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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
33/34

10.死にたがりのキャロル

この次で終わりです

 笑いが止まらない。内心、早く言えよこいつ、という感じだ。それにしても爽快だ。街のいたるところにいる浮ついた連中は、同じお面をつけたようにきょとん顔だ。


 あたしは元から吉祥寺の、都下のくせに都心ぶってる、垢抜けてますよとアピールしている雰囲気が大嫌いだった。クリスマスにもこれだけ人が集まっている、どいつもこいつも似たような服。ワンパターンなイルミネーション、量産型のサンタクロース。まさしく、今、あたしたちの歌が、そんなクリスマスに水を差している。これほどの悦楽はない。


「はぁー、良かったー! これでもし街中のスマホが火を吹いていたらどうしようかと」


 ヒバコはどよめく街中で膝を折った。


「これは、一体、なにごとが」


 カトレアは上手く言葉を紡げないまま、周囲を見渡してきょろきょろとしている。


「そうだよ、お前、どうやってこんなことしでかしたんだ」


 ヒバコを見下ろして問いかける。街中の人々が自分のスマートフォンをタッチしたり、叩いたりしていた。それではあたしのAメロは止められない。


「うん、どこから説明したらいいのかな。前にギターを収録した日に、カトレアさんがパソコンを忘れた日があっただろ? スタジオのアンプの裏に、ケースごと。実はこっそりいつぞやの仕返しをしてやろうと思って、持ち帰った後、パソコンを覗き見したんだよ」

「覗き見って言ったって、パスワードとかどうしたんだよ」

「パスワードはCATTLEYA、英語でカトレアだったよ。セキュリティ意識が低いと言わざるを得ないよね、ヒントに『初めてつけてもらったニックネーム』って書いてあったんだから。カトレアさん、前に僕にやった悪戯のやり方、教えてくれたよね? ファイブカウントが画面に表れた後で、ビープ音が鳴る悪戯。その時ちょっとパソコンの画面に気になるファイル名が映ったからさ、それを見ちゃおうと思って。びっくりした、それは紛れもないマルウェアだったからね。でもすぐにどういう構造か分かったんだ、君が僕にしかけた悪戯と、いつだったかに行った博物館で見た円周率の計算方法とを組み合わせただけだったから」

「それで、書き換えたんですか、プログラムを」

「うん、正直、元々のプログラムの用途が分からなかったし、まさかビスカのスマホを発火させたのが君だとも知らなかったからさ。どうせ実行すればすぐに気付くだろうし、その時にネタばらしすればいいかなって。いずれにせよ、君から教わったことだけでやったんだ」


 死にたがりのキャロルは既に二番を終え、長い間奏に入っている。丁度、カトレアのギターソロだ。


「もう、プログラムは完成していて、自棄になってたしろくに確認もせず流してしまっていました……、でも、だとしても、私が工場に放火して人を殺めてしまったのは紛れもない事実です。結局私は、殺人鬼に成り下がってしまったんですよ」

「バーカ、それには及ばねぇよ!」


 背後から聞き覚えのある声がする。褐色の小さなドラマーが肩で息をしながらぜぇぜえと膝に手をついている。膝と手の隙間には新聞が挟まっていた。曲は落サビが終わるところで、バスドラムの大きな合図と共に、最後のサビが始まる。


「遅い登場」

「悪かったな! 何事かと思ったぜ、あのな、これ、見ろ。例の工場の火事、昨日の晩に犯人が捕まったんだ」


 アブミは新聞記事を広げて見せた。逮捕されたのはワタナベ、私のかつての上司だ。


「工場でボヤ騒ぎが起きたらしいんだが、あっさり鎮火するレベルだったんだと。でもそれじゃこいつが隠してきた、よく分かんねぇけど悪いことしてきた痕跡が見つかっちまうから、全部燃やしちまおうって、放火したらしいぜ」


 ワタナベは書類の改ざんに始まり、横領なんかもしていたらしい。それらの証拠が表に出るのを防ぐために、放火。


「でもでも、そのボヤ騒ぎがもしかしたら私のせいかも――」


 アブミがカトレアの言葉を遮るように額に手刀をかました。彼らしからぬ優しい手つきだ。


「でもじゃねぇ。新聞にはスマホが出火の原因だなんてどこにも書いてねぇよ、もしスマホが発火したってんなら今までの捜査で分かってるはずだ。とにかく、今は!」


 カトレアの肩をアブミが両手で掴む。


「お前は人殺しなんかじゃねぇよ。お前は、ディケンズのギタリストだ」


 曲はアウトロを迎える。何が原因なのか、誰も掴めないまま、爆弾が役目を終えようとしていた。カトレアは、先ほど以上に大粒の涙を流して、声を上げて泣いた。顔を手で覆い、立ち竦むその姿は、ただの可愛い女の子だ。


「泣かしちゃったな」

「泣かしちゃ駄目駄目だよ」

「俺が来る前から泣いてたよ!」


 アブミはおろおろとカトレアの様子を窺っている。死にたがりのキャロルは大団円を迎え、吉祥寺の街は普段の姿を取り戻した。


「今度からは言えよな」


 あたしはヒバコに手を貸して立ち上がらせた。


「確証が無かったし、カトレアさんが本音で色々とぶちまけてくれるとしたら、こういう形でしかあり得ないだろうし」


 得意顔なのがムカつく。こいつなりの、いやあたしたちなりの最高に善いことと最低に悪いことがこれで達成されたわけか。


 あたしはヒバコを後ろから、肩の上に手を回して抱きしめた。本当は首を絞めてやりたかったけど、我慢して抱きしめた。


「そーいうわけでだ、カトレア。ヒバコなら別にくれてやるけど、ディケンズで活動する上では、こいつはあたしたち三人のものだから、そこは了承してくれ。あと、何かあったら話せよ、本音で」

