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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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2.不意打ちインサート-2

 甥が叔父であるスクルージをクリスマスパーティに誘うところまで読んだ。スクルージの甥はスクルージと違って、クリスマスというイベントに対して感謝しているようだった。結局、スクルージの仕事場まで足を運んだ甲斐なく、甥はスクルージにさよならを連呼され半ば追い出されてしまった。


読書を中断した理由は電話が鳴ったからだ。先ほどのビープ音とは違い、初期設定の着信音だ。液晶には「お隣さん」と示されている。ヒバコからの電話のようだ。



「もしもし、おはよう。起きてる?」

「別に起こされずとも起きてたよ、おかんか」


 間抜けなヒバコの声に少しほっとする。年下に生活サイクルを心配されるのは、やはり情けないことなのだろうか。


「それで、どうした?」


 電話の意図を尋ねる。


「いや、何してるのかなって思って」

「なんだそりゃ、彼氏か」


 用がないなら切るぞ、と脅しの言葉も付け加えた。たまにヒバコが口にする冗談は面白くない。


「ごめんごめん、これから帰るんだけどスーパーに寄ろうと思って。必要なものとかある?」


 促されてあたしは、キッチンに赴き冷蔵庫を開いた。


「米と卵がもうないな、あと麦茶。それとさっき柔軟剤も詰め替えたからストックがない」

「うん、なるほどわかった。それじゃ――」

「ちょっと待て。ヒバコさ、今日電話した? 昼前」

「いや、してないけど」


 どうやらブランチ中のあれはヒバコが原因ではないらしい。


「そう、ならいいや。スーパーって駅前の?」

「うん。まだ大学出たところだけど」

「そか、じゃああたしも行くから。改札前で待ってるよ」



 ヒバコの戸惑い交じりの同意を最後まで聞かずに通話を切った。アルバイトがない日なら散歩している時間帯だったが、読書していたため今日は一歩も外に出ていない。ずっと部屋にこもって一日を終えるのはどうにも気分が悪いし、麦茶と米を一人で持って帰るのは大変だろう。我ながら優しさに富んでいる。


 金平駅前の喫煙所は近くなくなるらしい。灰皿とちゃちな仕切りがあるだけだったし、喫煙者でなければなくなったことにすら気付かないのではないか。消えかけのオアシスで立て続けに二本吸う。最初の一本はふかして、次の一本は軽く肺に入れて。二本ともどちらかといえば当たり。


 改札前でスマートフォンをつけると、ヒバコのショートメッセージが通知されていた。『今電車に乗った』という文面の右上にこのメッセージが二十分前に送られたものであることが示されている。顔を上げると定期を改札にかざすチェック柄のシャツを着た小柄なヤサ男が、こちらに一直線に向かってくる。漫画の主人公には到底なれそうにない、脇役面。


「既読つかないから、いないかと思ってた。本当に来たんだね」

「失敬だな」


 広い額に軽くチョップ。南口のスーパーに歩いた。


 経年劣化でガコガコと開く自動ドア、レジの音にがやがやした雑踏。夕方は買い物の時間だ。子どものころは買い物に行く度に知り合いと会わないものかと、期待や不安を抱いてカートを押したものだが、ここは東京。生まれ育ったわけではない土地で、人間関係を育む気さえなかったこの街で、知り合いに会う可能性など皆無だ。



「あれ、カトウさん?」


 前かがみで賞味期限がなるべく先の卵のパックを選別していると、買い物かごを持ったヒバコがあたしの頭越しに誰かを呼んだ。


「ヒバコ君? 買い物ですか?」


 返事の声は女だ。適当な卵のパックをかごに投げ入れて、声の主を見やる。


「うん、ちょっとね」


 ヒバコが気まずそうに答えた。ヒバコの知り合いと出会う可能性は、当然ある。


「えっと、そちらの方は? お姉さん?」


 女はあたしを一瞥すると、立て続けにヒバコに質問する。上品な服装に整った赤茶色の髪。


「いや、姉じゃないよ。なんて言ったらいいのか、難しいんだけど――」

「どうも、同居人です」


 ヒバコに助け舟を出してやる。とはいえあたしも自分とヒバコの関係を何と表現すればいいのか分からなかったので、事実だけ伝える。嘘はついていない。


「同居人? 同棲中ということですか」

「うーん、まあそうなるかな」


 ヒバコは唸っている。


「でも、血のつながりはない、と」


 女はしばらく俯いて考え込む。まつ毛が長い。


「彼女さん、とか?」


 あたしの目元を上目遣いで窺う。


「なんであたしがこんなやつと」


 ヒバコの首根っこを掴んだ。ヒバコは苦しいと言いながらあたしの右手をほどく。


「僕だってビスカと付き合うなんて願い下げだよ」

「ビスカさん、と言うんですね。私は歌頭と言います。ヒバコ君の同級生、ですかね。大学で同じ学科に所属してます。仲が良さそうで羨ましいです」

「ああ、よろしく」


 お構いなしに自己紹介を始めるあたり、思ったより図太いやつなのかもしれない。


「カトウ、ね。ヒバコと比べたらありふれた苗字だな」

「あはは、そうですね。でも漢字では歌うに頭と書いて歌頭なので、結構レアなんですよ」


 確かに、大概のカトウは加えるに藤だ。もしかしたらヒバコより珍しい苗字なのかもしれない。


「レアなカトウ。カトー、レア。うん、今日から君をカトレアと呼ぼう」


 あたしの知ってる数少ない花の名前。お嬢様な雰囲気にもよく合う。良い命名だ。


「今後会うかも分からないのに」


 ヒバコがぶつくさと呟く。


「会うよ、絶対」

「そうですよ、またお会いしたらよろしくお願いしますね、お姉さん」



 年下に敬意を持たれるのは久々で気分がいい。カトレアとはスマートフォンのIDを交換して別れた。ヒバコとは異なり、実家暮らしをしているようだ。家族に買い物を頼まれたのだと言っていた。


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