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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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5.アコギとリメリック-2

「じゃあ今日早速うちにおいでよ。うち、というよりヒバコの部屋」

「え、今日ですか? 構いませんけど」


 嬉々とした彼女の表情についつい流れで頷いてしまいましたが、よく考えたら初めて行く男の子の部屋です。事実に気付き、顔が熱くなり、目を伏せようとしたところで、電車は上石神井駅に停車しました。




 金平駅の北口に行くことはほとんどないので、なんだか自分の住んでいる街の別の側面を見た気になって、寂しいような切ないような気持になります。駅の反対側と言うのは身近な見知らぬ土地に違いありません。


「ギターは初めて何年くらい?」


 ヒバコ君の部屋に向かう道中、暗がりの街灯の下でビスカさんが質問をしてきました。


「大体、アコースティックギターが六年、エレキギターが三年くらいでしょうか?」

「何か、きっかけは?」

「きっかけ、というほどではありませんが、中学生のころ、高田馬場駅で路上ライブをしている男性を見かけて、あまりに気持ちよさそうに歌うものですから、どんなものなのかと思って」


 想像している以上に爽快なものでした。ギターと言う楽器は、最初の段階では大変とっつきにくいもので、音らしい音が出るまでに何度か左指の皮をすりむかなくてはなりません。そういった苦労もスパイスになるのでしょう、通しで一曲弾けるようになった瞬間は気持ちのいいものです。


「ふうん。路上ライブ」

「ビスカさんは路上ライブをやったこと、ないですか?」

「何度かやったんだけど、警察官と喧嘩になったから止めた」

「流石に注意されたら演奏を中断しないとだめですよ」


 憶測での受け答え。


「最後まで歌わせてくれたっていいのになー」


 存外推理は外れないものです。



「いらっしゃいませ」



 ビスカさんの導きで室内に入ります。ぱちんとビスカさんが手探りでスイッチを押すと、真っ暗な部屋に無機質な白い光が灯りました。ヒバコ君のアパートは木造の二階建てでした。中々に趣がありましたが、リフォームを重ねており、室内に古さは感じられませんでした。


「ロフトがあるんですね」


 キッチンを通り抜けて部屋に入ると、はしごが下がっていました。


「うん、この上があたしのスペース。下が共用スペース」

「ヒバコ君専用の居場所はないんですね」


 適当なところに荷物置いていいよ、とビスカさんに促されたので、部屋の隅の方にギターと鞄を置きました。鞄にはノートパソコンが入っているので、なるべくそーっと。


「それじゃ、早速曲を聴かせてやろう」


 ビスカさんは机の上のパソコンの電源を入れました。両サイドに結構立派なスピーカーがあります。


「あ、しまった。パスワード」

「えと、パスワード、忘れてしまったんですか?」

「いや、基本的にこのパソコンはヒバコの持ち物だから」

「なのに勝手に起動しようとしたんですね」


 ヒバコ君のプライバシーが心配です。


「こりゃあいつが帰ってくるまでは流せないな」


 ちょっと待ってて、コーヒー淹れてくるから、ビスカさんはキッチンへと向かいました。


「ありがとうございます」

「適当なところ座ってていいよ、それと、ヒバコに早く帰ってこいって催促しとくよ」

「いやいや、いいですよ、そこまでしなくても」


 ビスカさんはケトルでお湯を沸かす傍ら、スマートフォンでメッセージを送っているようです。腰掛けたベッドから、その様子が窺えました。


 私のとは異なるスマートフォンの通知音が、ベッドの中から聞こえてきます。音のした場所を探り、布団をめくると、そこにはケースをしていないスマートフォンが出てきました。


「あの、これもしかしてヒバコ君のですか?」


 スマートフォンの通知画面に、はよ帰ってこい馬鹿たれ、というメッセージが表示されていました。送信相手に白頭と書いてある辺り、仲が良さそうで、ビスカさんが羨ましい限りです。


