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黒い絵具の出現

作者: 0&伊藤誠

昔々あるところに、キャンバスに向かい1人頭を抱える少年がいた。彼の名前は早峰隆文(さみね-たかふみ)。彼は天賦の才能を持ってして生まれ、世間はその才能に期待と羨望の眼差しを向けていた。彼が生まれた時から既に、彼には輝かしい未来が約束されていた、と言っても過言ではない。だが、幸せは永遠には続かない。幸せは終わりがくるからこそ、美しく、儚く、そして愛おしい。これは、後に別世界で『英雄』と謳われるようになるある少年の、生前を描いた悲しく残酷な物語である、、、。


キャンバスの前で、極限まで思考を振り絞る。昔は楽しんで描いていたが、僕を求めてくれる人が増えるようになってからは、より人に喜んでもらえるような、そんな絵を描くようになっていった。一体、何を描いたら人は喜んでくれるのか、、?それだけを考え、筆を走らせる。これでお父さんとお母さんが喜んでくれるなら、、、そう思いながら僕は今日も、誰かの為に絵を描くのであった。


貧乏な家庭で住む僕たちにとって、画材を揃えるのは容易なことではなかった。学校で配布された絵の具で描けないわけではないが、より良い作品を求めるならば、より良い画材で書くのは当然だった。学校内の絵画コンクールで優勝してから、様々なコンクールで好成績を重ねていくようになった。今ではスポンサーがついて、お金も入ってくるようになった。

だが、世間はそう甘くない。様々なコンクールで好成績を出し続けること、これがスポンサー契約の条件になっていた。新人の天才がどんどん現れて行く中で好成績を出し続けるのは非常に困難である。今のところ何とか好成績を出し続けられてはいるが、毎回プレッシャーが尋常じゃない。もし今回好成績を出せなかったら、契約破棄にされてしまうかもしれない。そのことへの不安が、どんどんどんどん大きくなっていく。まぁ要するに、楽しんで絵を描けなくなってきていたってことだ。仕事のために絵を描く。ただ絵を描くという作業。昔は憂鬱に感じていたが、今ではそんな生活にも幸せを見出そうとしている。


僕がここまで頑張れる理由、それはこの画材なのかもしれない。僕が小2の頃に両親が無理をして買ってくれたもの。小2の僕でさえ、大変そうに見えたのだ、実際は僕が計り知れないほど大変だったのだろう。どんなに古くなっても、どんなに汚れても、これだけは買い換えたくない。見た目は古くて薄汚れてても、まだしっかり使える現役だ。スポンサーの人が、たまに買い換えてあげるとか言うが、僕はそれを幾度となく拒否してきた。僕はこの画材が宝物なんだ。いつまでもこれを使っていきたい。そして今日も、その思い出の筆を握って、他人の為に絵を描いていく。お父さんとお母さんの、笑顔の為にも。


延々と来るコンクールのお知らせと専用用紙。それを片っ端から潰していく日々を僕は過ごしていた。が、ある日1つのコンクールでスランプに陥った。テーマに沿う絵がなかなか描けない。テーマは『僕・私の宝物』。僕の宝物は、もちろんこの画材だ。ここだけはどうしても譲れない。ただ、画材の絵を描いたところで、誰が喜ぶ?画材の絵を見て胸がほっこりするのは、多分僕しかいないのだろう。いつもはテーマももっと明確で緩いものなので、絵を描くなど容易いことだった。華やかで美しい花を描いたり、儚げな雪を描いたり。他の人を感動させる絵、それだけを求めて描いていたので、どんなテーマでも客観的に考えて絵を描いていた。だからこそ、今回のテーマは難しい。自分にとっての宝物は、一人一人違うものである。子供の頃の思い出の品、アイドルのサイン、今亡き人の遺品、自慢のコレクション、、そうだ、みんな違うんだ。だからこそ、たくさんの人を感動させるのはかなり難しい。つまり今回の作品も、何を描くかが難しい。ならばどうする?地球でも描くか?『僕の宝物』では無いだろう、馬鹿馬鹿しい。笑顔でも描くか?笑顔が宝物?それもなんだかよく分からない。そんなありきたりなもので、好成績なんて叩き出せるのか?、、、どうしようか。僕は頭を抱え込んでしまった。


