走馬灯
第三回 妄想お食事会企画参加作品です。
昔からマイペースな人が好きだった。初恋は、顔立ちの整った人気者の男の子ではなくて、一人で虫と戯れている子が相手だった。そういえば、その子のことが好きだと母に告げたら、「あなたも苦労するわよ」と言われたなと思いだした。高校生のときに初めてできた恋人は、見たいアニメがあるかと言って、デートの途中で帰るような人だった。でも私に関心がなかったわけではないようだ。別れ話を切り出すとわんわんと泣かれた。
そんなだから、私が夫に選んだ人もやっぱりマイペースだ。
「やっぱり美也子の料理は美味しいね」
最後の食事会だというのに、夫はそんなことを言う。
「だったら、もうちょっと続けてみる?」
夫は、私の提案を困ったような笑顔で受け流して、ニリンソウの天ぷらを啄いた。
母にも義母にも「胃袋さえ掴んでおけば、男はどうにかなる」と言われて、料理教室に通った。基礎が身に付くと、今度はよりレベルの高い教室に通った。そうやって、一流レストランや料亭の味とまではいかないものの、それに近い料理は作れるようになった。確かに夫は外で食事を済ませてくることはなかったが、夫がある日ぽつりと言った。「毎日ご馳走だね」
それから程なくして、夫の長期出張が決まった。毎月一度帰ってきて、二人で食事会をするのが恒例となった。外食よりも夫は私の料理を食べたがった。月に一度のことだから、腕によりを掛けて気取ったものを作るのが決まりだった。でも五回目の食事会が終わって一週間が過ぎた頃、夫に電話で次の食事会を最後にしようと言われた。つまり、離婚しようということだった。
私は夫の浮気を疑った。興信所を使って、調べてももらった。でも女の影はなかった。夫はひとりの生活を満喫していたようだ。どうしようもなくマイペースな人だったのだ。
プロポーズのとき、夫は何度も口ごもり、うまく言葉にすることができなかった。だから私が「ねぇ、結婚しよう」と助け舟を出した。夫はぱっと明るい笑顔で頷いて、私は差し出されたエンゲージリングを受け取った。
最初の子は男の子がいいなんて話していたが、結局、子供はできなかった。子供は欲しかったが、二人きりの、ゆとりのある生活も悪くなかった。ずっとうまくいっていると思っていた。夫が長期出張になってからだってそうだった。夫が傍にいない生活は淋しくはあったが、食事会のときに少年のような笑顔で箸を運ぶ夫の姿を思い浮かべることで紛らすことができた。日々に退屈はしなかった。食事会の献立を考え、試作を繰り返していると、一ヶ月なんてあっという間だった。
夫が帰ってくる前日、ふと思い立って山に入った。草木が芽吹き始めたので、うまく採取できたら、山菜をメインにして献立を考えたいと思ったのだ。フキノトウにタラの芽、ニリンソウやノビルなど、収穫は上々だった。下山しようとしたとき、トリカブトが芽生えているのを見つけた。生涯愛し続けると誓い合った結婚式のことを不意に思い出し、私は気付くとトリカブトを掘り返していた。
トリカブトは苦いと聞くので、こし餡に混ぜることにした。毒素が間違いなく致死量に至るように、数房の根を電子レンジにかけて水分を飛ばしてからミキサーで粉末にした。それを餡に練り込み、求肥で包んで抹茶をまぶした。
みたらし団子ときな粉の団子とトリカブトの根の入った抹茶の団子。私は緑茶を啜りながら、夫は食後の甘味をどれから食べるのだろうかと見守った。夫は迷うように楊枝を宙に泳がせてから、きな粉の団子に刺した。そして口に運んで、無神経にも「幸せ」なんて言うものだから、次に抹茶の団子に楊枝を刺したとき、今度はなんて言うのだろうかなどと、私は意地悪なことを思ってしまった。
咀嚼した夫が顔をしかめたのは、おかしな苦味があったからだろうか。緑茶で流し込むと夫はすぐに喉を押さえた。そして金魚のように口をパクパクとさせて椅子から転げ落ちた。私は刑事ドラマの真似をして、夫の首筋に手を当てた。脈はない。ほとんど即死だった。
私は一つため息を吐いてから、自分の皿の抹茶の団子に楊枝を刺した。思い切って、口に放り込む。恐る恐る口を動かした。抹茶のものとは違う痺れるような苦さが口に広がった。餡の甘さはまったく役に立っていない。吐き出したい衝動に駆られ、慌てて私は緑茶で団子を流し込んだ。
「食事会は次で最後にしないか?」
「え? 最後って」
「その、……君と別れたいんだ」
トリカブトは、悲しいくらい堪らなく苦い。
*
二十五日午後四時頃、喜鶴市の会社員酒井実さん(41)とその妻美也子さん(37)の遺体を酒井さん宅を訪れた親族が発見した。二人は誤ってトリカブトを食したと見られ、県警は司法解剖し、詳しい死因を特定する。
トリカブトはキンポウゲ科の植物で、ドクウツギ、ドクゼリと並んで日本三大有毒植物の一つとされている。萌芽はセリやニリンソウなどに似ているため、注意が必要である。
企画初参加の作品。他の参加者の実力をあまり認識せずに提出。怖いもの知らずだったなぁと今になって思う。なので、いろいろと練り足りていない。というか、自分のページに載せるにあたって、読み返していたら、誤字を見つけて死にたくなった。見た感じ、字数調整の際に発生したっぽい。不覚。(こちらでは修正済み)
トリカブトの毒性についてはどうなんだろうか。後日見た2時間サスペンスでは、死亡するまでに30分要するという説明だったし、ネットで毒性について調べているときにもそうした記述のものもあった。ウィキペディアには、「経口から摂取後数十秒で死亡する即効性がある。」とあって、すんなりと死亡したほうが書きやすかったため、即効性があるという説を採択。
それにしてもひどい夫だな。