4.朝焼けのマッシュアップ-2
段々クリスマスが近づいてきている。つい先日までコスプレグッズやオレンジ色の包装のお菓子が所狭しと街を埋め、渋谷では年中行事のように列をなしていた百鬼夜行も祭りの後。今ではケーキの予約注文のチラシや、クリスマスカラーの紅白のパッケージの商品がずらりと陳列されているのだから、節操のないことだと思う。クリスマスは家族で過ごすものだろう、というのは現代においては錯覚なのだろう。ところで紅白の包装はクリスマスだけでなく正月にも使えるからエコなことだ。
駅前のスーパーも例外ではなく、まだ十二月にもなっていないのに、クリスマスグッズが立ち並んでいた。あたしはいち早くこれらを吹き飛ばす爆弾を開発しなければならないのだけれど、その手立てが未だに思い浮かんでいない。こうしてずるずると来年に繰り越すことになれば、延命治療としてこれほど楽なことはないだろう。
買い物かごに食材を詰め込む。冬ごもりの備えにはまだ早いが、しばらく買い物にでかけなくて済むように。じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、鶏肉、順調に素材を揃えてカレールーに手を伸ばした時、古典的なラブコメ漫画よろしく他の買い物客と手が触れ合う。
「ああ、ごめんなさい。どうぞお先に……、あ、ビスカさんじゃないですか。お久しぶりです」
触れた手はカトレアのそれだった。先日と違って割かしラフな格好だ。金持ちでもジーパンを履くのかと感心する。
「久しぶり」
短く挨拶して譲られたカレールーを手に取る。中辛。
「今日は一人なんですか?」
カトレアはきょろきょろとオーバーに周りを窺う仕草を見せる。
「ヒバコはいないよ。本屋」
「本屋さんに行ってるんですか?」
「本屋で働いている」
「それは、本を陳列したり、紹介用のポップを書いたり、レジを打ったり?」
「いや、コーヒーを淹れたり、皿を洗ったり、レジを打ったり」
「おいしそうな本屋さんですね」
カトレアはにこりと笑って、カレールーをカートに入れた。
「そう言えばヒバコ君に聞いたのですが、ビスカさんはご自分の声を仕事に使っているとか。何のお仕事をされているのか訊いてもいいですか?」
「ボイストレーニングの講師だよ。といってもアルバイトに近い」
「すごいですね! 声カッコイイし、向いてると思います!」
「いや、声質は関係ないよ。技術的な話をするだけだから」
とはいえ褒められて悪い気はしない。ついでにヒバコの自慢もしておくか。
「それよかヒバコは曲を作れるんだぜ。今も鋭意制作中だ」
「え、そうなんですか! ヒバコ君、全然自分の話をしてくれないから。知らなかったです、凄いなぁ」
「カトレアは、楽器弾いたりしないのか? ギターとか」
自然な質問、のつもりだったのに沈黙が走る。
「もし、私が弾けると答えたら、私をバンドに誘うんですか?」
カトレアが上目遣いで訊いてくる。質問を質問で返された。
「それは、つまり?」
その質問に質問で返す。その答えが返ってくる前に、あたしのスマートフォンが悲鳴を上げた。
ビー、ビー、ビー。
何時ぞやと同じこのスマートフォンには入っていないはずの無機質な音色。高さも以前と同じくF♯。
「これは、着信音ですか?」
「いや、このスマホ、調子が悪くて。止まれ、止まれ!」
画面には何の変化もない。普通に操作できるけど、音が大ボリュームで鳴る。買い物客の視線がこそこそと感じられた。それから三十秒くらいあたふたしてたら、スマートフォンが鳴り止んだ。
「びっくりしました、故障、ですかね?」
「分からん、今度修理に出そうかな」
「取り敢えず、再起動してみたらいかがですか? 精密機器の不調って一度電源を切れば存外あっさり治ること、多いんですよ」
カトレアの指示通り、あたしはその場でスマートフォンの電源を切った。それじゃ、失礼します、とカトレアは立ち去ってしまった。カレールーはカトレアが取ったので最後だったようで、商品棚のスペースにぽっかりと長方形の空白ができていた。
「ただいまー」
カレールーを鍋に落として溶かし込んでいるところに、ヒバコが帰って来た。出来上がるまでに帰ってこなかったら、とっとと食べてやろうと思っていたので、計画が頓挫して残念だが、努めて顔には出さないようにヒバコを迎え入れる。
「今日はカレーか。なんでそんなに不機嫌そうなの?」
「いや、お帰り」
ポーカーフェイスは苦手だ。
カレーを食べ終わるまでの話を要約すると、ヒバコは明日の午前中の仕事を免除、あたしは変わらず明日は講師の仕事、食卓で仕事の話ばかりをするのは倦怠期の夫婦みたいで、年の取り方を間違えたと後悔した。
「それじゃあ、始めるか」
洗った皿をかごに立てる。ヒバコはコーヒーをマグカップに注いでいた。
ヒバコはパソコンの作曲ソフト、いわゆるDAWを起動した。ヒバコはワークチェア、あたしはベッドの脇、いつもの定位置。どうせあたしが画面を見ても何が何だか分からない。
「メロディと、大体のコード進行なんかは決まってたね。まだ伴奏はピアノと簡単なドラムだけだから、どうやってアレンジしようか」
「その前にサビのメロディ聴かせてくれる?」
ヒバコは最初のサビの部分を再生する。小さめに絞ったスピーカーから無機質な伴奏と共に、ファミコンの音みたいなメロディが再生される。ミドルテンポ、あたしからしたらバラードに近い曲調。
「この後半、もうちょっと盛り上がるようにしたいな。こんな感じで」
あたしは鼻歌でなんとなく代替のメロディを提案する。
「例えば、これでどう?」
しばらくマウスの音をカチカチさせた後、新しいメロディをヒバコが再生する。
「取り敢えずそれで行くか」
こんな感じであたしたちの作曲は行われていく、のがベストである。
「下手くそか! もっと雰囲気出せよ!」
「君の指示は曖昧過ぎるんだよ! そもそも僕はロックの曲なんてほとんど聴いたことないんだ!」
「聴いたことないんだったら聴いて勉強すりゃいいじゃねぇか!」
「よくそんなこと言えたね、君こそ明確に指摘できるように楽典の勉強でもするべきだ! それとも日本語の勉強からした方がいいんじゃないか!」
「んだとコラ! とにかく! サビなのにこのバッキングはありえない、特にギター!」
遅かれ早かれ、互いに感情的になってしまうのがオチだ。ヒバコにとって数少ない譲れないものが作曲なのだろう。あたしだってバンドは譲れないものだ。衝突は避けられない。
「一旦、休憩しよう。ご近所にも迷惑だし」
「……そうだな、悪い」
ヒバコはキッチンへと消えた。コーヒーを淹れるのだろう。もう時間帯は深夜に差し掛かろうとしている。もしヒバコの部屋が角部屋じゃなければ、そしてあたしがかつて住んでいた隣の部屋に新しい住人がいたならば、きっと先ほどの口論でも壮絶な苦情に遭っていたに違いない。
ヒバコに手渡された、高田馬場で買ったマグカップはコーヒーで温かい。熱でマグカップ表面に柄が出てくるようになっていて、あたしのマグカップにはニューヨークヤンキースのロゴが、ヒバコのマグカップには十字架と髑髏が浮かび上がる。互いのために選んで買ったのだが、双方悪ふざけが過ぎたと反省している。




