23 ゴブリン宇宙軍出撃す。ここは剣と魔法と宇宙世紀の世界!?
まえがき
注意、ファンタジー世界が吹っ飛んで、後半部分からSFが始まってしまいます。
今回はゴブリン視点です。
かつて、私はただのゴブリンに過ぎなかった。
ゴブリンとは最弱の魔物であり、その寿命は3から7年程度しかない。
頭が悪く、人間が残した錆びた剣やボロボロの防具をまとう程度の知能しかない。
剣術なんて高度な技術はなく、適当に棒を振り回すように、でたらめに剣を振り回すだけ。
盾を拾っても、扱い方なんてまるで分っていない。
人間の駆けだしの冒険者にあっさり狩られる弱者であり、ゴブリンより強いモンスターに遭遇すれば、食われてあっさり死んでしまう。
そのような弱者であるため、寿命を全うして死ねる個体は、非常に珍しかった。
私の爺さんも、婆さんも、父親も母親も、100体以上いた兄弟たちも、みんな弱肉強食という世界の中で、一方的に殺戮され、捕食されて死んでいった。
私が生き残れたのは、単に運が良かったからに過ぎない。
運以外の要素で、長く生き残れるゴブリンなどいない。
そんな弱者であるゴブリンが滅びないのは、繁殖能力が高いからにすぎない。
ゴブリンは生まれてから1年と経たずに成体になり、メスゴブリンは年に4度は出産する。
一度に10体以上の子供が生まれるのが、当たり前だった。
だが、どれほど数が増えようとも、所詮は強者によって一方的に蹂躙され、すぐに数を減らす雑魚モンスターだ。
稀に10年を超えて生きる個体もいるが、そんなのは偶然が重なり続けたことで、長生きできたに過ぎない。
700年前の魔王様がいた時代でも、ゴブリンの扱いは最底辺だった。
魔王軍に配属されても、人間の軍隊相手に肉壁程度の扱いをされ、最前線に立たされた。
敵対する人間の魔法使いの魔力を少しでも消耗させ、戦士の体力を少しでも減らし、弓兵の弓矢を1本でも多く使わせるためだけの存在でしかなかった。
そんな我らゴブリンを救ってくださった、”大賢神”様がいらっしゃる。
大賢神ゲイル様。
現在、我らがお仕えしている、偉大なる神の首座であられるアーヴィン様のお父君であり、我らゴブリンを最弱のモンスターから、あろうことにも”偽神”へと神化させてくださった、偉大なる神だ。
もう一度言う、ゲイル様は神であられる。
大賢神様は、700年前に魔王様を討伐されたのち、敗残兵である我々を伴って、現在の大賢者の塔へ連れてこられた。
「私はこの世の摂理全てに背き、大いなる神を我が手で作り出すことを目的としている。お前たちには、大いなる神を生み出すための実験材料になってもらおう」
大賢神様はそうおっしゃられた。
そして大賢神様から与えられたのは、ただの魔物を偽りの神へと神化させる薬、偽神薬だった。
「お前たちゴブリン程度に期待はしておらぬ。だが、か弱き魂しか持たぬお前たちでも、どこまで強化できるか調べておく必要があるのでな」
大賢神様にとって、我らゴブリンなど、目的の神を作り出すまでの、単なる実験材料。
それも、ほんの小手調べ程度の存在でしかなかった。
だが偽りとはいえ、ゴブリンを神へと至らせる薬を、大賢神様は我々に与えてくださった。
その結果、私を含め、大賢者の塔へ連れて来られた1万に及ぶゴブリンたちが、全て偽神へと神化した。
偽神へと神化した我々は、それまでの頭が悪かった存在から、格段に変化した。
知能が格段に向上したことで、人間の言葉を話せるようになった。
武器や防具、道具の扱い方を覚えた。
身体能力の面でも、ただのゴブリンとは見違えるほどに強化された。
