17 大賢者の塔頂上決戦、魔王も勇者も何でもござれ 3
念動と呼ばれる無属性魔法がある。
魔法を用いるために最低限必要になる超基本魔法で、あらゆる魔法を用いるためには念動が使えなければ始まらない。
魔法を使う者たちは、念動を用いて自然界に存在する森羅万象を操り、それによって魔法と言う形を成立させる。
炎、水、風、土、光、闇、聖、魔、次元、その他さまざまな魔法は、全て念動を基礎として、発動させることができる。
さて、俺の目の前で笑うメフィストと、能天気クレトの2人がいる。
「いけ、屍の兵士どもー」
と、クレトが元気よく、氷と炎の柱に閉じ込められた魔王と勇者アンデッドに命令を出した。
氷と炎の柱に閉じ込められていたアンデッドどもが、再び動き出そうとする……
……ので、俺は奴らが動き出すより早く、念動を使った。
腕を振るう動作に合わせて、その先にある空間に念動の力を叩きつける。
ガシャン、バリン、ドカン。
音は色々したが、念動の力が衝突した途端、氷と炎の柱ごと、閉じ込められていた魔王と勇者の体も砕け散った。
あと、おまけでフロアの天井部分が壊れた。
おかしいな、ここの天井って20キロ先にあるはずなのに、なんで念動使っただけで、壊れるんだよ。
念動は攻撃魔法ですらないんだぞ。
「ええーっ」
「相変わらず主の力は非常識ですね」
使った俺もビックリだが、クレトとメフィストの2人も驚いている。
「いや、俺は普通だから、ノーマルだぞ」
「「……」」
ダメだ、2人とも俺の言うことを全く信用してない。
「コホン、まあいいです。今私たちがいる場所は地獄の最奥。すぐに元に戻せますので、”甦れ”」
場の空気が固まってしまったが、咳払いひとつ。
メフィストが”甦れ(リコール)”と口にした途端、またしても氷の柱が浮かび上がった。
中には、やはり魔王の体が閉じ込められている。
「すぐに壊される気もするけど、”戻っておいで―”」
クレトの傍にも炎の柱が現れ、中には勇者たちがいた。
「……」
俺は無言で、もう一度念動で破壊する。
脆すぎる。瞬殺だ。
あと、念動の余波で、フロア内に林立している列柱が、ボキボキ折れまくった。
柱の何本かが、呪いの血人形と戦闘中の高位魔族の中に落ちていく。
「ぬおおーっ!」
「なんじゃこりゃー!」
「親方、空から柱がー!」
色々な叫び声が木霊するが、この程度で高位魔族は死なない。
奴らは、柱が頭に落ちてきたくらいでは、ケロッとしている。
「「……」」
とはいえこの光景に、メフィストとクレトが黙り込んだ。
「お遊びはこのくらいか?」
これ以上、メフィストとクレトが扱う劣化アンデッドと戦っても、勝敗は見えている。
生前はさぞ強い勇者や魔王たちだったのだろうが、地獄の最奥に捕らわれ続けていたせいか、アンデッド化した彼らは、かなり弱体化してしいるようだ。
念動でどうにかなる辺り、もはや俺の敵として機能するレベルでない。
召喚された当初こそ焦ったが、2人の切り札は大したことがなかった。
「天穿つ一撃!」
油断大敵なんとやら。
勝ちを確信した時にこそ、最大の油断が生じる。
「あんた、最強を気取っているようだが、俺はステルス系スキルを極めた勇者。俺の前ではたとえ最強……ゴフッ」
気が付かないうちに、俺の背後に勇者何番目かがいた。
御託を述べていたが、頭より先に体が反応して、勇者の頭蓋骨を砕いた。
だが、痛い。
勇者に後ろから思い切り突かれた。
体の中に、異物が食い込んでいる感触がする。
何かしらの武器があったのか、それともアンデッドお馴染みの、骨の手でも突っ込まれたのか……
コヒューコヒュー。
これはマズイな。
喉の奥から暖かいものが溢れてきて、しゃべれない。
口から、赤い液体がこぼれだす。
片方の肺を確実に潰された。
体に力が入りづらくなり、足が震えて、この場でバランスを崩しそうになる。
笑えない状態だな。
「今です、一気に畳みかけなさい」
「「「ウオオオーッ」」」
俺がさらした隙を見逃すことなく、メフィストが命令を出す。
