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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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3.悶々スキャット-2


「よく分からん」


 ビスカは数学体験館の展示を見てぼやいた。前職が技術職と聞いていたので意外と理数系の知識はあるのではないか、と思ったがあてが外れた。


 土曜日のデートはお互いがそれぞれに行きたいところに行こう、という話だった。午前中は僕が行きたいところ、午後はビスカが行きたいところに行くことになった。折角東京に住んでいるのにほとんど博物館や美術館の類に行っていなかったので、僕は博物館を提案した。ビスカは大型ショッピングモールでの買い物を提案した。僕らは今前半戦の舞台である数学体験館にいる。別に数学分野に特に興味があったわけではなく、僕らの最寄り駅から乗り換え一本で行ける上に、帰りに高田馬場駅で後半戦が行えるからである。あまり都心に行かず電車賃も使わず、省エネに活動しようというのは僕らの本意である。


 石階段で地下へと下り自動ドアが開く。受付、僕は右手で、ビスカは左手で記名をして入館許可証を受け取った。数学体験館は小振りだが数学に関する展示のみを取り扱っているようで、土曜日ということもあって沢山の人が居た。博物館というよりは知的なレクリエーションルームという感じだ。多角形の骨組みを組み合わせてできたボールが壁や天井にあったり、木製のパチンコ台や小さな楕円形のビリヤード台があったりと、一見しただけでは用途不明な知育玩具のおもちゃ箱のようだった。



「つまり、放物線の軸に平行にボールをぶつけたら、どこからぶつけても焦点に辿り着くってことだよ。ほら」


 僕は展示されている、小さなテーブルと同じくらいの大きさの放物線をかたどった木枠に、パチンコ玉よりかは大きいくらいのボールを転がした。ご丁寧にも放物線の軸と並行になるようにボールを発射できる小さな可動式の滑り台までついている。


「いや、分かるんだけど、だからどうした、つーか」


 煩悶するビスカに対して、係員が気を回して解説を加えてくれた。


「これを応用したのがパラボラアンテナなんですよ」


 爽やかな青年が、ちょうど僕らの真裏にあったパラボラアンテナの模型まで案内してくれた。パラボラアンテナは放物線を軸を中心に回転させてできた立体で、こちらも先ほどと同様、軸に対して平行にピンポン玉を投げると同じ位置、すなわち焦点に飛んでいくようだ。これを応用して電波を集中させるらしい。



「なるほど、人生とよく似ている」

「深そうに見せかけて意味のないことを言うのは止めなよ」



 冗談を飛ばせる程度には納得がいったようだ。


 体験型の施設は、パネルを展示するタイプの資料館よりかはうんとビスカにはまったようで、今も大きなパズルに苦戦している。正方形のこたつに切れ込みが入ったようなテーブルが展示されており、四つの小さな形の異なるテーブルに分解できるようになっている。これらのテーブルを動かして、直角三角形の大きなテーブルになるように組み合わせるパズルだ。


「んああ、もう、分からん」

「そんなに闇雲に動かしちゃ、正方形にも戻せなくなるよ」


 ビスカはテーブルをごちゃごちゃと動かして、わけのわからない図形に変身させていく。僕は彼女にいじくりまわされたまま片付けられていない、自宅の本棚を想起した。ビスカは変化させることに躊躇いがない。


「ごめんなさい、一回元に戻してもらえますか?」


 ビスカがテーブルを上に重ねようとしたところで、いったん整理を促すために係員にテーブルを正方形に直してもらった。


「実はこれにはコツがあるんですよ」


 係員はヒントを言おうとしている。流石に十分以上この展示に僕らは貼りつきっぱなしだったので、彼ももどかしくてうずうずしているのだろう。


「いや、自分で考えたいから、待って」


 ビスカはそれを遮る。正方形のこたつを係員含めて三角形に僕らは囲んでいる。中々に難しいパズルだ。


「うがー、分からん!」

「ヒント、ヒント下さい! ビスカ、落ち着いて」


 ビスカがテーブルを足蹴にしようと軸足を構えたので、彼女を制止しつつ係員にヒントを求めた。慌てて説明しだした係員によると、外側の辺を内側に入れていくのがコツらしい。


「じゃあ、これはこっちか」


 少し休憩を挟んで落ち着いたビスカは比較的大きい小テーブルを回転させる。外側に出ていた辺が内側を向く。


「この小さいテーブルはこうかな」


 僕もビスカに続いて回転させていく。答えが見えて来た。



「お、後はこれだけか」



 最後の一ピースを回転させて組み込んだ。先ほど四角形だったとは思えない、綺麗な直角三角形のテーブルが出来上がった。意固地になって二十分近く、このテーブルに付き添った甲斐があった。でも達成感よりは安心感の方が大きかった。


「おい、もう行くぞ」


 時刻が午後になりしばらく経った。ビスカのターンになったということだ。


「うん、でもちょっとだけ待って」


 僕は見逃していた展示を眺めていた。円周率の展示だ。半径が一の円に内接する正十二角形の面積が三になることを利用して、円周率の値が三以上であることを示していた。


「あれだろ、三・一四一五九二」


「うん、さっき別のパネルにもあったけど、実際に円周率を求めるとなると計算が大変そうだね」


 ラマヌジャンという数学者による円周率の公式がパネルに書かれていたのだが、僕には複雑過ぎてよく分からなかった。今の時代なら、手計算ではなくてそれこそプログラミングで計算アルゴリズムが用いられるに違いない。


「この展示だけであたしの脳みそは溶けそう」


 ビスカはそう言うと、一人で受付にて入館許可証を返却してそそくさと出て行ってしまった。僕も頭を使い過ぎてちょっと疲れた、ビスカの後を追うことにした。


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