8.誘爆カプリッチョ-3
ここで誘爆カプリッチョは終了です。
「お前、結構ビールとか飲むのな、下戸だと思ってた」
ヒバコは既に三杯目の生ビールに口をつけていた。テーブルの真ん中に、どちらのものとも言えないささみとなんこつの串が誰にも手を付けられず残っている。丁度今、ヒバコがささみの串に手を伸ばした。
「普段は控えるようにしてるんだけど。今日はビスカもいないし」
吉祥寺のハモニカ横丁の一角にある焼き鳥屋で、ヒバコとさしで飲んでいた。誰も彼もの心拍数が高いのはハコと一緒だ。アルコールで酔うのか音楽で酔うのか、どちらが気持ちいいのかは人次第だろう。余ったなんこつをこりこりと食べる。正直なところ、静かな場所に数人で居るよりも、大人数が一堂に会するところ、つまりは混雑した居酒屋や満員のライブハウスの方が、一々他人の鼓動が耳に障ることもなくて気楽だ。
「ビスカはあれで、一口飲んだら髪まで真っ赤になるもんな」
「終電までには帰ってくるのよーって言ってたね」
「お前らってマジで結婚してないの?」
ヒバコは有り得ないと言って大きく首を振った。冗談のつもりが、本気の否定を受けてしまった。
先ほどまでリハーサルスタジオで四人合わせて練習をしていた。本番まで日数が限られているが、できはいいとは言えない。個々の演奏は問題ないのだが、まとまりがない気がした。思うに、ヒバコとビスカが向いている方向が、演奏の成功だけに向いていないようなのだ。
「誰かとお酒を飲むこと自体が久々だから、なんだか新鮮だよ」
紅潮した頬で力なく笑うヒバコは、ようやく酔い始めたみたいだった。
「お前らが飲みに誘っても断るからだろが」
俺は既に何度かディケンズのメンバーを飲みに誘っているのだが、今回を除けば誰もノって来なかった。そっちの方がよっぽど現代人らしいとは思うが、釈然としない。
「仕方ないよ、カトレアさんは実家暮らしだし、ビスカはお酒飲めないし、僕はビスカのお付きだし」
「夫婦ってより奴隷関係だな」
「ははは、否定はしないよ」
ヒバコは店員にレバーを追加で注文した。さっきからやけにヘルシー志向だ、俺は横からももタレを追加で頼んだ。
「死にたがりのキャロル、詞はお前とビスカの共作だよな」
本題に入る。俺とビスカやヒバコとの間にある溝を解消しないことには、チームで、バンドで演奏する意味がない。
「そうだね。元々は僕一人に作らせるつもりだったみたいだけど」
「つまり、あれはお前ら二人の主張なわけだ」
「主張……、どうだろう、そこまで大それたものじゃないけど」
「いずれにせよ、二人の考え方が入っている、そうだな?」
「そうなるのかな。それがどうしかしたの?」
「どうかした、つーかなんというか。俺にはどうしても、歌詞の意味が理解しきれないんだよ。言葉回しが難しいとか、そういうことじゃなくて」
ヒバコは押し黙った。虚ろな目で考えている。
「あれは、僕やビスカみたいな考えに陥っている人にしか届かないかもしれない。アブミは歌詞を読んで、どんな風に感じた?」
「今一緒にいる人を大切にしましょう、メッセージとしてはそんなもんだと思うが、それだけじゃないんだろ?」
「いや、それで良いんだと思う。その方が良い」
それじゃ分からないんだ。お前らがどっちを向いているかが分からない。
「あのさ、単刀直入に訊くが、お前ら、というよりヒバコ、お前何か隠してないか?」
結局、遠回しに訊くよりこっちの方が俺向きだ。ヒバコの鼓動が早鳴る。
「隠しごと、うん、それは誰でもすることじゃないか」
「そりゃ秘密にしたいことの一つや二つくらい俺にだってあるさ。そうじゃなくて、ディケンズのメンバーに、本来は話すべきなのに、話してないことがあるんじゃねぇかって言ってんだよ!」
こいつはきっと抱え込むタイプの人間だ。ビスカと本質的には同じだ。ただ、他人の責任も自分のものにしようとする点で質が悪い。自分が偉いと思い込んでやがる。
「隠しごとはしたくないし、されたくないのは誰もが思うことだけど、隠してきたことを話すのには相応の覚悟と環境が必要なんだ」
「分かんねぇよ」
結局、抽象的な言葉で誤魔化されてしまった。
「この話は、もう止めよう。僕だって隠しごとはフェアじゃないと思うけど、彼女もそう思ってくれないと、始まらないんだ」
「彼女ってのは、ビスカのことか」
返事はない。ハイボールに口をつけるが、既に空だった。
「ビスカは、ライブをクリスマスかイブのどちらかにやることに拘ってたな。よそのハコや別の企画ならもう何曲かできたかもしれねぇのに」
「そう、だったのか」
分かりやすい。ヒバコの心拍数は加速していた。
「いつだったか曲のモデルがクリスマス・キャロルだって聞いて、ある程度は得心がいったが、それ以外にも何か理由があるんじゃねぇか? どうしてクリスマスに固執するんだ?」
「クリスマス、特にクリスマスイブに死にたがりのキャロルを演奏する必要が僕らにはあったんだ。それは僕やビスカだけじゃなくて、カトレアさんにも、多分君にも」
酔うと、普段に輪をかけて分かりにくい喋り方をするみたいだ。酒の席でこういうことを訊くのは失敗だった。
「俺には別にクリスマスイブにこれといった思い入れはねぇよ?」
「じゃあ、特別な思い入れができるライブになるといいね」
それは、当然だ。
段々話も無くなっていき、時間も時間だったのでお開きとなった。ヒバコは酩酊していた割に自分が何を飲み食いしていたのか逐一覚えており、一銭違わず支払った。こういうところで割り勘にしたりどんぶり勘定になったりしない辺りは、やはり学歴の問題なのだろうか。それとも特別こいつが几帳面なだけなのだろうか。俺だってそこそこ飲んだはずなのに、頭は冴えていて、やけに寒かった。




