15 大賢者の塔頂上決戦、魔王も勇者も何でもござれ 1
戦闘開始だ。
麻痺でほぼすべての魔族の意識刈り取ったが、それも中級までがせいぜい。
高位魔族は若干の痺れを受けているものの、初動が鈍る程度だ。
「世界よ、諸共の罪人とともに凍り付き、凍てつき、永劫の責め苦の牢となりて、永久に眠れ、”氷結地獄の最下層”」
「えーっと、父母殺し、聖者殺し、世は永久の闇に閉ざされん。罪深き罪人どもの阿鼻叫喚が響き渡る”無間地獄”」
そんな中、まったく影響を受けていないのが、メフィストとクレトの2人。
2人とも、ヤバゲな呪文を詠唱し、それに合わせて周囲の空間が強制的に上書きされていく。
メフィストの周囲からは凍える凍土が広がり、破壊不能物質の床を氷漬けにする。
クレトの周囲からは溶岩がこぼれだし、それが破壊不能物質の床を融解させた。
高位魔族の前では、もはや破壊不能物質の強度などないも同然。
ましてメフィストとクレトは、俺と親父を除けば、大賢者の塔のツートップと言っていい実力者。
この2人は、魔王並みの魔力があるイリアすら圧倒していた。
そんな2人が使う魔術は、通常の領域を超え、世界の法則性そのものを強制的に上書きする禁呪となる。
“理魔法・世界の上書き”
2人の周囲に広がるのは、絶対的な凍土の世界と、絶対的な溶岩の世界。
2人が上書きした世界の中では、彼らの法則のみが、絶対の法となる。
あらゆるものが凍りつき、あらゆるものが溶けて溶岩となる。
そんな2人の創り出す世界が領域を広げ、世界を侵食していき、やがて2人の作った世界が互いに衝突し合った。
通常、氷と炎という属性が激突しあえば、互いを侵食しようと激しく激突する。
炎は氷を解かそうとし、氷は炎を凍らせようとする。
だがしかし、2人が作り出した世界は、本質的には氷と炎ではない。
「地の果ての底、底無き底に広がる嘆きの川」
「地の果ての底、底無き底に広がる阿鼻叫喚」
2人が創り出したのは、死者の世界である冥府。
それも最悪なことに、地獄の最奥をこの世界に顕現させる禁呪だった。
「いきなり規格外の魔法を使うのかよ!」
「ええ、主相手ですから、この程度は小手調べにちょうどいいかと」
「ふふーん、主でも簡単に倒せないよ」
メフィストとクレト、余裕だな。
対する俺は、2人の禁呪を妨害したいが、残念なことにこの場には彼ら2人だけでなく、高位魔族の連中がいる。
100体に及ぶ高位魔族たちが、
「炎魔法・地獄の業火」
「氷魔法・絶対零度」
「星魔法・新生爆発」
「星魔法・隕石落下」
などなど、最高位の破壊魔法を連続して放ってきやがった。
俺の魔力量が規格外とはいえ、さすがに高位魔族が放つ最高位魔法を、体にそのまま受けるとシャレにならない。
俺の魔法耐性でも抵抗しきれない。
「無属性魔法・波動」
そこで俺は大気を揺るがした。
使ったのは、振動を起こすだけの無意味な魔法だ。
地球のレーダーやソナーのように、自分の周辺情報を知るための魔法として、知覚系の魔法があるのだが、その下地として波動の魔法が存在する。
波動によって振動を発生させ、そこに知覚系の魔法を組み合わせることで、周辺の情報を得ることができる。
波動単体では無害。
ただし俺が使うと、無害な魔法が天災級の災害に化けてしまう。
凶悪な振動によって大気が軋み、歪み、亀裂を起こし、麻痺を使用した際に発生した雷鳴を上回る、不気味な音が発生する。
大気が崩壊し、空気を構成している分子が崩壊し、周囲一帯の空間がメチャクチャにはじけ飛ぶ。
高位魔族たちが放った最高位魔法を、崩壊していく空間に巻き込んで無力化した。
大気を振動させる魔法、どこに行った?
