う戦争じゃない。
せいぜい豪邸に美人の仲間たちを囲ってのハーレム。
前世で非モテだった俺の願いなんて、その程度のものだ。
「私にとっては大変喜ばしく、坊ちゃんにとっては大変悲しいことに、そのうち生えてきますよ」
「お、終わった。俺の異世界チート計画が終わった」
俺は人外の姿をした、魔族の女の子に囲まれてのハーレムなんてしたくない。
「まあ、今のはウソですけど」
「……」
をぃ、嘘ばかりつくんじゃない!
この重要な場面で、なんでウソついてるんだよ。
「もっと時と場合を選んで、ウソをつけよ」
「坊ちゃんのリアクションが面白いので、ついウソをついてしまいました。悪気はないのですよ」
「悪気しかねえだろ!」
この悪魔野郎。
ウソもほどほどにしろよ。
「コホン。正直に申し上げますと、坊ちゃんを含めてご兄弟の皆様は人間。もしくは、それに”大変近い”姿になりますので、ご安心ください」
態度を改めたメフィスト。
でも、ちっとも安心できない言葉だ。
「”大変近い”って……やっぱり角とか生えるんじゃ」
「そうなると大変喜ばしいのですが、残念ながらそこまでではありません」
メフィストにとって大変喜ばしくないこと、つまりは俺にとっては喜ばしいこと、そう認識してよさそうだな。
何しろ、こいつは悪魔だからな。
「末娘であられるイリア様」
そこで唐突に、メフィストは俺の妹の名前を口にした。
三つ子なので俺と同い年の妹だが、俺にとってはとてもかわいいロリっ子の妹。
まさかあの可愛い妹が、将来悪魔的な姿になってしまうのか。
そんなバカな!
俺は言葉にできない緊張を持ちながら、メフィストの次の言葉を待つ。
「銀色の髪と赤の瞳。あの色は人間よりも、一部の魔族に近いです。それくらいが、魔族の姿をわずかに留めているだけですね」
き、緊張して損した。
「な、なんだ髪と瞳の色だけか……」
もっとヤバいことかと思っていたので、ほっと息がこぼれる。
「どうして3人とも、魔王様のように強く逞しく雄々しい姿にお生まれにならなかったのか……魔王様にお仕えしていた私としては、大変残念に思います」
安堵する俺とは対照的に、メフィストは、残念そうに口を尖らせた。
でも、いいぞ。
メフィストが残念がることは、俺にとっていいことだ。
俺と、弟のクリスと、妹のイリア。
俺たち3人は、普通に人間として暮らしていけそうだ。
これで、将来の魔王ルートはなしだな。
俺、間違っても魔王になんてなるつもりないから。
「ところで坊ちゃん。姿の事より、今一番の問題を忘れてもらっては困ります」
魔王ルートは全力で回避する。
これは俺の中での確定事項として、メフィストが真剣な様子で話しかけてきた。
「今度は、冗談やウソはなしの重要な話だろうな?」
「当たり前です。私は自分が楽しむため以外で、ウソをつく性格はしておりません」
「あ、うん……」
俺にとっては、姿のことはメチャクチャ重要なことだった。
だけどメフィストにとっては、単にからかう程度の認識だったのだろう。
この悪魔め。
「で、問題っていうのは?」
「私を含め、大賢者の塔には複数の魔族がいるのですが、我らが仕えているのは、あくまでも主筋である魔王様の血筋に対してです。つまり、現在は坊ちゃんたち3兄弟に対してだけです」
俺の兄弟だけってことは、俺とクリスとイリアだな。
「だけど俺たち3人は、まだ子供だぞ。それって問題じゃないか?」
「はい、そうなのです。それが一番の問題なのです」
古今東西時代を問わず、幼い子供が主となって、ろくなことが起こった歴史はない。
人間でも金持ちや貴族の家で、大人の親戚がお家の乗っ取りを企んだり、国であれば幼い君主を操縦して、国の実権を奪ってしまうなどなど……
まして、魔族の場合はどうなるんだ……
俺は前世持ちとはいえ、この世界ではまだたったの3歳。
本の文字も、まだ全部読むことができず、この世界についてほとんど何も知らない。
知らない外国どころか、別の世界に放り出された状態で、まだ右も左も全く理解できてない有様だ。
だけど、俺の弟と妹になると、それ以下だ。
俺には前世の知識があるが、弟と妹は本物の3歳児で、完全にただのお子様だ。
一応、魔王の血筋を引いていることになるが、だからと言って超人的な能力を持っていたり、頭脳が大人並みに優れているなんてことは全くない。
外で遊んで、おもちゃで遊んで、ご飯を食べて、眠る。
年相応の、3歳児でしかなかった。
「さすがに、子供が主ってのは問題だよな。ここはまっとうな判断力がある大人……俺の親父じゃダメなのか?」
いきなり魔王軍の生き残りたちを取りまとめろ、と言われても無理だ。
そんな責任は、まっとうな大人に投げてしかるべき。
しかし、そんな俺の前でメフィストは思い切り顔をしかめた。
「クソ大賢者は、坊ちゃんのお母上の夫でしたが、魔王様の血筋ではありません。というか、あいつのせいで魔王様とお母上のお二方がなくなる羽目になったのです。仇のような男に、なぜ我々が従わねばならぬと!?」
っ!
メフィストの体から、得体のしれないオーラが迸る。
もしやこれが殺気というやつか!?
