16 大賢者の塔頂上決戦、魔王も勇者も何でもござれ 2
呪いの血人形。
小さな血でできたスライムは、空間を切り裂いて高位魔族の腕と体を切り飛ばした。
「ガアッ、我の腕がー!」
切り飛ばされた魔族が、顔に憎悪の表情を浮かべる。
次元魔法・空間切断によるものだ。
俺が同じ魔法を使うと、効果範囲がおかしなことになり、魔族複数体を次元の彼方へ放逐してしまうことになる。
だが、呪いの血人形は俺の血液の一部であっても、魔法の効果範囲は実に常識的だった。
とはいえ常識的な威力なら、高位魔族の魔法抵抗に阻まれて、一撃で手足を切り落とすまではいかないだろう。
効果範囲は落ちても、威力は強烈なままだった。
やっぱり俺の魔力量、おかしいな。
次元魔法・空間破壊。
次に呪いの血人形は、空間ごと破壊する魔法を使用。
高位魔族10体が、空間破壊に巻き込まれた。
広範囲攻撃魔法のため、単体攻撃に比べて威力が低下してしまう。
空間内にいた魔族の魔法抵抗力によって、致命傷を与えるほどの威力にはならない。
それでも体がボロボロになり、所々次元魔法が貫通して、体の向こう側が見える魔族たち。
「回復魔法・特異回復」
もっとも高位魔族の戦いにおいて、体のダメージは即命取りとならない。
古傷を含め、切断された手足でさえ元通りにする回復魔法を用いて、魔族たちは貫通した体の傷を瞬く間に塞いでいく。
「ガアッ!」
もっとも回復途中の魔族の1体に、呪いの血人形が飛びついた。
スライム状の体が、魔族の貫通した傷口に自らの体をねじ込む。
ドク、ドクンッ
未だに回復しきっていない傷口に張り付き、魔族の血を取り込み始めた。
「ガッ、アアッ、呪いが、呪いの力が……」
そして忘れてはならないが、呪いの血人形には、闇落ち勇者が俺に対してかけてきた、呪いの効果が付与されたままだ。
血を通して呪いの血人形から魔族の体に、呪いの力が広がっていく。
魔族の体に複雑な黒の文様が刻み込まれていき、体がガクガクと震えだした。
白目を剥き、涎を垂らす。
「炎魔法・地獄の業火」
そして呪いの血人形が取りついた魔族が、いきなり最高位の魔法を放った。
俺でなく、味方である高位魔族たちに向かって。
「なに?」
「錯乱したのか?」
「面倒な奴め」
味方に魔法攻撃され、悪態をつく高位魔族たち。
どうやら、闇落ち勇者が俺に対して仕掛けてきた呪いは、相手の意識を奪い取って、体を自由に操るものらしい。
もっとも、呪いの力は今や呪いの血人形が取り込み、自らの能力の一部としている。
そのせいで、呪いの血人形が取りついた魔族は、体の自由を完全に奪われてしまった。
取りつかれた魔族は、今や呪いの血人形の意のままに動く、傀儡と化している。
「勇者のくせに、なんて呪いをしかけてくるんだ。もっと勇者らしい技を使え」
呪いの効果を見て、俺は愚痴る。
あんなの絶対に勇者が使っていい呪いじゃない。
闇落ちして地獄の最奥にいるような勇者なので、仕方ないのだろうけど。
ただ、それと同時に、あの呪いを放置しておかなくてよかったと思う。
俺の場合全身に呪いが回っても、意識を完全に乗っ取られはしないだろうが、それでも強烈なバッドステータス状態にされ、行動を制限されていたはずだ。
「面倒だ、そのまま呪いの血人形ごと凍り付いてな。絶対零度」
ところで、呪いの血人形に取りつかれた高位魔族だが、味方の高位魔族から、普通に最高位魔法で攻撃されていた。
「おし、俺もやるぞ、絶対零度」
「死ななきゃ問題ねえな、絶対零度」
「死んでも悪く思うなよ、絶対零度」
味方のはずの高位魔族たちから、最上位魔法を連発されまくってる。
操られているとはいえ、味方相手に手加減がないな。
とはいえ、呪いの血人形も対抗して、次元魔法・次元障壁にて、高位魔族たちの最高位魔法に抵抗する。
完全に防御できず、取りついた高位魔族の体にダメージが入っていくが、それでも呪いの効果のためか、ダメージを受けても、取りついた高位魔族が弱る気配がない。
新たに反撃の魔法を、取りついた高位魔族が用意し始め……
……
攪乱用としては上等だろう。
これならもう数分は、高位魔族たちの足止めができる。
俺は高位魔族のことを呪いの血人形に丸投げすることにした。