何週間考えただろうか。思考を放棄して、現実逃避してしまった日もあったが、ついに締切日前日になってしまった。好成績を出さなければならない以上、出場しないなんてもってのほかだ。考えろ、考えろ、考えろ。いや、もうテーマなんかを考えても仕方ないのかもしれない。もし3時間後に最高のアイディアが思い浮かんだとしても、それを7時間で描けるか?徹夜したとしたら失敗するのは目に見えている。どうする、何を描く、、、そうだ、もういっそ、『笑顔』にしてしまおう。悔しいが、優勝は難しいかもしれない。でも、せめて準優勝は狙えるように、、、。


そして僕は完成させた。締切2時間前に、ありきたりの宝物『笑顔』を。そして僕は走った。締切の9:00までに、2回乗り換えてやっと着く、隣の隣の市のホールへ行かないといけない。バス、電車、電車、タクシー、、使える手段は全て使った。だが、間に合いそうにない。今の時刻は8:25、タクシーの運転手さん曰く『どんなに頑張っても、少なくとも1時間はかかりますね』とのこと。マジかよ、一体どうすればいいんだよ。やばいやばい本当にどうしよう。コンクール会場に電話するか?もしそれで出場ができなくなったら?ネット見る限り、時間切れになったら無条件アウトらしいし、、、あ、8:30になった。ああもう駄目だ、絶体絶命だ。どうするどうするどうするどうする。もうこの時には、気が動転していた。うわああああどうしようどうしようどうしようどうしよう。そしてしまいにゃ信号待ちだし、、うわあああああちくしょおおおおおおお!!どうするどうするどうするどうする。いや、本当にどーしよ、、、、焦りが一周回って逆に冷静になる。出場できなかった時の未来を予測する。顔から血の気が引く。顔が青くなっていくのが分かる。そして腕時計の長針が8を指しているのを見て、僕の焦りは遂にMAXになった。そして気が付けば、こんな言葉を口にしていた。『おい、おじさん!』僕は最終手段に手を出すことにした。もうどうにでもなれ、間に合ってしまえば何でもいい。そんな感情だった。『この赤信号、強行突破してくれ!!!』


もちろん運転手は断った。呆れと困惑に満ちた表情でミラー越しに僕を見つめる。だが、僕はそこで引かなかった。『クレジットカードで10万はらう!』『すみませんお客さん、お金の問題ではありません。たとえ急いでいたとしてもそれは、、、』『たのむ、たのむよ!!』『お客さんすみません、こればっかりはダメです』『たのむよ!』『ダメです』『頼むって!』『ダメです』こんな攻防が何度か続いた。ここで負けたら出場はほぼ無理だと思った。下がらず粘り続ける。相手もかなり応戦したが、ついに最後にボソッと一言呟いた。『、、、分かりました。安全だと思った時、誰も通らないと思った時、一度だけ突破します、、、、』『よし、それでこそ男だ!』この頃の僕は、勝ち誇った気分だった。これで間に合うかもしれない、そう過信していた。すでに時刻が8:55を回っていたことも知らずに、、、。そして、タクシーは赤信号を突っ切った。車も滅多に走らない、閑静な交差点で。よし、これはかなり大きなアドバンテージだ!そう思ったのも束の間、右から黒く大きな影が近づいてきた。


正しくは、左から僕らタクシーが突進してきたのだが、2つの車は大きな音を出してぶつかり、車体は共に原型を取り戻せなくなった。僕は慰謝料を請求された。幸い貯金があり、それで大半は返済できたが、それでも数十万程度残ってしまった。それだけならまだ良かった。まさか、、、、まさか。