そして、我らは偽りものであるとはいえ、神となることで、不老不死を獲得するに至った。
大賢者の塔のゴブリンには、もはや寿命が存在せず、老いることがない。
不死の存在になった我々は、頭を吹き飛ばされようが、体を切り刻まれようが、”偽神薬の残りカス”と呼ばれる薬物を用いることで、死んだ状態からでも、完全に復活できるようになった。
700年の時が過ぎても、我らは生き続けている。
アーヴィン様は、”偽神薬の残りカス”のことを、”謎注射”と呼ばれているが、あれは偽神薬を生み出す際に生まれる、残りカスだ。
残りカスとは言え、神を生み出す薬の残りカスなので、おろそかにしていいものではない。
もっとも、神々の首座であられるアーヴィン様から見れば、特に価値のないものとして扱われても仕方がないのだろう。
「大変すばらしい、大賢者ゲイル。あなたは想像以上の方のようだ。あなたなら、私の願いをかなえてくれる、よき協力者になってくれるでしょう」
我らがまがい物の神へ神化した際、傍で見ていたメフィスト様も感動しておられた。
ところで完全な余談であるが、アーヴィン様の言うところの戦争ごっこをした際、我らは死んだ状態で三途の川にたどり着くことが、たまにある。
現世にある肉体に”偽神薬の残りカス”を打ってもらえれば、三途の川から戻れるのだが、死んでいる間は、現世にある自分の体を動かすことができないので、三途の川で待機しているしかない。
不老不死とはいえ、偽神なのでこの辺りのことは色々と不便だ。
その三途の川になぜかクレト様がいて、死者相手に賭博して、金品を巻き上げていることがある。
こう言っては下世話な話になるが、地獄の沙汰も金次第。
三途の川を渡る船の船頭に金を渡すと、船の特等席に座ることができるのだが、逆に金がない場合、魂がギュウギュウ詰めになった、狭い船内に押し込まれてしまう。
金があるだけで、三途の川の船の対応も変わってしまうのだ。
そんな場所で、クレト様は死者から賭博で金品を巻き上げている。
「ワッホーイ、今日はお菓子食べ放題だ―」
あのお方は、一体何をしているのだろうか。
巻き上げた金品の使い道が、それでいいのか?
とはいえクレト様は神々の中でも、アーヴィン様に継ぐ最上級の神の1柱であられる。
我らまがい物の神程度では、理解できぬお考えがあるのだろう。
……
そう思い込まないと、やってられない。
ゴホン、話を元に戻そう。
我らは偽りの神となかった。だが、所詮まがい物の神でしかない。
ゆえに我らは、まだまだ弱い。
元がゴブリンであるため、神化したところで、我らの力はたいしたことがない。
だが、大賢神様はそんな我々のことを見ておられたのか、異世界より超文明の遺産を拾ってくることで、我らゴブリンを強化してくださった。
我らはかつて手にしていた、錆びた剣や防具を手放し、代わりに銃に弾を込め、撃ち方を覚え、分解して整備する方法も身に着けた。
戦車と呼ばれる鉄の塊の操縦の仕方を覚え、魔法のような威力がある戦車砲の撃ち方も覚えた。
毒ガスに、細菌兵器、戦闘機の乗り方、装甲列車の操り方、飛行船の飛ばし方etcetc…
我らは、脆弱な肉体しか持たない存在であったが、超文明の遺産の扱い方を覚えることで、自らの力を強化していった。
むろん、それらの力をもってしても、我らの上位者であられる偉大な神々の力に、及ぶべくもない。
だが、我らゴブリン程度であっても、いつか必ず本物の神々の戦いに参加できる力を、身に着けてみせよう。
たとえ勝てずとも、その場に入り込むだけの力を得て見せる。
いや、いつかではない。
今この時、我らは神々の戦いに殴り込む力を得たことを、証明して見せよう!
