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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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7.一堂ユニゾン-3

一堂ユニゾンはここで終了です。

「そうだ、バンドの名前どうする? エントリーの時はファイア・ボックスって名前にしたんだけど、別に仮の名前だし変更できる」


 タコ焼きに鰹節をかけていたら唐突に思い出したので、訊いてみる。


「ファイア・ボックスって、くっそだせぇな」

「いやファイア・ボックスって僕のことじゃないか」


 単純にバンド名を考えるのが面倒くさかったので、火箱と書かれた表札から拝借した。


「私はファイア・ボックスでも構いませんが?」

「僕が構うよ! ボン・ジョヴィじゃないんだから」

「でもボン・ジョヴィってバンド名かっこいいよな」


 あたしの好きなバンドの名前をヒバコが知っていて、少し嬉しい。有名なバンドだから、だろうけれど。


「俺は面白いと思うけどな、そういう人物名がバンド名になってるの」

「だとしたらカトレアが一番名前としてはかっこいいと僕は思うけど」

「それだと私が構っちゃいますよ。第一本名じゃないですし」

「偉人の名前からとったりするよな、ガリレオ・ガリレイとか」


 アブミの言うように、バンドの名前に著名人が使われることはままある。海外には村上春樹からもじってムラカミという名前のバンドもあるらしいから驚きだ。


「クリスマス・キャロルの作者って誰だったっけ?」


 誰に問うでもなく訊いてみた。縁のある偉人・著名人なんてそれ以外思いつかなかった。数秒の沈黙が部屋に居座った。


「クリスマス・キャロル? 一昔前のクリスマス・ソングか?」

「それはクリスマス・キャロルの頃には、ではありませんか? クリスマス・キャロルは確かイギリスの小説です」

「ディケンズだよ。チャールズ・ディケンズ」


 あたしが本棚に文庫本を取りに行く前に、ヒバコが答えた。


「もしかして曲のタイトルのキャロルって、クリスマス・キャロルから取ったんですか?」

「そうだよ。クリスマス・キャロルを通してあたしとヒバコは知り合ったし、曲の詞はクリスマス・キャロルを下敷きにしてる」

「じゃバンド名は、何だっけ」

「チャールズ・ディケンズですか?」

「俺はちょっとながったりぃ気がするけど」

「じゃあディケンズ、ですかね?」


 特に異論が出る様子はなかった。人付き合いに対してだらしない人々で構成されたバンド名に使われたディケンズに申し訳なく思いつつ、焦げたタコ焼きを突き刺した。


 アブミが三人をそれぞれ三回ずつ小突いたくらいのところで、タコ焼きパーティはお開きになった。ディケンズのドラムとギターを大きな通りに出るところまで送り、部屋に戻り片付けを済ませたら、丁度日付が変わるくらいの時間だった。


「まさか僕がステージに立つことになるとは思わなかったよ」

「もしベースが見つかってたら分からなかったけどな」

「練習しとくよ、必要なのはキーボードとノートパソコンかな? 配線とかも確認しなきゃ」

「なるようになるさ。明日もあるし、寝るか」

「あれ? 明日は午後からじゃなかったかい?」

「いや、ちょっと決着をつけにね。ヒバコが気にすることはねぇよ」


 明日、あたしは以前の職場である工場に行こうと思う。今まで放置していた色々な問題に蹴りをつけるためだ。




 あたしのスマートフォンが発火した原因は、事故ではなく故意によるものだとあたしは思っている。少なくとも誰かに恣意的にあたしのスマートフォンが使われていたことは確かだ。


 先週、ボーカルレッスンの無料体験講座が行われた時、前園さんという前の職場の先輩が訪れていた。あたしが講師をしていた時だ。普段と違い個人レッスンではなく四人まとめて教えることになっており、あたしは最初前園さんだと気付かなかった。