こっちはこっちで、魔王と勇者たちの相手に専念しなければならない。
「滅びろ、神意無盡壊滅斬」
さて、クレトの呼び出した闇落ち勇者Aが、叫びながら剣を振るう動作をする。
生前はおそらく剣をもって戦う勇者だったのだろうが、残念過ぎることに、今の勇者Aはアンデッド。
身に着けている服がなければ、武器もなし。
ないない尽くしで、骨だけの体には肉もなかった。
なので、御大層な技名を叫んで振りかぶったのに、出てきたのは微妙な色をした光の刃だった。
武器を持っていたら強かったんだろうなーと思いつつ、俺はこの微妙な攻撃を、体を半歩ずらして回避した。
まともに相手するのが、面倒だっただけだ。
「空間ごと潰れろ!次元魔法・空間破壊」
そんな俺に対して、続いて魔王Aが次元魔法を展開。
ちらりと魔王Aの背後を確認するが、俺の部下はいないようなので問題ない。
「次元魔法・空間切断」
魔王が放つ空間破壊に対して、俺が使った空間切断は、下位の魔法になる。
ただ毎度のことながら、俺の魔力量で放つとおかしなことになる。
「たかが下位の次元魔法で……ヌエエエッ!」
魔王Aが俺のことを見下したがったようだが、魔王Aが使った空間破壊の魔法が、俺の使った空間切断の空間に飲み込まれ消滅。
それにとどまらず、空間切断が周囲の空間をみるみる飲み込んでいき、いずことも知れない別次元へ続く回廊を生み出す。
それが魔王Aのいる場所まで呑み込み、魔王Aは遥か次元の彼方へ吹き飛ばされていった。
魔王Aが異世界を渡る魔法を使えれば、この戦場に復帰する可能性がある。
だが、下位の次元魔法に抵抗できずに飛ばされてるあたり、そんな芸当はできないだろう。
「……弱くないか?」
勇者Aと魔王Aが微妙過ぎる。
最初に倒した魔王は、動き出す前に存在消去魔法という最強魔法を使ったのでまだ理解できる。
だが、下位の次元魔法に飲み込まれてお終いとか、魔王としてどうなんだ?
まあ、考えている時間はない。
今度は勇者Bが出現。
次元魔法・短距離転移を使って、俺の背後に転移してきた。
転移後は体が一瞬硬直するので、その隙をついて攻撃したいところだが、
「俺を忘れるなー!」
叫びながら、勇者Aが俺に向かって突っ込んできた。
「風魔法・風の刃」
面倒なので風魔法で迎撃。
単なる初歩の風魔法だが、俺が放った風魔法なので、勇者Aの体が風の刃で上下に真っ二つにされる。
……程度で済んでくれれば、俺としてもありがたかった。
――ズグオオォォォーー
塔全体に響く不気味な音がし、勇者Aの体が木っ端微塵になって吹き飛ぶ。
だけにとどまらず、魔法の余波で、周辺の破壊不能物質の床まで木っ端微塵になって、吹き飛んで行った。
おかしいな、固形物だったはずなのに、砂より小さな粒に還元されて、飛んでいったぞ。
風の刃が飛んで行った直線上に、固形物が何一つ残っていない。
「よっ」
あと、振り向くのも面倒だったので、背後に転移してきた勇者Bの顔面に、肘打ちをお見舞いしておいた。
――パンッ
変な音がしたが、多分骸骨の頭が木っ端微塵に吹き飛んだ音だろう。
攻撃方法は適当だが、ちゃんと身体強化した上での攻撃なので、まともに防がないとこうなってしまう。
「俺の血は女神様から祝福を受けていてな、魔族に対して特効の効果があるんだ!」
あと、勇者Cが出現して、俺の前でこれみよがしに自分の右腕をへし折った。
「お前、何がしたいんだ?」
「だから、俺の血はお前たち魔族には特効の……ガアアアッ、俺の体が骨になってる!」
「そりゃ、アンデッドになってるからなぁ」
生前なら、自分の血を魔族にかければ、強烈なデバフだか何だかを付与することができたのだろう。
でも、死んで骨だけの体になってるので、当たり前だが、体のどこにも血なんてない。
「……」
自傷系バカ勇者C。
面倒臭いので、無言で顔面を殴って吹き飛ばした。
勇者Cの顔面が木っ端微塵になり、頭をなくした骨の体が、クルクル回転しながら飛んで行った。
「死霊魔法・呪いの炎」
「雷魔法・雷の雨」
「闇魔法・暗黒の祝福」
しかし、いまだに休む暇がない。
勇者Cが終わったと思えば、今度は魔王BとCとDが、同時に攻撃魔法を放ってきた。
迸るのは黒い呪いの炎に、雷の雨、そして周囲をうごめく闇。