メフィストが使役するアンデッド魔王、クレトの使役する闇落ちアンデッド勇者。
さらに呪いの血人形が取りついていた高位魔族は、味方だった高位魔族たちの集中攻撃にさらされ、体が完全に凍り付いていた。
氷魔法・絶対零度の乱打を食らっていたので、宿主にされていた高位魔族は死んではいないだろうが、カチコチに凍りついて、身動きのとりようがない。
ああ、イヤだな。
背中からじっとりとした感触がする。
突かれた箇所から、血が流れてるな。
とはいえ、回復魔法を使っている時間的余裕がない。
魔族たちが俺に向かって群がってきている。
こいつらを先に何とかしなければ、詰んでしまう。
幸いと言うべきか、回復魔法を使えば致命傷を受けていても、そこから復活できるのが、高位魔族の世界だ。
俺の体はかなり人間寄りのため、高位魔族と同じ戦い方ができるわけではない。
それでも、似たようなことはできる。
まずは俺に向かってくる連中の足止めをするため、闇魔法・暗黒を使うために腕を伸ばす。
暗黒は、周囲に闇を作り出す魔法で、目晦ましとして使うことができる。
殺傷性の全くない魔法だが、ダークを用いた上で、さらに闇系の上位魔法を使うと、上位魔法を単体で使うより、より強力な効果を引き出すことができる。
「ああ面倒だ。このまま最高位魔法で吹き飛ばすか」
ところが、ここから先の戦いの算段を考えていると、俺の頭の中でそんな声がした。
俺を威圧するような、低い声をしている。
「いや、それはダメだろう。俺の部下たちが確実に死ぬ」
頭の中でした声に、俺は反論する。
俺はここまで、部下を殺さないように気を付けて戦い続けているのだ。
それを今更やめるつもりなどない。
「何を言っている。この程度の連中に負けるなどありえない。本気で戦え!」
頭の中で、威圧する声が反論してきた。
だが、この声は何を言ってるんだ?
相手は、大賢者の塔の高位魔族たちだぞ。
メフィスト曰く、700年前の俺の祖父である魔王さえ越えた実力を持つ、魔族たちだ。
そんなのをこの程度扱いとか、頭がどうかしているとしか思えない。
「第一、この程度の連中に最高位魔法を使う?全力を出すとかバカだろう。なんで格下連中に、この俺が全力を出さないといけない」
俺は笑った。
俺の中で威圧してくる声を、笑ってやった。
あまりにも、考え方が陳腐すぎる。
多少不利になったからって、それで全力を出せとか、バカのすることだ。
獰猛に笑い飛ばしてやった。
「重力魔法・重力増加」
相変わらず口からはコヒューという音しかしなかったが、笑いながら重力魔法をフロア全体にかける。
部屋全体の重力が増し加わり、空気に溶けた鉄でも流し込んだかのような重さが加わる。
「ヌオオーッ、この程度で倒れるかー!」
むろん、重力増加程度で、高位魔族の行動を封じきることはできない。
魔法抵抗力が馬鹿高いので、高位魔族たちは抵抗してみせる。
とはいえ、完全に無力化できず、移動速度が確実に遅くなっている。
「あ、あー。おお、声が出るようになってる」
魔族たちの動きが遅くなるのに反比例して、俺の行動は逆に速さを増した。
「?」
おかしい。
気が付いたら、時間操作魔法を使ったかのように、周囲の動く速度が異様に遅くなっている。
重力魔法で絡めとったとはいえ、高位魔族たちの動きがあまりにもスローだ。
不思議に思いながら、自分の体を見ると、体から黒いオーラがあふれ出していた。
よく分からないが、俺の魔力らしい。
黒いオーラが俺の体にまとわりつき、それが古い肌を落とし、かわりに新しい肌へと作り替えていく。
体の中で、何かが急激に作り替えられている気がする。
不思議な体験だと思いつつも、初めて魔法を使った時も、体全体が生まれ変わるという妙な経験をしたことがあった。
今の自分は、その時感じたのと、よく似た感覚に陥っている。
古い自分が剥がれ落ちていき、新しい自分へ生まれかわる。
今まで自分と思っていたものから、もうひとつ上の自分へと変化していく。
「脱皮か?」
妙な現象に遭遇して、思わずそんなことを呟いてしまった。
蛇でもないのに、脱皮なんてするかの?
