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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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8.誘爆カプリッチョ-2

 十二月最初の日、朝というのは不愉快な時間だ。カーテンを閉め切っても鳩やカラスが起こしに来る。早起きは三文の得というが、お金を払うのでもっとゆっくり眠らせてもらいたいものだ。


 西武新宿線と中央線の丁度中間にある俺のアパートはよく不便な場所だと言われるが、一向にそんなことはない。自転車やバスでどちらの路線の駅も使えるのだから、それで家賃が安くなるならむしろ儲けものだ。


 今日はいつもより一層早く起こされたので、気晴らしに歩いて駅に行く。朝ごはんはいつも食べない。毎朝シャワーを浴びるだけだ。自炊もほとんどしない。そもそも家にいる時間が短い。寝て起きる場所でしかない。


 西武新宿線の方向へ、北へ歩く。南へ進めば三鷹や吉祥寺の辺りだが、バイト先は高田馬場駅、西武新宿線の駅だ。駅へ向かう途中にバス停がちらほらとあり、目移りしてしまうが、歩くと決めたのだから歩く。制服を着た少年少女とすれ違うが、こいつらの心音の方がよっぽどサラリーマンより落ち着いてる辺り、気楽なものだ。


 ドラッグストアの前を通り過ぎて、しばらく歩くと突然小さな工場が現れるのを、バイトの度に見かけていた。下町にでもありそうな下請け工場なのだが、ベッドタウンとしての役割が強いこの近辺なので、不自然な空き地がしばらく続いた後に出現する工場を、毎朝物珍しく眺めていた。丁度その空き地に差し掛かっているが、沢山の心臓の音が絶え間なく聴こえてくる。普段は人の少ない工場の周辺に人だかりができていた。いや、工場だった場所に、と言う方が正しいだろうか。俺の知ってる赤錆びたトタン壁の姿は無く、黒ずみ歪んだ焼け跡だけがあった。工場前の道は通行止めになっていて、人だかりの中に真っ白な髪の女がいた。


「おい、ビスカ! これは何の騒ぎだ? そもそもお前、何でこんなところにいるんだ?」


 ビスカは俺に気付くと振り向いて目を細めた。


「あたしの職場だったんだが、今しがた燃えたみたいだ」

「職場ぁ? そう言えば指を工場で切ったって言ってたな」


 どうやらビスカは前の職場に顔を出しにでも来ていたみたいだ。


「何が原因かはまだ分からないが、心当たりは、あることにはある」

「心当たり? なんだ、放火なのか?」

「さぁね。ただ、前にあたしのスマホがお釈迦になっただろ?」


 ビスカのスマートフォンから火が出た話は本人から聞いてる。その時は爆笑させてもらったが、もしかして。


「その、工場の誰かのスマホが燃えたのが、原因だとでも? バカ言え、小さいとはいえ工場だぞ、スマホ一つの火でこんだけ延焼するかよ」

「一つとは限らないし、出火した場所次第では、油に引火して即爆発することだってあり得る」

「お前が使ってたスマホと同じ機種のやつがそんなに沢山工場に居たのか? いずれにせよ事故ってことか」

「違う機種だから問題なんだよ」


 的を射ない言い方にイライラする。


「もっと分かりやすく、はっきり言えよ」

「もしあたしのスマホが発火したのが、誰かが意図的に行ったことだとしたら? あたしのスマートフォンはしばらく前からちょっと普通じゃない故障をしていた」


 ビスカの話によると、スマートフォンからビープ音が突然鳴る故障があったらしい。同様の故障が他の工場勤務者のスマートフォンにもあったとのことだ。そしてビスカのスマートフォンは発火してボヤ騒ぎを起こしかけた。そこに来てこの工場の火事。


