5.アコギとリメリック-1
場の空気を読むという行為は、円滑に物事を進めていく上で重要なものです。それが得意な人のことを協調性がある、と属性付けることが多々あります。従って、私も協調性がある、ということになるのでしょうか。
協調性が、その個人がチームで必要とされる最低限の意義を果たした上で発揮されるものなのだとしたら、私に協調性はないと言わざるを得ないのでしょう。協調性があるということと、自分の意見をはっきり言うということは、相反しないはずです。自分の意見を述べ、チームでの活動なり行為なりに参加していくことが、チームの一員として必要なのだとしたら、私が発揮しているのは協調性ではなく怠惰だということになります。返すべき言葉を、自分で考えるのではなく、オウムのように返していくことしか、私はしません。会話をしている相手が何を言って欲しいのか分かってしまうからです。これは、特殊能力などではなく、多かれ少なかれ誰にでも備わっているものだと思います。
多くの人間は、誰かと話す時、その会話に対して予め何かしらの反応を望んでいるものです。デートの出会い頭、服装の変化に気付いてもらって欲しくて大げさな動きをしながら話しかけます。遅刻したことを謝る時、誰だってそれに許しの言葉を求めているものです。
私はその人から発せられるこんな言葉をかけて欲しいという雰囲気、オーラとでもいうのでしょうか、そういったものを汲み取って会話を行っています。だから相手はキャッチボールをしたつもりでも、私は壁にしかなっていないのでしょうね。
そんなことをいつも考えてしまうから、私は友達付き合いが苦手でした。或いは表面的には上手くいっているのかもしれないけれど、私の存在価値を問うと一様に皆黙ってしまうに違いありません。だから私は、そうやって考え込んで捻じれてしまった思考をほぐすために、ギターを弾くのです。だから、誰かに聞いてほしいわけでは決してなくて、私は、私のために歌い、演奏します。誰かの前で弾き語りをしている時だけは、かえって誰のことも考えずに歌いたいことを歌えると思っていました。
知り合いにばれたくなかった、というのが本心でしょう。私は自分の居場所を失うことをひどく恐れていました。今思えば、高田馬場駅なんていう近場で路上ライブをするべきではありませんでした。
「えと、私は別に路上ライブなんかしていませんよ?」
嘘が下手な自分をこの時ばかりは恨みます。
「じゃあ、そのギターケースは何だ?」
ビスカさんは尖った目で私のギターケースを見つめていました。
「えと、これは、その――」
誤魔化す言葉を探すのは苦手です。改札前での会話に通行人が邪魔そうにこちらを見てくるので、ひとまずこの場を収めるために、私はビスカさんに提案しました。
「取り敢えず、電車に乗りませんか? 降りる駅は一緒ですので、帰りながらお話しましょう?」
その時、ちょうど急行がやってくる時間でした。雑踏はその勢いを増していて、私たちは改札の向こうへと進みました。
ホームに上がり、電車に乗るまでは互いに無言でした。もちろん、電車に乗るために急いでいたのもありますが、ビスカさんも言葉に迷っている様子でした。
ビスカさんは時に分かりやすい人で、時にとても理解しがたい人です。ビスカさんの求めている言葉は見える時と見えない時があるのです。特に、普段の日常生活においては、ビスカさんの求めているものは雲散霧消としていて、雲を掴むよりも難しいです。今日は、なんとなくわかります。感情的になる部分に関しては、読み易い人なのだと思います。
「確かにこのギターは私のです、それと、路上ライブをしていたのも認めます」
ぎゅうぎゅう詰めの急行の中、誤魔化しは到底効きそうにないので、素直に白状することにしました。これはビスカさんが求めているものです。ビスカさんは床に立てたギターケースの上に右手を乗せました。
「アコースティック以外も、例えば、エレキギターとかも弾けるのか?」
これは、誘導尋問です。ビスカさんは最終的に、私にバンドへの参加を促そうとしているのです。
「エレキギターも弾きますよ、ロックも時々聴きます」
「それはなんというか、意外だな。てっきりクラシックとかしか聴かないもんだと」
それは、私の見た目や言動からの類推であり偏見です。そんなこと、言わないけど。
「ふふ、よく言われます。それがどうかしたんですか?」
「今、ヒバコが曲を作ってる話はしただろ?」
私もなるべくビスカさんが行きつきたい質問をできるように手助けします。
「そんな話をしていましたね、それはどういう曲ですか?」
「バンドサウンドなんだよ。あいつは普段はそういう曲じゃなくてヒップホップっぽい曲を書いてるんだけど」
「へぇ、それは意外です」
これもまた、誘導。互いに誘導し合うのはなんだか滑稽かもしれません。
「だろ? で、その曲のギターパートを弾けるやつがいないんだよ。正直作曲ソフトのチープな音源じゃ掴めるものもつかめない。だから、やってくれないか?」
急行は新井薬師前駅を通過しました。時々私を乗客の圧に潰されないように支えてくれるビスカさんは正直素敵です。だから、少しだけ意地悪することにしました。
「それって私の必要ありますか? エレキギターにしろアコースティックギターにしろ、私はまだまだ未熟ですし、ビスカさんのバンド仲間の方にもっとうまい方がいらっしゃるのではないですか?」
それか、ご自身で演奏なさってはいかがですか? ヒバコ君にギターやベースを弾いていたという話は聞きましたよ。そんな質問をしました。最後のは余計だったと思います。こうやって自分の言いたいことを言うと場を乱してしまうから、だから封じてしまうのでしょうね。
「あたしこんなんだからバンド仲間に愛想つかされちゃってさ、それにこんなだから弾けないんだ、ギター」
ビスカさんはポケットに隠していた左手を私に見せてくれました。普通の人が持ち合わせている指が、一つ足りません。不用意に相手を傷つけてしまうと湧き上がるのが後悔です。どうして私は、自分で言葉を選ぶ時、いつも失敗してしまうのでしょうか。
「そんな、ごめんなさい。まさかこんな風になっているとは」
これは本音。何度かビスカさんとは会いましたが、彼女は左手の人差し指がないことなど全く感じさせないくらいに、ごく自然と接してくれました。
「ヒバコは、あたしのこと話してなかったのか?」
「ごめんなさい、ビスカさんの人差し指がないということは、一度も」
急行は鷺宮駅に停車しました。電車の扉がベルが鳴ると共に開きます。電車を埋める人々が続々と出ていったのは辛うじて分かりました。
「そんなに見つめられても、照れる」
そう言ってビスカさんは自分の左手をポケットに隠してしまいました。
「もう、ドラムとベースには当てがあるんだ、あとはギターだけなんだよ。お願い、できるか?」
誰かのためにギターを弾きたいわけじゃない。だから、本当はせめて、考えさせてください、とかそういう返事をするべきなのですが――。
「ええ、構いませんよ、そういうことなら。ヒバコ君の曲も聴いてみたいですし」
承諾してしまいました。安請け合いしてしまうことが、後々じわじわと自分を追い詰めていくことなんて、何度も経験しているはずなのに。ただ、誰かとバンドを組む、つまり誰かと何かを作るというのは久しぶりのことです。もしかしたら、私の感じている孤独や、無意識に相手の欲しい言葉を探してしまう弱さを、解決してくれるのではないかと、そう思ったことも確かでした。




