7.一堂ユニゾン-2
ヒバコからショートメッセージが届いたのは、暇を持て余してトランプでスピードをやっていた最中でのことだった。
「アブミと落ち合ってから帰るから遅れる、だとさ」
「そう言えばアブミさんは、ヒバコ君のアパートの場所、知りませんでしたよね」
アブミには一応簡単な地図を書いて渡したのだが、全く分からないとヒバコに泣きついたらしい。
「そろそろ片付けましょうか?」
「もう一戦だけ」
ボロ負けだった。
それからヒバコとアブミが帰ってくるまでに、タコ焼き機をコンセントに挿し、タネとタコを冷蔵庫から取り出し、慌ててドリッパーとサーバーを洗った。
「ただいま。どうぞ上がってください」
「なんだ、改まって。……お邪魔します」
「お帰り、それといらっしゃい」
「お帰りなさい、お邪魔してます」
流石に四人も同時に居ると玄関、もといキッチンは狭く、順々に部屋に避難していった。
「準備万端だね、カトレアさんは手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ、楽しかったですよ。えと、タコ焼きと試聴会、どちらが先ですか?」
「先に曲を聴こうぜ、せっかくの新曲にタコ焼きのにおいがついちまう」
アブミの提案に従って、先に音源を再生することになった。思い思いの場所に座る四人。あたしはベッド、カトレアとアブミはクッション、ヒバコはワークチェア。
「それじゃ、再生するよ」
モニターの脇にあるスピーカーから、アブミのカウントが聴こえてくる。ワン、トゥー、スリー、フォー。バスドラムがリズムを刻み、エレキピアノのようなシンセ音が静かにイントロを奏でる。キラキラしているけれど、決して軽くはない音。少し掠れた詞がスピーカーを揺らす、あたしの声。エレキギターは繊細にアルペジオを奏で、サビを迎える。
やがて一番収録が長引いた間奏の長いギターソロが始まる。汗をダラダラと髪から滴らせるカトレアの姿を思い出した。鮮烈で、悲し気だけど、どこか前向きなメロディ。感情的に歌い過ぎて何度も録り直したCメロを過ぎれば、盛り上がりを一気に抑えた落サビを迎える。キーボードの伴奏とボーカルだけ、このパートはあたしとヒバコだけの時間だ。
一瞬の静謐。
ドラムの合図と共に最後のサビに入り、一層、特にドラムに熱が入る。身体を震わせるような鋭いスネア。伸びやかなカトレアのストロークが、かえって楽曲の昂ぶりを強調した。がなるボーカルに、カトレアに負けじと汗だくで行ったレコーディングを思い出す。やがて、ヒバコのシンセとカトレアの奏でる繊細なメロディで、楽曲は後奏を終えた。
「凄い、凄いです、感動しました!」
「なんで最初の四カウント入ったままなんだよ。まぁ、音源自体はかなり良かったな」
「この音源なら一曲だけじゃなくて、何枠かとれたかもしれないな」
一応何度かこの部屋でヒバコに試聴を求められたから聴いてはいたが、改めてよくできていると思う。大いに身内びいきは入っているが、それでも面白い音源ができたはずだ。
「ミックスした甲斐があったよ、良かった。ところで、何枠かとれたって何の話?」
ヒバコがほっとするのもつかの間、疑問を呈してきた。
「ああ、それそれ。重大発表」
ヒバコ以外は既に知っている重大発表の時間だ。
「何か発表することがあるとは聞いてたけど、何の話?」
ヒバコがきょとんと立っている。驚いてタコ焼きのタネが入ったボウルを蹴り飛ばさないことを祈る。
「十二月二十四日、つまりはクリスマスイブに、この曲をライブハウスで演奏することが決まったんだよ」
「へ? それは、どういう?」
「吉祥寺にあるライブハウスが、クリスマスイブのライブイベントに参加するバンドを募集してたんです、オーディション形式で」
「前の仮音源送ったらオーディションに通って、一曲演奏する枠をとれたってことだよ、そんくらい分かれタコ」
何となく察したヒバコはクッションもしかずに床に座り込む。
「いや、でもベーシストがいないよ? それにこの曲はバンドサウンド以外にも装飾音が結構入ってるし」
「だから、それをヒバコ君にお願いしたいんです。キーボードなら、弾けますよね?」
「お願いっつーか、もう決まってんぞ。メンバーは四人で登録したからな、のろま」
「悪いね、ヒバコ。そしてバンドへの加入、おめでとう」
三人のまばらな拍手が部屋を漂う。三秒くらい考えただろうか、ヒバコは諦めたように笑った。
「いや、なんかおかしいと思ってたんだよ。ビスカは一昨日くらいからずっとニヤニヤしてるし、カトレアさんもなんだかよそよそしいし、さっき駅からここに来るまでの間、やけにアブミも優しかったし」
隠し事が苦手なのは三人とものようだった。
「やるさ、やればいいんでしょ! ここまで来たら最後まで付き合うさ」
ヒバコがこっちを見て腕を組み、ひきつった顔で口角を上げた。
「それじゃ、メンバーが揃ったところで! タコ焼きパーティ始めましょっか!」
パンッと手を叩き、カトレアがボウルを取り上げる。中にはなみなみとタコ焼きのタネが入っていた。
思えば、バンドメンバーで食事などをしたのは何年ぶりのことだろう。立ち上げては解散を繰り返していたから、仲良くなる前に物別れ。狭い正方形のテーブルを囲み、まだ下半分のタコ焼きを竹串を持って今か今かと待ち構える四人は、遠くから見れば馬鹿馬鹿しく思われるだろう。
あたしの左でアブミが率先してタコ焼きをひっくり返し始めた。ヒバコが自分の近くのタコ焼きを半信半疑でひっくり返すが、ぐずぐずに崩れている。それを叱咤するアブミに、くすくすと鈴を鳴らしたようなカトレアの笑い声が右側から聴こえてくる。タコ焼き一つとっても性格が出るもんだと感心した。