「いや、偶然だろ?」

「あたしも偶然だと思うんだけどな。ただ、引っかかる。とにかく今は中の人たちが無事なことを祈るよ」


 もし、偶然じゃなかったら。ビスカの言う通り、よく分からないけど、ハッキングだとかそういうことで、意図的に遠い場所から火事を起こしたのだとしたら。



「とんでもないことに巻き込まれてるんじゃねぇか、お前」



 そんなことを、ビスカに聴こえないくらいの声で呟いた。


「なんだって? とにかく、あたしにはどうすることもできない。前園さんには電話が通じないし。それと、明後日の練習さぼるなよ」

「それはお前のとこの、のろまに言ってくれ」


 明後日から、急ピッチで仕上げていかなくてはならない。急造のバンドだが、やるからには本気だということは、ヒバコにも共通認識として持ってもらう必要がある。


「ヒバコなら大丈夫。必死でピアノの弾き方をグーグル検索してるところさ」


 不安でいっぱいだ。


「まぁ、何だっていいが、俺はバイトがあるし行くよ。お前はどうするんだ?」

「あたしは、ここに居てもどうしようもないと思えたら、帰るよ」


 前の職場とは吹っ切れたようなことを言っていたが、全焼ともなれば応えるものがあるのかもしれない。火は消し止められたというのに、燃え広がりそうな乾いた空だった。




「カトレアさん、全体的に演奏が遅れ気味だよ。BPM通りに丁寧にやろうとした結果なのかもしれないけど、演奏中のペースメーカーはあくまでもアブミであることを忘れちゃいけない。アブミはエモーショナルに叩くのは良いけど、ギターと被せて潰しちゃってるところがあるよ。音源では良くてもライブの音響では駄目かもしれないから適宜、アレンジを改良してくれ。それとビスカ。サビ前で溜めすぎだ、あと、感情を乗せ過ぎて言葉を疎かにしちゃ駄目だ。ライブハウスの音響がどんなものなのか分からないけど、その歌い方じゃ歌詞はほとんど聴きとれないんじゃないか」

「わわ、はい。もう少しドラムを意識して弾いてみます」

「お、おう。修正できるところはしていく」

「分かったよ、サビ前、あたしはもっと溜めてもいいと思うんだけどな、特にラスサビ前」


 吉祥寺のリハーサルスタジオ、ライブが差し迫る中、限られた時間で完成度を上げていくには、客観的な指摘を加えられることが重要だ。ビスカとバンドを組んでいた時は、基本的にビスカがその立ち回りだったが、ヒバコがその役を買って出るとは思わなかった。


「溜めすぎて曲の雰囲気を壊すわけにもいかないだろ」


 ヒバコがビスカの意見に返す。


「どうだか。キャロルはどちらかというとバラードよりだ、盛り上がりを演出する必要性がある。それと、ヒバコ、お前間奏のベース、簡略化しただろ」


 ビスカがスキャットでヒバコのベースのメロディがどのように変更されたのか、歌い比べた。


「それは、僕の演奏技術では追い付かないから、仕方ないよ」

「あのな、技術が追い付かないなら、予めメンバーに言えよ。黙って変えるな」

「そこは申し訳ない。ごめんよ。本番までにどうにか音源と同じ演奏ができるように練習する」

「まぁ、歌い方に関してはあたしも改めるよ。これはあたし一人のカラオケ大会じゃねぇもんな」


 以前、別のバンドを一緒に組んでいた時は、ビスカ一人がメンバーを叱咤するものだから、喧嘩ぎりぎりのところまで行ったことがある。本格的な練習が始まった今日、俺はまたビスカが同じ過ちを犯しやしないか、正直不安だった。でも、ヒバコがビスカとあくまでも対等にやりとりしている限り、それは喧嘩じゃなくて議論であり、うまくヒバコは手綱を握っているのではないか。


「もう一回やろうぜ。ヒバコ、次勝手にアレンジ変更したらぶん殴るからな」

「そうだね、もう一回やろう、殴られたくないから今のうちに変更した場所一応伝えておくよ」


 ヒバコは他にアレンジを変更した場所を演奏した。正直、俺には違和感なく聴こえたし、簡単ならこれでもいいんじゃないかと思えた。


「私はそれでも構わないような気がしますが。ただ後奏のアレンジ変更は、メリハリがなくなるので頂けないです。ちょっといいですか?」


 カトレアがヒバコのキーボードの元に駆け寄った。


「ヒバコ君、この部分ですがこうやって弾いたほうが運指は楽なのではありませんか?」


 カトレアが実際に弾いて見せた。簡略化される前のベースの音が淀みなく流れる。


「あ、ほんとだ」


 ヒバコが続いて弾く。そちらもほとんど詰まることなく重低音が響いた。どうやら弾き方に問題があったようだ。それよりカトレアがキーボードも弾けたことにびっくりした。


「オッケーか? ほら、始めるぞ」

「ごめんなさい、戻りますね」


 カトレアが定位置に着いたところで、俺はドラムのスティックを四回鳴らした。


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