11 大賢者の塔リフォーム 5
ダンジョンのお約束の一つと言えば、火、水、風、土の属性竜が、ボスとして存在するフロア。
そんな前世知識から、わざわざドラゴンがいる冒険フロアを作ったのに、散々な言われようだった。
俺メンタルはボロボロだ。
決して痛い子じゃないぞ。
そしてあのカフェは事故だ。
俺の権力で、カフェは潰させてもらったからな。
しかし、ダンジョンのお約束と言えば、凍えるような凍土フロアと、真逆の灼熱の溶岩フロアもあってしかるべき。
両フロアとも、特別な対策装備なしには入ることができない。
よしんば入れたとしても、寒さと熱さで継続的にダメージを受け、まともな攻略などしていられない。
そういうお約束があっていいと思う。
大賢者の塔は冒険者がやってきて攻略するタイプの施設ではないが、それでもせっかくのダンジョン機能があるのだから、お約束が必要だと思う。
このロマンだが、俺が用意するまでもなく、メフィストとクレトの2人が作っていた。
「ナイスだ2人とも。なんだかんだ言いつつ、ちゃんと男のロマンを理解してるんだな」
「私はロマンのために作ったわけではありませんよ」
「ホヘーッ」
メフィストに真顔で返されてしまった。
クレトはボケーとした顔をして、意味を理解してないようだ。
「あれっ?ロマンじゃなかったのか」
ロマンだよな。頼むからロマンだと言ってくれ。
俺の前世が、ロマンだと強く主張するんだ。
「……フッ」
ああっ、イリアに鼻で笑われてしまった。
「あ、兄上、趣味は、人、それぞれ、です、から」
……ま、またしてもクリスにフォローされてしまった。
お、俺は決して痛い子じゃないからな!
「ゴホン……まずは、メフィストが作った凍土フロアを見に行くか」
「主、誤魔化しましたね」
「……」
メフィスト、俺を痛い子扱いするな。
可哀そうな子を見るような目で、見てくるな。
俺たちは転移して、メフィストが作った凍土フロアへ行った。
メフィストが作った凍土フロアは、まるで宇宙空間だった。
前後左右上下、そのすべてで星々が煌めき、まるでプラネタリウムのような光景。
ただし足場が不安定で、一歩一歩歩いていくうちに、上下の感覚が分からなくなっていく。
無重力に近いのか、それとも別の要因によるものかは分からないが、平衡感覚を司る三半規管の働きがおかしくされているようだ。
「重力魔法・重力増加」
と言うわけで、俺は軽く重力魔法を使って、下方向への力を生み出し、強制的に上下の感覚を取り戻させる。
俺は軽く魔法を使ったつもりだが、魔力量が生まれつきおかしな量のため、部屋全体に重力増加の効果が及んでしまった。
単体効果の魔法を使っても、常に範囲効果魔法になってしまう。
無茶苦茶な魔力量のせいで、そうなってしまうのだ。
「さ、寒い」
さて、魔法を使って上下の感覚を取り戻したのはいいが、クリスが両腕をさすって、歯をガチガチ言わせていた。
吐き出す息が白くなっていて、唇が紫になっている。
「ここ、凍土フロアだよな?」
「はい、凍土フロアです。正確には、凍結フロアと言ったほうがいいかもしれませんが」
「確かにそうだな」
何しろ宇宙空間だ。
凍土というのは、さすがに無理だな。
「それにしても、寒すぎないか」
「そうですか?私は平気ですけど」
俺の体には、膨大な魔力量による身体強化魔法が、常に無意識でかかっている。
そのおかげで、寒さに対しても暑さに対しても耐性があるのだが、そんな俺でもこの空間は寒いと感じた。
「ウー、この部屋嫌い」
「私もイヤ。肌がヒリヒリする」
クレトは不機嫌そうにし、イリアの白い肌は、寒さのせいか所々赤くなっていた。
やはりおかしい。
魔力量が桁外れな俺だけでなく、クリスとイリアも寒がっている。
クレトが不機嫌な理由も、この空間が極端に寒いからだろう。
このメンバーであれば、零下30度くらいなら、ちょっと寒さを感じる程度で済む。
ここまで極端に、寒さを感じるはずがない。
「フフッ、皆さんそんなに寒がらないでください。それよりこの部屋ですが、私のコレクションが陳列してあるので、どうぞご覧ください」
メフィストは俺たちが寒がっているのもしり目に、部屋の中を歩きだす。
「コレクションねぇ」
一体どんなものを並べているのやら。
メフィストの事だから、どうせ悪魔的な趣味の品を並べているのだろう。
と俺が邪推してしまうのは、やはりメフィストの正体が悪魔だと知っているからだろう。
俺は寒さを感じても、危険を覚えるほどでないので、メフィストについていくことにした。
「ぼ、僕は無理そう」
クリスはリタイア。
「ブーブー」
クレトは嫌がって、この部屋から転移魔法で出ていってしまった。
「……私、まだいけるもん」
何かに対抗意識を燃やしているのか、イリアだけは、俺たちについてくるようだ。
そうして、俺たちはメフィストに案内され、凍結フロアと言う名の、宇宙空間の中を歩いて行った。
「ご覧下さい、こちらが私のコレクションの品々となっています」
メフィストが陳列していたコレクションが、あらわになる。
「巨大なリザードマンに、こっちは海にいる一角クジラだよな」
「アーヴィンお兄様、これは巨人族みたい」
メフィストのコレクション。
それは魔物の中でも、特に巨大な体をしたモンスターだった。
ただし、そのすべてが命を失い、既に動くことがない。
「はく製と言うか、完全に凍り付いてるな」
メフィストがコレクションにしているモンスターたちは、氷の中に閉じ込められていた。
「この部屋のコレクションたちは、全て永遠に溶けることがない氷によって、封じ込められています」
そう自慢するメフィストは、黄金の瞳を喜々と輝かせる。
「永遠に溶けないとは、コレクションの管理が徹底してるんだな」
「フフッ、主は私のコレクションへの拘りを理解していただけるようですね」
「え、ああ、うん……」
別に理解してる訳ではないが、メフィストの拘りようはなんとなくわかる。
コレクター心としては、自分が集めたものが、古くなって劣化したり、破損するのはイヤだからな。
そうならないように、監理は徹底したいのだろう。
ただ、コレクションへの拘りを見ていて、俺は思うことがある。
「これもロマンの一つだよな」
「……確かにそうかもしれません。ですが、私のコレクションと主の言われるロマンは、全くの別物でしょう」
「どうして、俺のロマンと一緒にされるのを嫌がるんだ」
「……」
あ、いかん。
またしてもメフィストに、痛い子を見る目で見られてしまった。
お、俺の扱いがここ最近悪くなってないか。
オカマカフェは誤解だ!