俺は気づかないうちに歯がガチガチと音をたててかみ合わなくなり、体全体が恐怖で震える。
額から噴き出る汗が、氷のように冷たくなって凍り……って、凍る!?
「メフィスト、冷気を出すのやめろ!俺が死ぬ!凍死しちまう!」
「おっと、これは失礼。少々お待ちくださいね」
スーハースーハー。
自分の感情を落ち着けるためか、メフィストは深呼吸し始める。
それに合わせて、メフィストから放たれていた強力な冷気が引っ込んでいき、部屋の温度が戻っていった。
こいつ、感情の自制が効かなくなると冷気を放つな。
先ほどに続いて、これで2度目だ。
俺、そのうちメフィストのせいで、凍死させられそうで怖い。
「ふうっ、いけませんね。つい感情に任せて、坊ちゃんを殺してしまうところでした」
「……」
いや、なぜそこで笑うのですか、メフィストさん。
俺、一応君の主なんだけど。
笑顔で殺しかけちゃったなんて、言わないでほしい。
「いずれにしても、あのクソ野郎は我ら魔族の怨敵ですので、仕えるなんてことはありません。それに最近ではボケが進行していますしね。奴のボケていく姿を眺めるのも、それはそれで滑稽で見ものです」
そこで、ケケケと笑うメフィスト。
性格悪いな。
……悪魔だから、当然か。
でも、俺も思い当たる節がある。
「そういや、この前飯食べながら、『婆さん、飯はまだかいな』って言ってたよな」
「そうですね。大賢者なんて言っても、所詮は下等な人間。700年生きた反動で、頭がだいぶダメになってるのでしょう」
メフィストの話だと、親父もあと10年生きられるかどうかという話だったし、実際にボケが始まってる。
ひょっとすると体は大丈夫でも、先にボケが進行して、徘徊とか始めかねない。
「あれっ、異世界転生したのに、なんで日本で問題になってる老人の徘徊を心配しないといけないんだ。俺、まだ3歳なのに、どうしてこの年で老人介護を考えないといけないんだ?」
「大変ですねぇ、坊ちゃん」
「他人事のように言うな。お前だってこの塔の住人なんだから、親父がぼけたら大変だぞ」
「……」
なぜか、無言で笑うメフィスト。
こいつ、親父の問題を俺に投げる気満々だな。
イラッとする。
「ボケ賢者のことは、坊ちゃんにとって大変でしょうが、それより大変なのは、我ら魔族の主であられる坊ちゃんたちが、あまりにも幼いことです」
ここで、メフィストは再び真剣な表情に戻った。
「お母君が亡くなられた今、我々は坊ちゃんたちに仕え、その命に従っていきます。ですが我らとて、ただの幼子の命令に、はいそうですかと無条件で従い続けるわけにも参りません」
「……」
「しかし幸いなことに、坊ちゃんには前世の記憶がある分、他のご兄弟より内面の年齢が上です。ですので、坊ちゃんが私たちの主として、我らの上に君臨し、我らを支配してください。そうしていただければ、命令にもちゃんと従いますよ」
メフィストの顔は笑っていた。
しかし、目には拒絶を許さない鋭さがあった。
先ほどは冷気で殺されかけたが、今のメフィストは視線だけで俺を殺せる。
そう思わせるだけの力が、瞳に宿っていた。
ここで拒否すれば、俺の命がどうなるか分からない。
まるで幻の手で、俺の心臓が握られたのではないかと錯覚してしまう。
強大な圧力を前に、息苦しさを感じ、思わず呼吸すら忘れてしまいそうになる。
「だ、だけど前世持ちだぞ。それも異世界の。そんな奴を主にしても、お前たちは大丈夫なのか?」
メフィストの圧力に何とか耐えながら、俺は言葉を絞り出す。
しかしそんな俺に、メフィストは相も変わらず、笑ったままの顔で答える。
「ご安心ください。高位の魔族にとって、前世の記憶を持った転生は、さほど珍しい現象ではありません。歴代魔王の方々にも、転生者はそれなりにいましたので」
転生者が珍しくないのかよ。
魔族って何でもありだな。
「さすがに前世が異世界の人間というのは、私も初めて出会う事例です。とはいえ高位魔族の中には、前世が人間や神だったなんて話もあるので、多少の誤差ですよ」
「ええっ!人間はともかく、神様まで魔族に転生してるのかよ」
マジで何でもありだな、魔族。
「ですので、坊ちゃんの前世が異世界の人間でも、大した問題ではありません」
「な、なるほど。そうか」
ひ、引き受けていいのかな?
なんだかメフィストの言葉に頷くと、魔族の主として君臨……どう考えても魔王だよな……になってしまうが、頷かないとメフィストに殺されてしまいそうな気がする。
魔王ルートに突入したくはないが、ここで殺されるのは、さらにイヤだ。
俺の異世界チート生活は、まだ始まってすらないんだぞ。
「わかった、メフィストの期待に応えられるかは分からないが、兄弟の中で俺が一番の適任なんだろう。だったら、俺がお前たちの主として、君臨するよ」
「そのお言葉、大変ありがたく思います。坊ちゃん……いえ、我らの主よ」
そう言い、メフィストは片膝をついて、俺の前で臣下の礼をとった。
ただし、その態度がつくづく芝居がかって見えるのは、こいつが悪魔だからに違いない。