27 大賢者の塔最大の狂人、神の死体を暴いた大賢者
私はメフィスト。
かつてこの世界の神の1柱であり、原初の魔と呼ばれる最初の魔族と相打ちになることで死んだ。
死の際に私は原初の魔と”混じり”、神としての記憶とともに、原初の魔の狂気を併せ持つ存在に変質した。
死んだ後に、悪魔となって転生する。
それから私が望んだときが訪れるまで、本当に長い時がかかった。
人類の歴史と同じ時間を魔族として過ごし、歴代の魔王たちに仕え、扇動し、神へ反逆させ、神殺しをさせようとした。
なのに、どいつもこいつも無能ぞろい。
まるで役に立たないクズしかいなかった。
時には私が有する、原初の魔の肉体の一部を与えることで、高位魔族を魔王へ進化させてやったこともある。
だが、どいつもこいつも期待外れでしかなかった。
神であった時には気づきもしなかったが、それだけ神という存在と下等生物の間に、圧倒的な差があったのだ。
神殺しへ至る魔王は、ついぞ現れることがなかった。
神でないものに、神を殺すことはできない……
だが、私の失意を埋めてくれる希望が現れた。
700年前、彼の魔王を圧倒的な力によって葬り去った大賢者ゲイル。
あの存在に出会ったことが、私にとっての転機となった。
あの大賢者は、一言でいえば狂っていた。
大賢者が目指していたものはただ一つ。
「悪魔メフィスト、ワシはな、神を生み出したいのだ。それもただの下級神ではない、この世界に存在する下等な神たちを超え、圧倒的な力を有する上位神を。高位の神を、ワシは人の手でありながら、作り出したい」
700年前の魔王を滅びしたのち、敗残兵の1人である私を連れて、大賢者は自らの研究成果を披露してくれた。
その時には、大賢者は”偽神薬”の製造に成功しており、ゴブリン程度の存在を、神の模造品へ作り替えることに成功していた。
所詮は偽りものの神にしかならなかったが、あれは大賢者にとって、ほんの些細な実験でしかなかった。
狂った大賢者は、中位の魔族たちにさらなる技を施していき、神の種を植え付けていった。
あの時、私は大賢者の深淵を初めて覗いた。
あの種は、いずれ発芽の時を迎えることで、本物の神へ至らせることができるもの。
かつて神であった私には、そのことが理解できた。
「フ、フフフッ、大賢者、あなたはとても素晴らしい。あなたならば、私の願いをかなえてくれる協力者となってくれることでしょう。ええ、ええ、とても素晴らしい。大賢者よ、さらなる禁忌を犯し、神の死体を暴くつもりはありませんか?いや、あなたならば私を殺してでも、神の死体を手に入れるでしょうがね」
私の願いは、この世界の神どもを殺すこと。
原初の魔と相打ちになった私には、神であった時の記憶と共に、原初の魔の要素が混じっている。
だから、神を殺してしまいたい。
その欲望が、魂の奥底から絶えることなく湧き続ける。
だから、大賢者にさらなる上位の神を、この世界の神々を全て滅ぼせるだけの力を持った、大いなる神を作ってもらいたかった。
そのためならば、私は、”かつての私であった神の死体”を、大賢者へ供することもいとわない。
神の死体を暴かせて、より完成された神を作らせたかった。
「神の死体漁りか。願ってもない申し出だ。ワシの研究が想像以上の形で実りそうだ。それで悪魔よ、交換条件は何か?欲しいのは魂か?それとも、供物をささげればよいか?今から異世界をひとつ滅ぼして、億の魂を捧げてもよいぞ」
「クッ、ククッ。当たり前のように世界を滅ぼすと口にしますか。あなたは、本物の狂人だ」
「当然であろう。人が神を生み出すという、世界の摂理に反逆するのだ。世界の1つや2つ滅びる程度、代償としてはあまりに安い」
大賢者は、とことん狂っていた。
ああ、この男と話をしていて分かる。
これは、もはや人間の形をしただけの、まったくの別の存在だ。
罪の深さは、歴代最強の魔王であった大魔王アーデガスト・ギュディエストなどとは比べ物にならない。
原初の魔は神殺しを行ったが、この男は神を生み出すという目的のために、既にいくつかの世界を滅ぼした後なのだろう。
そこに、いまさら1つ2つの世界が加わったところで、びくともしない。
まさか多数の世界を滅ぼした、真の魔王がこのような場所にいるとは思いもしなかった。
「よろしい、交換条件など必要ありません。大賢者ゲイル、”神の死体”を暴いて、あなたが生み出す神の贄となさい」
