3.悶々スキャット-4
今回、話の切れ目の都合上短めです。
それから僕らはしばらくゲームセンターの中をうろうろとして、メダルゲームに安住の地を求めた。格闘ゲームやレースゲームのような対戦ゲームの類は、ビスカに利があり過ぎるからだ。
「千円も変えちゃうの?」
僕は気前よく野口英世の肖像をメダル両替機に突っ込むビスカに質問した。ビスカは慌てて小さなバケツをメダル取り出し口に入れている。
「これでも渋ってる方だって。分母は大きくないと」
ビスカが煩わしそうに右手で抱えている箱を僕は預かろうと手を伸ばした。受け取る直前に、褐色の手が割って入る。男性の店員のものだ。
「よろしければこちらの袋をご利用ください、お客様」
小柄な店員は接客にしてはぞんざいな喋り方で、腰から下げた景品を入れる用の袋をぶっきらぼうに差し出してきた。
「ありがとうございます」
態度が横柄だろうとずっと手で持ったままというわけにもいかなかったし、ありがたく受け取り、ビスカの持っていた景品を袋に突っ込んだ。
ビスカはメダルがぎっしりと注がれた小さなバケツを左手から右手に持ち替え、こちらに振り返る。
「アブミ。久しぶり」
立ち去り際の店員に、ビスカは声をかけた。
「ああ、見覚えがあると思ったら、ビスカだったか。よう」
アブミ、どこかで聞いた覚えのある名前だ。そう言えば、咄嗟に声が出る。
「ああ、あの夢に出て来た!」
「なんで俺が見ず知らずの野郎の夢に出てんだよ!」
アブミ、と呼ばれている男が僕に向かって目を尖らせた。全体的に浅黒いが僕より背が低く耳の大きな童顔、吠えられても精々ラブラドルレトリバーだ。
「あ、ごめんなさい。ビスカ、知り合い?」
「こいつはあたしがボーカルやってたバンドのドラム。アブミ、これはヒバコ。あたしの寄生先」
端的に互いの紹介をしてくれたが、かいつまみ過ぎて何も分からない。
「ふん。ビスカに転がされてるのか、お前」
転がされているわけではない、と思う。ただ同情してくれているのならありがたくもある。僕のことを上から下に眺めた後、アブミはビスカの方に向き直る。
「なぁ、ビスカ。もう一度戻って来いよ」
「バンドに誘っているんならお断り。あたし抜きでやればいいじゃないか」
「お前抜きで成立しないことくらいわかってるだろ。もう解散したよ、解散」
ビスカは、それだけ必要とされる素質を備えているということだろうか。少なくともアブミや彼らの元バンドメンバーにとってビスカありきで活動を行うくらいには、ビスカの歌には力がある。正直なところ、僕には何かを成し遂げる素養はないから、ビスカのことが羨ましい。僕と、ビスカやアブミとの間に境界があって、彼らにしか見えない世界の話が今行われている。
「解散したんならもうあたしの居場所はない」
「今からメンバーくらい集めりゃいいだろ!」
ビスカから聞いた話では、既にビスカは両の指で数えきれないほどバンドを転々としているらしい。その度にベースやギターやドラム、様々な楽器で渡り歩いて来たらしいけど、今はボーカル専業だ。ビスカは沢山のバンドを、彼女の言葉を借りれば壊してきた。ビスカはきっと躊躇している、また壊してしまうのではないかと。
「じゃあ、どうすりゃ戻ってきてくれるんだよ!」
店員の仕事を放棄して、ビスカに言葉をぶつける。まるで僕はいないみたいに、彼ら二人で展開されるぶつかり合いに、もの寂しさを感じながら僕は景品の入った袋を持ち替えようとした。その刹那、ビスカが僕の首に腕を回して引き寄せる。丁度、肩を組むような姿勢だ。
「ヒバコの作った曲を演奏するんなら、考えてやるよ」
頭上のビスカは僕を無理やり境界の内側に引き込んだ。タコ焼き機の入った袋がとさりと落下する。
「はぁ!? それはどういう――」
流石にまだ知り合って間もないひ弱な男の作る曲を演奏しろ、と言われても面食らうに決まっている。その反応は全く間違っていない。しかし、アブミは言葉を最後まで紡ぐ前に先輩と思われる店員に、仕事をさぼっていることに対して断罪を受けながら、引きずられるように立ち去って行った。連行、あるいはドナドナみたいだ。
「しらけた。帰るか」
「いいけど、そのメダルどうするの?」
ビスカは左手に空のバケツを持っていた。どうやらそこに二人分を分けて遊ぶつもりだったようだ。