僕は、右手を失った。緊急搬送され、目覚めた時にはもう右手はなかった。右手が完全に死んでしまって、切り取らないと内部から侵食、腐敗され、放っておいたら、やがては死んでしまっていたのだとか。恐ろしい、、、恐ろしいが、僕は今の状態の方がよっぽど恐ろしく感じた。僕はこれから、どうやって絵を描けばいいんだ?口でくわえるか?左手で描くか?それで好成績は出せるのか、、、いや、出せなくてもいい。自由気ままに、自分の好きな絵を描きたい。そう、描いていたかった、、、


僕はまだ絶望していなかった。いや、絶望したくなかった。左手や口を器用に使って描こうと努力した。そして、作品は完成した。筆もまともに掴めなかった頃に比べたら、大きな進歩だ。だが、周りの人間は認めてくれなかった。絵に込める思いは変わらないのに、僕の絵に向けられる眼差しは哀れんでいた。その哀れみに満ちた目が、左手で書いたからなのか、罪を犯してしまった犯罪者となってしまった過去の英雄が描いたものだからなのかは分からない。後者の可能性も高い。裁判結果、3年の執行猶予が言い渡された。だが、こんなことになるのならいっそ少年院に突っ込んで欲しい。なんて、こんなになってもまだ自分のことしか考えてない僕が本当に嫌になる。悲しい。悔しい。苦しい。、、もしかしたら、あの哀れみの眼差しの理由が前者の可能性だってある。確かに、右手で描いていたときと比べると、お世辞にも上手いとは言えない。だが、だからといって、僕の絵をそこまで評価しないだろうか?僕は僕なりに努力した。頑張って絵を描いたつもりだ。僕の人間性を嘲笑うのはしょうがないが、上手い絵が描けなくなったから嘲笑うというのは少し違うと思う。僕ではなく、僕の絵を求めていた。改めて考えてみると当たり前のことだが、考えてみると悲しいものである。人生のどん底まで落ちた僕に対し、スポンサーが話があると言ってきた。何か良い打開策があるのか。そんな淡い期待をしながら会議室へと向かう。しかし、僕を見たときのスポンサーの顔は暗かった。『突然お呼びしてすみません、早峰さん』『いえ、大丈夫です』話し方はいつもと同じだった。『早峰さん、実はですね、、、』『はい』『早峰さんがうちとスポンサー契約をしているという情報がネットに出回っておりまして』『え?』『驚かれるのも無理はありません。しかし、それが現実なんですよ。それで、今回の事故の件について、SNSで多くの書き込みがあったのですが、、、』『、、、』『もしかすると、うちが早峰さんを裏で操ったり、厳しくしすぎたり、とにかくうちが早峰さんに事故を起こさせた原因ではないのかと、そのような書き込みがいくつか見れまして、、』『、、、!、、、そうですか』『早峰さんもご存知の通り、今回の件にうちが関わっているとは思っていません。ですが、今回の件でうちの評価が下がったり、収入や社員の右肩下がりになる可能性も0とは言い切れないんです』『それに早峰さんは右手を失ってしまった。なので本当にすみませんが、うちとのスポンサー契約を解除してもらえないでしょうか?』『、、、』僕は知っている。SNSでそんな書き込みなんてら存在しないことを。事故を起こして意識が戻ってから、2人の運転手の容態確認の次に行ったことがSNSチェックだった。今回の事件を第三者はどこまで知ってて、どう受け止めるのか。予想通り、僕のことを嘲笑うようなコメントは山のようにあった。その1つ1つに目を通し、しっかりと重く受け止める。しかし、スポンサーについては何1つ書かれていなかった。きっと、スポンサーの嘘だ。本当の理由は最後に付け足した『右手を失ったから』だろう。自業自得といえば自業自得。受けるべき天罰。だからこれもしょうがないこと。だけど、、、絵が描けなくなっただけで、ここまで人が離れていってしまうのか。きっとあの哀れみの眼差しも、失われた右手に向けてのものだったのだろう。それに気づいてしまった僕は一言こう呟いた。『わかりました。今までありがとうございました』


