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死にたがりのキャロル  作者: ナツグ
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0.プロローグのハミング

 春でも朝は青く、影は黒い。電車が合図を鳴らして扉を閉じると、駅舎から走り降りて来た青年が何事もなかったかのように、ゆっくりとホームを手持ち無沙汰に歩きだした。あたしはそれを電車の中から扉の窓越しに見ていた。


 金平駅へ向かう電車はガラガラだった。しばらく住んでいたというのに、金平駅が終点の電車が存在していたことなど、あたしはまるで知らなかった。扉によりかかって車窓を眺める。電車はちょうど上石神井駅を発車したところだ。


 つい去年まで住んでいたというのに、なんだか懐かしい気分だ。別に引っ越してからも西武新宿線を利用することは多々あったし、金平の街にだって何度も足を踏み入れた。それでも、ノスタルジックに浸ってしまうのだろう。駅から幾分遠い小さなアパート。ロフト付きの八畳間。あたしはそこで、ヒバコという男と同棲していた。


 あたしが金平に来たのは、そのヒバコに会うためだった。あたしより三つ年下で、煙草のにおいが嫌いだが、自炊が得意な男だ。出会った時は大学生。


 二年前から、あたしとヒバコは他に二人のメンバーを揃えてバンド活動をしていた。ヒバコは作曲とキーボードを担当していて、あたしはボーカルだ。中々芽が出ることはなかったが、つい先日インディースレーベルでアルバムをリリースすることが決まった。ヒバコはあたしと組んだ時初めてバンド活動を経験することになったのだが、あたしは色々なバンドを転々としていたので、苦節十年といったところだ。


 電車の扉の上にはモニターがついていて、今日の天気予報を映し出している。一日中晴れが続き、春らしい暖かさになるそうだ。要するにお出かけ日和。大半の人は、もっと都心に遊びに行くか、もっと郊外に遊びに行くに違いない。金平近辺はそういう意味ではあまりに中途半端で、通過駅という印象の方が強いのだろう。電車にほとんど乗客がいないことも頷ける。天気予報からニュースに切り替わった。パサついた話題が多い、どうせなら占いでもやってもらいたいものだ。チャンネルを変更する度に運勢も変わるあの占いは、今もやっているのだろうか。ヒバコは占いをやけに気にするやつだった。


 あたしたちが初めてバンドで新曲を発表した日、確かあの日は朝の占いであたしの誕生月が一位で、ヒバコの誕生月が二位だった。だけど、最下位のメンバーもいて、トントンだったと思う。忘れやしない、あたしたちの曲がちょっとした騒ぎを引き起こしたのだ。曲名は死にたがりのキャロル、ヒバコが初めて作った歌。その一節を鼻歌でなぞりながら、あたしは金平駅に降りた。


 金平駅はほとんど以前から姿を変えていなかった。ただ、表現するのが難しいけど、駅は一年歳を取ったように感じる。目につくわけではないけど、ところどころ塗装が剥げていたり、掃除をしても取り切れない汚れが蓄積していたり、そういう細かい部分が積み重なって、年を取ったと思うのだろう。もしくは単にあたしの目が相応に老化しているだけなのかもしれない。



 金平駅の改札を出て、スマートフォンを確認する。左手の中指でメッセージを開く。

「集合場所は現地ですか、それとも駅前ですか?」

 メンバーの一人からグループトークでメッセージが来ていた。あたしが答える前に別のメンバーが応答する。ピロン、という通知音が鳴った。

「駅前じゃねぇの」

 あたしは早く着き過ぎて、今からメンバーの到着を待つのも億劫なので返信した。

「現地集合。もう向かってる」

 ピロン、自分で送信しても通知音が鳴るみたいだ。


 北口に降りると桜の花が青空をピンクに染めていた。既に満開の時を終え、風が吹く度に空に波打つ花びらは、淡く、高度を落として、やがて死んでいく。感傷に浸ろうとするあたしを遮るように、電車がサイレンと共に溜息を吐き出しながら発車した。踏切がカンカンと鳴く声が向こうから聴こえて、この街での暮らしが頭にふつふつと蘇ってきた。


 あの時はあたしも馬鹿だった。


 今だって決して賢いだなんて言えないけど、作詞のために難しい言葉を積極的に学んだし、小説に限るけど本を読むようになったし、色々な勉強をするようになった。要するに、大人になったということだ。あたしとヒバコが出会ったのは三年前のこと、でも、ヒバコとバンドを組むきっかけとなる、今では幼いとさえ思えるような誓いを立てたのは、二年前の夏の終わりのことだった。


お久しぶりです。既に全編書き終わっていますので、以前のようにエタることはないと思います。1か月ほどで完結します。毎日19時ごろに投稿する予定です、よろしくお願いします。

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