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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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7.一堂ユニゾン-1

 ベランダに出て、洗濯物を干す。息が白い。部屋着で出てきたことを悔やんで、部屋に引き返して上からパーカーを着た。壁に画びょうで押した、無機質なカレンダーを横目に、あたしはベランダに躊躇いがちに踏み出す。十一月も、もう終わり。


 最初に部屋に来たのはヒバコじゃなくてカトレアだった。大学というのは同じ学科でも受ける授業が異なる場合があるらしい。カトレアはヒバコよりも早く授業が終わったということだ。


「お邪魔します、今日寒いですねー、真冬並みらしいですよ、真冬並み」


 流行りの地球温暖化も、冬を逃れることはできないらしい。


「入って入って。今コーヒー淹れるから」


「ぜひ頂きます。私が言うのも変ですけど、今回はお客さん用のマグカップに入れてくださいね」


 以前カトレアにコーヒーを振舞った時は、ヒバコのマグカップで提供していた。そういうことを気にする人もいるということだ。


「はいはい。ドリッパーとかも洗っておくさ」

「はいは一回です。一緒にコーヒー淹れてもいいですか?」

「いいよ、手分けするほどでもないけど」


 カトレアは一度部屋に鞄を置いてコートをかけて、トコトコとキッチンに戻ってきた。


「お湯沸かすからさ、これで豆を挽いて」


 あたしはカトレアにハンドミルを手渡した。コーヒー豆を粉にする手のひら大の装置だ。見た目はアンティークっぽいけど、安物には違いない。


「うわ、雰囲気ありますね。この中に豆を入れればいいんですかね?」

「そうそう、でふたを閉じてハンドルを回せば下にコーヒーの粉が落ちてくるから」


 カトレアは察しが良く、パッと見ただけでコーヒーミルの構造が分かったようだった。未だに手こずってはヒバコに取り上げられるあたしとは大違いだ。ケトルにミネラルウォーターを入れて、コンロに置いて火をかけた。


「ヒバコ君は確か四限で終わりなので、帰ってくるのは午後六時くらいですかね?」


 カトレアが豆を挽きながら話しかける。ゴリゴリと軽快な音がキッチンにバウンドする。


「まぁ、そんなもんだろうな。アブミはバイト終わってからって言ってたけど、シフトが六時までって話だったから、多分、七時前」

「ちょっと早く来過ぎちゃいましたかね?」

「すぐ来るさ。悪いけど、今日の準備手伝って」

「元々そのつもりでしたから。材料の買い出しは昨日済ませたんですよね?」

「まあね」


 しばらくの間封印されていたゲームセンターの景品が、こたつテーブルの上に鎮座している。ヒバコが昨日買って来たのは、タコ焼きの材料だ。


 コーヒーサーバーの上に陶器製のドリッパーを乗せ、ペーパーフィルターを広げる。フィルターが擦れるかさかさとした感触。そこにカトレアが挽いたコーヒーの粉を落とした後、ドリッパーを揺らして粉の山を平坦にならす。沸騰させた後、少しだけ冷ましたお湯を、粉の上にのの字を描くように注ぐ。泡立ちながら盛り上がる焦げ茶色。ゆっくりとゆっくりと。


「とってもいい香りですね」

「伊達にカフェでバイトしてないからね」

「ヒバコ君が、ですね」


 実際、ヒバコがカフェでアルバイトしてないければ、コーヒーの作り方なんて知らないままだっただろう。あたしは自分のマグカップとアコースティックギターのイラストがプリントされているマグカップにコーヒーを注いだ。


「私、まだ完成音源聴いてないんですよ。折角ヒバコ君がデータで送ってくれたのに」


 マグカップを握ったまま、ヒバコのベッドに二人で腰掛けると、カトレアがコーヒーを見つめたまま言った。


「そりゃまたなんで?」

「もちろん、この部屋で皆で聴きたいからです。一応そのためのタコ焼きパーティでもあるんですよね?」

「まあ、そうだな。重大発表もあるけど」

「ヒバコ君にとって、ですよね」


 カトレアは悪戯っぽく笑った。ヒバコは一昨日、ようやくミックスとマスタリングを終えた。曲の完成度を左右する、個別に録音した音やDAW上で打ち込んだ音を調整して最終的に一つの曲としてまとめ上げて作品として聴ける状態に持って行く作業。ヒバコにとってはこれが自分の最後の仕事だと思っているに違いない。これで用済み、というわけにはいかない。



「あの!」



 カトレアの突然の声に体がピクリと反応してしまう。


「これからも、このバンド、続けますよね?」

「少なくとも、あたしは続けたいと思ってるよ。野郎二人もきっと続けたいと思ってるさ。どうした?」

「なんだか不安で。折角こんなに楽しくなったのに、終わらせてしまうんじゃないかって」


 あたしにしても、アブミにしても、カトレアにしても。それぞれにバンドを潰してしまう脆さを抱えているから、不安になってしまうのは分かる。


「続くさ」

「大きな過ちを犯したとしても?」


 カトレアがあたしの目の奥を見る。もし、あたしと似たような間違いをカトレアがしたとしても、今度はちゃんと受け止めてバンドを続けていきたい。


「もちろん」

「……変なこと訊いて申し訳ないです。もう後戻りもできないですし、後は野となれ山となれ! ですね」


 きっとカトレアには、歌詞を読んで色々思うところがあったのだろう。


「そう言えば、バンド名決まってませんでしたね? それも今日みんなで考えますか?」

「バンド名、ねぇ」


 すっかり忘れていたなど言えるわけない。お世話になったバンドの数が多過ぎて一々覚えていられなかったなどと言ったら、元メンバーのやつらになんて言われるだろうか。


「参考までに、ビスカさんが所属していたバンドはどんな名前でしたか?」


 訊かれたくないことを問われ、胸の上の方が詰まる。


「もう覚えてないよ」


 ここは正直に答えることにした。


「またまたぁ! 照れなくてもいいですから、教えてくださいよ!」

「さて、そろそろ準備を始めようか」


 コーヒーを飲み干してこたつテーブルの上に置く。ガン、と鳴る。焦って叩きつけてしまった。構わず立ち上がり伸びをした。


「まだ、大分早い気がしますが――」


カトレアは私の顔を見上げて覗き込んだ後、何かを察したように微笑んだ。


「まぁさっさと用意して冷蔵庫にでもしまっておいた方が、気は楽ですよね」


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