12 大賢者の塔リフォーム 6
メフィストのコレクションルームである絶対零度フロアの視察を終えた後、しばしの休息を挟んで、クレト作の溶岩フロアへ向かった。
俺とメフィストは良かったが、イリアは凍りかけてたからな。
そうして次にやってきた溶岩フロアだが。
「アロハー」
海パン姿でサーフボードに乗ったクレトが、巧みなテクニックで巨大な波を乗りこなしていた。
ただし、波が海水でなく溶岩だ。
沈んだら暑いを通り越して、熱いぞ。
はねる溶岩の雫がクレトにかかっているはずだが、奴は呑気にサーフボードを乗りこなして、そのまま俺たちの視界外へ消えていった。
見渡す限り溶岩の海が、ひたすら続いている。
クレトのことを置いておけば、まさにダンジョンゲームにありそうな、溶岩エリアの風景だ。
「熱い……」
ただクリスは、この溶岩フロアの暑さに汗だく。
暑いでなく、熱いになってるあたり、そうとう参っているようだ。
「おやおや、クリス様はあいかわらず 情けないですね」
「……これくらい、大丈夫です」
メフィストが小ばかにしてるな。
クリスは、このメンバーの中で一番耐久力がないので仕方ないが、それでも絶対零度エリアに比べればましなようで、このフロアに留まることにした。
「ムーッ」
一方絶対零度フロアで、我慢して残っていたイリアは、かなり不機嫌な様子。
「アハハハハーッ」
そんなところに、視界外へ消え去ったクレトの、能天気な笑い声が響いてきた。
「……この程度、問題ない」
「イリア、無理しなくてもいいんだぞ」
「無理なんてしてない」
我慢比べ大会をしてるわけじゃないから、熱いなら出ていってもいいのだが。
クレトの笑い声で、変に対抗意識を燃やしてしまったらしい。
――ザブーンッ
ところで、再び巨大な波が巻き起こったかと思うと、クレトが再びサーフボードに乗って、俺たちの所まで戻ってきた。
「主―、ヤッホー。あっ!」
俺たちの方に向かって、手を振りだしたクレト。
しかしバランスを崩してしまい、無残にもサーフボード事ごと溶岩の波に飲み込まれた。
「クレト、お前のことは3秒くらい忘れないでおく。安らかに眠れ」
我が大賢者の塔の能天気バカが、焼死してしまった。
最後まで、バカな奴だった。
「プハー、溶岩をちょっと飲んじゃった。美味しいけど、みんなも飲む?」
まあ、俺らレベルの化け物の場合、溶岩程度では死なない。
普通に溶岩の海から浮かび上がってきた。
「溶岩なんて飲んで、腹壊さないのか?」
「僕は美味しいと思うけどー。ゴクゴク」
平然と溶岩を飲むクレト。
バカのすることは、俺には理解できない。
「イリアダメだよ。さすがにこれは飲んじゃダメ!」
「クレトになんて負けない。私も飲む」
ダメだ、バカがもう1人いた。
クリスが必死になって止めようとしているが、ステータス的にイリアの方が強い。
クリスを引きずりながら、イリアが溶岩の海へと進んでいく。
「……」
俺は見てみないふりをすることにした。
バカの相手をしていると疲れる。
血を分けた妹だが、すっかりクレトに毒されてしまった。
「イリア、ダメだー」
「ゴクゴク……オロロロロッ」
クリスが最後まで止めたのに、とうとうイリアが溶岩を飲んでしまった。
それでもステータス的に死なないイリア。
ただし体が全力で拒絶反応を示し、口から七色の液体を吐き出し始めた。
七色に見えるのは、きっと幻影魔法か光魔法で、そう見えるのだろう。
「アハハー」
そんなイリアを、クレトが笑っていた。
こいつも能天気バカとはいえ、高位魔族。
性格が悪い。
さて、俺たちがやってきた溶岩フロアだが、クレトが先頭に立って案内してくれた。
ただしクレトは、アロハシャツ姿にサングラスをかけて、メチャクチャリゾート気分でいる。
ハワイに来た観光客かってくらい、くつろいだ姿だ。
「皆さん、こちらをご覧ください。ここに見えるのが地獄の巨釜を模した、大叫喚地獄になりますー」
「ギャアアアアーーーー」
「ギョエエエエーーーー」
「アヅイアヅイアヅイーーー」
血のように赤い大釜の中で、人間が大絶叫を上げながら、煮込まれていた。
鍋の周囲には、地獄の鬼としか表現できない鬼が複数いる。
「おらおら、お前らの生前の罪はこの程度では消えないぞ」
「まだ湯が温いな。おおい、もっと鍋の火を強くしろ」
鬼は容赦なく、鍋の中の人間に責め苦を与える。
「ギャハハ、鍋から出られると思うなよ。フンッ!」
「グベラハーッ」
鍋から逃げ出そうとした人間が、鬼が持つこん棒でぶったたかれ、再び鍋の中に放り込まれた。
「ナニコレ。あの人たち、なんで鍋で煮られてるの?」
「あれはね、生前に罪を犯した人たちの魂だよ。ここでは生前の罪に応じて、罰を与えないといけないんだー」
何が何やら。
俺の疑問に、クレトが間延びした声で返事を返す。
目の前の光景と、こいつの能天気ぶりのギャップがすさまじい。
「ギャアアアー」
「ウゲェエエエー」
さらに別の場所を案内されれば、溶岩の海に放り込まれ、泣き叫びまくる人々がいた。
「おらおら、早く飲み込め。針を1000本飲み込んでも、何度でも最初からやり直しだけどな」
また別の場所では、鬼によって口の中に針を突っ込まれている人の姿も。
「イ、イヤだ。死んだらこんなところに来るなんて知ってたら、俺は悪事なんて働かなかったのに!」
「すでに手遅れなんだよ。オラアッ」
鬼から逃げようとした人が、こん棒でぶっ叩かれて地面に倒れ、血反吐を吐いた。
気絶した人間の足を掴み、鬼は無慈悲に引きずりながら、溶岩の海へ向かっていく。
「なあ、ここにいる人間って、どこから連れてきたんだ?」
ふと気になり、俺はクレトに尋ねた。
この場所にいる人間たちだが、俺が塔で見たことがない人間しかいない。
「さ、三途の川から連れてきたよ。でも、閻魔には内緒だよ、バレたら怒られちゃうから」
閻魔ってあれか、閻魔大王か?