微妙勇者たちの攻撃と違って、こちらは腐っても魔王の放つ魔法。
規模と威力は相応のもので、一つずつ対応していくわけにもいかない。
「重力魔法・事象の地平面黒」
と言うことで、俺は指先に小さな黒い点を作り出した。
ただし、小さな点に見えるが、この魔法は極悪な威力を持つ。
周辺で風がゴウゴウと音を立て、俺が作った点へ”落ちて”いく。
魔王たちが放った魔法も、点へと向かて”落ちて”いく。
「え、ちょっと待てー!」
何やら叫び声が聞こえて、勇者……何番目かもう覚えていないも、点へ向かって”落ちて”いった。
俺を奇襲しようと近づいていたようだが、魔法に巻き込まれるとはマヌケなことだ。
そしてこの点に落ちたが最後、事象の地平線と呼ばれる現象に捕らわれ、この世界へ戻ってくることができなくなる。
点は周囲にある俺以外の物を、次々と”落として”行く。
もっとも魔王どもは冷静で、防御魔法を展開して自らが点に”落ちる”のを防ごうとする。
ついでながら、点の効果は広範囲に及ぶので、俺の部下である高位魔族連中も、呪いの血人形との戦いを一時中断するほどだ。
「ウガー、こんなところで死にたくねぇ―」
「時間止めて逃げるんで、少しだけ待ってください。お願いだから―!」
「アーヴィン様が星ごと滅ぼすつもりだぞ!ヨッシャー!」
高位魔族たちが、それぞれ叫んでいるが、奴ら何言ってるんだ。
お前らの実力なら、事象の地平面黒につかまる前に逃げ出せるだろう。
そして喜んでいる奴は、論外だ。
確かにこの魔法を放置していれば、やがて星すら”落とし”て、全てを飲み込んでしまう。
世界の終焉だな。
でも、俺はそうなるまでこの魔法を維持し続ける気はない。
「失敬な、俺は星を滅ぼす気なんてないぞ。重力魔法・事象の地平面白」
と言うことで、重力魔法・事象の地平面黒の使用はこれにて終了。
代わりに今度は、ブラックホールによって事象の地平線へと飲み込んだものを、逆に吐き出す魔法、ホワイトホールを使用する。
この魔法はブラックホールと対になる魔法で、正反対の性質を持っている。
今さっき魔王たちが放った魔法や、吸い込んだ空気、あとは勇者も落ちていった。
それらすべてが、事象の地平線内で純粋なエネルギーになり、そのエネルギーがホワイトホールから飛び出す。
白い閃光が周囲を染めた。
音はしなかった。
ただ効果は劇的で、俺の前で魔法防御を張り巡らして、ブラックホールに耐えていた3体の魔王の体が、きれいさっぱり吹き飛んだ。
あと、おまけで余波に巻き込まれた高位魔族たちが10体ほどいた。
「イテェー」
「俺らじゃなきゃ、死んでる」
「うおっ、頭の半分が潰れてる。急いで回復しないと」
魔王を消し飛ばした魔法の余波とはいえ、高位魔族の方が魔王より頑丈な気がするのは気のせいか?
700年前の俺の祖父の魔王より、強いらしいからな。
とはいえだ、
「ひょっとしてアンデッドだから、生前より弱体化しているのか?」
俺は魔王が弱い理由を考える。
「ええ、アーヴィン様の考えは正しいです」
メフィストが同意した。
生前ほど強力でないため、ここまで簡単に魔王も勇者も倒せてしまうようだ。
「ただし、この場ではアンデッドの復活は容易ですがね」
そしてメフィストは、クツクツ笑った。
物凄く、イヤな予感がする。
こいつとクレトは、自分の使っている魔法を維持しているだけで、戦い自体には参加していない。
ただし2人が維持している魔法は、地獄の最奥をこの世界に顕現させるという、世界の法則を上書きした、規格外の魔法だ。
「氷魔法・氷柱」
「炎魔法・火柱」
そんな俺の前で、2人はまたしても、俺相手に使うには全く火力が足りてない魔法を使う。
ただし、2人の展開している氷と炎の地獄から、またしても氷と火の柱が数本浮かび上がった。
その中には、今さっき倒したはずの、勇者と魔王たちの姿があった。
「何度肉体を失おうとも、魂さえ無事であれば、何度でも蘇らせることが可能です」
「ふふーん、何度でも蘇るのだ―。いけ、屍の兵士どもー」
メフィストは笑い、クレトは能天気に俺に向かって指を突き立ててきた。
それに合わせて、氷と炎の柱に閉じ込められたアンデッドどもが、再び動き出そうとする。