自分で使った魔法だが、規模と威力がおかしすぎる。
「炎魔法・火球」
あと、頭上から隕石落下が迫っているので、これに対しては火球と言う名の、太陽魔法で迎撃する。
俺がクレトに連れられて、初めて使った例の太陽魔法だ。
悲しいことに、俺の使う火球は、なぜか規模が桁外れで、太陽魔法と呼んでいいレベルになってしまう。
隕石落下が降ってきたが、俺が作った太陽の中に突っ込むと、音もなく蒸発して、完全に消えた。
それを確認してから、俺は腕を振るって、太陽をかき消した。
このまま魔族連中に向かって、投げ落としてもいいが、この場にはまだ倒れたままの、中位以下の魔族たちがいる。
彼らを巻き込んで完全蒸発させては、謎注射でも蘇らせることができないからな。
と言うことで、使わない魔法の後始末は、きちんとしておかないといけない。
そして、このフロアで気絶している中位以下の魔族には、強制退場願おう。
「空間魔法・転移」
俺は転移魔法をフロア全体に発動させ、強制的にこの場にいる俺以外の全員を、大賢者の塔下層へ強制転移させる。
規格外な魔力量のおかげで、フロア全体に転移魔法をかけても、大した負担にならない。
そうして、気絶、もしくは死亡状態の魔族たちを、強制転移させた。
転移させた魔族たちは、下のフロアでゴブリン衛生兵の謎注射によって、蘇生してもらえるだろう。
謎注射は、下位の魔族程度ならば蘇生させる効果がある。
さすがに、中位レベルになってくると、蘇生効果が効かなくなってきてくるが、今回中位魔族は、死んではないからな。
……たぶん。
一方高位魔族たちだが、彼らは俺の転移魔法に抵抗して、この場に残った。
まかり間違っても高位魔族。
それも親父のいろいろな過去のせいで、実力は700年前の魔王である、俺の祖父さえ凌駕している連中だ。
俺の魔力量が桁外れでも、広域にバラまいた転移魔法に捕まるほど弱くない。
さて、転移魔法でこの戦いについてこれない連中は、すべて退場させた。
「主、他者の心配をしている場合ではないですぞ」
そんな俺の目の前に、高位魔族の一体が次元魔法・短距離転移で出現した。
短距離であれば、どこにでも自由に移動できる便利魔法だ。
戦闘においては、自分の立ち位置を好きにいじれて便利だ。
「おまえ、バカか?」
もっとも短距離転移は、転移直後にわずかに動きが止まる。
転移で周囲の景色が急変化するせいで、その変化に脳が一瞬ついていけなくなるせいだ。
その止まった瞬間を逃さず、俺は目の前に現れた高位魔族の顔面を殴った。
「フベラッ」
単純に身体強化しただけの拳で殴ったが、俺より巨大な高位魔族が吹っ飛んでいく。
歯が砕け、血をまき散らし、顔面が凹んで、ふっ飛んでいくが、回復魔法ですぐに戦線復帰するだろう。
高位魔族のレベルになると、肉体の完全回復魔法など当たり前に使いこなす。
たとえ肢体を切り刻み、体を上下に両断しようとも、魔法一つであっという間に元通りだ。
この世界はRPGゲームと違い、敵キャラは回復魔法を使わなかったり、回復量が少ないなんて、ゲーム的な縛りはないのだ。
このレベルの戦いになると、肉体の損傷でなく、相手の魔力をいかに効率よく削り、魔力切れをさせるかが勝負になってくる。
魔力さえ切らしてしまえば、攻撃魔法も回復魔法も使えなくなって、無力化できるからな。
「氷魔法・氷柱」
「炎魔法・火柱」
さて、高位魔族連中に足止めされている間に、メフィストとクレトに動きがあった。
2人はコキュートスと無間地獄という、地獄の最奥を、この場に顕現させる禁呪を用いたが、次に使った魔法は意外にも中位の魔法。
2人が生み出した氷と炎の地獄から、十数本の氷の柱と炎の柱が現れた。
「攻撃用ではない?」
俺は2人がやろうとしていることが理解できず、首をかげる。
「隙ありっ」
「ないぞ」
考えている俺に、横から高位魔族が突撃してきたが、適当に足で蹴り飛ばす。
蹴られた高位魔族が破壊不能物質の床を突き破って、下層階へ吹き飛んでいった。
ダンジョンの機能によって、次元魔法で各フロアは隔絶されているが、それは常識レベルでの話。
俺たちのレベルになると、肉体を使って蹴ったり殴ったりするだけで、次元の壁が壊れて穴が開き、その向こう側に飛んでいくなんて普通だ。
それにしても、次元魔法も破壊不能物質も脆すぎだろ。
ここで戦い続けると、大賢者の塔が崩壊しかねないな。
大賢者の塔のことも心配になるが、今はメフィストとクレトだ。
2人が作り出した柱だが、その中を見ると、何かがいた。