なんて会話はあったものの、メフィストによるコレクションの案内は続いていく。
「こちらは、かつて強大な力を持っていたエンシェントドラゴンでして……」
案内されながらさらに歩いていくと、ひときわ巨大な氷に覆われた、白銀の鱗を輝かせる、エンシェントドラゴンの死体があった。
メフィストは胸を張って説明しようとするが、俺はそこで危機を感じた。
「まさか、北の山脈に住んでるのじゃないだろうな。いくら微妙なエンシェントドラゴンだからって、ご近所さんを氷漬けにしてないよな?」
エンシェントドラゴンと言えば、ドラゴンの中のドラゴン。
10万年以上の時を生き、世界の真理の一端を知るとかなんとか、と言われるほどの生物だ。
ゆえに、全ての生物の頂点に立ち、伝説の生き物などとも言われている。
そんなエンシェントドラゴンが、北の山脈に住んでいる。
もっともあのエンシェントドラゴンは、俺に対して低姿勢になって貢物をしてくるので、なんとも微妙なドラゴンという認識しかないが。
だが、あんなのでも、かなり貴重な生物だ。
あれが最後の1頭でないとはいえ、種を絶滅に近づけるようなことはしたくない。
しかも、ご近所さんだし。
「ご安心ください、主。このエンシェントドラゴンは200万年前に生きていたもので、歴代のエンシェントドラゴンの中でも1、2を争うほど、強大な力を持っていた逸材です。間違っても、北の山脈に住んでいる、名ばかりが立派なヘボドラゴンとは格が違いますよ」
「なんだ、そうなのか」
心配して損した。
エンシェントドラゴンが貴重だから、つい北の山脈の知り合いを思い浮かべたが、違うならいいや。
「そうかそうか、エンシェントドラゴンって言うから、てっきりあのヘボドラゴンかと思ったぞ」
「フフフッ。このコレクションと、あのヘボドラゴンを一緒にされては困ります」
「ハハハ、すまないな」
俺たちの間で、ご近所のエンシェントドラゴンの扱いがヒドイ用に思えるかもしれないが、現に微妙なドラゴンなので、奴の扱いなんてこんなものだ。
「それにしても、歴代で1、2を争うエンシェントドラゴンの氷漬けを持ってるとか、メフィストってすごいんだな」
「ええ、私はこれでも、かなり古い魔族なんですよ。フフフッ」
コレクションを褒められたこともあってか、メフィストはとてもうれしそうに笑った。
「……ねぇ、この部屋の気温って何度?」
ところで、俺たちが話に花を咲かせていたところに、イリアが両腕を震わせながら尋ねてきた。
いつの間にか静かになっていたなと思ったら、イリアの体全体が白くなっていた
「イリア、もしかして体に霜が降りてないか?」
「……」
無言だが、頭をコクコクと縦に2度動かすイリア。
「この部屋ですが、気温は絶対零度になっています。永遠に溶けない氷に閉じ込めているとはいえ、私の大切なコレクションが劣化しては大変ですからね」
メフィストは、すました顔で言った。
「へー、そうか絶対零度か……俺、よく凍り付かないでいられるな」
「主の魔力量をもってすれば、この程度の気温など問題にならないでしょう」
ヤバイ、俺完全に人間やめてる。
人間と言うか、生物をやめてないか?
「イリア、我慢しないで、早く外に出たほうがいいぞ」
「……ヤダ」
「お兄ちゃんも、もう部屋を出るから、一緒に出ような。なっ、なっ」
俺が促しても、部屋から出ていこうとしないイリア。
目の端に涙を浮かべだしたが、その涙もすぐに凍り付いて、白い塊になる。
「……ま、負けないんだから」
いや、ここにいるのは我慢比べ大会とかそういうのじゃないんだぞ。
早く外に出ないと、体が本当に凍り付いてしまうぞ。
「なお、こちらにあるのはかつて神殺しの魔王と呼ばれた……」
「メフィスト、説明はもういい。次の部屋に行くぞ。ほら、イリアも意地張ってないで、さっさと外に行く」
「ヤダ、私は最後までここに残って勝つ」
わがままを言うイリアだが、早く外に出ないと、凍り付いてメフィストのコレクションの仲間入りをしかねない。
「駄々こねてないで、早く出る!」
俺は転移魔法を使って、強制的に俺、イリア、そして魔法の範囲が広範囲になってしまう影響で、メフィストも巻き込んで、凍結フロアから脱出した。
「あの部屋は凍土でなく、凍結でもなく、絶対零度フロアだ。人間どころか、まともな生物が入っていい場所じゃない」
脱出した後、俺はそんなことを呟かざるを得なかった。
イメージしていたダンジョンの凍土フロアとは、完全に別物だった。