「僕は、モノじゃないって。僕も、できれば話して欲しいな。君のことだから、話しにくいことは沢山あるだろうけれど」


 あたしを払おうと体を揺するヒバコの力はやけに弱く、本気で振り落としたいわけじゃないことが手に取るように分かる。世の中天邪鬼ばっかりだ。


「うふふ、そうですね。私、ディケンズに入れて、本当に良かった」


 紅潮した顔で、カトレアは微笑んだ。クリスマスツリーの光が、カトレアの髪飾りに反射している。


「今のは、忖度じゃねぇよな」


 アブミだけは状況を把握しきれていないから疑心暗鬼だ。


「違いますよ。それと、ヒバコ君、私の誕生日覚えてくれてたんですね、嬉しいです」


 そう言えばさっき、ぽろっと誕生日おめでとうだとか抜かしていた。


「んだと! お前、出し抜けずりーぞ!!」


 アブミがヒバコにボディブローを喰らわせる、結構いいところに入った。


「ゴホ、ゲホッ! いや、あのタイミングで言えばかっこいいかなって思ってつい」


 カトレアはむせるヒバコを見て困惑の表情を浮かべている。


「実は、打ち上げやる予定だったレストランで、お願いしてたんだ、サプライズケーキ。カトレアの誕生日を祝おうと思って、それまではカトレアにばれないようにしようって示し合わせてたんだが」


 うずくまるヒバコを見下ろす。計画は企画者によって頓挫してしまった。


「本当にこんな奴でいいのかよ!」


 ヒバコの頬を褐色の人差し指がつつく。


「ええ、こんな奴がいいんです」


 吉祥寺の街は先ほどのちょっとした異常事態など無かったかのように、元の様相を取り戻していた。中にはまだ戸惑っているものもいたが、予想していた以上にマルウェアとやらは広がっておらず、街のスマートフォン全てに死にたがりのキャロルが流れていたわけではないようだった。気に入らないけど、今はこんなもんだろ。もう午後八時を十分も過ぎてる。あたしたちはレストランに行く支度を整えるために、ライブハウスへと戻ることにした。




「なあ、起きてるよな」


 クリスマスイブの深夜、もう日付ではクリスマスだった。想像していたよりもずっと静かな夜だ。


「眠れないの?」


 低いところからヒバコの声が聞こえる。きっとこっちを向いている。


「明日地球が滅びると自分だけが分かっていたとして、ヒバコなら何がしたい?」

「その日のうちに死ぬかな」

「はは、結局答えは変わんねぇのな」

「一日じゃどうすることもできないからね。君は、どうするんだい?」

「あたしは、そうだな」


 例えば、明日世界中がパニックに襲われる。時限式のプログラムが発動してインターネットと接続しているあらゆる電子機器が発火し、火の海が街を包む。同時多発が過ぎて、消火は追い付かず、炎が己を焼き尽くすその時を待つことしかできない。それをもしあたしが前日に知っていたとしたら。


「クリスマスのお祝いでもするさ、カトレアの誕生日祝いも兼ねて。七面鳥をおごって、お釣りは募金でもしよう」

「なんだいそれ、今日やったことと変わらないじゃないか」


 さっきまでカトレアの誕生日祝いをしていた、ついでにクリスマスパーティも兼ねて。レストランはあたしの驕りだった。これは最高というほどではないけど、善いことのつもりだ。カトレアは泣き疲れてやけに饒舌だったし、アブミは柄にもなく守勢に回ってたじたじだったし、ヒバコは大いに笑い大いに泣いていた。誰だって隠していることはあって、それを吐き出す機会を窺っているのだ。


「そうだったな。じゃあ、とっとと死んじまうかな」


 あたしが臆面もなく隠し続けていた死にたいという感情は、今でも胸の奥であたしを掴んで離さない。そうやって生きてきた。朝起きたら歯を磨くように、喉が渇いたら水を飲むように、歌を歌うように、死にたいことであたしは生きて来たんだ。


「どんな仮定をしても、人生は続くんだけどね」


 ヒバコが呆れたように言葉を吐いた。ヒバコの根底にあるあたしと同じ感情は、きっとヒバコを掴んで離しやしないだろう。彼とてそれくらい分かっているはずだ。


「あたしは、明日世界が滅びさえしなければ、もうしばらく生きようと思うよ、ディケンズとして。死ぬのは、さしあたってその後でもいい」


 死にたいという生き方だって、認められてしかるべきだ。


「そう? じゃあ、君を放置しておくにはあまりに危なっかしいから、君が死んでくれるまでは僕は死ねないね」

「うるせー」


 ムカついたので空のプラスチックコップを投げ落とした。


「危ない! 何を落としたのさ」


 今回は命中しなかったようだ、それか避けられたのか。フローリングに硬いものがバウンドする音が響いた。


「クリスマスプレゼント、メリークリスマス」


 ちゃんとしたプレゼントが、実は今手元にあるけど、それはこの流れでは渡せそうにない。


「ぜひとも枕元に置いてほしかったね」


 明日、ヒバコより早く起きたらそうしておこう。


「靴下がなかったからな」


 だけど今は屁理屈をこねておく。


「悪い子にはプレゼント、あげないよ」


 そう言えばサンタクロースは悪い子の元には現れないんだっけ? だから今までは誰もプレゼントをあたしにくれなかったのか。


「明日は煙草を吸わない、暴力も止める、暴言も控えるよ、善い子にするから、それだけは勘弁!」


 せめて明日だけでも、表面的でいいから、善い子として振舞うことにしよう。善い子らしく今日のところは、早く眠ることにしよう。


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