、、、、、僕は、この人生に絶望した。結局みんなそうなのか。輝かしい時は見てくれるけど、輝きを失ったら途端に道端の石と同じになる。僕はもう何も持ってないただの1人の犯罪者になってしまった。なぜ、、、なぜ、、、なぜ、、なぜ、、なぜ、、!!!!!僕はもう輝けない。輝かしいあの頃にはもう戻れない。戻りたくても、もう戻れない。このままこの絶望に満たされた道を俺は歩んでいくしかないのか。絵を売って手に入れてた金も、今となっては雀の涙。なぜ俺はこんな風になってしまったんだ、、、、、、あの時だ、あの時の俺の馬鹿な判断から全てが狂い始めたんだ、、、だから全てが狂ったのも、全部俺のせいなんだ、、、


そんなことを考えていくうちに、どんどん自分が嫌になる。自分のせいで自分を傷つけて、自分のせいなのに勝手に人間不信になったりして。そうだ、俺以外の2人も重体で、トラックも廃車になっていた。2人とも幸い命に別状は無く、手足も回復へと向かっているのがせめてもの救いだ。だが、2人はもう運転をすることはできない。俺の身勝手な判断のせいで、2人の人生も完全に狂わせてしまった。本当に申し訳ない。どう償えばいいのか。毎晩胸が苦しい。そう考えると俺が職を失いかけてるのも、受けるべき天罰だと思える。自業自得だとは分かっている。分かっている、、、、ならば、なぜこんなにも苦しいのだ。誰か俺を助けてくれ、この生き地獄から、、、


、、、、きっと誰も俺を助けてくれない。心が闇に染まった俺の味方など、もはやこの世界には誰もいないのだ。そう知った時からふと、世界が黒く染まって見えた。右から、左から、じわじわとどんどん世界が黒く染まっていく。ありとあらゆるものが輝きを失い、色を失っていく。食事も喉を通らない。布団に入っても寝られない。もう今は何もしたくない。不眠不食の日々の末、体もどんどんおかしくなっていった。動けるはずの左手が、痙攣している。まともに動けず、まともに話せず、まともに食えず、まともに寝られず。もう嫌だ、こんなループ。おい、誰か。頼むよ誰か。助けてくれよ、なぁ頼むから、誰か、、、、


、、、、、そんな願いが無意味だと、気づいてもなお願ってしまう。いったい誰が助けてくれるっていうんだ、こんなほぼ廃人な俺を、、、やっぱり助けてくれるのは、お父さんとお母さんだけなのか。もともと病弱だった2人。どんな時でも助けてくれた2人。スランプになっても、逆恨みでいじめられても、必死に守っていつでも助けてくれた2人、、、やっぱりダメだ。俺だけじゃもう、、生きていけない。貯金ももう底をつく。楽になりたい。お父さんとお母さんのところへ行きたい、、、


そうと決まってからは早かった。場所は最寄り駅。お父さんも、ここで誰かに押されて死んだんだ、、、。いつやる、、、いや、今すぐにだ。どうせやるなら早く逝こう。今日はまだ日が昇っている。今からならまだ間に合う。床に投げ捨てられた電子マネーに手を伸ばす。お父さんとお母さんのもとに帰れる。このループから解放される。そう思うと、少し気は紛れた。


玄関に立ったその時、思い出したくもない過去が、走馬灯のように蘇り俺を襲う。絵だけを取り柄に生きていたこと、逆恨みゆえにいじめられたこと、好成績を出すロボットと思われていたこと、そのために罪を犯してしまったこと、周りから見向きもされなくなったこと、赤の他人の人生を狂わせてしまったこと、そしてそこから逃げてここまで来てしまったこと、、、。何で、、、何で、、、もう逝くんだから今襲うなという思いと罪悪感、自分への嫌悪感がどんどん膨れ上がっていく。もう爆発してしまいそうだ。いや、いっそ爆発してしまえ。この現実から逃げるために、俺は玄関の扉を開いた。

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