14 どこからどう見ても魔王城玉座の間、「俺は魔王にならねぇ!」
「我らが偉大なる主、なにとぞ我らの王として君臨し、世々限りなく続く魔族による支配国家を建国いたしましょう」
最後に入ったフロア。
その場に居並ぶのは、大賢者の塔に住む魔族たち。
上はメフィスト、クレトという最上位の実力者から、高位魔族、中位魔族。
下位になれば戦争ごっこでお馴染みの、ゴブリンたちまで整列していた。
高位魔族は100体程度だが、その一体一体が万の人間の軍勢を上回る力を持つ。
そしてゴブリンたちの数となれば、軽く万を超える。
実力では高位魔族に遥かに及ばぬとはいえ、数とはそれだけで他者を圧倒する力になる。
そんな一同が集う中、メフィストが俺の前で跪き、口上を述べた。
跪くのはメフィストだけではない、この場に集う全ての魔族たち。
実力の高低を問うことなく、全ての魔族が俺の前で跪く。
そんな魔族たちを眺めつつ、俺は改めてこのフロア全体を眺めた。
一言でいえば、このフロア全体が闇に支配されていた。
暗黒の中、左右にはギリシャ・ローマ神殿を思わせる列柱回廊が立ち並ぶ。
ただし色は黒で、高さは常軌を逸し、地上から遥か天空の果てまで伸びている。
おそらくはフロア設定の上限である、上空20キロと言う、桁外れの高さまで続いているのだろう。
地球の建築技術を、あっさり凌駕してるな。
柱が黒いのは、破壊不能物質で作られているからだろう。
フロア内の設備はダンジョンコントローラーによって、魔力さえ投入すれば作れるが、この柱1本作るだけでも、最上位の魔法を複数回行使する魔力が必要になる。
そんな列柱の数は、数えるのが馬鹿になるほど建ち並んでいる。
視界の端から端まで、無限に続くような数だ。
床は黒大理石を思わせる、漆黒の輝きを持っている。
しかし、これも破壊不能物質でできている。
破壊不能物質は、ダンジョンコントローラーを使って設置する際、魔力消費が桁外れに高い物質で、オリハルコンの10倍以上の魔力が必要になる。
そんなものが、床にも惜しげなく使われている。
そうして列柱回廊が立ち並ぶ最奥には、数段の階段が存在する。
階上には漆黒の破壊不能物質をメインに、神鋼鉄や魔法金属、その他さまざまな宝石によって彩られた、椅子が設置されていた。
椅子と言うか、どこからどう見ても玉座だ。
それも人間の王様が座る玉座でなく、魔族の王が座るのに、これ以上なくふさわしい玉座だった。
そんな玉座の前に俺はいる。
何ここ、魔王城か?
どう見ても魔王城だよな。
それも玉座の間だ。
「主よ、座ることを躊躇う必要などありません。さあ」
メフィスト1人ならいつものことだが、背後に万を超える魔族たちがいる。
そこから投げられる視線が圧力となって、俺に無言の圧迫感を与えてくる。
「アーヴィンお兄様、座ったら?」
「……」
顔に感情が浮かんでないものの、イリアまで俺に座れと進めてきた。
俺は、万の魔族たちが発する圧力を前にしながらも、クリスの方を見た。
「こんなことになってるなんて、初めて知りました」
「……」
どうやら、今回の出来事にクリスは噛んでいなかったようだ。
とはいえ、それで何かが変わるわけでもない。
俺はしばらくの間、魔族たちの視線を受け止め、じっとしていた。
だが、いつまでも動かないわけにいかない。
俺は一歩、一歩、玉座へ向かって歩いていく。
「おおっ、ついに我らの主が……」
「我らは不滅の魔王国の兵となろう」
「これまでの700年、ついに待ちわびた時が」
俺の背後で、魔族どもが騒めき始める。
「……」
正直言って、俺でも呼吸するのが辛くなるくらい、魔族たちが発する圧力が強かった。
だけどな……
俺は体に身体強化魔法を施す。
いつも無意識レベルで展開しているものでなく、今回は意識的に体の能力を底上げする。
「こんなの座れるか!」
そうして強化を終えたのち、俺は玉座を蹴りつけ、この場から吹き飛ばした。
ドン、ガラン、ゴロゴロゴロ。
椅子が転がっていく音が周囲に響き、それに反比例して、魔族どもが沈黙した。
「俺は魔王になんぞならん。同じことを何度も言わせるな!」
俺の声だけが辺りに響き、空気が完全に凍り付いた。
「……主、我らの忠誠はあなた様のもとにあります。どうか、我らの忠義にお応えいただけないでしょうか」
「クドイ!」
メフィストが慇懃だが、普段と違って俺を睨んできた。
俺もメフィストを睨み返す。
一触即発と言っていい雰囲気だ。
メフィストの体から魔力が迸り、周囲の空間に霜が降り始める。
子供の頃に何度もされたが、こいつは感情の制御が効かなくなると、周囲を凍てつかせる。
メフィストだけでない。
普段のほほんとしているクレトの周囲から、灼熱のマグマが流れ出していた。