私は大賢者ゲイルの協力者として、”神の死体”を暴かせた。
あの男は、完璧に自らの仕事をこなしてくれた。
“神の死体”を暴いたことで、より深く神の構造を理解し、その知識をもとにして、高位魔族たちに、より完成された神の種を植え付けた。
「ククッ、まさかこの私が、人間如きに体を弄ばれることになるとは」
最終的には、大賢者によって私にまで神の種が植え付けられてしまった。
一度神として死んだ私が、また神へと戻る。
そのための種を植え付けられるとは、何とも皮肉なことか。
もっともあの大賢者は、私より遥かに強大な存在だった。
私程度の小物を取り押さえ、体をいじるなど、造作もないことだったのだろう。
「神の死体を暴いた大賢者。私は心底不思議なのですが、あなたは本当に人間なのですか?私にはあなたが、まるで高位の神に見えてならない。むろん高位といっても、邪神の類ですが」
「ワシは人間だ。ただ既に、メフィストより”より深きお方”に触れたにすぎん」
”より深きお方”。
それはきっと、神であった頃の私とすら、比べ物にならぬ存在なのでしょう。
そのようなお方に選ばれたのが、大賢者という人間。
「つくづく、あなたは私の想像を超えた良き協力者のようです」
その後大賢者は、700年前の魔王の忘れ形見である娘を犯した。
私はあの小娘に仕えていたが、別に死んでもらっても構わない。
むしろ、私にとってあの娘は道具の一つなのだから、私の願いのために必要になったら、壊れてくれなければ困る。
魔王の娘は、新たな神を生み出すための苗床として選ばれ、そこに大賢者が魂の一部を溶かし込んで、大いなる神の種を植え付けた。
その際、大賢者は力の大半を消失し、さらに記憶の多くが崩壊して、ただのボケ老人と化してしまった。
だがその代償に、魔王の娘は見事役目を果たしてくれた。
偉大なる神を、この世界へ生み落としてくれたのだ。
神を生んだことで娘は死んだが、もはや用のない道具など、どうでもいい。
「アーヴィン様、私はあなた様にお仕えいたします。ですのでどうか、私の願いをかなえてくれるお方となってください」
私は生まれたばかりの大いなる神に、これから先、すべての忠誠を捧げていく。
まあ、悪魔の捧げる忠誠であるため、人間の捧げる忠誠とはかなり意味が違うが。
いずれにしても、それで私が願うだけの力を持つ者が、この世界に誕生した。
神殺しをできる存在が、生み出されたのだ。
ああ、これでようやく、私の長き願望が成就の時を迎える。
偉大なる神が生まれたが、まだ小さく、これから力を蓄えていかなければならない。
だが、この神が本物の神として発芽した時、この世界の神々では抑えの効かぬ存在となるのだ。
「ああ、素晴らしい」
私はこの世界の神が、1柱残らず死に絶える光景を想像して、ゾクゾクした。
なお、偉大なる神が誕生した際、神を生み出すのに邪魔になる要素を取り除くため、追加で2人の赤ん坊も生まれていた。
クリスとイリア。
偉大なる神を生み出すうえで、邪魔になる要素を取り除くために用意された、残りカス。
不要な不純物を吸い取らせるための、道具だった。
「神の死体を暴いた大賢者ゲイル。あなたのおかげで、素晴らしい神が生まれましたよ」
過去の回想から、私は現在へと意識を戻す。
大賢者の塔最奥にある、封印の間。
惑星破砕砲と呼ばれる兵器を備えた超大型宇宙戦艦よりも、さらに奥にある最奥にて、大賢者の亡骸と対面していた。
「うむ、あれは私が生み出した中でも、特に出来の良いものとなった。傑作品だ」
私の目の前で、横たわった屍が動き、立ち上がる。
亡骸は肉を取り戻し、体を形作り、生前と変わらぬ大賢者の姿になった。
この男にとって、生と死は意味をなさないことなのだろう。
まあ、クレトもほぼ同様の存在だ。
あれは肉体が死んでも、故郷である地獄に戻るだけで、また現世へ鼻歌を歌いながら戻ってくるからな。
「今のアーヴィン様を見て、傑作品という評価ですか?」
「ワシとしては、まだ最高の出来であるとは呼べぬ。今後の成長次第であろうな」
「成長次第、ですか……」
我らとの戦いを経て、アーヴィン様は信じられないほどの力を持つ神になられた。
戦えば戦うほど、あの方は力を増し、強力な存在へと変化し続けていった。
今では魔神たちの王と呼ぶに、相応しい力を持っている。
なのに、大賢者は成長次第という。
まだ、アーヴィン様は神として完成されていないのだろうか?