「今こそ、我らゴブリンが神々の戦いに殴り込みを入れるとき。最弱の魔物と呼ばれ、蔑まれ続けてきた我らの力を、偉大なる神々の前に見せようではないか!」
私は、かつてしがないゴブリンだった。
だが今の私は、大賢者の塔試作宇宙軍の指揮官を務める、ゴブリン提督である。
私は麾下にある、試作宇宙軍の面々に訓示を示した。
「ウオオオオーッ、戦争だ」
「俺たちの力を見せつけてやる」
「いつまでも、俺たちがただのやられ役だと思うなよ」
私の訓示に、部下のゴブリン宇宙兵たちが、興奮の声を上げて色めき立った。
「よろしい、それでは諸君出陣だ。宇宙母艦の炉に火を入れろ。エンジン出力全開。全武装の使用許可を出す。高機動人型兵器は発進準備整い次第、順次出撃せよ!」
大賢神様が異世界より拾ってきた、560メートル級宇宙母艦の艦長席に座り、私は宇宙軍の面々に指示を出していく。
大賢者の塔上部にある試作宇宙港より、私の指揮する宇宙母艦が出撃する。
艦のブリッヂに映し出されるモニターを見れば、はるか先の宇宙にて、偉大なる神々が争われている戦いの光を見て取ることができる。
「両舷重力レール展開、エネルギーチャージ。重力投射砲の発射準備にかかります」
「全艦の可動レーザー砲群にエネルギー伝達。提督、照準の指示を」
「ミサイル発射管全門開放、弾頭のひとつに核を搭載済みです」
部下たちが、次々に武器の準備が整ったことを報告してくる。
「地上のゴブリン軍より入電。対宇宙空間用ミサイルの発射体制が完了。当艦の指示に合わせて、同時攻撃が可能とのことです」
「了解した、と地上軍に伝えろ」
「ハッ」
完璧だ。
我が宇宙軍だけでなく、地上軍まで神々の戦いに乱入する覚悟が決まっている。
神々の首座たるアーヴィン様に、なんとしても我らの実力を認めていただこう。
「高機動人型兵器、全機発進完了しました。各機、フォーメーションを組んで、戦場へ向かいます」
宇宙母艦に搭載していた人型兵器の展開完了の報告も届く。
「よろしい、神々に我らの力を認めさせるぞ。全兵装攻撃を開始。地上軍にも攻撃開始を伝えろ」
「ハッ!」
私は宇宙軍の持てるすべての力を。いや、我らゴブリンが今日まで培ってきたすべての力をもって、神々の戦場へ殴り込む命令を下した。
だが、私たちゴブリンの覚悟をあざ笑うかのように、神々の戦場は苛烈だった。
苛烈過ぎた。
「アーヴィン様の結界に阻まれて、人型戦闘機が戦場にたどり着けません」
「それどころか戦闘中の味方の魔神様と接触してしまいました。人型戦闘機の損傷大、搭乗員は脱出!」
「フォーメーションを組んでいた人型戦闘機大隊が、味方の魔神様の速さについていけません。あ、誤射で魔神様に攻撃が命中。魔神様からどつかれて、人型戦闘機が次々に破壊されています」
「ムググウッ」
神々の戦いは、私の想像を絶していた。
戦場にたどり着こうにも、アーヴィン様の展開する結界を突破できない。
さらに周囲で戦っている魔神様達の戦闘スピードについていけず、逆に邪魔だとどつきまわされる始末。
「核ミサイル、臨界に達します。爆発を確認」
「……アーヴィン様じゃなく、味方の魔神様の集団の中で爆発してます」
「ムググウッ」
これは神々に、我らの存在を知らしめるための戦いである。
なのに、あろうことかアーヴィン様でなく、味方の魔神様達にまたしても誤射してしまった。
大変マズイ。
「重力投射砲より発射した重力波ですが、アーヴィン様たちの戦いの速さについていけず、明後日の方向を通過していきました」
「ムググウッ」
アーヴィン様だけでなく、他の魔神様達まで動きが速すぎる。
たたき込んだ攻撃が戦場にたどり着いたと思ったら、既にその場からいなくなっていた。
なんという、間抜けな話だ。
「各レーザーが戦場に到達……アーヴィン様の展開している結界上にて、進行方向を曲げられてしまいました。強力な重力結界のようです」