その他高位魔族のすべてが、その身に宿す膨大な魔力を迸らせ、フロア全体に超濃密な魔力が充満する。
魔の力が溢れかえり、空気が濁って瘴気と化す。
人間であれば死を免れられない、毒の大気へ変質していく。
むろん、それはただの人間であればの話。
この場にはただの人間などいない。
「クッ……」
とはいえ、クリスではさすがにきついようだ。
「イリア、怪我をしたくなければ、クリスを連れて他の場所へ行け。可能な限り、大賢者の塔から離れておいた方がいいぞ」
俺は魔族たちを見ながら、妹に言う。
「アーヴィンお兄様は、魔王にならないの?」
「何度もそう言ってるだろう」
困ったことに、イリアまで赤い瞳で俺を睨みつけてきた。
こいつも魔族たちと同じで、俺を魔王にしたいのか。
どうして、こんな妹になってしまったんだと思いつつも、しかし妹の事ばかり、かまけていられない。
「全く、どいつもこいつも困った連中だな」
魔族全てが、俺に対して攻撃に出てきそうだ。
爆発寸前だな。
こいつらは忠誠だなんだと言いつつも、結局魔族という種族は力を信奉する。
これだけの数が集まったのだ。
自らの願いが聞き入れられないとなれば、彼らが次にとるのは実力行使。
何が何でも力でもって俺を屈服させ、強制的に魔王にさせたいのだろう。
この場にいる高位魔族たちを統べられるのは、俺しかいない。
他の者では、実力が足りないから、ひとつにまとまることはできない。
だから、俺を何が何でも魔王にしたい。
しかし、配下に強制されて魔王になる。
その程度の男を魔王にして、こいつらは満足できるのか?
非常に面倒な事態だ。
クールに冷静に解決したいところだが、魔族たちにはその気が全くない。
……仕方がない。
俺も転生者であっても、体の4分の1は魔族の血を引いている。
それも魔王のだ。
「いいだろう。ここは魔族の流儀にのっとって、力の勝負といこう。強い奴が全ての決定権を持つ。負けた奴は黙って従う。単純で、実にわかりやすい理屈だな!」
配下の魔族どもに迫られたからと言って、その程度で屈してやるつもりなどない。
「「「っ!」」」
話し終わると同時に、俺は普段抑えている体内の魔力を、体の外へ放出する。
大したことはしてない。
ただ、普段出さないでいる魔力を、体の外へ放出しただけ。
ズズンッ
ただしそれだけで、大気が音を立てて地面へ落下した。
空気が鉛のように重くなった。比喩でなく、物理的な意味で。
俺の魔力にふれた空気が質量を増し、地面に押し付けられる。
それとともに、圧力に耐えることができなかった中位以下の魔族たちが、一斉に地面へと叩きつけられて倒れた。
先ほどまで魔族たちの体から溢れだし、周囲を満たしていた瘴気は、全て俺の魔力に染められ、飲み込まれていく。
より深い色となり、俺が意識を向けるだけで、まるで俺の体の延長のように感じ取ることができるようになる。
実に不思議な感覚だ。
俺は人間の姿のままでいるのに、今はまるでこの部屋全体が、俺の体になったかのように感じられた。
「麻痺」
魔族たちは、俺の放つ魔力に呑まれて、初動が遅れた。
遠慮するつもりはないので、麻痺の魔法を魔族の集団に放った。
途端、辺りを稲妻が駆け巡り、フロア全体が吹き荒れる雷雨に支配される。
雷が魔族たちに次々に襲い掛かり、既に倒れていたゴブリンなどの低位魔族は、完全に意識を……というか、命を刈り取られる。
まあ、あいつらは後で謎注射で復活できるので、いいだろう。
あの注射は低位のモンスターであれば、蘇生できる効果があるので、ゴブリンたちが死んでも問題はない。
中位の連中は、さすがに加減したパラライズ程度で死にはいないだろう。
それでも、意識を完全に奪い取るには十分すぎる威力だ。
「あうっ」
なお、俺の近くにいたイリアには、パラライズを放つ間に、首元に手刀を入れ、意識を刈り取らせてもらった。
魔王レベルの能力があるイリアだが、今の俺は身体強化を意識的にしているので、通常時よりさらに怪力になっている。
「クリス、意識はあるか?」
「は、はい、なんとか……」
パラライズは魔族たちに向かって放った。
クリスは俺の後ろにいたので魔法の直撃を受けていないが、それでも魔法の余波を受け、ぎこちない返事になっていた。
俺の使う魔法は、どうしても広範囲に威力が及び、余波だけでもシャレにならない場合がある。
「イリアを連れて、ここを出ろ。少し本気であいつらの相手をするからな」
「分かりました!」
俺の言葉を聞いて、クリスが気絶したイリアを抱えて、急いで転移魔法でこの場から消えた。
よしよし、これでいい。
弟妹のことは済んだので、残りの奴らを相手にするとしよう。
あとがき
次回、魔王城玉座の間での決戦。
そこに居並ぶは魔族の軍勢。
ただし勇者とか、世界を救いたいなんて殊勝な心がけの人は、1人もいないけど。