「アーヴィン様、ここにおりますは歴代魔王の方々にございます。魂まで砕かれた魔王様はさすがに呼び出せませんが、地獄の最奥で、未だに生前の罪の責め苦を受けながら、存在し続けているのです」
とは、メフィスト。
「こっちは歴代勇者たちだよ。まあ、摂理に背いたとかなんかで、闇堕ちした勇者だけど。中には魔王を倒した後に闇落ちした勇者もいるから、魔王より強いよ。今ではみんな仲良く、地獄の底の罪人だけどね」
とは、クレト。
「ちょっと待て、お前らなんてもの呼び出してるんだ!」
歴代魔王に、闇落ち勇者。
それも柱の数から、合計で30体近くいる。
既に故人なので地獄の最奥にいるのだろうが、なんてものを召喚しやがる。
「まあまあ、このくらいしないと、アーヴィン様の相手が務まりませんので」
「だよねぇー」
2人とも、呑気に言ってくれる。
過去の魔王と勇者の連合を、なぜ俺が相手しないといけない。
というか、そんな連中に襲い掛かられたら、いくら俺でも勝ち目がないぞ。
「存在消去魔法!」
てなわけで、先制だ。
問答無用で、最強攻撃魔法である存在消去魔法を使い、魔王が氷漬けにされている柱の一つを消去する。
普通に魔法が通って、魔王が氷の柱ごと消滅した。
「あれっ、案外脆いな」
想像していたよりも、魔王が弱すぎた。
初代大賢者なんて、存在消去魔法使っても成仏しないのに。
「このままではいけませんね。魔王様方、どうぞアーヴィン様のお相手をしてください」
「頑張ってね、勇者様たち―」
ゴゴゴゴゴッ。
氷の柱が砕けて、中にいた魔王が動き出した。
バシンッ。
炎の柱がはじけ飛んで、中にいた闇落ち勇者が動き出した。
「俺を本気で殺しにかかってきてないか?」
先制で魔王の1体を潰せたが、動き出したので、呑気にしていられない。
てか、俺が死ぬ。
勝てっこないよなー。
魔王と勇者の軍団が相手だぞー。
存在消去魔法を連続して使う手もあるが、必中技でないし、魔力消費がそれなりにあるので、連続して使いたい魔法でない。
魔王に勇者、メフィストにクレト、そして100体の高位魔族たち。
そんな連中を相手にしながらあんな魔法を使い続ければ、俺の魔力が先に枯渇してしまう。
それに魔王と勇者はいいが、それ以外は俺の部下だ。
存在消去魔法を使えば、確実に殺すことにもなってしまう。
それも下位のゴブリンたちと違って、復活させる手段がない。
「っ!」
少し弱気になったせいで、行動が遅れた。
勇者の1体が転移してきた。
勇者のくせに骸骨むき出しの骨アンデッドで、骨の手をまっすぐ伸ばして、俺に突っかかってくる。
慌てて腕でガード。
……したけれど、身体強化を貫いて、俺の腕を勇者の手が貫通した。
ボタボタと流れる俺の血。
おまけに、血には呪詛が込められていて、俺にバッドステータスを植え付けてくる。
傷を負わされたが、急所をそらすことに成功したと割り切ることにして、俺は勇者を蹴りつけてふっ飛ばす。
その場からジャンプして、一旦距離をとった。
呪いを刻み込まれたままでは、この先の戦いに支障が出る。
「鮮血魔法・血」
呪いの性質は、血に刻み込まれるもの。
なので俺は血を操る魔法を用いて、呪いを受けた体内の血を、強制的に体の外へ捨てた。
全身の血を抜くわけではない。呪いが回った部分だけ捨てればいい。
「鮮血魔法・血の人形」
さらに体外に捨てた血に魔法を重ね掛けすることで、魔法で動く1体の血の人形を作り出した。
血の量が少ないので、見た目は小さなスライム程度の大きさしかない。
形も不格好で、魔法名にある人形なんて姿になりきれていない。
だけど、そこに込められているのは魔力量が桁外れな俺の血。
しかも、先ほど勇者から刻み込まれた呪いの力を取り込んで自らの力とし、呪いの血人形と化していた。
もはや、一種の魔物だな。
強大な魔力を有し、自己の意識で判断して動く血の魔物。
「高位魔族どもの相手は任せた」
呪いの血人形に命令を出す。
俺の命令を受けて、呪いの血人形が動き始めた。
俺の血で作ったとはいえ、せいぜい数分足止めするのが限界だろう。
それでも、この場にいる高位魔族を、俺1人で相手にするより、格段に状況がましになる。
あとがき
勢いでいつも書くのはいいけれど、戦闘シーンを読み返すと、加筆修正しなければならない箇所が普段以上にあったりします。
いつも2回は読み返してから公開しているのですが、誤字脱字に気を付けても、それでもとどまることを知らない誤字脱字の数々です~