「違う、この曲がり方は……大変です、曲がったレーザーが結界上を一周したのち、本艦に向かって直進しています」
「ムググウッ」
よく見たら、宇宙母艦から発射したレーザーが、アーヴィン様の結界によって丸を描いて曲げられた。
丸を描いた後、レーザーを発射した我が艦に向かって、進行方向が変えられていた。
「提督、危険です。当艦の装甲では、対艦レーザー砲の直撃に数発しか耐えられません。あれが本艦に直撃すれば、甚大な被害……下手すれば、轟沈してしまいます」
「ムググウッ」
なんということだ。
神々の戦場に殴り込もうとしたら、逆に味方の足を引っ張りまくるだけの結果になった。
しかもレーザーを跳ね返されて、今まさに当艦の危機に陥っている。
「副長、いまから退艦命令を出しても間に合うと思うか?」
「無理です。レーザー兵器の速度では、脱出艇が離脱する時間すら足りません」
「そうか」
なんということだ。
味方の足を引っ張っただけで、我らゴブリン試作宇宙軍は全滅してしまうというのか。
クッ、所詮は付け焼刃で作られた試作軍隊だから、この程度なのか。
予算と時間の都合で、今回の戦いには我が艦1隻しか用意できなかったのだ。
シールド装備型の強力な宇宙艦隊と、核兵器の直撃数発にも耐えられる宇宙要塞と、それから艦隊を薙ぎ払えるコロニーレーザーに、噂に聞く対惑星破砕砲があれば、神々の戦いにも乱入できたであろうに。
だが、ないものねだりをしても仕方がない。
私は艦全体へのスピーカーをオンにして、艦のクルーたちに最後の言葉をかけることにした。
「すまんな、皆。私が無能であるばかりに、諸君の命を無駄にしたようだ」
それだけを告げ、次の瞬間、我が艦にレーザーの光が襲い掛かった。
いかに偽神になったとはいえ、我らは体の一部が残らなければ復活できない。
レーザー攻撃で、多くの部下たちの命を散らせてしまったな。
「……あれ、まだ死んでない?」
「て、提督、レーザーがわずかに当艦の座標を逸れていました。無傷です。当艦は無傷です」
てっきり死んだと思ったら、ギリギリでレーザーが命中しなかった。
なんという強運だ。
いや、違う!
「これ以上は手を出すな。お前ら相手だと、俺が手加減しても跡形が残らなくなるからな。死にたくなければ、これ以上のお遊びはなしだ」
アーヴィン様の声が、この場にいる全員の頭の中に響いた。
アーヴィン様は他の神々と戦いの最中にありながら、そこに乱入した我々に対して、このような言葉を下さる。
「フ、フフフッ。アーヴィン様にとって。いや、高位の神々にとって、我々はまだ戦場に立つことすら許されない存在なのだな」
アーヴィン様のお情けで、我らは体を失って、死なずに済んだ。
それが途方もなく悔しいことに思え、私はその場に両膝をついてしまった。
口から出るのは、狂った笑い声だ。
酷い屈辱だ。
戦いの場に赴きながら、味方の足を引っ張った挙句、気遣われるだけで終わってしまうとは。
「今はまだ、我らは脆弱な存在でしかない。だが副長、この悔しさを次のためのバネにさせてもらおう」
「ハッ、どこまでも提督にお供いたします」
今回は完敗だ。
いや、敗北と呼べる領域にすらたどり着けなかった。
だが、我らゴブリンはさらなる科学の力を得て、いつか必ず上位の神々の戦場へ殴り込みをかけて見せよう。
我らは、もはや偽神となったゴブリン。
いつか最弱の存在が、高位の神々の世界でも対等に戦える存在だと証明してみせようではないか!
必ずだ。
あとがき
暁の戦いにファンタジー世界死す。
ということで、今回はSFでした。
既にファンタジー小説でなく、宇宙空間でバトルする物語になっているので、これくらい今さらですね。
なお、この物語はまだ1章目なので、この戦いが終わったからと言って、それでめでたしめでたしと終わる予定はありません。
むしろこれは長い物語の、ほんの始まりに過ぎないのだよ。
多分~