俺には魔族の血が流れてるから、実は脱皮する体質なんてことはないよな?
よく分からない。
黒いオーラのおかげで、体の傷まで完全に治ったようだ。
とはいえ、考えても仕方がないので、迫ってくる魔族の相手をするとしよう。
でも、感覚が変わったせいで、俺の使う魔法が、さらにヤバいものになっていたらどうしよう?
さすがに、部下を殺すのはまずいからな。
「鮮血魔法・血の人形」
と言うことで、俺は自分で戦うのでなく、さっき勇者に突かれた際に流れ出た血に、魔法をかけた。
先ほど高位魔族100体相手に、足止めしてくれたのが血の人形だ。
新たに血の人形2号を作り出し、高位魔族の相手をさせよう。
しかも今度は流れた血液の量が多かったので、1号よりさらに強力な魔力を持っている。
これに高位魔族連中の相手をさせれば、実力的にちょうどいいかもしれない。
「雷魔法・雷の雨、氷魔法・絶対零度、星魔法・新生爆発」
早速血の人形2号が動き出し、高位魔法を連発しだした。
「げえっ、また血の人形だ」
「あっ、片腕吹き飛ばされた」
「あいつ、強すぎだろ。反撃の次元魔法・空間切断!」
血の人形2号と高位魔族たちの間で、魔法の応酬が始まる。
100体の高位魔族が相手だが、1号の時と違って、2号は互角以上に高位魔族たちと戦ってくれる。
しかし血の量に差があるとはいえ、2号の放つ魔法の威力は、1号とけた違いに強くなっていた。
やっぱり、今の俺はついさっきまでと、何かが違う。
明らかに、1段階以上実力が上がっている。
「まあいいか、分からないことを考えてもしょうがない」
とりあえず、高位魔族の相手は血の人形2号にパスだ。
ついでに、メフィストとクレトの出してきたアンデッドまで、まとめて相手をし始めた。
もう、俺が必要ないって感じで、両者の間で魔法を打ち合っての大合戦を始めた。
そんな様子を眺めつつ、俺は一休みさせてもらおう。
俺の体から溢れ出していた黒いオーラが収まり、気が付けば勇者に突かれた傷も回復していた。
「とはいえ、変な声が聞こえたからな。アレだな。頭に血が昇るの逆で、血を流し過ぎたせいで、変な幻聴が聞こえたんだな。ここは少し安静をとって、後方で待機させてもらうか」
2号が頑張ってくれているので、俺はその場から退いて、戦場全体の様子を眺めさせてもらうことにした。
「重力魔法・事象の地平面黒……重力魔法・事象の地平面白」
しかし2号。
間違ったら星まで”落として”して、消滅させてしまう魔法まで使うとか、どんだけ強力なんだよ。
「ウソだろ、アーヴィン様並みに強いぞこいつ」
「アーヴィン様が分裂したのか」
「アーヴィン様はスライムだったのか」
なんか、2号と戦っている高位魔族が、そんなことを叫びだした。
2号は確かに俺の血からできているが、俺は分裂なんてしてないぞ。