「野郎、忘れていったのか。寝坊なんかするからだよな」


 ビスカさんはマグカップを二つ握りしめて戻ってきました。よくよく見てみると、左手は器用に四本の指でマグカップを支えています。


「ありがとうございます、なんだか意外です」

「何が? マグカップの柄?」


 ビスカさんはあたしに髑髏と十字架が描かれたマグカップを渡してくれました。確かに、お客様用には適さないとは思いますが。


「そうではなくて。ヒバコ君って物思いに耽ることはあっても、基本的にはしっかりした方なので、そういった忘れ物の類はしないものかと」

「そうでもないぜ。人の話ちゃんと聞かないし、忘れっぽいし、デリカシーないし」


 意外と同居していると色々と欠点が見えてくるものなようです。それは、ビスカさん相手だからこそ見せる部分なのかもしれません。


「あの、どうしてお二人は同棲しているのですか?」


 単純な疑問です。決して下心や嫉妬があるわけではありません。


「本屋で知り合ったんだよ、あいつのバイト先」


 ビスカさんは私の隣に腰掛けてコーヒーを啜りました。


「知り合ったのは、本屋さん」

「鋭いね、実際にあたしがあいつの存在を知ったのは、もうちょっと前だ」


 全くそんなつもりは無かったのですが、含みのある相槌をしてしまったようです。


「一方的に知ったのは、いつですか?」

「隣に住んでたんだよ。この部屋の」

「それで、部屋の壁をぶち抜いて一つの部屋にしたんですか?」

「カトレアって冗談とか言うんだな」

「女子大生ですもの」


 今はビスカさんの求めているものが見えてこないから、自由に発言できます。何も見えてこない人の方が、内心話しやすいのものです。


「隣に住んでいたけど、ヒバコ君はビスカさんのこと認識してなかったんですか?」

「あいつは他人に関心が無さすぎる」

「それはなんとなく分かります」

「それで、興味が湧いたんだよ。どう考えてもお互い交わることのない人種だからさ、学術的興味」

「学術的かは計りかねますが、仰ることはなんとなく」

「それでまぁ、色々偶然が重なった。スタジオのある吉祥寺でたまたまあいつが本屋の制服で駅ビルに出入りしてるのを見かけたから、あー、あいつあの本屋の店員なんだって」

「それで?」

「どうやったらあいつにあたしを印象付けられるのか考えたんだよ。死んだような目をしてたからさ」


 それはどちらがでしょうか。どちらもなのかもしれません。


「学術的興味、ですか」

「そうだよ。なるべく凝ったことをすればいいと思ったんだよなぁ。あたしみたいな見た目のやつが難しそうな本買ったら印象に残るかな、とか。でもそれじゃ弱い」

「それは、確かにそうですね。色々なお客さんがいますから」

「その後、あたしの指が飛んだ」


 ビスカさんは左手を広げて私の方へひらひらとさせました。なんだか話の展開が唐突ですが、理解しようと努めることが、会話、ひいては人間関係において肝要です。


「仕事で、とかですか?」

「まぁ、そんなところだ。指がない奴が血をびゅーびゅーさせながらレジにきたらびびるかな、と思いついたから、こりゃチャンスだと思って」

「それ、トラウマになっちゃいますよ」

「今では反省してる」


 ビスカさんは溜息をつきました。


「それで、本を買いに行ったと」

「そこなんだよな、あいつ本屋の中のカフェ店員だったみたいで、病院でもうくっつきませんねって言われた指を無理やり引き抜いてぜぇぜぇ言いながら会計済ませたのに、居やがらねぇんだ。むかついたから煙草でも吸おうと思って隣のカフェに行ったら、ヒバコが居てね」


 握りしめていた人差し指を見せつけたと、ビスカさんは話しました。なんだか本当にヒバコ君のことが気の毒になってきました。


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