だとすれば、アーヴィン様の底が知れない。
「ところでメフィストよ」
「何でしょう」
「飯はまだかいな?」
「……」
やはり神を作り出すために、相当なものが削れてしまったのか、私の前で大賢者はボケを発動させた。
「……所詮、今のあなたは残りカスというわけですか」
「飯はまだかいな?」
「はあっ、爺さん、これやるから少し黙ってようか」
なんて思っていると、私の背後から声がした。
「おや、アーヴィン様もおいででしたか」
気が付かなかった。
神としての格が桁違いに上がったためか、今の今まで、アーヴィン様の存在に気づくことができなかった。
私は驚きを顔に出さないよう、気を付ける。
そんな私の前で、アーヴィン様は大賢者にスティックが菓子を差し出していた。
「飯は……モグモグモグ」
菓子を口に突っ込まれて、黙る大賢者。
「まったく、親父といいお前といい。この塔の人間は、本当にまともな奴が1人もいないな」
「おや、私はかなりまともな部類だと思いますが?」
「有能なのは認めるよ。まともとは言えないが……」
棘のある言い方ですね。
まあ、それくらい言われないと、張り合いがないのでつまらないですが。
「それでアーヴィン様は、どうしてこちらに来られたのですか。まさか、私の監視ですか?」
「そういうわけではないが……ただ親父の日記を読み返してたら、本当にろくでもないことばかり、やらかしてたんだなと確認させられてな」
スティック菓子をいまだに口で頬張り、大賢者は無言のまま。
しかし大賢者の日記を読んだということは、この男が今までに何を考え、何をしでかしてきたのかも、知ったということでしょう。
「……で、なんとなくこのどうしようもない親父の顔を、見てみたくなっただけだ」
「そうですか」
とりあえず、私は相槌を打っておきます。
アーヴィン様が心の中で何を考えているのかまでは分かりませんが、返事くらいは返しておいた方がいいでしょう。
「……残念だな。お袋との間に全く愛情がなかったとか。……俺でもショックなのに、クリスとイリアには、口が裂けても事実を言えないな」
そんなことを、アーヴィン様はぽつりとこぼします。
さてはて、これは嘆きの声なのでしょうか。
まあ、私としては主が悲しまれたところで、それほど気にはなりません。
何しろ今の私は魔神なので、そういう感情への機微が、特別敏感なわけではありませんから。
その後、スティック菓子を頬張り終えた大賢者が、
「飯はまだかいな」
と、続けて口にした。
「なあ、メフィスト。日記を読んで、親父は死ぬ際に魂を2つに分けると書いてた。外で出歩いてるのはただの抜け殻で、こっちは生前の記憶を持っているって話だったんだけど」
「ええ、この亡骸が、生前の大賢者の記憶を持っています。そのはずです」
「……どう見ても、こっちもボケてるよな」
アーヴィン様が現れるまではまともだったのに、今では完全にただのボケ老人。
「飯はまだかいな」
「……」
大賢者、まさかボケたふりして、アーヴィン様を誤魔化そうとしているのでしょうか?
そんなことをつい勘ぐってしまいました。
「「……」」
私とアーヴィン様はしばし無言になってしまいましたが、そんな私たちの前で、大賢者の体が崩れ去り、再び元の亡骸へと戻ってしまいました。
完全に、誤魔化しましたね。
「まあ、いいか。こんなのでも、一応今世の父親だからな」
アーヴィン様はため息をついて、大賢者の亡骸を見た後、踵を返して封印の間を出ていこうとされます。
「お供いたします」
この場は執事として、私も主の後に続くことにしましょう。
あとがき
1章はこれにて終了となります。
次回から、2章の始まりです。