「ビスカ君、だよね? ほら、工場で一緒だった」


 体験講座が終了した後、前園さんは声をかけて来た。


「ああ、前園さんですか。お久しぶりです」

「バンドやってるって言ってたけど、ボーカルだったんだね。元気そうで何よりだよ。君がどうしてるのかずっと気になってたんだ、あれは不幸だったからさ」


 本当に気にかけてくれているのなら、ぜひともカラオケで高音を出す方法よりもあたしのことを探ってほしかったものだ。


「あたしは不幸じゃないですよ」

「なら良かった。あれで一時期大変だったんだ、ワタナベさんも労災起こしちゃったもんだから結構な処分を受けちゃったし、結局今は班長から主任になったけど」


 もうあたしにとっては過去の話だ。ただ、ワタナベという男が今も偉そうに踏ん反り返っているのだとしたら、苛立ちはしないが憐れには思う。


 どこかで聴いたことのあるJPOPの曲のサビが、こもった音で教室に鳴る。前園さんが失礼と言って携帯電話を取り出した。ガラケーだ。


「噂をすればワタナベさんだ」


 前園さんは電話に出ずに着信を切った。


「あれ、前園さんてガラケーでしたっけ?」


 遠い記憶だが、スマートフォンに機種変したことを自慢されたような気がする。


「いや、それが前のスマートフォンは調子が悪くてね、故障したから、使い慣れてたガラケーに戻したんだよ」


 精密部品を作る工場に勤めている割には、テクノロジーに対して慎重だ。


「どんな故障ですか?」

「いやね、突然変な音がビーって鳴るんだよ。この前なんか休憩中に西岡君のスマートフォンも同じ故障で同時にビーって鳴ったもんだからさ。そしたら西岡君のと僕のは同じスマートフォンだったんだよね」

「ちょっと待って。それってファミコンみたいな音ですか」

「そうそう。古いゲームの音みたいな」


 あたしのスマートフォンと同じ症状だ。


「そのスマホ、燃えたりしませんでした?」

「燃えるって、火が起こるってこと? いや、そんなことはないけど。どうしたんだい、唐突に」

「……今度、久しぶりに職場に顔出してもいいですか」


 あたしのスマートフォンと前園さんのは確か違う機種だったはずだ。だとすれば故障の原因は機種の問題ではない。もし他の職員にも同じ故障が起こっているのだとしたら、工場内の誰かが職員のスマートフォンを使ってつまらない遊びをしていることになる。カトレアがヒバコのスマートフォンをいじって、カウントダウンを表示させたのと同じようなことをしているのかもしれない。発火の原因がそれだとしたら溜まったものじゃない。機種変更や諸々の代金をふんだくる必要がある。




 前園さんには十時ごろに行くと予め伝えていた。十二月の初日、ぎりぎり今日ならまだ忙しくないから来てもらっても構わないとのことだった。珍しくあたしはヒバコより早起きしたので、起こさないようにそろそろと食パンをトーストしたのだが、冷蔵庫の上のトースターをじっと眺めていたら、その隣にヒバコが寝ぼけた顔でやって来て目を擦った。


「今日は、早いんだね。どこに行くんだっけ?」

「ちょっと昔の職場に請求に。ヒバコの分も焼くか?」

「いや、いいよ。僕はもうちょっと寝たいし。今日は、かなり乾燥してるらしいから、気を付けてね」


 ヒバコはそう言ってトイレに消えていった。だぼだぼのジャージが裸足に引きずっていた。


 さくさくと朝食を済ませる。ヒバコの安眠を妨げぬよう小さな音量でテレビをつけると丁度誕生月占いをやっていた。四月生まれは十一位だった。ヒバコじゃあるまいし、占いなどどうでもいいとは思いつつ、あたしは黄色いマフラーを首に巻いた。ラッキーカラー。


 昨日よりも暖かい今日、通りに出ると高校生たちが駅とは反対向きに歩いていた。ここ最近はあまりこの時間に外出しないから見かけないが、ここは通学路なのだ。毎朝早起きお疲れ様。単語帳を開いたまま歩く女の子の姿がやけに大きく見えた。彼らないしは彼女らを横目に、作業着で駅へ歩いていた猫背のあたしは、もうここにはいない。


 工場は三駅隣にある。とはいってもそこからバスに乗る必要があった。以前は時間ギリギリに出勤していたから、赤信号の度に舌打ちをしていたものだ。まだ二年ほど前の話だというのに、駅にやって来たバスの姿を見ると、やけに昔のことのように感じてしまった。ICカードをかざしてバスに乗り込む。乗客はまばらだ。出発直後に信号が赤に替わる。そんな様子を鼻歌をしながらぼんやりと眺めていた。


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