地獄の大王とか、罪人を平等に裁くとか言われている、閻魔大王のことか?
しかしこの世とあの世の境が、かなり怪しいことを口走ってるな。
そして、ここの光景を見ていると、
「ここって、地獄だよな?」
「ダンジョンの設定をいじって、僕の故郷を再現してみたんだ」
「……」
クレトに尋ねてみれば、とんでもない答えが返ってくるばかりだ。
「クレトの故郷って……お前、何者なんだよ?」
「僕は、元地獄の鬼だよー」
そう言って、クレトはテヘッと、なぜか可愛い子ぶったポーズをとった。
いや、男のお前がしても、全然心惹かれないから。
しかも、地獄の鬼ですって言いながらするポーズじゃない。
「あー、そうなんだ。地獄の鬼ねぇー」
異世界に来たら、目の前には地獄の元鬼を名乗るバカがいたでゴザル。
まあ、メフィストも悪魔なので、地獄の鬼程度今更か。
俺はもう少し詳しい説明が欲しいと、メフィストの方を見た。
バカにこれ以上説明を求めても、ダメな気がしたからだ。
「クレトは地獄の鬼ですよ。ただ本人が言うには……」
「昔地獄で迷子になって歩いてたら、なぜか現世に来てたんだ。その後ブラブラして、遊んでました。キリッ」
胸を張るクレト。
こいつの言う遊んでたってのは、要は魔族に与して、魔王のもとで世界征服……いや、こいつの場合は世界破壊を、目論んでいたということか?
地獄の鬼が、そんなことしてていいのか?
「キリッじゃねえだろ。このバカ、大丈夫か?」
「主、相手はクレトですよ、大丈夫なわけないでしょう」
尋ねた俺が馬鹿だった。
メフィストもこめかみを抑えながら、クレトのバカぶりにあきれ果てていた。
「そうだったな。でも、地獄の鬼が、俺の部下ねぇー」
なんだか、反応に困るな。
悪魔の部下もいるので、今更だけど。
「飯はまだかいなー?」
頭痛が痛い。
なんてところで、どこかで聞いたことのある声が、地獄の海から聞こえてきた。
「ち、父上!?」
クリスが真っ先に気づいた。
声がした方を見ると、そこには親父が地獄の海に腰までつかっていた。
のんびりと鼻歌を歌いつつ、しかし口にするのはいつものセリフ。
「なんでこんなところにいるんだよ、親父……」
ここは大賢者の塔の中とはいえ、クレトが再現した地獄。
現世とあの世の境が、怪しいことになっているが、既に故人になった親父がいても不思議ではない……のか?
相変わらず自由人過ぎて、俺の思考が付いていけない。
「はいはい。大賢者、トマトスープだよ」
「おお……ゴクゴクゴク」
そんな親父に、クレトがトマトスープと言いつつ、親父が浸かっている地獄の溶岩を掬って飲ませた。
「ところで飯はまだかいな?」
「はいはい、どんどん飲んでねぇー」
「飯はまだかのう?」
「どんどんいっちゃおー」
以後、飯を求め続ける親父と、溶岩を飲ませるクレトという、カオス極まりない状況が続いた。
「OK、俺たちは何も見なかった。そういうことにしておこう」
「兄上ダメですよ、父上を助けてあげないと!」
「クリス、お前何言ってるんだ?親父のあの姿を見てみろ」
クリスは一体何を取り乱してるんだろうな。
親父はまるで温泉でくつろぐような顔をしながら、呑気に温泉の湯を飲んでいるだけだ。
ボケが入ってるので、少々やっていることがアレだが、この程度のことは日常茶飯事だ。
少なくとも、親父レベルの存在だと、日常茶飯事のはずだ。
「親父はまるで温泉旅行に来たような穏やかさじゃないか」
「え、ええーっ!」
クリスに呆れられたが、俺にはそんな風にしか見えない。
……というか、あの非常識な連中の輪に、加わりたくないんだよ。
「クッ、さすがお父様。私ももう一度チャレンジ……」
「イリア、溶岩を飲むのはやめなさい!」
ダ、ダメだ。
親父たちに影響されて、またしてもイリアが溶岩を飲もうとしだした。
「もうヤダ、このフロアにこれ以上いたくない。逃げさせてもらう」
「私もそうさせてもらいましょう」
自由人過ぎるメンバーに、俺とメフィストはリタイアだ。
理解不能な連中が集まる地獄フロアから、とっとと逃げさせてもらう。
「クリス、お前も助けようとか考えるなよ。これ以上ここにいると、バカが移るぞ。俺たちと一緒にこい」
常識人の弟が汚染されると大変なので、俺はクリスもつれて逃げ出すことにした。
ダンジョンのお約束と言えば灼熱の溶岩フロアだけど、間違ってもこのフロアはそんなところじゃない。
地獄フロアと命名したいところだが、カオスすぎて、バカの集うフロアにしか見えなかった。
このバカ地獄フロアには、2度と足を踏み入れたくない。
あとがき
作者もなんでこんな話が出来上がったのか、理解不能です。
カオスすぎる……




